火山鉄道
「第八班、あと十二キロ減らせ」
駅の荷役係が秤の針を指した。
出発まで四十分。監獄炉の昇降機は、今朝の点検で案内輪の一つが規定より沈んだ。安全のため、二班が持ち込める重さを急に減らされた。
ルカは短い訓練棒と革の腕当てを学院へ戻す箱へ置いた。鉤縄、二本の鉄楔、防熱布、簡易呼吸具を残す。
「武器から置くの?」
フィオナが聞いた。
「人を運ぶ道具を先に入れる」
ダリオは大きな工具と予備の滑車を抜き、測定針、短いレンチ、金槌、歯止め金具を残した。セラは着替えと毛布を諦め、医療箱を小さくする。フィオナは厚手の上着と替えの靴を出したが、飛行眼鏡と交換空気筒は手放さなかった。
第一班では、カシアンが予備杖を箱へ戻し、消火筒を秤へ載せていた。
「予備杖を置く。消火筒は残す」
再計量で、針が上限の線より下へ止まった。
隣の貨物線には、灰色の結晶を収めた封印箱がある。二日前に亀裂が入った封印材は、防熱板でできた外箱に覆われていた。四隅を太い固定具で貨物台へ留め、ボルクとマレクが側面の温度計を確認している。
数分で止まった発熱の原因は、まだ分かっていない。
結晶はその後の検査を通った。貨物車と客車の間には緊急切り離しのレバーが追加され、二人の教官が見張る。それでもボルクは、温度計からほとんど目を離していなかった。
「袋を閉じろ。発車するぞ」
荷役係が四人分の装備を網でまとめた。
火山鉄道は三両編成だった。先頭が機関部、中央が客車、後部が貨物車。列車が動き出すと、王都の外壁と学院の尖塔が窓の後ろへ流れていく。
第八班は客車の左側へ座った。通路の向かいに第一班、前方にローウェン。ボルクとマレクは貨物車に近い最後列にいる。
黒い岩山が近づくにつれ、フィオナは窓を広く開けた。冷たい風が結んだ髪を揺らす。
「閉める?」
セラが尋ねた。
「もう少し。地下へ入ったら、こんな風は来ないから」
フィオナの指は窓枠をつかんだままだった。
「苦しくなったら言って」
ルカが声をかける。
「言うよ。空気が止まれば、私が先に気づく」
フィオナは窓の外を見た。
「監獄炉から戻ったら、航空救難科の志望届を出す。母さんはまだ設計科を勧めてるけど」
「まだ反対されてる?」
「飛ぶ仕事で脚を痛めた人だからね。危ない理由をいくらでも言える」
川沿いの集積所へ、小型の貨物飛空艇が降りていく。フィオナはそれを目で追った。
「あの艇、狭い岸でも下ろせるんだよ。ああいうのを操縦したい。母さんに言うと、まず脚の話になるけど」
「なれると思う」
「返事が早い。根拠は?」
「昨日、宿舎の煙を抜いた時。俺には階段しか見えなかった」
フィオナがこちらを向く。
「そういう答え、ずるいな」
「ずるい?」
「そういう所を見てるなら、先に言ってよ」
彼女は窓を閉めた。
「ルカは卒業したら?」
「救助士になる」
「じゃあ、私の飛空艇に乗る?」
「乗せてくれるなら」
「高いよ」
「給料が出てから払う」
フィオナが笑う。ルカも笑った。
学院を卒業しても、魔法災害区域へ入る実地資格が要る。自力で防護具を起動できないルカが取れるのか、まだ分からない。そのことは言えなかった。
列車が山腹のトンネルへ入った。窓の外が暗くなり、天井の魔法灯がつく。
後部から、金属を強く打つ音が響いた。
ルカの右掌が熱を持つ。
「箱だ」
最後列でボルクとマレクが立ち上がる。二人が貨物車への扉を開けた時、列車が左へ大きく曲がった。
鉄が床を削る音が続いた。
「ローウェン!」
ボルクの声が飛ぶ。
「固定具が外れた。生徒を前へ寄せろ!」
ローウェンが二班を先頭側へ動かす。ルカもフィオナの背を押して進ませた。だが、開いた扉の向こうで人が倒れているのが見えた。
ローウェンが壁の非常制動輪を回す。床下でブレーキが鳴ったが、曲線を走る列車はすぐには止まらない。
貨物係だった。封印箱と後部の壁の間に片脚を投げ出している。防熱板の外箱は四つの固定具のうち二つを引き抜き、貨物台ごと斜めに滑っていた。
次の曲線は右だった。
箱が反対へ動けば、貨物係を正面から押し潰す。
ルカは装備網から鉤縄を抜いた。
「待て。生徒は入るな!」
ローウェンが腕をつかむ。
「あの人を引く。ここからなら届く」
ルカは貨物車へ入らず、客車側の扉に片膝をついた。鉤を低く投げる。床を二度滑った鉤が、貨物係の腰帯を通り過ぎた。
「もう少し右!」
フィオナが扉の脇から叫ぶ。
「風で戻す。箱には当てない」
短い風が床を走り、鉤縄の先だけを右へ押した。鉤が腰帯へ引っかかる。
「掛かった!」
ルカが縄を引いた。貨物係の身体が床を滑る。セラが客車側から両腕をつかみ、扉の内側へ引き入れた。
「右足首は動かさないで。先生、この人を支えて」
セラは靴紐を切り、腫れ始めた足首へ手を当てた。
列車が右の曲線へ入る。
封印箱が動いた。
残った固定具が曲がり、外箱の角が床から浮く。ボルクとマレクは前側の壁へ退いた。箱と客車の扉を隔てるものは、貨物台の低い車輪止めしかない。
「楔!」
ダリオが叫んだ。
ルカは腰から二本を抜いて投げた。ダリオが受け取り、貨物車の床へ伏せる。
「左の車輪へ一本。もう一本は台の後ろだ!」
ボルクが長い固定棒で楔を押し込んだ。一本目を車輪が踏む。鉄楔は半分まで押し出された。
ダリオが扉の敷居へ手をついた。指先から鈍い光が走り、楔と床の金具をつなぐ。
「十秒しか持たん!」
「十分だ」
ルカは鉤を貨物係の腰帯から外し、今度は貨物台の横枠へ投げた。鉤が掛かる。ローウェンとカシアンが縄をつかんだ。
「引くぞ!」
三人で体重を後ろへかける。縄が張り、ルカの救助帯が腰へ食い込んだ。
外箱の底が楔へ当たった。
激しい衝撃が腕まで伝わる。足が一歩滑った。カシアンが縄を持ち替え、客車の座席脚へ巻きつける。
「ルカ、結び目を」
「三秒」
ルカは張った縄へ留め輪を作った。ローウェンが座席脚の根元を確かめ、体重を預ける。
貨物車から焦げた匂いが流れ込んだ。外箱の角が木製の床板をこすり、細い煙が上がっている。
カシアンが消火筒を抱えた。
「箱には掛けない。床だけ冷やす」
白い消火剤が扉の前を覆い、煙が止まった。フィオナが天井沿いに風を送り、残った熱気を後部の排気口へ押し出す。
「固定できた! 急に止めるな。ゆっくり落とせ!」
ボルクが前へ合図した。
車輪が軋み、列車は少しずつ減速した。貨物台は二本の楔と鉤縄に止められ、扉まで腕一本ほどの所で動かなくなった。
ルカは縄から手を放した。掌には新しい擦り傷ができていた。セラが貨物係の足首を固定しながら、こちらを見る。
「あとで手、見せて」
「浅い傷だ」
「あとで。手を見せて」
「分かった」
ダリオが床に座り、右手を振った。魔力を流した人差し指が小さく震えている。
「駅で置いてきた滑車より、楔二本の方が役に立ったな」
「一本、曲がった」
「役に立ったから曲がったんだ」
ボルクは外れた固定具を拾い上げた。太い留め軸は途中から折れている。断面の中央だけが黒く変色していた。
「外から熱を受けた跡じゃない」
マレクが温度計を見る。四本の針は、ようやく上がり始めたところだった。
「また計器より先に、中で何かが動いた」
列車はトンネルを抜けた。
山の斜面に、黒い石壁と四本の排気塔が見える。貨物台は鉤縄と楔で仮固定したまま、監獄炉の駅へ運ばれていった。




