最下位班対首席班
開始鐘と同時に、向かいの門から赤い炎が走った。
カシアンの炎は倒れた棚の下を抜け、床へ広がっていた訓練油の手前で横へ折れる。細い火の線が油を囲み、それ以上の延焼を止めた。
「もう押さえたの?」
フィオナが走りながら右を見る。
「向こうを見るな。梁が落ちる」
ダリオが怒鳴った。
ルカは前へ向き直った。第八班の入口には、焼けた倉庫を模した壁が二列残っている。中央の屋根は崩れ、両側の班が同じ三体の救助人形を探す構造だった。
地下の破裂から一週間が過ぎていた。旧区画は封鎖されたまま、学院の授業は再開している。
三日前、学院は監獄炉施設で行う学外実習へ、一年生から二班だけを同行させると告げた。地下昇降機の定員と、現地で教官が監督できる人数に限りがあるためだ。今日と明日の二つの課題で、その班を決める。
選抜審査の第一課題は十二分。第八班は最初からカシアンの班と同じ区画へ入れられた。救出の速さだけでなく、人形の状態、火勢の封鎖、班員の安全も見られる。先に触れた人形を奪い合うことは禁止されているが、どれを探すかは決められていない。
ルカは右手を開いた。包帯は三日前に外れ、痛みもない。ダリオの指も動いている。二人とも審査前にセラの確認を受けた。
「フィオナ、音は」
「近いのが右。奥にも二つ。たぶん並んでる」
風が煤を巻き上げ、壁の隙間へ入っていく。フィオナは目を閉じず、返ってくる風の乱れを追った。
「右はカシアンの方が近い」
「火も右へ寄ってる」
セラが入口から二歩の位置で防護光を広げた。淡い膜が四人の肩までを覆う。
右の壁越しに、金属の足音が近づいている。カシアンの班も同じ人形へ向かっていた。
「奥の二人へ行く」
ルカは決めた。
「手前を捨てるのか」
「向こうが先に着く。四人で同じ一人を追う方が遅い」
ダリオは中央の梁を見上げた。焼けた横木が斜めに落ち、奥の通路を半分塞いでいる。
「あれを支える。三十秒くれ」
「左から風を通す。煙もそっちへ抜くよ」
「防護は私が持たせる。ルカ、先走らないで」
「分かった。三十秒待つ」
ルカは鉤縄を外した。ダリオが梁の下へ二本の金属杭を置き、両手を床につける。石の継ぎ目が持ち上がり、杭の根元を挟んだ。
フィオナの風が天井近くを走る。溜まっていた白煙が左壁の排気穴へ吸われ、奥までの床が見えた。
「今!」
四人で梁の下を抜ける。
すぐ右で板が割れた。
別の通路からカシアンが現れ、倒れた棚へ杖を向けている。棚の下には一体目の救助人形があった。胸の状態札は黄色。脚を挟まれているが、搬送を急げば状態は悪化しない。
カシアンと目が合った。
「奥に二体いる。手前は頼む!」
ルカは奥を指した。
「了解した。奥は任せる」
炎が棚の二か所だけを焼き切る。カシアンの班員が左右から棚を持ち上げ、人形を引き出した。
「奥の左壁が傾いてる。正面は避けて」
カシアンには反対側から壁の上端が見えていた。
「助かる!」
第八班は止まらず奥へ進む。
通路の幅が急に狭くなった。左壁が内側へ傾き、その足元から救助信号の打音が二つ聞こえる。ひとつは一定。もうひとつは途中で間が空いた。
「二体の状態が違う」
セラが先にしゃがんだ。
壁の向こうをのぞくと、人形が二体重なっていた。手前の一体は肩を柱に挟まれ、胸の状態札が橙色へ変わり始めている。奥の一体はうつ伏せで、背中に赤い線が出ていた。
「奥は脊椎損傷。姿勢を変えないで。手前も、もうすぐ赤」
「壁は動かせる?」
ダリオが傾いた石壁へ拳を当てた。
「下が割れてる。起こせば上が落ちる。肩の柱だけ抜く」
「何秒?」
「二十。フィオナ、壁を押すな。奥から風を抜け」
「注文が細かい!」
言いながら、フィオナは風の向きを変えた。狭い隙間に溜まっていた煙が、人形の足元からこちらへ流れ出す。
「セラは手前。俺は奥へ入る」
「待って。奥を先に動かすと、手前の柱に触れる」
ルカは伸ばしかけた手を止めた。
整備溝でオスカーの声を聞いた時、ルカは三人の返事を待たずに白線を越えた。今は時間が減る音も、右の通路を戻るカシアンたちの足音も聞こえる。それでも、三人の返事を待った。
「どうする」
「柱が浮いたら、手前は私が引く」
「風で布を奥まで滑らせる。ルカはその上へ二体目を移して」
「二人を出した後、壁は俺が最後まで持つ。俺を置いて行くなよ」
「置いていかない。始めよう」
ダリオが柱の根元へ金属魔法を流した。錆びた固定具がわずかに広がる。ルカは鉤縄を柱へ一周させ、肩で引いた。
「上がるぞ」
柱が指二本分浮く。
セラが手前の人形の首と腰を支え、まっすぐ引き出した。状態札は橙色のまま止まった。
「一体目、確保」
フィオナが搬送布を床へ置く。風を細く入れると、布は傾いた壁の奥まで滑っていった。
ルカは身体を横にして隙間へ入る。肩が両側の石へ擦れた。うつ伏せの人形の脇へ腕を差し込み、背中を曲げないよう身体ごと布へ移す。
「乗った!」
「引くよ!」
フィオナが風を戻す。布の端がこちらへ動いた。ルカも後ろから人形を押す。
頭上で石が鳴った。
「早くしろ!」
ダリオの声が近い。壁を支える右腕が震えている。
人形の足が隙間を抜けた。ルカも床を蹴り、身体を外へ滑らせる。
「全員出た!」
ダリオが柱から手を離した。傾いた壁が沈み、隙間が半分に狭まった。
セラが二体の状態札を確かめる。
「手前は橙のまま。奥も悪化なし。運べる」
第一課題の終了まで四分を切っていた。
手前の一体はルカとセラが搬送帯で運ぶ。背部損傷の一体は、ダリオとフィオナが布の四隅を持った。走れば揺れる。四人は歩幅を合わせ、梁の下まで戻った。
入口側から熱が押し寄せた。
カシアンが囲っていた訓練油へ、天井から燃えた板が落ちている。火の線の内側だけだった炎が、板を伝って梁へ上がり始めた。
「あと二分!」
外から係員の声が飛ぶ。
カシアンの班は一体目を搬出済みだった。三人が出口で人形を引き継ぎ、カシアンだけが炎の前に残っている。
「その梁は切るな!」
ダリオが叫んだ。
カシアンの杖先が止まる。
「理由を」
「右端に俺の杭がある。梁を落としたら通路ごと潰れる!」
カシアンは燃えている部分を見上げ、杖を返した。炎が梁の下から離れ、油の周囲へ集まる。火勢は抑えられたが、道はまだ熱い。
「炎を右へ寄せる。風は左から」
「そっちから頼むの、初めてじゃない?」
「今すぐ頼む」
「はいはい。三秒だけ止める!」
風が入口から吹き込み、床の熱気を左へ押した。
カシアンが炎を右壁へ引きつけた。二人の術の間に、人形を運べる幅が空く。
「今、通って!」
ルカたちは人形を運んだまま火の脇を抜けた。防護光が一度薄くなる。
「止まらないで。外まで持たせる」
セラの声が低い。ルカは返事をせず、搬送帯の高さを保った。
白線を越えた直後、終了鐘が鳴った。
四人は人形を地面へ置かなかった。係員が状態札と姿勢を確かめ、受け取るまで手を離さない。
「二体とも救出。追加損傷なし」
その声を聞いてから、ダリオが腰を下ろした。
「ぎりぎり過ぎる」
「間に合ったからいいじゃん」
「次もそれで通す気か」
「次は一分早くする」
「そういう話じゃない」
セラは二人を横目で見ながら、ダリオの右手を取った。
「指は動く。ルカ、右手」
「痛くない」
「痛みの話は聞いてない。手を出して」
ルカは素直に手を出した。
向かいでは、カシアンの班が救出した一体と、消し止めた油火の区画を係員が確認していた。あちらは最初の救出が最も速く、延焼も中央線より先へ出していない。
第一課題を終えた班が、白線の外へ集まる。以前ならルカの属性欄を見て距離を取っていた生徒たちが、第八班の二体をのぞき込んでいた。
「奥に二体いたのか」
「信号、入口から聞こえた?」
質問はフィオナだけに向かなかった。
「壁の下から二つ聞こえた。見つけたのはフィオナだ」
ルカが答えると、別班の生徒が今度は傾いた壁からの出し方をダリオへ聞いた。ダリオは立ち上がり、指で柱の位置を示している。
ローウェンが中央へ来た。
「第一課題の首位は二班。最速救出と火勢封鎖を達成した第一班。二名を追加損傷なく搬出した第八班。同点とする」
小さなどよめきが起きた。
ざわめきの中から「第八班」という声が何度も上がった。
カシアンがルカの前で止まる。
「手前を任せた判断は正しい。こちらも迷わず動けた」
「奥に二人いたから行っただけだ」
「承知している。だから認めた」
カシアンは煤の付いた杖を布へ包んだ。
「明日は、こちらが上を取る」
「俺たちもそのつもりだ」
ルカの後ろから、三人分の返事が重なった。




