↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれと呼ばれた俺は、燃える命を救うために無詠唱の炎を灯す――仲間と駆ける王道ファンタジー  作者: rorenji


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/40

試験より先に

 通路へ出ると、足裏の震えが少し強くなった。


 列車が継ぎ目を越える音とは違う。車輪の回転に合わせて、同じ間隔で金属が擦れている。


 ルカは座席の背へ手を置き、揺れを確かめながら後方へ進んだ。三号車の中ほどでは弱い。最後列へ近づくほど、救助帯の金具が細かく鳴った。


 床下だ。


 しゃがみかけたところで、脇を車掌が通った。


「お客様、走行中は席へお戻りください」


「後ろの車輪を確認してもらえませんか」


 車掌の足が止まる。


「何か落とされましたか」


「違います。さっきから金属を引きずる音がしてます。ここの床だけ振動が速い」


 ルカは最後列の座席脇を指した。車掌はすぐには返事をせず、革靴の踵を床につけたまま列車の音を聞いた。


 次の擦過音は、ちょうど曲線へ入った時に来た。


 ぎ、と短く鳴り、床板が左へ押し上げられる。


 車掌の目が足元へ落ちた。


「ここを動かないでください」


「見に行くなら手伝います」


「だから、動かないでください」


 声は穏やかなままだったが、断る余地はなかった。


 車掌は車両端の壁を開け、中の取っ手を引いた。前方へ二回、間を置いて一回。天井裏を通る伝達索が鳴り、鐘の音が先頭車へ走っていく。


 魔導鉄道は線路に満たされた導力を車体へ取り込み、術式で車輪を動かす。乗客に魔力は要らない。だが走らせているものが魔法でも、車輪も軸も連結器も鉄でできている。壊れる時は音を立てる。


 列車の速度が落ち始めた。


「やっぱり、左後ろね」


 向かいの席から声がした。


 淡い金髪の少女が、開いた窓へ顔を寄せていた。肩までの髪を高く結び、頭には使い込まれた飛行眼鏡を載せている。青緑の目はルカではなく、窓枠の隙間へ向いていた。


「曲がるたび、外側だけ音が高くなる。軸受けか、導力を拾う靴のどっちか」


「分かってたなら、先に言ってくれ」


 車掌が戻りながら言った。


「今、言いに行こうとしてたところ。そっちの人に先を越されたの」


 少女は悪びれずに窓を閉めた。


「減速します。皆様、背もたれへ体をつけてください。荷物を膝の上に置き、通路へ出ないようお願いします」


 車掌の声が車内を通った。


 眠っていた客が顔を上げる。紙袋を畳む者、網棚の鞄を下ろす者。理由を尋ねる声も出たが、車掌は同じ指示を崩さなかった。


 ルカも席へ戻ろうとした。


 その直前、焦げた油の匂いがした。


 床板の継ぎ目から、糸ほどの煙が出ている。


「車掌さん」


 呼ぶのと、車体が跳ねたのは同時だった。


 左側の車輪が持ち上がり、窓の外で景色が傾いた。網棚から革鞄が落ちる。通路側の乗客が折り重なり、誰かが短く叫んだ。


 ルカは座席の柱へ腕を回した。もう一方の手で、通路へ投げ出された幼い男の子の外套を掴む。


 車輪が線路へ戻った。


 今度は床下で何かが砕けた。


 青白い光が継ぎ目から噴き、煙が一気に濃くなる。


「全員、そのまま! 立たないでください!」


 車掌は倒れた客を跨ぎ、壁の取っ手をもう一度引いた。鐘が連続して鳴る。緊急停止の合図だった。


 ルカは男の子を座席の母親へ押し戻した。


「頭を低く。口を布で覆って」


 前方を見る。二号車へ続く扉は、車体が歪んだせいで下枠に食い込んでいた。車掌が取っ手を引いても動かない。


 後方の扉は開いている。しかし四号車へ人を移せば、壊れた左後輪へさらに重みが寄る。


 列車はまだ走っていた。


 窓の外で、畑が途切れた。


 石造りの水路橋へ差しかかっている。線路の下を川が通り、地面までは二階建ての屋根ほどある。


「前へ移した方がいい」


 ルカは車掌のそばへ膝をついた。


「扉が開きません」


「蝶番は生きてます。下だけ噛んでる。持ち上げれば抜ける」


「道具は?」


 ルカは鞄ではなく、腰の救助帯へ手を伸ばした。鉄の楔を一本抜く。


 ガレスが入れたものだ。


 扉の下へ差し込み、靴底で押す。浅い。揺れるたびに外れそうになる。


「そこ、押さえる」


 金髪の少女が床へ伏せた。


「席に戻れ」


「二人なら早い。早い方が車掌さんも助かる」


 言い終える前に、楔へ両手を添えている。


 車掌は一瞬だけ二人を見た。


「三つ数えます。開いたら、まず子供と負傷者を前へ。走らせないでください」


 許可ではなく役割が返ってきた。


 ルカは楔の角度を直した。少女が手首を寝かせ、床へ体重をかける。


「一、二、三」


 二人で押し込む。


 扉が指一本分だけ持ち上がった。車掌が取っ手を引き、肩をぶつける。下枠が擦れ、隙間が広がった。


 煙がルカの頬を流れた。


 熱いはずなのに、どちらへ抜けたがっているのかが先に分かる。煙は天井へ昇らず、列車の進行に引かれて後方へ押し戻されている。


「窓を開けないで!」


 ルカは車内へ声を飛ばした。


 窓の留め具へ手をかけていた男が止まる。


「風が入ると、床下の熱がこっちへ上がります。前の車両へ移ってください」


「でも煙が――」


「私が流す」


 少女が立ち上がり、後方を向いた。


 右手の指を二本、窓枠の隙間へ当てる。短い詠唱が始まった。歌のようには聞こえない。息継ぎの位置まで決められた、術式を組むための言葉だった。


 最後の一音で、天井近くの煙が細くまとまった。


 車両後部、天井近くの換気口から外へ引かれていく。


 風は乗客の顔より上を細く走り、煙だけを後部の換気口へ運んでいる。


「長くは無理。案内、お願い」


 少女の声から、さっきまでの軽さが消えていた。


 ルカは客の位置を見た。額を切った老人が一人。泣いて動けない男の子。足元に割れた瓶。通路を塞ぐ大きな鞄が二つ。


「歩ける人は鞄を置いて、前の扉へ。右側を一列で。そこの方、老人の左腕を。車掌さんは先頭をお願いします」


「君は」


「最後を見ます」


 車掌は反対しなかった。倒れた客を起こし、開いた扉の先へ送る。


 列車の速度は落ちている。それでも水路橋の石柱が窓を横切るたび、床下から火花が散った。


 ルカは割れた瓶を座席の下へ蹴り、鞄を通路から退けた。母親が男の子を抱こうとしてよろめく。


「背負ってください。両手を空けて」


 外套の袖を結ぶのを手伝い、二人を前へ送る。


 最後の乗客が二号車へ渡った頃、車輪の音が一つずつ遅くなった。


 少女の詠唱が途切れる。


 膝が床についた。


「大丈夫か」


「ちょっと使いすぎただけ。頭が揺れてるのか、列車が揺れてるのか分からない」


「両方だ」


 ルカは彼女の腕を肩へ回した。


「それ、慰めになってない」


 二号車へ移った直後、列車は止まった。


 前から順に連結器がぶつかり、最後に三号車が低く軋む。だが傾きは戻った。窓の外には水路橋の端と、すぐ先の草地が見えている。


 あと数十歩、停止が遅ければ、壊れた車輪を橋の上で調べることになっていた。


 車掌は乗客の人数を数え直してから、二人のところへ来た。


「負傷者は軽傷が二名。今、前方の停車場へ救援信号を送りました」


 それからルカの腰の楔と、少女の飛行眼鏡を順に見る。


「二人とも、救難学院の受験生ですか」


 少女が外套の内側から受験票を出した。


「フィオナ・セイル。遅刻の理由、車掌さんから説明してくれます?」


「事故報告に氏名を記載します」


「助かります。海を越えてきて、最後が遅刻で不合格は笑えないから」


 アステラ空邦の名が受験票の端に印刷されていた。北の海上に浮遊港を持つ国だ。海を越えてきたという言葉と、頭の飛行眼鏡がそこでつながった。


 車掌がルカへ目を向ける。


「ルカ・フェルドです」


 受験票を渡す。


 車掌は属性欄の空白で指を止めたが、何も尋ねなかった。二人分の名前を書き写し、紙を返す。


「異音の報告に感謝します。こちらの確認があと少し遅れていれば、被害は大きくなっていました」


「俺は音を聞いただけです」


「聞いて、席を立った。そこまでが報告です」


 車掌は次の乗客へ向かった。


 フィオナがルカの救助帯を覗き込む。


「ずいぶん古いもの使ってるね。学院支給品じゃないでしょ」


「父さんのだ。元救助士で」


「なるほど。じゃあ楔の使い方もお父さん仕込み」


「風の流し方は?」


 フィオナは頭の眼鏡を指で持ち上げた。


「母さん。元救助飛空艇の操縦士。うちは工房だから、壊れかけの音ならだいたい分かる」


「分かってたなら――」


「先に言えって? 次は負けない」


 救助で競うな、と言いかけてやめた。


 フィオナは床へ座ったまま、乱れた髪を結び直している。指先がわずかに震えていた。魔力を使い切りかけた時の症状だと、教本で読んだことがある。


 ルカはパン屋からもらった紙袋を開き、丸パンを一つ渡した。


「食べると治る?」


「空腹よりはましだ」


「それもお父さん仕込み?」


「これはパン屋」


 フィオナは少し考えてから、パンを受け取った。


 列車が再び動いたのは、一時間半後だった。


 王都アルネスへ着く頃には雨が上がっていた。駅員は二人の受験票へ遅延証明の印を押し、事故報告は有線通信で学院へ送ったと説明した。


「これを見せれば入れる?」


 フィオナが濡れた印面を指で避けながら尋ねた。


「遅れた事情の証明にはなります。ただ、受験の扱いを決めるのは学院です」


 役に立つのか立たないのか、最後まで分からない答えだった。


 学院行きの連絡車は、もう最終便しか残っていなかった。受験生の姿は二人のほかにない。窓の外では王都の建物が次第に低くなり、その向こうから灰白色の防護壁が現れた。


 壁の内側に、いくつもの訓練塔と、町一つ分はありそうな校舎群が並んでいる。崩落、火災、水害を再現するため、壁の一部は最初から壊れた形に造られていた。


 王立アルヴェナ魔導救難学院。


 連絡車が止まりきる前に、鐘が鳴った。


 一度。間を置かず、二度目。


 受験案内に書かれていた、第一試験開始の合図だった。


 ルカは鞄を掴んで降りた。使いすぎた魔力がまだ戻っていないフィオナは、着地した途端に片膝をつく。


「走れるか」


「走る。転んだら、その時は引っ張って」


 正門までの石畳を駆ける。


 三度目の鐘が鳴る前に、門の鉄格子が内側から動き始めた。二人が辿り着いた時には、人ひとり分の隙間も残っていなかった。


 門扉の向こうで、係員が錠へ横木を通す。


 ルカは救助帯から受験票を抜いた。遅延証明の赤い印が、雨と汗で少し滲んでいる。


 試験より先に助けるものを選んだ。


 その結果が、閉じた門だった。


面白いと思っていただけたら、ブックマークとフォローで応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。