学外実習選抜
「監獄炉実習へ進むのは、第一班と第八班だ」
翌朝、ローウェンが二つの班を呼んだ。
昨日使った模擬街区では、焦げた工房の壁が取り外されている。ルカたちの後ろには、次の訓練を待つ一年生が集まっていた。
「第八班、本当に入ったぞ」
「五人全員を運んだ班だろ」
声は聞こえていた。以前のように、魔力ゼロの生徒を危険な施設へ入れてよいのかと責める者はいない。
ルカは三人を見た。フィオナは眠そうな顔のまま親指を立て、ダリオは右手を開閉している。セラだけは、ルカが振り向く前から彼の顔色を見ていた。
「眠れました?」
「寝た。肩が少し重いだけ」
「あとで肩を見せて」
「選ばれた直後くらい喜ばせてよ」
フィオナが口を挟む。
「喜ぶのは好きにして。肩はあとで見るから」
セラは声を変えなかった。
前に立つカシアンが、ローウェンへ尋ねた。
「順位も、この二班が首位ですか」
「審査したのは速さだけではない。第一班は火勢の制御と初動、第八班は救助順の変更と全員搬出が最も良かった。総合順位は今日中に各班へ伝える」
ローウェンは二班を見渡した。
「選ばれた八名は、このまま第五技術棟へ来い。現地で扱う設備と、持ち込める装備を説明する」
ルカたちは訓練場を出た。歩き始めると、両肩に昨日の搬送の疲れが残っているのが分かる。ダリオも右手を制服のポケットへ入れたままだった。
「震えてる?」
ルカが聞くと、ダリオは手を出した。指先は止まっている。
「もう治まった。十秒も梁を持たせたんだ。今日まで震えてたらセラに工具を取り上げられる」
「震えたら取り上げる」
「ほらな」
第五技術棟の奥では、大きな木箱が八つ並べられていた。防熱布、機械式呼吸具、折り畳み担架。どの箱にも持ち上げる人数と重量が記されている。
その列から離れた石床に、灰色の鉄箱が置かれていた。
箱は膝ほどの高さで、四隅を床の金具へ鎖で留められている。蓋には二重の留め具があり、隙間を白い封印材が塞いでいた。周囲だけ柵が置かれ、赤い線の内側へ入れないようになっている。
右の掌が温かくなった。
ルカは足を止めた。地下で灰色の結晶に触れた時と同じ感覚だった。箱まで六歩ある。見えなくても、どこに置かれているか分かる。
「あれも持っていくのか」
隣でダリオが鉄箱を見た。
「近づくなよ」
木箱の陰からボルクが出てきた。厚い革手袋を着け、長い柄の付いた温度計を持っている。マレクも柵の反対側に立っていた。
ローウェンが八人を、床の白線より手前へ並ばせた。
「火山鉄道で半日、監獄炉施設へ行く。主区画は止まっているが、換気炉と冷却路、昇降機は動く。お前たちが使うのはその設備だ。地下で捜索と搬送をする」
フィオナが天井を見上げた。
「地下なのに、どうして私まで選ばれたの」
「風が止まった時、お前が最初に気づける。監獄炉は深い。換気炉が止まれば、煙も蒸気も地下に残る」
フィオナの口元から笑みが消えた。風の音が届かない場所を苦手としている。ルカは知っていたが、彼女はすぐに鉄箱へ顎を向けた。
「それも実習道具?」
「違う」
答えたのはボルクだった。
「学院地下から出た結晶だ。監獄炉に残る古い耐熱材と成分が似ている。現地の鑑定炉へ持っていく」
「王都では調べられないんですか」
セラは鉄箱から目を離さなかった。
「ここで熱を加えるには封を解く。向こうなら箱ごと炉へ入れられる。おかしな反応が出たら、そのまま冷却路へ落とす」
「危険な物を動かしてでも?」
「出発までに三度、熱を掛けて計器を確かめる。一度でも規定を外れたら運ばない」
ローウェンは白線の向こうの鉄箱を指した。
「列車では客車から切り離せる貨物車に積む。切り離した車両は自動で制動が掛かる。それでも危ないと見たら、俺が止める」
ローウェンは八人を見渡した。
「検査を通っても、道中で様子が変われば実習ごと中止だ」
「私たちが運ぶんですか」
セラの声が低くなった。
「運ぶのは教官と施設職員だ。お前たちは箱へ手を出すな。列車と昇降機が同じだから、乗り合わせるだけだ」
ボルクは温度計の柄で赤い線を示した。
「これより内側へ入るな。落とし物をしても拾うな。箱に異常があれば離れて教官を呼べ」
カシアンが鉄箱の留め具を見た。
「火属性の防護要員は付きますか」
「私とマレクが付く」
ローウェンが答えた。
「君たちは自分の班と装備を管理しろ。危険物への対応まで実習には含めない」
ダリオは並べられた木箱へ移った。呼吸具を一つ持ち上げ、金具と管を確かめる。
「全部は持っていけないな」
「現地の地下昇降機には重量制限がある」
ローウェンが言った。
「明後日の出発前に、班ごとに装備を選び直す。個人装備も同じだ。必要だと思う物を挙げておけ」
「飛行眼鏡も荷物扱い?」
「使い道を説明できればな」
「暗い所で気分が上がる」
「重量に見合わない」
ダリオが即座に切った。
「まだ重さも量ってないでしょ」
二人は木箱の間へ移り、担架を残すか、支柱を何本にするかで言い合い始めた。セラは医療箱の留め具を開き、不足している包帯の数を係員へ伝える。カシアンの班も、耐火外套と消火筒を床へ並べていた。
ルカは呼吸具の交換筒を持った。昨日使った物より長い。残量計が機械式なので、自分でも扱える。
右の掌には、まだ温かさが残っていた。
鉄箱の温度計は動いていない。ボルクも一度確認しただけで、装備表をローウェンへ渡していた。
「ルカ、それ二本持つ?」
フィオナが交換筒を指した。
「持てるなら。昨日みたいに一人へ渡すこともある」
「なら私が一本持つ。自分の空気までルカに運ばせたくないし」
フィオナは彼の手から一本を取った。
掌の温かさが、急に強くなった。
ルカは鉄箱へ向き直った。温度計の針は同じ位置にある。それでも箱の中心から外へ、熱が押し広がってくるのが分かった。
「みんな、箱から離れて」
ダリオが手を止めた。セラは近くの生徒を白線の外へ押し戻す。カシアンは鉄箱と退路を一度見て、自分の班へ出口を示した。
ボルクが長い温度計をつかんだ。
「根拠は」
「中が熱くなってる。さっきより速い」
「計器は平熱だ」
「でも、熱が箱の外へ広がってる」
短く、硬い音がした。
鉄箱の側面を塞いでいた白い封印材に、髪の毛ほどの亀裂が走る。
遅れて温度計の針が跳ね上がった。
「全員、棟外へ!」
ローウェンの声で、二班が動いた。
ルカは最後尾を確認して出口へ向かう。背後でボルクが隔離覆いの鎖を引き、厚い防熱板が鉄箱を囲んだ。
扉が閉まる直前、もう一度、亀裂の広がる音がした。
灰色の結晶は、停止した監獄炉へ運ばれる前から熱を持ち始めていた。




