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落ちこぼれと呼ばれた俺は、燃える命を救うために無詠唱の炎を灯す――仲間と駆ける王道ファンタジー  作者: rorenji


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地下から来るもの

 切れた鎖が、隔壁の向こうで床を打った。


 重い音が、搬送軌道の動きに合わせて奥へ引きずられていく。


「軌道の鎖が暴れてる」


 ダリオが閉じた隔壁へ耳を当てる。金属板の中央は、地下側から押されるたびに膨らんだ。


「ここを離れる。破片が抜けてくるぞ」


 ルカは負傷した生徒の肩側へ回った。セラが床に敷いた搬送布の結び目を締め直す。


「吐き気は?」


「少し、ましになった」


「次に横にできる場所まで動かす。頭が痛くなったらすぐ言って」


 生徒が答える前に、隔壁の下から金属片が飛び出した。床を滑り、ルカの靴先へ当たる。ダリオが使った鉄楔だった。先端は前より大きく曲がっている。


「拾うな」


 ダリオは工具鞄を閉じた。


「次は鎖が来る」


 二班は負傷者を持ち上げ、点検階段を示す矢印へ進んだ。赤い非常灯だけが残る通路を、四十歩ほど進む。そこで道が左右に分かれていた。


 左は上り階段。右は金網越しに搬送軌道を見下ろす作業廊だ。


 封印箱が、右下を動いていた。


 台車の後ろで、切れた鎖が床を跳ねている。先端が壁へ当たるたび、石片が飛んだ。軌道はそのままなら鑑定炉前を通る。だが、三十歩先の分岐器が地下へ向く旧搬送路へ切り替わっていた。


「誰かいる」


 フィオナが作業廊の先を指す。


 分岐器の手動輪に、人影が立っていた。灰色の外套。顔には、目と口の位置だけに細い穴を開けた灰色の面を着けている。


 侵入者は二班を見た。驚いた様子もなく、手動輪から留め棒を抜く。


「その手を離せ!」


 カシアンが杖を向けた。


 灰色の面は答えない。留め棒を足元へ捨て、分岐器を地下側まで回した。


 封印箱を載せた台車が旧搬送路へ入る。


 その先は途切れていた。床下の炉へ資材を落としていた古い昇降口が、黒く開いている。台車は止まらない。


「セラ、ここを頼む」


 ルカは負傷者の搬送布を第一班の生徒へ渡し、作業廊へ走った。


「一人で行くな!」


「カシアン、来て!」


 フィオナの声が重なる。


 ルカは足を止めなかった。ただし、作業廊へ出る前に後ろを見た。カシアンがすでに追っている。ダリオは負傷者の上にある鎖の支持具を見上げ、セラは生徒を壁際へ寄せていた。


「二人で止める!」


 ルカは傷をかばって鉤縄を解き、軌道の外側へ踏み込む。


 台車まで十五歩。


 鉤を低く投げた。鉄路を滑った先端が、封印箱の補強帯へ掛かる。ルカは縄を救助帯へ一周させ、腰を落とした。


 身体が前へ引かれる。靴底が二本の跡を残した。


 カシアンが縄の後ろをつかむ。


「止まらないぞ」


「分岐を戻せれば止められる!」


「俺が押さえる。行け」


 カシアンは縄を左腕へ巻き、床の継ぎ目へ踵を掛けた。杖は使わない。炎を出せば、箱の中身をさらに熱する。


 ルカは縄を離し、侵入者へ向かった。


 灰色の面が腰から短い鉄棒を抜く。ルカの顔を狙って横に振った。


 頭を下げる。棒が髪をかすめた。ルカは相手の懐へ入り、右腕を使わず左肘を胸へ当てる。外套の下に硬い防具があり、相手は半歩しか下がらない。


 すぐに膝が来た。


 ルカは腰を引き、腿で受ける。痛みで足が鈍ったところへ、鉄棒の端が肩へ落ちた。身をひねって直撃を避けたが、鎖骨の上が熱くなる。


「何をするつもりだ」


 返事はない。


 侵入者の空いた手が、分岐器の脇にある赤い取っ手へ伸びた。昇降口の落下扉を開く取っ手だ。


 ルカは手首をつかもうとした。鉄棒が下から跳ね上がり、包帯を巻いた右掌へ当たる。


 傷が開いた。


 手袋の内側が急に濡れる。それでも指は動いた。傷ついた手で鉄棒をつかみ、反対の拳を相手の脇腹へ打ち込む。


 灰色の面が初めて体勢を崩した。


 取っ手まで、腕一本分。


 背後で金属がきしんだ。


「ルカ、上!」


 フィオナの叫び。


 作業廊の天井から、太い鎖が落ち始めていた。さっき切れたのは、旧昇降口の荷を吊っていた鎖だった。切れた端が途中の支持具に残り、台車の振動で今になって外れた。鎖の真下には負傷者と、搬送布を支える第一班の生徒がいる。


 ダリオが両手を上げた。右の人差し指が震えている。


「持って十秒!」


 鎖が空中で止まった。金属魔法で曲げられた一節が、天井の支持枠へ引っ掛かっている。だが、その枠ごと下がり続けていた。


 侵入者を押さえれば、赤い取っ手へ手が届く。


 ルカは相手の鉄棒を放した。


 踵を返し、作業廊を戻る。


「そっちをどけろ!」


 第一班の生徒が負傷者の肩を持ち上げる。セラは足首の固定を押さえ、搬送布のまま壁のくぼみへ滑らせた。


 鎖が一段落ちる。


 ダリオの右手から力が抜けかけた。


「まだ!」


 フィオナが二人の間へ風を通す。熱気と煤が横へ流れ、床の位置が見えた。ルカは鎖の真下へ入り、垂れた一節を肩で受ける。


 膝が床へついた。


「左へ引け!」


 カシアンの声が近づく。彼は鉤縄を放し、片手で杖を構えていた。


 天井近くに溜まった油混じりの熱気へ、細い炎を走らせる。炎は床へ広がらず、熱気だけを燃やして上の排気穴へ抜けた。直後、フィオナが風向きを変え、鎖の周囲から熱を追い出す。


 ダリオが支持枠を壁側へ曲げた。


「今、押せ!」


 ルカは肩で鎖を持ち上げる。第一班の二人が端をつかみ、空いた壁際へずらした。鎖が床へ落ち、石板を一枚砕いた。


 セラはすぐにルカの手首を取った。


「手袋を外す。指は?」


「動く。あいつを――」


「もう遅い」


 ダリオが作業廊を見た。


 灰色の面は、赤い取っ手を引いていた。


 旧搬送路の先で、落下扉が左右へ開く。封印箱を載せた台車が傾き、箱だけが補強帯から抜けた。


 ルカの鉤も外れる。


 縄だけが軌道へ跳ね返り、ルカの足元へ戻った。


 封印箱は昇降口へ落ちた。


 数秒後、深い場所で外箱の割れる音がした。


 灰色の面は取っ手を戻さず、壁の点検口へ身体を滑り込ませる。カシアンが炎を撃とうとしたが、その先には地下へ続く昇降口がある。杖先を下げた時には、侵入者の外套が消えていた。


 ルカの右掌が焼けるように熱くなった。


 地下へ落ちた結晶の一つ一つが、赤く変わったように感じる。それらが一か所へ集まり、さらに大きな熱へ触れた。


 床が持ち上がった。


「伏せて!」


 セラが負傷者へ覆いかぶさる。


 炉側の壁に亀裂が走った。石の隙間から赤い光が漏れ、太い管が次々に抜ける。ルカは近くにいた第一班の生徒を抱え、壁と反対側へ転がった。


 黒い鉤爪が壁を破った。


 爪一本がルカの胴ほどある。続いて現れた前脚は、石と焼けた鉄が重なったような外殻に覆われていた。動くたび、外殻の隙間から赤い熱が見える。


 鉤爪が作業廊を横に払った。


「下がれ!」


 カシアンがルカの襟を引く。爪は二人の前を通り、分岐器と手動輪をまとめて砕いた。破片をフィオナの風が壁へ押しつける。


 開いた穴の奥で、巨大な頭が動いた。


 左右へ曲がる二本の角。その根元には、熱を取り出すための太い管が食い込んでいる。鎖に巻かれていた首が持ち上がり、赤い目が非常灯の下へ現れた。


 怪物が前脚へ力を込める。


 残った炉壁が、内側から崩れ始めた。


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