最終話 私の隣にいてください
自分の気持ちに気づいてから。
私はレオンを意識するようになった。
顔を見るだけで胸が騒ぐ。
近くにいると落ち着かない。
手が触れるだけで、どうしていいか分からなくなる。
これまで魔物と戦うことのほうが簡単だった。
剣を握ればいい。
敵を見ればいい。
守るべきものを決めればいい。
けれど。
恋は違う。
私は完全に困っていた。
「団長?」
「何だ」
「最近、俺のこと避けてません?」
「避けていない」
「でも目が合うと逸らしますよね?」
「……」
「やっぱり!」
「うるさい」
「はい!」
いつものレオンだった。
けれど。
その「はい!」さえ。
今の私には愛おしく感じてしまう。
そんなある日。
王都近郊で、大規模な魔物の群れが発生した。
騎士団総出の討伐戦。
私は第三騎士団を率いて前線へ向かった。
「全員、私に続け!」
剣を抜く。
魔物が迫る。
私はシルヴァに跨った。
「行くわよ、シルヴァ!」
白銀の愛馬が駆ける。
長年の相棒。
私の意図を理解してくれる存在。
その背後には。
「団長、右です!」
レオンがいた。
「分かっている!」
私が敵を斬る。
同時にレオンが反対側の魔物を倒す。
背中合わせ。
一瞬の隙もない。
かつて新人だった少年は。
今では私の背中を完全に預けられる騎士になっていた。
だが。
戦いの最中。
巨大な魔物が私へ向かって突進してきた。
「団長!」
レオンが叫ぶ。
私は攻撃を受け止めた。
けれど。
衝撃で身体が吹き飛ぶ。
「っ……!」
地面に叩きつけられる。
「団長!」
レオンが駆け寄ってくる。
「私は大丈夫……」
「大丈夫じゃありません!」
レオンの顔が、初めて見るほど険しくなっていた。
「ここは俺が指揮します!」
「レオン……」
「団長は休んでください!」
「でも――」
「信じてください!」
その言葉に。
私は目を見開いた。
昔の私は。
一人で戦おうとしていた。
誰にも頼らず。
弱さを見せず。
全部自分で背負おうとしていた。
けれど。
今は違う。
私はレオンを見る。
「……分かった」
「はい!」
「任せる」
「任せてください!」
レオンは前線へ駆けていく。
仲間へ指示を出す。
魔物を引きつける。
そして。
最後には私のところまで戻ってきた。
「団長!」
「まだ終わっていない」
「はい!」
私は立ち上がる。
シルヴァも駆け寄ってくる。
その背に乗る。
レオンが笑った。
「やっぱり団長は格好いいですね!」
「……そうか」
「でも」
レオンが少し照れたように笑う。
「今は、可愛いです」
「……こんな戦場で言うな!」
「本当のことです!」
私は思わず笑った。
そして。
私たちは最後の魔物へ向かって駆け出した。
シルヴァが大地を蹴る。
レオンが隣を走る。
私たちの剣が同時に閃く。
巨大な魔物が倒れた。
戦いが終わった。
王都に平穏が戻った。
数日後。
私はレオンに呼び出された。
「団長」
「何だ?」
「俺、伝えたいことがあります」
レオンは緊張していた。
珍しい。
「俺は昔、団長みたいな騎士になりたいって言いました」
「ああ」
「強くて、格好よくて、みんなを守れる騎士に」
「覚えている」
「でも」
レオンは一歩近づいた。
「今は、別の意味で団長の隣にいたいです」
胸が高鳴る。
「俺、団長が好きです」
私は目を伏せた。
ずっと。
この言葉を待っていた気がした。
「……私も」
「え?」
「私も、あなたが好き」
レオンが固まる。
数秒後。
「……本当ですか?」
「本当よ」
「夢じゃないですか?」
「夢ではない」
「俺、今めちゃくちゃ嬉しいです!」
「声が大きい」
「すみません!」
私は笑った。
恋人になってからのレオンは。
以前にも増して騒がしくなった。
「団長、今日も可愛いです!」
「……もう慣れたわ」
「本当ですか?」
「……少しだけ」
手を繋ぐ。
それだけで胸が温かくなる。
夜。
「レオン」
「はい?」
「……もう少しだけ、ここにいて」
私がそう言うと。
彼は嬉しそうに笑った。
「もちろんです」
そっと手を握ってくれる。
その温かさが。
何より安心できた。
そして。
私はヴァレンティア家へレオンを連れて行く日を迎えた。
屋敷の扉を開ける。
「よく来たな!」
父、グレイヴ。
その後ろにはアルドとディーン。
全員、ものすごく大きい。
レオンの顔が引きつった。
「ナ、ナターシャさん……」
「大丈夫」
「本当ですか?」
「……たぶん」
父がレオンの前に立つ。
「お前がレオンか!」
「はい!」
「ナターシャを幸せにする覚悟はあるか!」
「あります!」
即答。
父の目が輝いた。
「よし!」
兄たちも頷く。
「では、まず腕立て伏せ百回だ!」
「お兄様!」
「冗談だ」
「絶対、半分本気だったでしょう」
母が笑う。
「レオンさん」
「はい!」
「ナターシャは昔から、一人で何でも背負う子でした」
「……」
「どうか、これからは一人で背負わせないであげてください」
レオンは真剣な顔で頷いた。
「はい」
そして。
「俺が全部守る、とは言いません」
父と兄たちが静かに聞いている。
「ナターシャさんは強い人だから。俺一人で守るなんて、たぶんできません」
レオンは私を見る。
「だから、一緒に守ります」
胸が熱くなった。
「嬉しいわ」
私は彼の手を握った。
父が拳を握る。
「合格だ!」
「お父様……」
「筋肉は裏切らない!」
「関係ないでしょう」
屋敷に笑い声が響く。
こうして。
私は、レオンと共に歩む未来を選んだ。
やがて私たちは結婚した。
レオンはヴァレンティア家へ婿入りすることになった。
最初は緊張していた彼も。
今ではすっかり家族の一員だ。
「レオン! 筋肉を鍛えるぞ!」
「はい、お義父さん!」
「レオン、こっちだ!」
「はい、お義兄さん!」
「あなたたち、ナターシャが呆れているでしょう」
母が止める。
「……もう好きにして」
私はため息をつく。
隣でレオンが笑った。
「ナターシャ」
「何?」
「今日も可愛いですね」
「……」
私は彼の腕にそっと手を絡める。
「……あなたがそう言ってくれるなら」
少しだけ。
素直になれる。
昔の私は。
強くなければ愛されないと思っていた。
可愛くなければ、誰かに選ばれないと思っていた。
でも。
違った。
強くても。
弱くても。
格好よくても。
可愛くても。
その全部を含めた私を。
愛してくれる人がいた。
シルヴァと出会った日。
初めて、背中を預けられる相棒ができた。
そして。
レオンと出会った日。
私は、心を預けられる人と出会った。
白銀の愛馬と。
騒がしい金髪の騎士。
私の人生に現れた二つの大切な出会い。
そのどちらも。
私を、一人ではない場所へ連れて行ってくれた。
「ナターシャ」
「何?」
「これからもずっと、俺の隣にいてください」
私は微笑む。
「それは私の台詞よ」
「じゃあ……一緒ですね」
「ええ」
私は彼の手を握った。
もう。
強がる必要はない。
誰かに頼ってもいい。
甘えてもいい。
愛されてもいい。
そして。
誰かを愛してもいい。
私は「氷刃のナターシャ」。
王国最強と称される女騎士。
そして――。
「レオン」
「はい?」
「……大好きよ」
「――っ!」
顔を真っ赤にした彼を見て。
私は小さく笑った。
昔は、誰にも言ってもらえなかった。
「可愛い」という言葉。
けれど今は。
「団長、今日も可愛いです!」
「……もう。分かったから」
毎日のように聞かされている。
少しだけ騒がしくて。
少しだけ鬱陶しくて。
でも。
どうしようもなく幸せな毎日。
そんな日々を。
私は、これからも彼と歩いていく。
白銀の愛馬シルヴァと。
私を愛してくれる、無自覚わんこな副団長――レオンと。
強さだけが、私のすべてではない。
可愛さだけが、女の価値でもない。
私は私のままでいい。
そう思えるようになったのは。
きっと。
ずっと私の背中を追いかけてくれた彼が。
いつの間にか、私の隣に立ってくれていたから。
「ナターシャ!」
「何?」
「大好きです!」
「……ふふっ」
私は笑う。
今度は。
誰にも隠さずに。
**――可愛げがないと言われた女騎士団長は、無自覚わんこ副団長に溺愛される。**
**――完。**




