四人で選ぶ
学外実習選抜審査の第二課題は、翌朝に始まった。
第八班の前には、石壁で囲まれた小さな街区が造られている。左に染料工房、右に三階建ての宿舎、中央に荷車の通る道。工房の屋根は傾き、宿舎の二階から白煙が出ていた。
入口の脇には、二本の配管と一つの圧力槽がある。青い管は宿舎の散水器へ、黄色い管は工房の持ち上げ機へつながっていた。圧力槽で動かせるのは、どちらか一方だけだ。
ローウェンが手輪の前に立った。
「制限時間は十八分。救助対象、火災、崩落、魔導設備の異常を確認し、必要な処置を選べ。すべての課題を終えられるとは考えるな」
質問の時間は終わっている。
開始鐘が鳴った。
中央の道で救助信号が一つ、工房から二つ、宿舎から二つ。続けて宿舎の窓が赤く光り、工房の屋根から瓦が落ちた。
ルカは中央へ駆けかけた。
「待って」
セラの声で足を止める。
道に倒れている人形の状態札は黄色だった。右脚から出血している想定だが、呼吸を示す灯りは一定に点滅している。
「圧迫すれば待てる。工房の二人を先に」
「宿舎の煙が増えてる」
フィオナは窓を見上げた。白煙が屋根の下へ溜まり、風上側の三階へ回り始めている。
「今なら防火戸を閉めて二階に留められる。散水はその後でも間に合う」
ダリオは工房の屋根へ測定針を向けた。円盤の線が大きく振れる。
「工房は五分もたない。主梁の左が折れてる。持ち上げ機を使わないと中の二人を出せない」
三人の声を聞きながら、ルカは中央の人形を見た。手を伸ばせばすぐ運べる。だが四人でここへ集まれば、工房の残り時間を失う。
「中央は圧迫して残す。フィオナは防火戸。終わったら工房へ。ダリオは持ち上げ機を動かして。セラは俺と工房の二人を見る」
「中央が橙になったら戻る。そこは私が決める」
「分かった」
「防火戸は三十秒!」
フィオナが宿舎へ走る。
ルカは中央の人形の脚へ止血帯を巻いた。締めた時刻を状態札の脇へ差し、工房へ向かう。セラがすぐ後ろについた。
ダリオは入口の手輪を黄色い管へ切り替えていた。圧力槽から低い音が出る。工房内で持ち上げ機の腕が伸び、落ちた梁を少しずつ押し上げた。
「俺が手輪を離すと下がる。先に位置を見ろ!」
工房の入口は膝の高さまで潰れていた。ルカは伏せ、隙間から中をのぞく。
一体は入口から三歩。もう一体は奥の作業台の下にいる。梁が二体の間へ斜めに落ちていた。持ち上げ機が押しているのは右端だけで、奥側はほとんど動いていない。
「手前は腕を挟まれてる。出血は橙。奥は見えない」
セラが状態札の色を読む。
屋根から砂が落ちた。
「俺が手前を外す。セラは奥を確認して」
「一人で梁に触らないで」
「触らない。台の脚を使う」
ルカは救助帯から鉄楔を抜いた。梁と床の隙間へ差し、作業台の折れた脚を梃子にする。押すと、挟まれた腕の上に指三本分の空間ができた。
セラが人形を引き寄せる。橙色の状態札は変わらない。
「一体目、外へ」
ルカが人形を入口へ押した。外から風が入り、床の粉塵が奥へ流れる。
「防火戸、閉めた!」
フィオナが入口へ滑り込んできた。
「宿舎の二人は二階東側。片方が動けないって合図が出てる」
「こっちが先だ。奥の位置を探せるか」
「やる」
フィオナは床へ手を向けた。細い風が作業台の下へ入り、奥の壁へ当たって戻る。
「人形は壁際。上に棚が倒れてる。左からなら届く」
セラが隙間へ身体を入れた。ルカは肩を並べず、足首をつかめる位置まで待つ。
「赤。胸を圧迫されてる」
「棚をどける」
「待って。屋根が動いた」
フィオナが上を見た。
持ち上げ機の腕が震えている。外からダリオの声が飛ぶ。
「圧が落ちてる! 宿舎の散水器が勝手に開いた!」
防火戸を閉じたことで熱が散水管の感知器へ集まり、弁が作動したらしい。一つの圧力槽から、工房と宿舎の両方へ水が流れ始めていた。
梁が指一本分下がる。
「フィオナ、外の青管を閉じて!」
「閉じたら宿舎が燃える!」
ルカは奥の人形を見た。赤い状態札。頭上の梁。外には待たせている一体。宿舎には二人。
自分で青管を閉じに行けば、セラと人形が崩落の下へ残る。
「ダリオ、あと何秒支えられる」
「手輪だけなら一分。持ち上げ機が止まったら俺の魔法で十秒!」
「セラ、十秒で胸を外せる?」
「棚が上がれば八秒」
「フィオナ、散水を残したまま、工房へ圧を戻せる?」
「青管を半分潰す。二十秒ちょうだい」
「それで行こう」
フィオナが外へ戻った。
ルカは倒れた棚へ鉤縄を掛ける。引く方向を変えるため、梁に触れていない柱へ縄を回した。
「セラ、上がったら人形だけ見て」
「あなたは」
「棚を持つ。十秒なら」
「九秒で終わらせる」
外で金属が歪む音がした。フィオナが風を巻きつけ、青い散水管を押し潰している。
持ち上げ機の震えが弱まった。
「戻った!」
ダリオが手輪を最後まで回す。梁が持ち上がる。
ルカは鉤縄を引いた。棚の脚が床を擦り、奥の人形の胸から離れる。セラが両腕を差し入れた。
「今、止めるぞ!」
持ち上げ機が沈んだ。
ダリオの魔法が梁へ走る。落下が止まる。
「十!」
セラが人形の首と腰を保ったまま引く。
「九、八!」
ルカの足が床を滑った。縄を救助帯へ巻き、腰で棚の重さを受ける。
「数えなくていい!」
「残りが分かる!」
「五!」
人形の膝が棚を抜けた。ルカは縄を離し、セラの腕から人形の腰を受け取る。
「出た!」
二人で入口へ押し出した。ダリオが魔法を切る。梁が落ち、工房の入口を塞いだ。
外へ出ると、宿舎の二階から出る煙が黒くなっていた。潰した青管からは細い水しか流れていない。
中央の人形の状態札も橙へ変わっている。
残りは八分だった。
「中央を先に」
セラが止血帯を確認した。
「宿舎までの途中で白線へ渡せる。俺とセラで運ぶ。ダリオは」
「工房の二体を白線へ。フィオナは宿舎だろ」
「一人で上がる気か」
フィオナは宿舎の二階を見た。防火戸の隙間から煙が漏れている。
「階段の位置は分かる。でも煙を抜きながら人を二人連れてくるのは無理」
ルカは三人を見た。
「順番を変える。五人とも宿舎前へ集める。ダリオとセラが救出済みの三人を白線へ運ぶ。俺とフィオナが二階へ行く」
「工房の炉が残ってる」
セラが塞がった入口の奥を見る。審査要項には、救助のほかに炉の停止も課題として書かれていた。
ダリオが首を振った。
「あの入口を開け直すだけで五分だ。炉室の防火壁は閉じてる。制限時間中は外へ出ない」
「炉を捨てる」
ルカが言った。
「人を先に出す。いい?」
「いい」
「それで」
「早く行って。こっちは運ぶ」
フィオナが宿舎の戸を開けた。
二階へ続く階段には煙が溜まっている。ルカは機械式呼吸具を着け、交換筒をフィオナへ渡した。フィオナは筒を口元へ当て、短く風を送る。煙の中央に、人一人が通れる薄い道ができた。
二階東側には、赤い腕章を巻いた上級生が二人いた。一人は歩ける。もう一人は右足首を負傷した想定で床へ座っている。
「助けに来た。歩ける人はフィオナの後ろへ。負傷者は俺が運ぶ」
ルカは座っている上級生へ背を向けた。腕を肩へ回してもらい、立ち上がる。
廊下の奥で火が上がった。
フィオナが風を弱める。強く吹けば火までこちらへ引く。
「煙の道、狭くする。壁から離れないで!」
四人は一列で階段を下りた。ルカの呼吸具が残量を知らせる振動を返す。あと一分もない。
玄関を出ると、ダリオとセラが中央の人形を白線へ渡したところだった。工房の二体も並んでいる。
「宿舎二名!」
係員が受け取り、状態を確認する。
終了鐘が鳴った。
工房の奥では、停止させなかった魔導炉の警告灯が赤く点滅している。防火壁の外へ炎は出ていない。宿舎の散水管からは、潰れた部分を抜けた細い水がまだ落ちていた。
ローウェンは五人の救助対象を順に確認した。
「五人とも出したな。炉は止まっていない。誰が宿舎へ戻ると決めた?」
「俺です。炉は残しました」
「待て。炉室の壁が持つって言ったのは俺だ」
ダリオが、まだ赤く点滅する警告灯を指した。
「中央の人形を待たせたのは私。止血帯を巻いて、時間を作りました」
セラが続けると、ローウェンは採点具から目を上げた。
「聞いた。フィオナ、防火戸は?」
「閉めた。二階に二人残ってるのが見えたから、戻るつもりだったよ」
ローウェンはそこで初めて採点具を閉じた。
「第八班、合格。明朝、学外実習へ進む二班を発表する」
隣の審査区画でも終了鐘が鳴った。
煤を肩につけたカシアンが、向こうの門から出てくる。ルカたちの背後で赤く点滅する炉と、白線に並んだ五人を見た。
今度ばかりは、どちらの班が上だったのか、ルカにも分からなかった。




