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13話 頼れる先輩?


 12月。今日から新しい生活が始まる。

 あれから面接は無事終わり、俺は晴れて『モノジロウ』で働けることになった。


 奈美子さんと面接の特訓もしていたけれど、本番は拍子抜けするくらいのアットホーム感で。

 すぐに働けるのか? 体力に自信はあるか? など。

 余程人材が欲しかったのか、すでに働くことを前提にしたような質問ばかりだった。

 もしかしたら、田村さんが薦めてくれたお陰かもしれないけれど。


 とにかく、有り難いことに変わりない。精一杯頑張らなければ。


「それじゃ行ってきます。冷蔵庫にシチューの残りあるんで、お昼にでも食べてくださいね」

「行ってらっしゃい。ふふ、初出勤の日まで私のご飯のこと心配しなくていいのに」

「へへ、もう習慣でして……じゃあ」


 奈美子さんは夜勤で、まだ眠そうにソファーで目を擦っている。

 あどけない表情の彼女に、不思議と心が満たされる。

 名残惜しさを感じながらドアノブに手を掛けると、「あっ」と奈美子さんの声がした。


「ん?」

 振り向くと奈美子さんが後ろに立っていた。


「……気を付けて。頑張ってきてね」


 奈美子さんは目を細め、わずかに頬を赤らめて笑う。

 お姉さんのような、母親のような、慈しむような優しい笑顔。

 俺の心臓はドキリと跳ね、無意識に彼女の肩に触れてしまう。


「……川崎さん?」

「あ、あの……行ってきます!」


 大きな吸い込まれそうな目を見て、俺は耐えられずにそのまま部屋を飛び出した。

 危ない。思わず手が出てしまった。


 熱く火照る頬に触れ、自転車置き場で盛大なため息をつく。

 そう言えば、つい最近もこんなことがあったような。

 俺はデジャヴを感じながら、気持ちを切り替え自転車を走らせた。


「別に……手を出しても、問題は無いんだけどな」


 冷たい風を体に受け、ひとり呟く。

 実は、面接の前スーツを買いに行ったあの日から、俺と奈美子さんは付き合うことになった。


 それは本当に、信じられないくらい嬉しいのだけど。

 俺たちの生活は特に変わっていない。

 ただ、奈美子さんは以前の5割増しは可愛く見えるし、一緒にいると変な気分になるという新たな悩みが誕生した。


 あれから2週間ほど経つが、正直奈美子さんが夜勤の日はホッとしてしまうくらいだ。

 同居から始まったせいか、恋人になってからの距離感がわからない。

 もし、何か気に障る事をして拒絶されてしまったら……きっと辛すぎて、あの部屋にいられなくなる気がする。 


「は〜、ついマイナス思考になってしまう……ダメダメ! 仕事に集中しなきゃ!」


 ふるふると頭を振り、俺は安全運転で自転車を爆走させた。


 ◇


「今日から働かせて頂きます、川崎陽介です。一生懸命頑張りますので、ご指導よろしくお願いします」

 

 案内されて挨拶を終えると、営業部の方々は拍手を返してくれた。

 見渡した感じ、歓迎されている感じはある。

 その中で、こちらに小さく手を振る田村さんの姿を見つけ、俺は笑顔で会釈をする。 

 

 田村誠さん。歳は俺の4つ上で27歳、営業部の社員さん。

 清掃の短期バイトに来ていた俺に声を掛けてくれて、ここの営業部に推薦してくれた人だ。


 田村さん……いやもう田村先輩か。

 先輩は俺の顔を見て、ニヤニヤと笑っている。


「川崎くんにはこれから、田村くんと一緒についてもらいます。わからないところは、彼に聞いてくださいね」

「あ、はい! よろしくお願いします!」

 つい声にも力が入り、部長や皆にクスクスと笑われてしまった。


「いいね、元気があって。それじゃあ田村くん、後はヨロシク」

「はーい」


 田村先輩は飄々とした態度で返事をする。

 なんだか、余裕があってカッコいい!


「あの、今日からヨロシクお願いします」

「スーツ似合ってるね。見た目だけだとすっかり営業マンって感じ」

「えっへへ、恐縮です」

 先輩は初めて見る俺のスーツ姿を、面白そうに色んな角度から眺める。


「田村! 初めての新人教育、適当こいてないでしっかりやれよー」

「……ちょっと朝倉さん、やめて下さいよ。これでも緊張してるんだから」


 朝倉さんと呼ばれた中年くらいの男性は、通りすがりに田村先輩の背中を叩く。

「はぁ、あれ分かっててやってるんだよなー。ほんと嫌な性格してるよ」

「朝倉さんって言うんですか? なんだか仕事が出来そうな方ですね」

 俺がそう言うと、田村先輩は眉をしかめて唇を尖らせる。


「確かに、成績は部署で一番だよ。あの嫌味な口がなけりゃ、尊敬できる先輩なんだけど……あ、一応俺が前に組んでた人ね」

「そうなんですね! じゃあ田村先輩も、同じく一番の成績だったんじゃ」

「まぁ、言い方によっちゃね。ところで……その田村先輩っての、むず痒いんだけど。普通にさん付けでいいよ」

「え、そうなんですか? じゃあ、田村さんに戻します」

「うむ、いいだろう。じゃあ適当に仕事の説明するから、終わったら早速挨拶回りも兼ねてカレンダー配りな」

「はい、お願いします!」


 田村さんは口では適当だと言うけれど、仕事の説明は的確で分かりやすい。

 簡単な仕事内容は、他企業にオフィス用機材の販売の契約を結ぶこと。

 それにはまず、自身が自社の商品の詳細を理解して、アピールポイントを把握しておくこと。

 あと何より大事なのが、愛嬌と親しみやすさらしい。


 (まぁ、バイトのおばちゃん、山田さんにも可愛がられていたし……愛嬌はあるのかもしれない)


 分厚い商品の資料に目を通し、田村さんの説明を聞きながら、俺はふとそんな事を考えていた。


 ――――


 その後、契約中の企業への挨拶回りに明け暮れ、すぐに1日が終わってしまった。

 移動の連続で足は棒のようだし、緊張と声の出しすぎで喉はカラカラ。

 自社に戻ってデスクに突っ伏していると、頬に暖かい何かが当たる。

 

「おつかれさん」


 顔を上げると、田村さんが苦笑いで缶コーヒーを持って立っていた。


「あ、ありがとうございます」

 受け取ると、田村さんも隣のデスクに腰かける。


「初日から歩き回って疲れたでしょ」

「あはは……面接でやけに体力の事を聞かれた理由がわかりました」

 有り難く缶コーヒーに口を付け、俺は面接官の人の意味ありげな笑顔を思い出していた。

 

「ふふ、笑えてるなら上等。若いから、きっとすぐに慣れるよ。それより川崎くん、結構気に入られてたじゃない。特にA社の社長さんは気難しいんだけどさ、今日なんて笑顔まで見せちゃって。川崎くんって歳上キラーなんじゃない?」


 仕事終わりだからか、田村さんは少しテンション高く話す。


「歳上キラー……何か嫌ですね、その肩書き」

「あはは! 何でぇ、いいじゃん。あ、ひょっとして恋人も歳上なんじゃない?」

「こ、こここ恋人!?」

 急にそっち方面の話題になり、不自然に動揺してしまった。


「おっ、何々? ホントにいんの!?」

「そ、それは……い、いるには、いますけど」


 しどろもどろになっていると、田村さんは心底楽しそうな笑みを浮かべて椅子ごと近づく。

「川崎くん、今日ちょっと時間ある?」

「へ? はぁ」

「よし。じゃあ、ちょっと飲み行こうか。俺の奢りで」

「えぇ!? もうヘトヘトですよ〜」


 疲労困憊の俺とは違い、田村さんはまだピンピンしている。

 さすが、成績一番の営業部員。体力が違うなぁ。

 呆然と感心していると、さっさと帰り支度を始めた田村さんは俺の腕を掴み、引きずるように飲みに連行した。


「明日もあるし、長居はさせないから。ほらほら、行くよ〜」

「あぁ〜……有無を言わせない」


 奈美子さん、夜勤で助かった。

 初日から遅くなって、ご飯の準備も出来ないなんて申し訳なさすぎるし。


 田村さんに連行されながら、俺はそんな事ばかり考えていた。


 ――――


「ちょっと何それ! 羨ましすぎるんですけど!?」


 ドンとビールジョッキを叩きつけ、個室に田村さんの大声が響いた。


「う、羨ましいって……こっちはホームレスで死ぬとこだったんですよ?」

「いやそこじゃなくて。綺麗な看護師さんとの同棲生活ってとこ!」

 田村さんは身を乗り出して力説する。


「同棲!?」

「だって、今は付き合ってるんでしょ? それってもう立派な同棲じゃない」

「まぁ、そうですが……今までと、あまり変わらなくて」

「ふーん」

 俯いて答えると、田村さんは何か考えるように声を漏らす。


「ど、どうすればいいんですかね。その、いきなりこんな事を相談するのも、どうかと思うんですが……一歩、踏み出せなくて」

「……ヘタレ」

「えっ」


 急に目を据わらせて吐かれた毒に、俺は目を丸くした。


「だから、お前はヘタレの坊やだって言ってんの!」

「えぇ……何も、そこまで言わなくても」

 指を差して念を押すように言われたら、もう涙目になるしかない。

 田村さんの動作はいちいち大きくて、たぶんだけど酔っぱらってる。


「恋人と同じ部屋にいて、何かあるのに理由などいらんのだ! 女性からのアクションを待つなど男じゃない。案外向こうも、待ってるかもしれないよ?」

「そ、それも、そうかもですが」

「そうそう、前向きに考えなきゃ」

 力説を終えた田村さんは満足げにビールを飲み干した。


「それにしても、田村さんて積極的なんですね。経験豊富なんですか?」

 何気なく質問したら、田村さんは急に涼しい顔で明後日の方を見つめる。

 

「た、田村さん?」

「ふ、俺は仕事に生きる男だ。女なんて必要ねぇのさ……あ、お姉さん、ビールおかわり」

 渋い顔で決めた田村さんは、グラスを下げに来た店員さんにさりげなく注文を済ませた。


「凄い、何かカッコいいですね!」

「ふっ……う、うぅ……嘘だよぉ〜! 俺も彼女欲しぃ〜! もうクリスマスも近いのにぃ〜!」


 (嘘だった……感心してしまったのに)


 カッコいい笑顔がら急に駄々っ子のように泣く田村さんに引きつつ、とりあえず迷惑になるからと慰めた。

 出勤初日にして、田村さんに酒乱の気があることは、俺は脳内メモに深く刻まれてしまった。

 

 


 

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