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異世界スキル整備士(改訂版)  作者: なるかめ
プロローグ

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1/3

プロローグ ~壊れた人生、壊れた世界~

この世界には、壊れるものがある。

人の身体も、力も、そして——生き方も。


直そうとしても、うまくいかないことがある。

手順も、理屈も分かっているのに、それでも壊してしまうことがある。


それでも、もし。


壊れたものを“直せる”としたら——。


これは、壊すことしかできなかった一人の男が、

初めて「直す側」に立つまでの物語。

「……また、やったか」


机の上に散らばった工具を見て、俺は小さく息を吐いた。

分解した機械は腹を開いたまま、二度と戻らない顔をしている。


ネジが一本、余っている。


いや——一本じゃない。三本だ。


「……終わった」


背中にじわりと嫌な汗がにじむ。


そのとき、背後から低い声が落ちてきた。


「おい……お前、またやったのか?」と先輩が言った。


振り向かなくても分かる。

呆れた目。もう期待すらしていない目だ。


「す、すみません。今すぐ直します」と俺は言った。


言いながら、自分でも分かっていた。

——直せない。


俺は整備士見習い、三年目だった。

手順も理屈も頭に入っている。なのに、締める順番か、噛み合わせか、規定トルクか。最後のどこかで、必ず狂う。


何度手順書を読み返しても、最後に残るのは、いつも余った部品と失敗した現実だけだった。


先輩は機械をのぞき込み、小さくため息を吐いた。


「……今日はもういい。帰れ」


責められるより、よほどきつかった。

見放される言葉は、胸の奥を静かに削る。


俺は黙って工具を片付けた。

机に映る自分の顔は、疲れた三十路の男だった。


また壊した。

また終わらせられなかった。

また、先輩に後始末をさせた。


「……壊れてるな、俺」


うつむいたままつぶやくと、その言葉が妙に胸の奥へ沈んだ。


外に出ると、夜の空気が冷たかった。

街灯の白い光が、濡れた路面をまだらに照らしている。


「……帰るか」


独り言が、やけに空っぽに響いた。


横断歩道の信号が点滅している。

急げば渡れる距離だ。


そう思って、俺は無意識に駆け出した。


その瞬間だった。


眩しい光。

耳をつんざくクラクション。

視界が白く弾ける。


身体が浮いた。


「あ——」


声にならない声が漏れる。


——これ、終わった。


不思議と恐怖はなかった。

頭に浮かんだのは、たった一つだけだった。


「……ちゃんと直せる人間に、なりたかったな」


そこで、世界が途切れた。


―――――


……音がする。


規則的な鼓動のような音だ。

暗闇の中に、淡い光が浮かび上がる。


《スキル診断システム 起動》

《対象:自己》

《状態:構造安定》


「……は?」


思わず声が漏れた。


声が出た。

——ということは、生きている。


俺はゆっくりと手を持ち上げた。

見慣れない手だった。


小さい。細い。若い。


「……なんだ、これ」


混乱が追いつかない。

だが、目の前の半透明の画面は、俺の戸惑いなんて無視するように無機質に続いた。


《診断対象を指定してください》


そのときだった。


ドンッ!!


扉が吹き飛び、何かが床を滑って転がり込んできた。


「くっ……!」


鎧を着た女剣士だった。

片膝をつき、それでも剣だけは落とすまいと柄を握っている。

その指先にまで、暴れた光がまとわりついていた。


胸元から肩、腕へと、押さえきれない光が脈打つように噴き出している。


空気が裂ける音。

焦げた匂い。

剣が勝手に震え、金属音を細かく鳴らしている。


俺の視界に、異様な光景が広がった。


線だ。


彼女の体の中に、無数の光の線が走っている。

それはまるで——回路のようだった。


しかも、ところどころが赤く焼け、膨れ上がっている。


《対象検出》

《スキル:剣術》

《状態:暴走》

《崩壊まで:47秒》


「……なんだ、それ」


俺は呆然と呟いた。


剣士が俺を見た。

その目は、もう焦点が合っていない。


「逃げろ……!」と剣士は言った。


だが、その直後、彼女の口から別の声が漏れた。


「……いやだ……」

剣士はかすれた声で言った。

「まだ……終われない……」


逃げようとした足が、床に縫い止められたみたいに動かなかった。


次の瞬間、光が爆発した。


床が跳ねる。

熱風が叩きつける。

肌が焼ける。


俺の足がすくむ。


逃げろ。

そう思った。


でも——


視界の中で、回路が崩れていく。


赤い詰まり。

焼けた結節。

逆流する流れ。


壊れている。


はっきりと分かった。


「……これ、直さないと、死ぬよな」


できるかどうかなんて分からない。

むしろ——できる気なんて、まったくしない。


でも、このままじゃ終わる。


「……やるしかないか」


俺は一歩踏み出した。


手が震えている。

怖い。


それでも、止まらなかった。


俺は剣士に手を伸ばした。


触れた瞬間、視界が反転する。


回路が、はっきりと見えた。


ぐちゃぐちゃに絡み合い、焼け、詰まり、逆流している。

喉の奥が、ひゅっと狭くなった。


「……なんだよこれ……」


息を呑む。

だが同時に、分かる。


どこが壊れているか。

どこを触ればいいか。


「……分かる」


《崩壊まで:47秒》


俺は手を動かした。


赤い詰まりをほどく。

焼けた部分を避ける。

流れを逃がす。


指先が焼けるように熱い。


「くっ……!」


汗が目に入る。

視界が揺れる。


それでも手は止めない。


逆流を止める。

結節を締め直す。

暴れた流れを、無理やり本来の向きに押し戻す。


その瞬間——


バチンッ!!


回路が弾けた。


「っ!?」


衝撃で手が跳ね返される。

流れがさらに暴走する。

光が膨れ上がり、部屋の壁にまで赤い明滅が走った。


《崩壊まで:38秒》


「……嘘だろ」


頭が真っ白になった。


——無理だ。

本気でそう思った。

このままじゃ、間に合わない。


剣士の身体がぐらりと傾く。

握っていた剣が床に触れ、耳障りな音を立てた。


「……たす、け……」


その声が、耳の奥に刺さる。


「……っざけんなよ!」


俺は叫んだ。


「ここで終わるかよ!」


もう一度、手を突っ込む。


焼ける。

痛い。

皮膚の奥まで熱が入り込んでくる。


でも引かない。


逆流を止める。

裂けた結節を締め直す。

焼けた流路を避けて、別の道を作る。


ぐちゃぐちゃだった線の中に、わずかに“通る形”が見えた。


「まだだ……!」


《崩壊まで:12秒》


最後の詰まりに手をかける。


魔力が暴れる。

身体が持っていかれそうになる。

視界の端が白くかすむ。


指先の痛みが、ふっと遠のいた。

まずい。感覚が飛びかけている。


離すな。

ここで引いたら、こいつが死ぬ。


「——止まれ!!」


俺は叫び、力を込めた。


詰まりが抜ける。


流れが繋がる。


暴れていた光が、一気に細く、静かな線へと変わっていく。


――収束。


赤い光が消えた。


剣の震えが止まる。

焦げた匂いだけを残して、空気が静かになる。


俺はその場に崩れ落ちた。


「……はぁ、はぁ……」


息が荒い。

全身が震えている。


指先がまだ熱い。

焼けるように痛い。


でも——壊れていない。


画面が淡く光る。


《整備成功》

《スキル安定化》


「……直せた……のか」


俺は震える手を見つめた。


壊していない。

失敗していない。


初めて——

壊さずに、終われた。


胸の奥が強く締め付けられる。


「……俺、が……?」


剣士が、自分の胸元を押さえていた。

荒れていた呼吸が、少しずつ整っていく。

乱れていた肩の上下が、ゆっくり落ち着いていく。


「……動く」


彼女はゆっくりと拳を握った。

さっきまで濁っていた目に、少しずつ光が戻っていく。


そして、俺を見た。


「……ありがとう」と剣士は言った。


その一言で、胸の奥に固まっていた何かが、ほんの少しだけ緩んだ。


俺は小さく笑った。

涙がにじみそうになるのを、必死にこらえながら。


その瞬間、外から怒号が響いた。


「暴走者はどこだ!」と男の声がした。


重い足音が近づく。


剣士がふらつきながらも一歩前に出る。


「……逃げろ」と剣士は低く言った。


だが、俺は動かなかった。


画面が再び光る。


《新規対象接近》

《危険度:高》


扉が開き、武装した兵士たちがなだれ込んできた。


その瞬間——


俺の視界に、また回路が見えた。


兵士たちの中にも。

壊れかけている回路がある。


《警告:高負荷個体検出》

《連鎖崩壊:可能性 上昇》


「……なんでだよ」


俺は呟いた。


「こっちも……壊れてるじゃないか」


壊れた世界だ。


でも——


「……今度は、壊さない」


俺は立ち上がった。


赤く軋む回路へ向かって、俺はもう一度、手を伸ばした。


プロローグ・完

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


このプロローグでは、

「壊すしかできなかった男が、初めて壊さずに終われた瞬間」

を描いています。


けれど、これはまだ始まりに過ぎません。


この世界では、“壊れる”ことは例外ではなく、日常です。

そしてそれは、人の力だけでなく、社会や仕組みにまで広がっていきます。


次話からは、

彼が“整備士”として、この世界でどう関わっていくのか。

そして「直す」という行為が、何を意味していくのかを描いていきます。


壊れたものは、本当に直せるのか。

それとも——別の形でしか救えないのか。


その答えを、一緒に見届けていただけたら嬉しいです。

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