第2話 白銀の愛馬と、黄金の新人騎士
春。
王都に柔らかな風が吹いていた。
王国騎士団の訓練場には、新しく入団した見習い騎士たちが集められている。
私は第三騎士団の団長として、彼らの様子を見ていた。
「全員、背筋を伸ばせ」
声をかける。
「はい!」
揃った返事が返ってきた。
……少し緊張しているようだ。
当然だろう。
ここは王国騎士団。
憧れだけでは続かない場所だ。
努力しなければ、すぐに置いていかれる。
私は新人たちを一人ずつ見ていった。
その中で。
一人だけ。
妙に元気な青年がいた。
「はい!」
返事だけが、周囲の倍くらい大きい。
私は眉を寄せた。
青年の名は――レオン。
十八歳。
短い金髪に、明るい青い瞳。
貴族出身ではない。
父親は鍛冶職人。
母親は仕立屋。
幼い頃、村を襲った盗賊から人々を守った騎士たちを見て、自分も誰かを守れる人間になりたいと思ったらしい。
騎士になりたい。
その一心で王都までやって来た青年だった。
「レオン」
「はい!」
「声が大きい」
「申し訳ありません!」
「謝る声も大きい」
「申し訳ありません!」
「……」
「……?」
私は小さく息を吐いた。
「もういい」
「はい!」
――やはり大きい。
その日から。
レオンは何かと私の視界に入ってくるようになった。
剣術訓練では転ぶ。
掃除では水をこぼす。
書類を運べば途中で落とす。
それでも。
「すみません! もう一度やります!」
必ず立ち上がる。
誰かに笑われても。
失敗しても。
叱られても。
「次はちゃんとできます!」
そう言って、もう一度挑戦する。
不思議な男だった。
ある日の訓練。
レオンは木剣を振り下ろした。
だが、力が入りすぎて体勢を崩す。
「うわっ!」
地面に倒れた。
周囲から笑い声が漏れる。
私は無意識に口を開いていた。
「立て」
「はい!」
レオンはすぐに立ち上がった。
「もう一度」
「はい!」
また転ぶ。
「もう一度」
「はい!」
また失敗する。
それでも。
レオンは諦めなかった。
その姿を見ていると、なぜか昔の自分を思い出す。
木剣を握って。
転んで。
傷だらけになって。
それでも立ち上がった、幼い頃の自分。
「……似ているな」
思わず呟いた。
もちろん、本人には聞こえていない。
ある日の夕方。
レオンは訓練中に手を負傷した。
「大丈夫です!」
「大丈夫ではない」
「でも、まだ訓練が――」
「医務室へ行け」
「はい……」
渋々歩き出したレオンだったが。
数歩進んだところで、ふらついた。
「……レオン」
「はい?」
「肩を貸せ」
「え?」
「行くぞ」
「はい!」
私が腕を取ると。
レオンは驚いたように目を丸くした。
「団長、自分で歩けます!」
「なら歩け」
「はい!」
……元気だ。
本当に元気だ。
医務室で傷を確認し、簡単に包帯を巻く。
「しばらく剣は握るな」
「でも――」
「命令だ」
「……はい」
しょんぼりするレオン。
なぜだろう。
少しだけ、犬のように見えた。
私は思わず目を逸らした。
「……何ですか?」
「何でもない」
「団長?」
「帰れ」
「はい!」
レオンが出ていく。
その背中を見送りながら。
私は小さく息を吐いた。
「……部下を守るのも、私の仕事よ」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
数日後。
レオンは訓練場に戻ってきた。
「団長!」
「何だ」
「手、治りました!」
「そうか」
「また訓練、お願いします!」
「焦るな。まず基礎からだ」
「はい!」
レオンは嬉しそうに笑った。
その笑顔は、眩しいくらい真っ直ぐだった。
「団長みたいな騎士になりたいです!」
「……私みたいに?」
「はい!」
迷いのない返事。
「強くて、格好よくて、みんなを守れる騎士です!」
私は一瞬、言葉を失った。
そんなふうに言われたことはなかった。
「……そう」
「はい!」
「なら、努力しろ」
「はい!」
レオンは敬礼をした。
少し不格好な敬礼だった。
けれど。
私は、ほんの少しだけ口元を緩めていた。
このときはまだ。
それが特別な感情だとは思っていなかった。
ただ。
真っ直ぐな新人を、見守っているだけ。
そう思っていた。
厩舎へ向かうと、白銀の馬がこちらを振り返った。
「シルヴァ」
私が呼ぶと、彼は静かに近づいてくる。
「今日も騒がしい新人がいたわ」
シルヴァは鼻を鳴らした。
「……あなたもそう思う?」
もう一度、鼻を鳴らす。
私は小さく笑った。
「そうね」
このとき。
シルヴァだけは、気づいていたのかもしれない。
私が新人騎士の話をするときだけ。
ほんの少しだけ、声が柔らかくなっていたことに。
**――次回に続く。**




