不合格者の入学
掲示板には、受験番号が小さい順に並んでいた。
三八〇の次は、三八四だった。
ルカは先頭へ目を戻した。雨は上がっている。紙も滲んでいない。二度追っても、三八二は見つからなかった。
「私のは、あった」
隣でフィオナが番号を押さえていた。喜びを抑えた声になっている。
「おめでとう」
「そっちは?」
「ない」
合格者一覧の横には再検査と書類不備の紙もあった。フィオナはそちらまで探したが、ルカの番号はなかった。
正門脇の結果通知窓口へ向かう。不合格者の列は短かった。
薄い封筒を受け取り、その場で開く。
不合格。
魔法理論、優。災害判断、優。身体能力、優。魔力操作、基準未達。
総合点の計算より先に、必須項目の規則が適用されていた。魔力操作がゼロなら、ほかで何点取っても通常課程には入れない。
「測定結果への異議申立ては、七日以内です」
係員が再測定の手続きを説明しかけた。
「異議はありません」
六台の測定器は、どれも同じ水平線を描いた。器具は正常だった。
署名した文字の最後が少し伸びた。
学院にはルカを入れる義理がない。ガレスも、カシアンも、最低基準には理由があると言った。分かっていたことだ。
それでも、駅へ戻るために足を動かすのは難しかった。
「ルカ」
フィオナが合格者用の封筒を抱えたまま立っている。
「先に手続きしてこい」
「あんたはどうするの」
「その前に聞く」
ルカは窓口へ向き直った。
「王都の救助補助員になるには、どこへ申し込めばいいですか」
係員の手が止まった。
「補助員、ですか」
「避難所の設営や器具の運搬をする仕事です。魔力がなくても登録できると聞きました」
危険区域の内側には入れない。それでも、救助線の外には外の仕事がある。
常勤募集はすでに終わっていたが、地方では秋の募集が残っているかもしれない。係員は薄い案内紙を出した。
「十五歳以上。基礎救命講習と器具運搬の実地確認が必要です」
ルカはそれを、不合格通知より先に鞄へ入れた。
「救助士になるのは諦めるのか」
背後から男の声がした。
三十代半ばの教官だった。濃紺の学院外套、その左袖に薄い煤が残っている。昨日、列車の前で避難を手伝っていた男だ。
「ローウェン・ハルト。救難実習を担当している」
「ルカ・フェルドです」
「知っている。補助員になれば、救助線の外で働くことになる。それでいいのか」
鞄の上から案内紙へ触れた。避難所にも運搬にも人が要る。ルカも本気で目指せる仕事だった。
だが、昨冬の倉庫火災で引かれた白線を思い出した。助けを求める声が壁の向こうにあるのに、資格のない自分は外で器具を渡すしかなかった。
「今できる入口から入ります」
「質問を変えよう。諦めたか」
すぐには答えられなかった。不合格を受け取って、まだ十分も経っていない。
「諦め方が、まだ分かりません」
ローウェンはルカの顔を見たあと、窓口の係員へ向き直った。
「フェルド君の採点票を保管箱へ入れないでください。特別実地適性枠の審議を申請します」
係員が眉を上げる。
「通常判定は確定しています」
「覆しません。別枠です」
ルカは聞き返した。
「何の審議ですか」
「既存の測定に合わない受験生を、実地能力から審べる手続きだ。通る保証はない。午後まで待てるか」
帰りの列車は夕方にもある。
「待ちます」
「じゃあ私も」
「セイル君は先に入学手続きをしろ。期限を守れない救助者は困る」
フィオナは口を曲げたが、合格者窓口へ歩き出した。途中で振り返り、指を二本立てる。
「昼の鐘が二回鳴ったら、正面棟ね。逃げないでよ」
「俺が?」
「落ちた直後に次の仕事を探す人は、どこへ行くか分からないから」
審議まで二時間あった。
ルカは正面棟の廊下にある長椅子へ座り、救助補助員の案内を開いた。避難所の設営、負傷者の受付、器具運搬。どれも必要な仕事で、ガレスから習ったことも使える。
最後の頁には、災害区域で補助員が越えてはならない線が図で示されていた。
赤い二重線。その先で動けるのは、国家資格を持つ救助士だけ。
昨冬の倉庫で聞いた声が戻る。梁が落ちる音の向こうで、誰かが壁を叩いていた。ルカは鉤縄を持っていた。それでも、線の外から救助士へ渡すことしか許されなかった。
案内を閉じる。
補助員になる道を軽く見る気はない。だが、自分が行きたい場所まで同じだと思い込むこともできなかった。
入学手続きを終えたフィオナが戻り、隣へ腰を下ろす。
「帰りの列車、夕方にもあるから」
「調べたのか」
「落ちた時のためじゃないよ。審議が長引いた時のため」
「同じじゃないか?」
「気持ちが違う」
フィオナはそれだけ言って、入寮書類を読み始めた。ルカも案内紙を鞄へ戻した。
午後の審議室には、学院長エレノア、魔力制御担当のマレク、ローウェンがいた。
通常枠の不合格は変わらない。それを最初に告げられた。続いて昨日の得点が読み上げられ、魔力が本当にゼロであることも確認された。
「鉄道で、車掌の許可が得られないまま危険が迫ったら、あなたはどうしましたか」
エレノアが尋ねた。
「危険を伝えます」
「それでも指示が変わらなければ」
人が咳き込み、床下から煙が上がる光景が頭へ戻った。
「近くの人を前の車両へ動かします」
「規則より、自分の判断を選ぶのか」
マレクの声は低かった。
「見たものが正しい保証は?」
「ありません」
言い切ると、三人の目が集まった。
「だから学院で習いたいです」
ローウェンが椅子へ背を預けた。エレノアは机の上の紙を閉じる。
「あなたの判断力は、入学を認める理由になります。同時に、その判断を過信させないことが条件です」
彼女は綴じた書類をルカの前へ置いた。
「特別実地適性枠での入学を認めます」
最初の頁に、条件付き入学許可書とあった。
「単独で魔法実習へ参加しないこと。危険区域では班員と担当教官の監督を受けること。安全適性審査で二回続けて基準へ届かなければ、実習資格を停止します」
エレノアが、実際に行動を左右する三項目を示した。
マレクは最下段を指で押さえる。
「未登録の能力を現場で使うことも禁じる。今は該当する力がなくても、異変があれば先に報告しろ」
「はい」
「返事の前に読め」
ルカは書類へ目を落とした。
補習の日程、支給される機械式装備、班員へ伝えるべき制限。細則まで読み、監督下という言葉の範囲と、班員が負傷した場合の撤退条件を尋ねた。
「俺と同じ班になる生徒は、断れますか」
ローウェンがエレノアを見る。答えたのはエレノアだった。
「班は教官が決めます。ただし、あなたのためだけに誰かを置くことはしません。志望分野と技能を見て編成し、制限は事前に全員へ伝えます」
「俺を守るせいで課題が遅れても、評価は同じですか」
「同じです」
迷いのない返事だった。
入学させてもらう代わりに、周囲が損をしないよう採点を変えてもらう。そんな逃げ道はなかった。ルカが判断を誤れば、自分の退学だけでなく、同じ班の成績と身体へ返る。
署名欄の上で筆が止まった。
「怖くなったか」
マレクが尋ねる。
「はい」
「なら覚えておけ。怖くなくなった時の方が危ない」
ルカは条件書を最初の頁まで戻した。読んだ項目は変わらない。危険も減っていない。
それでも、救助線の内側へ入るために知らなければならないことが、この学院にはある。
最後の頁へ署名する。
朝と同じ名前だった。今度は筆先が止まらなかった。
廊下へ出ると、フィオナが入寮用の荷札へ腰かけていた。
「遅い。結果は?」
ルカが許可書を見せると、彼女は立ち上がった。
「入れるの?」
「条件付きで」
「よし」
短く言ってから、抱えていた封筒の角でルカの腕を叩いた。
「それ、何項目?」
「十三」
「喜ぶ前に全部読んだ顔してる」
「署名する前に読むだろ」
「そういうところだよ」
入学手続きを終え、二人で仮名簿を見に行った。
氏名の横に、それぞれの属性が並んでいる。
フィオナ・セイル――風。
カシアン・ローデル――火。
ダリオ・ベルク――地。
中央近くに、ルカの名があった。
ルカ・フェルド――
その先だけが、白いままだった。
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