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落ちこぼれと呼ばれた俺は、燃える命を救うために無詠唱の炎を灯す――仲間と駆ける王道ファンタジー  作者: rorenji


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33/40

炎を喰う獣

 二本の角が、隔壁の開口部を端から端まで塞いでいた。


 バルグランが頭を押し込む。石壁が鳴り、隙間から赤い光が差した。


 頭だけでも通路の幅に近い。外殻に覆われた鼻先は隔壁を抜けられないが、角で石を広げている。開口部の上端に亀裂が入り、煤がぱらぱらと落ちた。


 奥へ逃げても、次に隔壁が崩れれば追いつかれる。


「戻れ!」


 ルカは防熱布の端を引き、負傷者を奥へ下げる。若い施設員が反対側を持ち、年配の施設員は額を負傷した仲間を調整器の陰へ押し込んだ。


 隔壁がわずかに持ちこたえる。


 次は無理だ。


「奥に別の出口は?」


「排水口は人が通れん。南は崩れた梁で塞がった」


 年配の施設員が咳の合間に答えた。


 バルグランが角を引く。開口部の向こうに冷却路が見えた。上側の踊り場まで二十歩。その右壁に、セラたちが使った排水点検口がある。


 その間に怪物がいる。


 ルカは床へ視線を落とした。隔壁の外、右側には人ひとりが通れる乾いた縁が残る。左側は破れた青い扉から流れた水で濡れ、坂の下へ続いていた。


 ダリオが怪物の向こうを指す。左壁に丸い鉄の点検蓋があり、下半分の留め具が外れている。


「あの蓋まで炎を運べるか」


「届く。ただし途中で吸われる」


「床より壁を走らせろ。蓋が落ちれば坂を滑る」


 何秒稼げるかは分からない。だが、七人が同時に動ける道はほかになかった。


「右を抜ける。負傷者が先だ」


「あれを動かさなければ通れんぞ」


 ダリオが壁へ背をつけた。立ってはいるが、測定針を持つ指が震えている。


「俺が動かす」


 カシアンが杖を上げた。


 カシアンが自分を「俺」と呼んだのを、ルカは初めて聞いた。問い返す時間はなかった。


 ルカは杖先とバルグランを見比べる。


「炎を吸ったら速くなる」


「前は大きすぎた。今度は吸わせる量を俺が切る」


「消すのが遅れたら?」


「その時は、お前が止めろ」


 カシアンの目はバルグランから動かなかった。最初に炎を吸われた時より杖を低く構え、今度は止める時機まで決めていた。


 フィオナが隔壁の隙間へ風を通す。


「火を出すなら低く。天井の煙を落としたくない」


「三秒で切る」


「二秒。今のあんた、細かく数え始めると遅いから」


「……二秒だ」


 バルグランの角が再び隔壁へ当たった。


 カシアンが杖を振る。


 豆粒ほどの炎が床を走り、冷却路の左壁へ移った。怪物の頭が炎を追う。胸の丸い穴が一つ開き、風が吸い込まれた。


 炎の後ろにあった水滴まで壁を上り始める。フィオナが横から風を当て、吸い込みに流される炎を石の割れ目へ押しつけた。カシアンの杖先が小さく揺れる。


「一、二!」


 フィオナの声と同時に炎が消える。


 バルグランは止まった。右の前脚が浮いたまま、頭だけが左壁へ向いている。


 炎が触れた鉄の点検蓋は、中央だけが赤くなっていた。


 怪物が点検蓋へ爪を振り下ろす。


 鉄板が壁から外れ、濡れた坂を滑った。炎はもうない。それでもバルグランは向きを変え、鉄板を追って坂を下る。


 巨体の横が初めて空いた。右壁との間は肩幅ほど。尻尾はまだ通路を横切り、先端が冷却水を叩いている。


「火じゃない」


 ルカの声に、カシアンが短く振り返る。


「あの鉄板を見てる。熱いものを追ってる」


「なら、冷めるまでが時間だ。行け!」


 ルカと若い施設員が防熱布を持ち上げる。負傷者の脚を揺らさないよう、低いまま隔壁へ寄せた。


「面を外さないで。呼吸だけ続けて」


 フィオナが交換空気筒の管を押さえる。針は四分の一近くまで落ちていた。


 防熱布が角の横を通る。


 布の端が石へ引っ掛かった。若い施設員が慌てて引く。


「止まれ。破れる」


 ルカは膝をつき、布を石の突起から外した。負傷者の呼吸が速い。止血布に広がった血は、今のところ結び目を越えていない。


「あと半歩。ゆっくり」


 三人が隔壁を抜けた。


 バルグランの尾が戻ってきた。


「伏せろ!」


 ルカは防熱布の上へ覆いかぶさる。尾の先が隔壁を打ち、石片が頭上を飛んだ。カシアンが杖を横にして年配の施設員を支え、ダリオは額を負傷した一人を壁のくぼみへ引き込む。


 尾は人を狙って止まらなかった。坂を滑る点検蓋へ向き直り、冷却水を大きく跳ね上げる。


「まだ鉄板を追ってる。起こせ!」


 額を負傷した施設員が続く。年配の施設員は最後まで奥を見ていたが、ルカに肩を押され、横向きに隙間を通った。


 坂の下で鉄が潰れた。


 バルグランの前脚が、赤熱した点検蓋を床へめり込ませている。頭部の穴へ熱が吸われ、鉄板の赤みが急速に消えた。


 ルカは、熱を失った鉄板から怪物の胸へ目を戻した。


 胸、腹、肩に並ぶ穴の奥で、赤い輪が別々の速さで回っている。点検蓋の熱を吸ったのは胸の輪だけだった。腹の二つは少し遅れ、まだ回転を上げている。


 胸の輪が一回強く光るたび、前脚の外殻が赤くなる。腹の輪が回ると、尾が床を打った。吸い込んだ熱が一か所へ集まらず、別々の部位へ送られている。


「炉が一つじゃない。中で分かれてる」


 ダリオが隔壁を抜けながら怪物を見る。


「だから炎が胸から脚へ移ったのか」


「話は後!」


 フィオナが二人を追い立てた。


 カシアンが最後に隔壁を出る。杖先には火を残していない。


「隊列を戻す。動ける二人が前。負傷者を中央。ダリオは壁側を歩け」


「お前が決めるな」


「膝が笑っている者は端へ出す。反論は上で聞く」


 ダリオは舌打ちし、壁へ肩をつけた。


 七人が乾いた縁を上る。幅は靴一足分。右は壁、反対側は冷却水が流れる溝になっている。防熱布を傾ければ、固定した脚が石へ当たる。


 ルカは前を向いたまま数えた。


「点検口まで十五歩」


 後ろで、硬い外殻が擦れた。


 バルグランが鉄板から顔を上げる。胸の穴は一つだけ強く赤い。カシアンの炎を吸った時より光は弱い。


 だが前脚が床を蹴る間隔は短くなっていた。


「追ってくる!」


 若い施設員が防熱布を持ったまま走ろうとする。


「歩幅を変えるな!」


 ルカが前へ回り、布の先端を前腕で受けた。腿に痛みが走る。足を止めれば、後ろの全員が詰まる。


「四歩で踊り場。そこで右へ寄せる!」


 フィオナの風が背後から押した。人を運ぶほどの強さはない。それでも防熱布の垂れた端が浮き、石へ擦らなくなる。


 三歩。


 二歩。


 バルグランの爪が背後の壁を削った。砕けた石がルカの背へ当たる。


 一歩。


「右へ!」


 全員が上側の踊り場へ転がり込む。壁の排水点検口は開いたままだった。内側の泥に、防熱布を引きずった跡が続いている。セラたちはここを通った。


「負傷者から入れ!」


 若い施設員が鉄蓋の縁へ手を掛けた。


 その頭上で、太い石梁が割れた。


 バルグランは七人へ爪を届かせる代わりに、冷却路の上側を支える柱へ前脚を叩き込んでいた。


 踊り場が大きく傾く。


 排水点検口の周囲から石が落ち、開口部を半分埋めた。続いて床が割れ、外へ続く壁ごと一段下へ沈む。


 ルカは防熱布を抱え、崩れた柱から負傷者を遠ざけた。


 点検口へ続く足場が消えた。


 坂の下では、胸と腹の赤い輪を回しながら、バルグランが再び頭を下げていた。


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