第3話 氷刃の団長と、騒がしい新人騎士
王国騎士団に、新しい季節がやってきた。
春の柔らかな風が、王城の中庭を吹き抜ける。
花壇には色とりどりの花が咲き始め、冬の間はどこか寂しかった王都にも、少しずつ明るい色が戻ってきていた。
私は第三騎士団の訓練場に立ち、整列した新人騎士たちを眺めていた。
その中に、見慣れた金髪がある。
「レオン」
「はい!」
「前へ」
「はい!」
レオンは勢いよく前へ出た。
しかし。
足をもつれさせた。
「うわっ!」
転ぶ。
訓練場に小さな笑い声が響いた。
レオンは顔を真っ赤にしながら立ち上がった。
「す、すみません!」
「謝る必要はない」
「はい!」
「ただし、周囲をよく見ろ」
「はい!」
私は淡々と告げた。
「もう一度」
「はい!」
レオンは再び姿勢を整える。
私はその姿を見ながら思う。
以前より、少しだけ動きが良くなっている。
まだまだ未熟。
けれど。
確実に成長している。
レオンは毎日、誰よりも早く訓練場へ来る。
誰よりも遅くまで残る。
失敗すれば、自分で原因を考える。
分からなければ先輩に聞く。
そして翌日には、昨日できなかったことに挑戦している。
才能が飛び抜けているわけではない。
けれど。
努力を続ける才能だけは、誰にも負けていなかった。
「団長!」
訓練が終わると、レオンが駆け寄ってきた。
「何だ」
「今日の俺、どうでしたか?」
「……」
私は少し考える。
「昨日よりは良かった」
「本当ですか!」
「ただし、まだ足元が甘い」
「はい!」
「剣を振るときに肩へ力を入れすぎている」
「はい!」
「視線も下がっている」
「はい!」
「それから――」
私が指摘を続けると。
レオンは嬉しそうに頷いていた。
「……何を笑っている?」
「団長が俺のこと、ちゃんと見てくれてるんだなって!」
「……」
不意打ちだった。
私は顔を逸らした。
「当然だ。部下なのだから」
「はい!」
レオンは満面の笑みを浮かべる。
その顔を見ると。
なぜか、胸の奥が少しだけ温かくなる。
――変な奴。
私はそう思った。
半年が過ぎた。
レオンは少しずつ変わっていった。
剣を振る姿勢が安定した。
足運びも良くなった。
体力もついた。
何より。
以前よりも周囲を見るようになった。
ある訓練で、仲間が足を滑らせたとき。
レオンは反射的に腕を伸ばした。
「大丈夫か!」
「レオン……助かった」
「よかった!」
その姿を見て、私は思った。
強さとは、剣の技術だけではない。
誰かを守ろうとする気持ち。
それもまた、騎士に必要なものだ。
夕方。
訓練場に残っていたのは、私とレオンだけだった。
「まだやるのか?」
「はい!」
「今日はもう十分だ」
「でも、もう少しだけ!」
「明日に響く」
「……はい」
レオンは素直に木剣を置いた。
「団長」
「何だ」
「いつか、俺も団長の隣に立てますか?」
私は彼を見る。
まだ少年の面影が残る顔。
けれど、その瞳には強い意志が宿っていた。
「努力すれば、可能性はある」
「じゃあ、頑張ります!」
「……ああ」
レオンは笑った。
その笑顔を見ながら。
私はふと考えた。
もし、この青年が本当に強くなったら。
もし、いつか私と肩を並べるようになったら。
そのとき私は――。
「……何を考えているんだ、私は」
小さく呟いた。
レオンが振り返る。
「何か言いました?」
「何でもない」
「そうですか!」
……やっぱり騒がしい。
けれど。
その騒がしさが。
以前ほど嫌ではなくなっている自分に。
私はまだ気づいていなかった。
夜。
厩舎でシルヴァの首を撫でる。
「今日も、あの新人がね」
シルヴァは静かに耳を動かした。
「少しずつ強くなっているの」
白銀の馬は、私の肩に鼻先を寄せる。
「……そうね」
私は目を細めた。
「私も、ちゃんと見ていかないとね」
そして翌朝。
私はいつもより少し早く訓練場へ向かった。
新人騎士の成長を見守る。
それは、団長として当然のこと。
そう。
きっと、それだけだ。
――今は、まだ。
**――次回に続く。**




