Act.10 どうか二度と離さないで・2
半身を起こし這い蹲るシャヴィに、巨躯を大きく踏み出したトラニオウが、後追いするように斬り掛かる。うひょ、っと珍妙な焦り声を上げ、シャヴィが身を投げ出した途端、ぎゃあと言う耳を劈く悲鳴が上がる。
「──邪魔するな・・・ッ!」
切り返すように斬り上げた、トラニオウのフォノンメーザー・ソード(電磁剣)の切っ先が、血飛沫を迸らせて宙を走っていた。
トラニオウの斬撃の巻き添えを食ったのは、ストレッチャー(手上げ救助担架)を担いでいた先頭の救護担当だった。その右脇腹から胸元に掛けて、身体が真っ二つになったのかと思うほどに鮮血が噴き出す。先頭が襤褸雑巾のように崩れ落ち、ストレッチャー(手上げ救助担架)が傾いて、乗せられていた儀仗兵が、血で真っ赤に染まった床に投げ出される。
「糞ったれッ! 馬鹿力だけで、段平振り回しやがって・・・ッ!」
顎を砕かれて血塗れの顔面の中から、血走ったトラニオウの目がシャヴィを見据えて来る。そのトラニオウの巨躯越し、ファラを追い詰めていたバイオーグ(機能補強生体)・シルヴァに、何時の間のにやらコンスタンツェが、止の刃を突き付けていた。
ファラに手を掛けていたバイオーグ(機能補強生体)の首が捻折て、身体が崩れ落ちる。コンスタンツェの助太刀で危難を逃れたファラだったが、シャヴィには胸を撫で下ろす暇もなかった。
「──小生意気な小鼠が・・・ッ!」
一層声を荒げたトラニオウが、自ら負傷させた救護担当に目もくれず、怒りに目を吊り上げて血の海に足を突っ込んで来た。転がり落ちた負傷の儀仗兵の背を踏み付けて、唯々シャヴィを斬撃しようと、トラニオウが剣を振り被る。
刹那シャヴィは本能的に、防戦ではなく攻め込むのを選んだ。
大きく踏み込んむシャヴィが、巨躯の高みから打ち据えてくるトラニオウの懐に飛び込む。トラニオウの左脇を擦り抜けたシャヴィが、右足を一本軸にして振り向きざま、半身に見せるトラニオウの大きな背中向かって、刃を薙ぎる。
聖剣スプリガンが薄紅色の爍きを仄かに纏い、トラニオウの左肩甲骨下から脇腹に掛けて、血で薄汚れたヒイェラ軍服をざっくりと斬り裂く。
斬撃の手応えを感じたシャヴィが、痛罵の言葉で睨み返した。
「愚鈍な熊相手なら、小鼠でも齧り付けるんだぜ!」
「貴様ァ・・・ッ!」
憤激の形相で振り向くトラニオウに、シャヴィが隙を与える間も無く、右から左からと斬撃を繰り出した。
「図に乗るなッ! 猪口才なテラン(地球人)め・・・ッ!」
体勢整わないトラニオウが、一時とは言え防戦一方に押し込まれる。身長差ゆえのシャヴィの刃筋が、トラニオウの脇腹辺りを攻め立てる。トラニオウは切っ先を下げて手首を返しながら受け流ささざるを得ず、口ほどには斬り込む機会を組み立てられない。
残る体力を振り絞り、シャヴィが猛然とトラニオウに刃を振るう、その刹那。
「コンスタンツェ! 左だッ! 蜻蜒がもう1匹!」
甲高いファラの声が、シャヴィの耳朶を打つ。
トラニオウの巨躯越し、ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪を振り乱し、此方向かって覚束ない足取りで懸命に馳せる、コンスタンツェの姿があった。そしてシャヴィの目の端に、コンスタンツェに直ぐ其所まで迫っていた、頭に黒に黄色の縞が入ったバイオーグ(機能補強生体)・ズィーボルの姿が映る。
低空を飛翔するバイオーグ(機能補強生体)が、駆けるマデルーク王女を狙っているのは一目瞭然だった。向かって来るバイオーグ(機能補強生体)に、半身を返して身構えようとしたコンスタンツェだったが、踏ん張り切れずに膝から地に崩れ落ちる。
「──スタンツィ・・・ッ!」
「思い上がりは、身を滅ぼすと知れ! 破落戸ッ!」
嘲笑うトラニオウが、何もかもを吹き飛ばす様な勢いでフォノンメーザー・ソード(電磁剣)を、シャヴィのその脳天目掛けて振り下ろす。
「ち・・・ッ!」
一瞬の隙を突かれたシャヴィが、慌てて身を翻す。残った軸足の左足の脹脛を、トラニオウの切っ先が掠める。その向こうでは、転んだコンスタンツェを庇うように、ガートルードが覆い被さっていた。
「──コスタンツィ・・・ッ!」
再び名を呼ぶシャヴィに、トラニオウが返す刃を斬り上げる。
咄嗟にシャヴィは、半回転しながら身を投げ出し、トラニオウの刃筋を躱す。空を斬らされたトラニオウが、ごろごろと床を転がり逃げるシャヴィを、逃がすものかと鬼も形相も剥き出しに大股で追い迫る。
既の所で空振りさせられたバイオーグ(機能補強生体)・ズィーボルは、両足を床を擦って減速させながら、再びコンスタンツェを襲おうと、くるりと身を翻していた。
「──コンスタンツェ・・・ッ!」
三度その名を呼ぶシャヴィの目に、勇敢にもコンスタンツェを守り抜こうと、バイオーグ(機能補強生体)に立ち向かうガートルードの姿が映る。
跳ね起きたシャヴィの目の前を、トラニオウの薙ぎが紙一重に風を巻く。その刹那、遠吠えのような大きな咆哮が轟いて、トラニオウの背後で弾けるように床を跳ぶ、大きな黒い四つ足獣の姿が見えた。
* * *
「ガート・・・ッ!」
床に伏したコンスタンツェが、身を捩って振り返る。
背を向けるガートルードが、跨ぐように両足を広げていた。コンスタンツェが声を上げた時には、バイオーグ(機能補強生体)が目の前だった。
フォノンメーザー・ソード(電磁剣)を正眼に構えたガートルードは、1歩も引く気配を見せない。相討ち覚悟、ガートルードがぐいっと腰を落とした矢庭。
グオォォォォンと、まるで野獣の王のような雄叫びが、空気を揺るがした。
咄嗟にコンスタンツェが首を巡らせる先、直ぐ左横から掠めるように、いきなり大きな影が飛び込んで来た。ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪が、微かに風に舞い上がる。コンスタンツェが、その翡翠色の瞳を真ん丸に見開いた。
次の瞬間。それは、ガートルードの真正面、僅か3メートル前だった。
獅ほどに武張った魁偉を誇るクーガが、バイオーグ(機能補強生体)・ズィーボルの右肩口に噛り付いていた。
「──ク・・・クーガ・・・ッ?」
コンスタンツェがそう声を上げた刹那、漆黒の外被を纏った人造の獣が、その巨躯の重みそのままに、大きな蜻蜒を投げ出すように地に倒し込む。
肩までの体高が100センチ、体重も200キロ近い、シリコン・カーバイド・ファイバー(炭化珪素繊維)製の外殻皮に被われたヴェルテブロイド(脊椎動物型義工器械)には、さすがのバイオーグ(機能補強生体)も一溜まりもなかった。蝿叩きで打ち据えられた蝿のように、バイオーグ(機能補強生体)の女性のような体躯が為す術無く、クーガに噛み付かれたまま腰から後ろ向きで床に叩き付けられる。衝撃で背骨が折れたかと思われるほど、バイオーグ(機能補強生体)の身体が跳ねるように反れ曲がった。
それでも攻撃の手を緩めないクーガは、一旦脇へと跳ね飛ぶと、間髪入れず巨躯の向きを変える。バイオーグ(機能補強生体)が身を起こす間もなく、押し潰すように伸し掛かったクーガは、その咬牙で再び襲い掛かった。
哀れバイオーグ(機能補強生体)は、百獣の王の獲物にされた、抵抗虚しい小羊そのものだった。
その頚元に噛み付かれたバイオーグ(機能補強生体)・ズィーボルから、ぐへっとも、おごっとも付かぬ呻きが上がる。4枚の翅を生やした身体が、痙攣しながらぴんと伸び切った。両手でクーガを押し退けようとするが、クーガの巨体はぴくりとも動かない。クーガが獅噛む力を一瞬緩めて、改めて両顎で噛み付き直す。
ぎりぎりと、何かが擦れる音がした。クーガを押し退けようと突っぱねていた、バイオーグ(機能補強生体)・ズィーボルの腕がはらりと落ちて、力が抜けた全身がくたりと崩れた。それでもクーガは咬牙を緩めず、崩れたバイオーグ(機能補強生体)の背中を前肢で押さえ込むと、引き千切るように首を振った。
人工筋肉らしき肉片が飛び散って、バイオーグ(機能補強生体)の首元から、紫色の鮮血がごぼごぼと溢れ出る。鮮血と言っても、ヒューマノイピクス(人間)の循環体液である生体血液と違い、人工血液なので少し紫っぽい。
ぐるる、と唸りを上げるクーガが、コンスタンツェを振り仰ぐ。
僅か10秒足らずの出来事だった。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




