第1話 はじめての仕事
壊れたものは、もう戻らない。
そう思っていた。
俺は“直す側”の人間だったはずなのに、
最後までやりきれたことは、一度もなかった。
そして——終わった。
……はずだった。
気がつけば、知らない世界で、
知らない力を手にしていた。
見えるのは、壊れた“回路”。
そして——
それは、直せるかもしれない。
これは、
壊すことしかできなかった男が、
初めて「直す」ことに向き合う物語だ。
街は悲鳴で満ちていた。
暴走したスキルが、人を吹き飛ばし、石壁を砕き、空気そのものを震わせている。
光が裂ける。
人の身体から、武器から、建物の中から——
魔力の流れが暴れ、街全体を引き裂いていた。
俺の視界には、半透明の回路が無数に浮かぶ。
千切れかけた線。
漏れ出す流路。
逆流して火花を散らす結節。
全部、見えてしまう。
そして——
止められるかもしれない。
「こっちだ!」と女剣士が叫んだ。
鎧の隙間から残光を漏らしながら、女剣士は広場へ駆けた。
その背中を追って、俺も石畳を蹴る。
地面を蹴るたび、体が軽い。
息が上がらない。視界もぶれない。
——前世の感覚じゃない。
広場に飛び出した瞬間、空気が爆ぜた。
巨体の男が膝をついている。
全身から光が噴き出し、皮膚の下で何かが暴れていた。
筋肉が痙攣し、骨が軋むような音が混じる。
「うあああああ!!」
兵士たちが距離を取る。
「近づくな! 爆発するぞ!」と兵士が叫ぶ。
「子どもは下がれ!」と別の兵士が怒鳴った。
女剣士の剣先は、すでに男の首筋を捉えていた。
いつでも落とせる距離だ。
視界に表示が浮かぶ。
《対象:強化術》
《状態:回路飽和》
《崩壊まで:18秒》
短い。
「俺が行く!」と俺は叫んだ。
「待て!」と兵士が叫んだが、もう走っていた。
男の肩に触れる。
熱い。
焼けた鉄みたいだ。
——視界が裏返る。
回路が広がる。
赤い。
全部、赤い。
焼けた線が絡み合い、流れが暴れている。
——二つに分かれている。
流れが分岐していた。
どちらも焼けている。
どちらも正解に見える。
「……どっちだ」
手が止まる。
《崩壊まで:15秒》
「遅い!」と女剣士が叫ぶ。
「18秒だぞ!」
圧がかかる。
流れを見る。
詰まり方。
圧の偏り。
歪みの方向。
「……こっちだ!」
俺は片方を切り捨てた。
魔力を流し込む。
——反発。
強い。
押し返される。
「くっ……!」
さらに押す。
ぐちゃぐちゃだった流れが、わずかに動く。
《崩壊まで:10秒》
いける。
もう一押し。
詰まりの中心に指を差し込む。
焼ける。
指先が軋む。
それでも押す。
その瞬間——
バラバラだった線が、一気に繋がった。
濁っていた流れが、ふっとほどける。
暴れていた光が、一本の道に収まっていく。
ノイズが消える。
空気が軽くなる。
《崩壊まで:3秒》
——通った。
詰まっていたすべてが、一気に流れ出す。
暴れていた力が、嘘みたいに静まる。
世界が、静かになった。
――収束。
光が引いた。
男の身体から力が抜ける。
広場が静まり返る。
「……生きてる」と兵士が呟いた。
男が震える手で自分の胸を押さえた。
「……助かった……のか」と男は言った。
その一言が、胸に深く落ちた。
俺はその場に座り込んだ。
息が荒い。
壊していない。
失敗していない。
初めて——
最後まで、やりきれた。
女剣士が駆け寄る。
「大丈夫か!」と女剣士が言った。
「……なんとか」と俺は答えた。
女剣士は小さく息を吐いた。
それから、少しだけ表情を緩める。
兵士の隊長が歩み寄る。
「何者だ。名は?」と隊長は言った。
「整備士だ」と俺は答えた。
隊長が眉をひそめる。
「名前だ」と隊長は言い直した。
「カイト」と俺は言った。
その名が、妙にしっくりきた。
「整備士カイト、か」と女剣士が言った。
その口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
「……レイナだ」と女剣士は言った。
「名前くらい覚えておけ。整備士」
俺は一瞬、きょとんとする。
「ああ…」と俺は言った。
遠くでまた爆音が響く。
《新規崩壊反応》
「行くぞ」とレイナは剣を構えた。
俺は立ち上がる。
「次も直せるか?」とレイナが聞いた。
まだ分からない。
それでも——
「やるしかないだろ」と俺は言った。
レイナが笑う。
「頼もしいな、整備士」とレイナは言った。
二人で走る。
広場の端で、小柄な少女が膝を抱えていた。
杖が震え、魔力が火花のように散っている。
《対象:魔術》
《状態:漏出・暴走》
《崩壊まで:31秒》
「下がれ!」とレイナが叫ぶ。
「止まらないの……!」と少女が叫んだ。
魔力が弾ける。
地面が割れる。
「任せろ!」と俺は叫んだ。
俺は少女の前に滑り込む。
杖に触れる。
——視界が沈む。
回路が見える。
細い。
足りない。
「無理してる……」と俺は呟いた。
「直すから、じっとしてろ」と俺は言った。
再構築する。
流れを整える。
——その瞬間。
バチィッ!!
回路が弾けた。
《崩壊まで:9秒》
少女の髪がふわりと浮く。
焦げる匂いが鼻を突く。
「熱い……!」と少女が震えた声で言った。
「カイト!」とレイナが叫ぶ。
間に合わない。
中央は押さえきれない。
なら——
「……逃がすか」
「壁を壊せるか!」と俺は叫んだ。
「できる!」とレイナは即答した。
「右だ!」と俺は叫んだ。
剣が閃く。
石壁が砕ける。
その瞬間——
回路を書き換える。
流れを横へ逸らす。
反発が来る。
押す。
さらに押す。
限界。
でも——
押し切る。
《崩壊まで:3秒》
魔力が横へ流れた。
暴れていた光が、壁へ逃げる。
残った回路が、静かに整っていく。
濁りが消える。
ノイズが消える。
空気が軽くなる。
——整った。
――収束。
杖が静まった。
少女が呆然とする。
「……動く」と少女は呟いた。
火球が安定して浮かぶ。
「すごい……!」と少女は言った。
俺は息を吐いた。
「危なかった……」と俺は言った。
レイナが肩をすくめる。
「派手にやるな」とレイナは言った。
少女が深く頭を下げる。
「ありがとうございます。」と少女は言った。
遠くでまた轟音が響く。
「まだ終わっていない!」と兵士が叫ぶ。
レイナがこちらを見る。
「どうする?」とレイナは聞いた。
俺は街を見る。
壊れている。
あちこちで。
さっきもギリギリだった。
それでも——
「全部、直す」と俺は言った。
レイナが笑う。
「いいね」とレイナは言った。
走り出す。
その瞬間——
屋根の上。
黒い外套の男が、こちらを見下ろしていた。
視線が刺さる。
——見られている、じゃない。
見つけられた。
回路がざわつく。
違う。
あれは——歪んでいるんじゃない。
“作り替えられている”。
「……整備士か」と男は呟いた。
その声に、背筋が凍る。
値踏みされている。
——次は、俺だ。
次の瞬間、男の姿は消えた。
俺は走りながら思う。
壊れている。
こんなにも。
そして——
誰かが、壊している。
なら。
「……今度は、壊さない」
その言葉が、胸の奥に残る。
壊すことしかできなかった俺が、
初めて選んだ“仕事”だった。
その手は、まだ震えている。
それでも——
もう、離さない。
整備士としての——
俺のやり直しは、ここから始まる。
第1話・完
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第1話は「整備士カイト」の始まりの一歩です。
壊すことしかできなかった男が、
初めて“壊さずに終わる”ことができた瞬間。
それは、小さな成功かもしれません。
ですが——彼にとっては、人生を変える一歩でした。
ただ、この世界はあまりにも壊れている。
そして、ただ壊れているだけではない。
“誰かが壊している”気配がある。
屋根の上にいた、あの男は何者なのか。
なぜ回路は歪み続けるのか。
次話では、
この世界の「歪み」と「魔改造」の実態、
そして新たな出会いが描かれます。
整備士の仕事は、まだ始まったばかりです。




