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落ちこぼれと呼ばれた俺は、燃える命を救うために無詠唱の炎を灯す――仲間と駆ける王道ファンタジー  作者: rorenji


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20/40

灰色の逆流

 翌朝、ルカはセラの診察を通り、軽作業に限って地下調査への同行を許された。


「荷物を持つ、壁を削る、走る。この三つは禁止」


「最後の一つは作業じゃないだろ」


「ルカには必要」


 火災救助棟の裏では、床下へ続く鉄蓋がすでに開いていた。ボルクが梯子の前に立ち、整備員二人の道具を確認している。マレクは火術杖の銀輪を布で拭いていた。昨日の油火を受けた部分だけ黒ずんでいる。


 ダリオが工具鞄を背負い直した。


「軽作業だってさ」


「聞こえてた。俺の鞄には触るなよ」


 セラがうなずくまで、ダリオは梯子へ足を掛けなかった。


 地下通路には昨日の焦げた油の匂いが残っていた。赤い帯を巻いた油管が天井近くを走り、その下に暖房用の太い黒管が並んでいる。どちらも停止していた。灯具の黄色い光だけが、低い天井を奥まで照らしている。


「昨日外れた継ぎ手はこの上だ」


 ボルクが油染みの残る床を靴先で示した。


「主弁を閉じた後も、地上側から圧が戻った。今日は戻り道を探す。ダリオは管を見る。フェルドは昨日の火の位置を言え。妙な熱を感じたら、先に口を開け」


 最後の言葉だけ、ルカへ向けられていた。


 ダリオが点検蓋を外す。油管の中にある逆止め板は、下側が奥へ曲がっていた。油を地上へ送る時とは反対の向きだ。


「やっぱり上から押されてる」


「火皿に圧を作る機構はない」


「だから、図面にない何かがつながってる」


 ダリオは曲がった板を戻さず、蓋だけを仮留めした。


 ルカは床の油染みを追った。黒い筋は通路の右壁まで続き、石の継ぎ目で途切れている。昨日、係員を閉じ込めた火も同じ側から壁へ回っていた。


「昨日の火は、この上を右へ進んだ」


 壁へ近づくと、包帯の下で右の掌が温かくなった。


 太い黒管は冷えている。触れた石も冷たい。熱は石一枚を隔てた向こう側を、床から胸の高さまで上がってきた。


「ここだ」


 ダリオが細い測定針を当てる。円盤の線が一度振れ、止まった。少し上へずらすと、また振れる。


「壁の中に金属がある。縦に一本」


 ボルクが短い槌で石を叩いた。三つ目から返る音が低くなる。


「奥は空洞だ。マレク」


「分かっている」


 マレクは火術杖を上げた。銀輪に細い赤光が走る。


「壁内に熱がある。小さいが動いている」


「開けますか」


 整備員が鏨へ手を伸ばした。


「まだ触るな」


 ボルクは壁際へしゃがみ、油染みの端を布で拭った。漆喰の下から縦の線が現れる。埋められた扉の端だった。


 その時、ルカの足元で白い粉が動いた。


 梯子から入っていた空気が止まっている。次の瞬間、粉は壁の継ぎ目へ吸い込まれた。


「下がって!」


 ボルクは理由を聞かなかった。


「全員、曲がり角まで退避!」


 二人の整備員が道具箱を持ち上げる。一人が手押し台車を引いたが、右の車輪が床の溝へ落ちた。


「置いていけ!」


 台車を離した整備員が走る。二歩目で足を滑らせ、膝をついた。


 壁の奥から金属が潰れる音がした。


 ルカは戻った。整備員の腕をつかみ、立たせる。右手に力を入れると包帯の下が痛んだ。


「走れる?」


「行ける」


 二人が曲がり角へ入る直前、埋められた扉が通路側へ膨らんだ。


 石が割れた。


 熱気と破片が通路を走る。残された台車が横転し、工具が床を跳ねた。天井の留め具が外れ、黒管が大きく下がる。


「支柱!」


 ボルクの声に、ダリオが工具鞄から伸縮支柱を抜いた。曲がり角から身を乗り出し、落ちてくる黒管と床の間へ斜めに差し込む。


 支柱の爪が石を滑った。


 ダリオは右手を床へ押しつけた。爪の両側から石が盛り上がり、支柱を挟む。金属の震えが止まった。


「固定した。長くは無理だ!」


「人を数えろ」


 ルカは角の内側を見た。ボルク、マレク、ダリオ、整備員が二人。自分を入れて六人。


「全員いる!」


 割れた壁から赤い炎が噴き出した。


 マレクが杖を振り上げる。通路を進んでいた炎が天井へ曲がり、排気口へ集まった。火力を消すのではなく、誰もいない上へ流している。


「熱を押さえる。空気を通せ」


 ボルクは左壁の手輪へ飛びついた。固着した輪を整備員と二人で回す。壁の小蓋が開き、床際へ冷気が入ってきた。


 炎の向きが変わった。マレクの額に汗が浮く。銀輪の赤光が強まり、噴き出す炎を排気口へ細く絞っていく。


「ダリオ、右が沈んでる」


 ルカの目の前で、支柱の下端が指一本分ずれた。


「見えてる!」


「台車を噛ませられる」


 横倒しになった台車は、支柱から二歩先にある。整備員が取りに出ようとした。


「人は出すな」


 ボルクが止める。


 ルカは救助帯から鉤縄を外した。


「ここから引く」


 床を滑らせるだけなら、重さを持ち上げずに済む。鉤を低く投げると、台車の枠へ掛かった。二度引いて確かめる。


「一人で引くな」


 整備員が縄の後ろを持った。二人で体重を後ろへ移す。台車が工具をこぼしながら床を滑ってきた。


「そこで止めろ。車輪を支柱の下へ」


 ボルクが長い棒で台車を押す。ずれた支柱の下へ鉄の車輪が入り、沈みが止まった。


 ダリオが大きく息を吐いた。床へ置いた右手はまだ震えている。


「固定を切るなよ」


「分かってる」


 冷気が強くなった。炎が排気口へ吸われ、赤い光が壁の割れ目まで後退する。


 やがて、マレクが杖を下ろした。


「燃料の火は切れた。奥に残熱がある」


 ボルクは全員を角の内側に残したまま、長い温度棒を割れ目へ差し込んだ。先端の白札が薄赤く染まり、少しずつ白へ戻る。


「近づくのは冷えてからだ。まずダリオの手を見ろ」


「動く」


 ダリオが指を開こうとした。親指と人差し指が途中で止まる。


「動いてない」


 整備員が固定を引き継いだ。ダリオは不満そうに眉を寄せたが、支柱から手を離した。


 温度札が白へ戻るまで待ち、ボルクとマレクが先に壁へ近づいた。埋められていた扉は上半分が崩れ、その奥に古い熱導管が露出している。縦に裂けた管から、灰色の塊が一つ転がり落ちた。


 ルカの右手が熱くなった。


「待って」


 誰かが拾う前に声が出た。


 塊は拳の半分ほどの大きさで、表面は灰色だった。割れた部分だけ角張っている。管も床も冷え始めているのに、掌の熱は強くなっていく。


「あれから熱を感じる」


 マレクが銀輪を向けた。


「表面温度は周囲と同じだ」


「古い蓄熱材かもしれん。だが学院で使う物とは形が違う」


 ボルクは整備員へ防護手袋と耐火皿を出させた。


「フェルド。触れるなら指一本だ。痛み、痺れ、熱のどれかが出たら離せ」


 ルカは右手へ手袋をはめた。包帯の上からでは指が曲げにくい。腰を落とし、人差し指だけを灰色の表面へ触れさせる。


 胸の奥から肩、肘、指先へ温かさが走った。


 塊の割れ目に赤い線が灯る。


「離せ」


 指を上げると赤い線は消えた。


 ダリオが測定針を近づける。円盤はわずかに振れた。


「金属が混じってる。割れ目が押されて、中の残熱が見えたのかもしれない」


 ボルクが別の手袋で同じ場所を押した。何も起きない。マレクの銀輪にも反応は出なかった。


「もう一度はやらん。容器へ入れろ」


 整備員が挟み具で灰色の塊を耐火容器へ移す。古い管の中には、同じ色の小片がいくつも詰まっていた。


 ボルクは裂けた管の奥を灯具で照らした。灰色の欠片の向こうに、小さな点検口がある。留め金の一部だけ、周囲と違って銀色に光っていた。


 ダリオが目を細める。


「ここ、擦れたばかりだ。古い錆が削れてる」


「内側から開けた跡か」


「工具は外から入ってる。先端の傷がこっちを向いてる」


 ボルクは点検口へ手を触れず、立ち上がった。


「地下の出入口を全部閉じろ。誰も単独で動かすな。学院の保安担当を呼べ」


 老朽化した管が偶然破れただけなら、内側の留め金に新しい傷は残らない。


 整備員が耐火容器を抱え、梯子へ向かった。厚い蓋が閉じても、ルカの掌には熱が残った。


 容器が角を曲がる。


 見えなくなってからも、どちらへ運ばれているか分かった。


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