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7話 同居人への贈り物


 11月のはじめ。奈美子さんの部屋に居候を始めて、もうひと月が過ぎた。

 短期の清掃アルバイトも順調。奈美子さんのお陰でスマホも使えるようになって、最近は休みの日も時々隙間時間のバイトを始めた。

 そしてついに、今日はお給料日。

 ようやく奈美子さんにお返しが出来るとあって、俺は朝から浮き足立っていた。


「奈美子さーん、バイト行ってきますねー」

 朝食を食べた後、リビングで寛ぐ奈美子さんに声をかける。

 今日は夜勤だから、まだ寝癖を直していない。

「はぁーい、いってらっしゃーい」

 

 あくびをしながら返す奈美子さんは、俺のテンションの高さにまだ気付いていないようだ。

 ゆったりとコーヒーを啜る姿をニヤニヤと眺めてから、俺は玄関のドアを閉めた。


 ◇


「おはよ、陽ちゃん! 今日は給料日よ!」

 先輩のおばちゃん、山田さんは出会い頭に俺の背中を叩く。

 同じ年頃の息子さんがいるからか、先輩は俺の事をいつしか『陽ちゃん』と呼び可愛がってくれている。


「おはようございます! ふふん、昨日の夜から楽しみで寝付けませんでした」

「うわっ、ちょっと隈になってるじゃない……何か、遠足前の息子の姿を思い出すよ」

 昔を思い出した先輩は、遠くを見るような表情で大袈裟に涙を拭う仕草をする。

 

「はは、一緒ですね。楽しみな事があると、眠れなくなっちゃうんですよ」

「今日は美味しいものでも買って帰りなさいな。私の場合は、ほとんど生活費に消えちゃうけど」

「俺も同じようなものです。でも、そうですね。たまには贅沢もいいですね」


 先輩との話を終え、自分の仕事に戻った。

 ああは言ったけれど、本当はもう何に使うかは決めてある。借りたお金を返すのはもちろんだけど、それを引いても半分以上は余るだろう。

 これまで貯金なんて考えてこなかったが、こんな事になって、もう同じ失敗をするつもりはないけれど。それでも、奈美子さんにどうしても何かお返しがしたい。

 彼女の性格上、また散財をしてと怒られるかもしれないけれど。


 (ちょっとくらいなら、奈美子さんも喜んでくれる、かな)

 

 窓を拭きながらニヤニヤとしていたら、窓に映った自分の顔があまりにも間抜けで、急に恥ずかしさが襲って顔が熱くなっていった。


 ◇


 仕事終わり。俺は自転車を走らせて、職場から少し離れた場所にある商業施設に向かった。

 アパレルやカフェなど色々ある中、寄り道せずに大きめの雑貨屋に足を運ぶ。


 (……えーっと、キッチン雑貨は)


 広い店内をキョロキョロと歩き回り、ようやく目的のコーナーを見つけた。

「あ、あった!」


 そう、目的の物はお弁当箱。

 いざ見てみると結構な種類があって、どれも可愛らしいデザインだ。

 自分でも使っていたけど、当然こんなおしゃれな物ではなかった。


「うーん……どれがいいものか。二段か一段か……いっぱい入るから、やっぱ二段かなー」


 奈美子さんは細身だけど、食べる時は意外とどっさり食べる。

 いつも美味しそうに食べるのが嬉しくて、夜勤明けの日なんかは特に作り過ぎてしまう。気付いたら部活終わりの学生の食事みたいな量になっているが、それでも毎回綺麗に無くなってしまうのは凄い。


「あ、これ!」


 奈美子さんの食べっぷりを想像していたら、ふと可愛らしい絵柄の二段タイプのお弁当箱が目に止まる。

 サイズもちょうど良さそうだし、明るいオレンジ色もいい感じだ。

 手にとって見てみると、俺はその柄に既視感を覚えた。


「はっ! これはっ……あの変なクマ!」

 

 懐かしさを感じるデザインで、何よりインパクトのある太い眉毛は一度見たら忘れられない。

 奈美子さんの部屋にあった、ブサカワのぬいぐるみと一緒だ。


「……KOJIRO(こじろー)? ふふ、何で英語なんだよ」

 古風な見た目に反して、名前はアメリカンな字体の英語表記。そのアンバランスさが可笑しくて、俺は迷うことなくそれを持ってレジに向かう。

 

「こちら、ご自宅用ですか?」

「あ、いや……プレゼントです」


 そう言葉にすると、何故だかとても照れ臭かった。


 ◇


 ――――数日後

  

 いつものように朝御飯を作りながら、俺は少しソワソワしていた。

 奈美子さんが顔を洗っている間に、バレないように準備しなくては。


「ふぁー、川崎さんも今日は仕事ですか?」

「え!? は、はい!」

 背後から声をかけられ、思わず体がとび跳ねた。

 ちょうど詰めていたお弁当をさっと背後に隠すと、奈美子さんは怪しげな視線を向ける。


「んー? 何隠したんですか?」

「いやいや、何も隠してませんよ」

「……怪しい」


 奈美子さんは諦める気配がなく、体を素早く動かして俺の背後を見ようとする。それに合わせて俺も体を動かしていると、2人してなんだかバスケのディフェンスみたいになってしまった。


「はぁ……もういいですよ」

 やっと諦めた奈美子さんは、トボトボとソファーに戻っていった。

 俺は苦笑いで見送り、少し拗ねた様子の奈美子さんの機嫌を直そうと朝御飯をテーブルに持っていく。

 

「そ、そうだ! 今日は朝御飯、おにぎりにしてみたんですよ」

「すごっ、めっちゃ美味しそー……なんか運動会みたい」

 少し作りすぎたかと思ったけれど、奈美子さんは目を輝かせて喜んでいた。


「具も色々ありますよ。昆布、ツナマヨ、鮭、肉味噌……あ、どれがどれかは忘れちゃって、食べてからのお楽しみです」

「はぁー、川崎さんて本当にマメですよね。私にはそんな発想もないです」

「そんな事もないですよ。ズボラなところもありますし……あ、ホラ、金銭感覚とか」

 ぱっと思い付いて冗談めかして言うと、奈美子さんは「あー」となんとも言えない顔で笑う。


「あ、ははは……さ、早く食べましょ?」

「そうですね! いただきます!」


 奈美子さんは元気におにぎりにかぶり付き、美味しそうに時折声をもらしていた。

 その姿は子供みたいにあどけなく、しかし不思議と艶っぽく見えて、しばらく目が離せなかった。


 朝食を終えると、出勤時刻が迫っていた。

 今日は出勤時間が同じだったので、自転車を押しながら途中まで奈美子さんと並んで歩く。


「朝、結構寒くなりましたよねぇ」

「は、はい、そうですね」


 何気ない会話も、何だか上の空の返事しか出来ない。

 その理由は、今朝作った彼女へのお弁当にある。

 肩に掛けた鞄の中にある保冷バッグ。いざ渡すとなると妙に緊張して、心臓がバクバクとうるさくなってくる。

 そんな間にも別れる場所は近づいて来て、俺は思いきって彼女を呼び止めた。


「奈美子さん!」

「な、なんですか?」

「こ、これ、どうぞ!」


 俺の声に驚く奈美子さんに、お弁当箱の袋を突き出す。

「え、これは?」

 袋を受け取り、奈美子さんは不思議そうに首を傾げる。

「えっと、お弁当です。この前お給料が出たでしょ? それで、買っちゃいました……あ、そんなに高いものじゃありませんよ! ちゃんとこれからのために貯金もしてるし」

 慌てて話をする俺を見て、奈美子さんはプッと吹き出した。


「ふふ、ありがとうございます。お金も返してもらったのに、お弁当まで作ってもらうなんて何だか悪い気がしますけど」

「わ、悪くないです! 足りないくらい、助けてもらったので……」


 感謝の想いだけじゃない自分の気持ちが先走りそうで、赤くなった顔を隠すように俯いた。

「じゃ、じゃあ、俺もう行きますね!」

「あ、行ってらっしゃい」


 恥ずかしさを誤魔化すように自転車を漕ぎながら、チラリと後ろを振り返る。

 すると、俺の背を見送る奈美子さんが笑顔で手を振っていた。

 嬉しいやらドキドキするやらで、やたら騒がしくなる胸の中。


 (奈美子さん……お弁当喜んでくれて良かった)


 気が早い俺は、今から空になったお弁当箱を見るのが楽しみになっていた。




  

 

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