21話 信じる気持ち
『陽介! 陽介ー! もうすぐ最終ステージクリアやで!?』
彼との電話越しに、突然歓喜の声が響いた。
まるでそばで叫ぶくらいの声量で、私は咄嗟にスマホを引き離す。
「な、何事!?」
狼狽えていると、何やら騒がしい会話が聞こえてくる。
私は少しだけスマホを近づけ耳を澄ませた。
「ばあちゃん! 電話中なんだから静かにしてよー」
「せやかてほら、ミスターTASUKEがやな! あぁ! こら最後まで行けるで! 早よ見てみぃ!」
「もぉぉ〜」
お互い遠慮のない言い合いに、思わずプッと吹き出してしまう。
「ふっ、ふふふ」
「あ、ごめんなさいっ! ばあちゃんがテレビに興奮しちゃって」
「おばあさん、元気そうだね」
「それが、腰が良くなったのはいいけどうるさくて」
「あはは。じゃあ、そろそろ切るよ」
「えっ、もう?!」
陽介はシュンとした声で、今どんな顔をしているのか容易に想像できる。
もちろん寂しい気持ちはあるけれど、誤解が解けて、わかり合えただけで十分幸せだ。
「家族と過ごす時間も大切でしょ?」
「うぅ……それは、そうだけど」
そう言うと、陽介はしばらく黙ってしまった。
「……陽介?」
「あ、あの! 絶対すぐに帰るので! 今度は一緒に、実家に来てもらえませんか?」
一瞬大きく息をしてから、陽介は勢い良く言い切る。
私は嬉しさと、突然の事に声が出なくなった。
「な、奈美子さん? ダメ、かな?」
一転して不安げな声に私はハッとし、今の幸せを噛み締めるように笑った。
「ううん。行きたい……陽介の家族に、私も会いたい!」
「ホントに!? 良かった……ばあちゃんも、きっと大喜びだと思う!」
「ふふふ、ちょっと緊張するけどね。すごく楽しみ!」
「えへへ、ありがとうございます」
いつもの照れ笑いが聞こえ、なんだか心が満たされていくような気がした。
「じゃあ、早く帰ってきてね……陽介」
「……はい。奈美子さん、良いお年を」
「うん。良いお年を」
年末恒例の挨拶のあと、陽介は私が電話を切るまで待っていた。
電話が終わると急に静かになって、ふと小さくため息をつく。
シンとした空間が落ち着かず、私は何気なくテレビを付けた。
「あ、ミスターTASUKE」
テレビ画面には、ちょうど完全制覇したミスターTASUKEが映っている。
おばあさんの興奮した姿を想像して、私はひとり笑い声を漏らした。
「あはは! あの調子だと、今頃大喜びだろうなぁ」
電話する前までの寂しい気持ちが嘘のように、今はすっかり心が晴れている。
一歩踏み出すことが出来たのは、きっと歩実の言葉があったから。
「……そうだ。歩実にも連絡しなきゃ」
散々心配をかけたお詫びに、せめて報告をしなければ。
ソファーに転がってメッセージを送ると、1分もしないうちに着信がくる。
「電話!?」
急にで驚いたけれど、慌てて通話に出る。
すると早速、歩実の明るい大きな声が耳に響き渡った。
「奈美子〜、良かったじゃん! 仲直りできて!」
「あはは……うん。ありがと、歩実のお陰だよ」
「でしょ!? ところで、やっぱ私の予想通りだったってこと?」
「うん、恥ずかしながら……私の勘違いでした」
呆れて笑われるかと思ったけれど、聞こえてきたのは彼女の優しい声だった。
「もう、勝手に思い込んで疑ったりしちゃダメだよ。あんたらは、そんなことで別れて良い二人じゃないんだから」
「歩実……うん。もう絶対にしないよ」
「ふふ、わかればよろしい!」
彼女の明るい笑い声に、私は電話越しに微笑んだ。
酒好きで、能天気に見えるけれど、本当に優しい私の自慢の親友。
「ありがとう……歩実、大好き」
無意識と言うか、自然に気持ちを口にする。
すると、瞬時に歩実の大声が響いた。
「はぁ〜!? 急に何恥ずかしいこと言ってんのよアンタは!」
「べ、別に良いじゃないたまには!」
「一瞬耳がゾワッとしたわ」
「そこまで言わなくたっていいでしょ!? もー、素直になって損した」
散々やり合った後、私たちは大声を上げて笑う。
年末の一人の夜。
不思議と寂しさは薄れて、気持ちは明るく、ただ前に向いている。
「ねぇ、確か去年の今頃って一緒の夜勤だったよね?」
「あー、そうだね。飲みすぎて倒れた人が救急で来て」
「そうそう! その後みんなムカついてたよね。倒れるまで飲むなーって」
「あはは、だね。きっと羨ましい気持ちの方が勝ってたと思うけど」
「ホントだよー。私ら休み関係なく働いてるのにさー。そんで明けで飲み行こうとしたら……」
「どこも店が閉まってた!」
「そう! マジで不完全燃焼って感じだった」
ソファーに寝転がったまま、私たちは昔話に盛り上がった。
アパートは物音も無く静かで、普段は聞こえる車の音も聞こえない。
すっかり話し込んで電話を切ると、もう年が明けていた。
「あ、陽介から」
数分前に届いていたメッセージを、私は飛び付くように開く。
『あけおめです!』
『ばあちゃんに奈美子さんのこと話したら、「はよ帰れアホ!」って怒られました。なので、今日の午後には帰ります』
文面を読みながら、気付けばひとり笑っていた。
「あはは、陽介らしい。っていうか、敬語戻ってるし」
なかなか抜けない敬語に唇を尖らせ、私は熊のスタンプを返す。
『ビールいっぱい冷やして待ってる。気を付けて帰ってきてね』
メッセージはすぐに既読になり、嬉しそうなスタンプが連続で送られてきた。
「ふふふ……まぁ、ゆっくりでいいか。私たちは」
敬語が抜けなくたって、お互いの気持ちは変わらない。
他と比べて不安になる必要もない。
数ヵ月陽介と暮らしてきて、私の見てきた彼の姿を、ただ信じていれば良いんだ。
ぐっと両手を伸ばして背伸びをし、私は毛布にくるまって目を閉じた。
この静かな部屋のドアを開ける、彼の明るい笑顔を想像しながら。




