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14話 初めての恋人、初めての気持ち


 さっきは、何を言おうとしたんだろう。


 玄関先での真剣な陽介の視線が、何故か頭から離れない。

 

「……目が冴えちゃった」


 夜勤だから二度寝しようかと思っていたけれど、そわそわと心は落ち着かなくなっていた。


 面接のためのスーツを買いに行った日、私は自分の気持ちを伝えた。

 自分でも驚いたけど、ついポロリと出てしまったのだ。


 その結果、付き合うことになったものの、私たちはあまりにも変わらない日常を送っている。

 いきなり同居から始まったからか、いまいち距離感がわからない。

 きっと、私が恋愛に無頓着なこともあるのだろうが。


 ソファーに横になったまま、私はふと看護学生時代のことを思い返していた。


 ――――


 18の時、私は今よりも人見知りで、他人と会話をすることも苦手だった。

 歩実は、その看護学校で出来た初めての友達。

 それが今も同じ職場で働いてるなんて、なかなか運命の出会いかもしれない。


 歩実と友達になってからは、少しずつ口数も増えていった。

 そしてある日、私は看護実習で一緒になった男の子と仲良くなる。


「黒沼さんって、意外と話しやすいんだね。いつも真面目に講義を聞いてるところしか知らなかったから」

「そ、そうかな? ただ静かだから、そう見えてるだけかも。講義の時は、大抵睡魔と戦ってるだけだし」

「あはは! そっか、俺と同じ」 

 

 休憩中、彼との些細な会話は辛い実習中の癒しだった。

 彼とは同じクラスだったけれど、それまで話しとこともない。

 だから余計に新鮮で、毎日新しい一面を知ることが楽しかった。


 そして、実習の最終日。

 

「黒沼さん……あの、俺たち、付き合わない?」

「あ……はい。よろしく、お願いします」

「マジ!? やったーーー! すげぇ嬉しい!」


 私はその時、ふたつ返事で答えた。

 別に適当に答えたわけじゃないけど、彼と一緒にいるのは楽しかったし、付き合おうと言われたのが素直に嬉しかったのだ。


 彼は満面の笑みで喜びを表し、私もホッと安心できた。

 けど今となっては、悪いことをしたと思う。


 付き合うことになってすぐ、彼はそれまでと違って毎日頻繁に連絡をくれるようになった。

 恋人同士なら普通のことなんだろうが、私は学校の勉強に付いていくのがやっとで、返事が出来ない日が続いてしまった。


「奈美子、なんで昨日すぐに返事くれなかったの?」

「えっ、ごめん……授業の復習とか、ノートまとめてたら時間無くて」

「はぁ、あのさぁ……ちょっと携帯見て返すくらい、数分で出来るだろ?」

「……ごめん」


 今思えば、彼の言い分もわからなくもない。

 けれどあの頃の私は、看護師になるために必死だった。

 学校の授業は日を追う毎に難しくなっていくし、毎日があっという間に過ぎていくような感覚だった。


 謝るばかりだった私に、彼は核心をつくような言葉を投げる。


「奈美子はさ、本当に俺のこと好きなの?」


 私はそれに、すぐに答えられなかった。


「……そ、そんなの、好きだから付き合ってるんじゃ」


 しどろもどろに答えると、彼は伏し目がちにため息を漏らす。


「嘘だろ? 奈美子の態度を見てると、全然そんな風に思えない」

「そんなこと」

「何かさ……うわべだけなんだよ。本心がわからないって感じで」

「本心……」


 彼は初めて出来た恋人で、彼に求められることを拒んだこともない。

 自分に出来る限り、答えてきたつもりでいたんだ。


「別れよう……このままだと俺、辛いから」

「……わかった」


 それを最後に、私たちは別れた。

 半年にも満たない、短い間の恋人。

 初めての恋愛は、私の心に大きな難題を突きつけて終わった。


 自分の何がいけなかったのか。

 どうすれば彼は満足したのか。


 仕事に追われていたせいもあるけれど、私はそれ以来恋人がいなかった。

 あの時の失敗がわからなくては、また同じことを繰り返すだけだと思ったから。


 でも今は、彼の不満がわかるような気がする。


 ――――


「そうだ……私、自分から彼を求めたことがなかったんだ」


 いつも彼の要求に答えるだけで、自ら行動を起こすことがなかった。

 きっとそれが、彼の不安要因だったんだろう。


 今朝、肩に触れた陽介の手を取っていたら、私たちの関係は先に進んだのだろうか。

 悶々とするなか、私はソファーの上で体を丸める。

 ブランケットを頭まで被ると、不意に陽介の匂いに包まれた。


「スン……いい匂い」


 心が落ち着くような、逆に物足りなくなるような感覚。

 それは今まで感じたことのない、初めての気持ちだった。


「……今ごろ、元気に挨拶回りでもしてるのかな」


 彼の事だから、きっと一生懸命働いているのだろう。

 あの愛嬌のある笑顔なら、会社の先輩達ともすぐに打ち解けて。

 営業の仕事だって言ってたから、お得意先の社長なんかにも気に入られたりして。


 久しぶりのスーツを着てちょこまかと動き回る姿を想像したら、自然と笑いが込み上げてくる。


「頑張ってね……陽介」


 まだ直接呼んだことの無い彼の名前を呟くと、不思議と心が安らいだ。




 

 

 

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