Prologue 処女を捧ぐ夜・9
「こう申し上げては何ですが、メルヒオールさまも姫御前には、ずっと想いを寄せておられるのでしょう・・・?」ガートルードは目の前の主を一度見上げてから腰を上げた。「スナウトは、姫御前を救けるような素振りに終始しておりました」
「メルヒオールにしてみれば、プロスペロは某を寝取りに来た梁上の君子、邪魔する奴は馬に蹴られて死ねば良い、くらいには思っておっただろうな」
コンスタンツェが、思いっ切り嫌悪感を込めて言い捨てた。
「──とは言うものの、其方も噂くらいは聞き及んでおろうが。メルヒオール自身とて、妹のデスデモーナを強姦しようとした程の下半身馬鹿だぞ」
「──何にせよ、姫さまに特別な情を持たれておられるメルヒオールさまは、国王陛下の暗殺は黙認しても、姫御前のお命だけは・・・と」
行きましょうか、と声を掛けたガートルードが、細く暗い隧道を歩き出した。
コンスタンツェは小さく頷くと、嫋やかだが頼もしいガートルードの背の後ろに随う。ガートルードの上背は175センチと、コンスタンツェと大して変わらないが、バスト88、ウエスト58、ヒップ90と、スリーサイズが違うのでコンスタンツェよりかなり大柄に見える。
「そのメルヒオール自身とて、プロスペロを父親とも思っておらんのは某同様だが、何時まで経っても王位を譲る気配の無いプロスペロを、心底疎ましく思っていたのは、万人の知るところだからな」
「だとすればメルヒオールさまも、姫さまへの心持ちをプルンチットに巧く利用され、裏から唆されていたのやも知れませんね」
「たかが、女子と色気づいた親爺が媾うだけの事に、妙な恋慕を付け込まれ、要らぬ横槍を入れおってから」
ミッドナイト・ブルーのジュストコール・コートの背で揺れる、フリップ(巻き込み)・ポニーテールにした、ガートルードの蜂蜜色の髪を見詰めながら、コンスタンツェがふと気付いたように、ぼそりと言葉を続けた。
「──いや、横槍が入ったお陰で、小汚いプリック(ちんぽ)を見ずに済んだのか」
「姫さま・・・!」
コンスタンツェの口をさらっと衝いた下品な言葉に、前を行くガートルードが渋面で振り向いた。
「お口が汚うございますれば、お慎みを」
「ちゃんと慎んでおる、と言うに」悪びれる様子の無いコンスタンツェは、翡翠色の瞳でガートルードを見返す。「其方の前でしか言わぬぞ、プリック(ちんぽ)やカント(おまん)、ファック(犯るまん)とかも」
「嘘を吐かれるとお口が曲がります、姫さま」何時もの事とは言え、顔に似合わぬ減らず口に、ガートルードが溜め息を吐く。「何時ぞや、メルヒオールさまから言い寄られた際、お返しに口にされた言葉をお忘れですか?」
「ああ、あれか」それでもコンスタンツェは、先を歩くガートルードの背に、一層辛辣な言い草を返した。「確か、そのリンプ・ダングル(ふにゃチン)をちょん切ってくれたら、清いお付き合いをさせて頂きます、と丁寧に返したぞ」
「ですから、そのリンプ・ダングル(ふにゃチン)とかカント(おまん)、フィッキー・フィック(乳繰り合い)などと、姫御前には似合わないお言葉、慎んで下さい」
「まだフィッキー・フィック(乳繰り合い)とは言ってはおらぬぞ」言葉尻に付け込むコンスタンツェが、少し声を改めた。「──それよりガート」
まあ、これ位の諌言で言葉遣いを改めるような姫ではない事は、ガートルードも百も承知なので、気を切り替えて、はい、と振り返る。
「先程、其方に言い逸れたが、スナウトとか申す間者に、それとなく質しておいてはくれまいか?」
「この三文芝居の裏の真相ですね?」
コンスタンツェの言葉に、ガートルードが小さく頷く。
「いや、それではない」
きっぱりと否定したコンスタンツェが、暫し言い淀む。言葉が途切れたのを訝ったガートルードが、歩きながら後ろを振り返る。束の間沈黙が流れ、目が合っていたコンスタンツェが、徐ら口を開いた。
「──某の秘所を見たのか、と」
「スナウトが、ですか・・・ッ?」
思いもしないコンスタンツェの言葉に、ガートルードが足を止めて体ごと向き直った。
「どさくさに紛れて、何と野卑で破廉恥なッ!」ガートルードは酷く憤慨した様子を隠しもせず、右の拳を握り締めた。「さすがはメルヒオールの手の者!」
少しばかり困惑の表情を返すコンスタンツェに、ガートルードが言い切った。
「実を聞く前に、あの首、すっぱりと刎ね上げてやります!」
「あ、いや、状況から言えば、だな、その──」
コンスタンツェには珍しく、少し言い辛そうに言葉を濁す。
こう言う態度を取る時は、必ず自らに落ち度があるか、良心の呵責を感じている。その意味ではコンスタンツェは、他人に責を擦り付けたりしない、実に素直で可愛らしい姫君だった。
「こう、某が、倒れ込んで尻餅を舂いた折りに、だな・・・」
コンスタンツェは両手を少し上げたまま後ろへ倒れる素振りをすると中腰になり、くの字に折れる両膝を外股に軽く開いて見せた。
「──その、ぱっくりと大きく膝を割ったしまった所へ、あの間者が助太刀に飛び込んで来てくれたのだ」
「・・・もろ見え・・・ですか・・・?」
そのあられもない痴態を想像したのか、ガートルードが唖然とした表情を作った。
「いや、陰毛があるからな。もろではないと思うが」
「もろです、もろ・・・!」ガートルードが少しばかり焦ったように声を荒げる。「姫さまの陰毛、薄いんですから」
「身も蓋も無い言い方だな、ガート」
仏頂面のコンスタンツェが、下唇を突き出して頬を掻く。
「それで、見られたのですか・・・? もろに・・・!」
「──だから、見たかどうかを尋ねおいてくれ、と申しておる」
さすがのコンスタンツェも少しばかり恥じ入ったのか、良いから、先を歩け、と誤魔化すように手を振ってガートルードを促す。
「間者の主がメルヒオールとあっては、万が一にも逐一報告されては、鳥肌が立つほど末代までの恥だからな」
苦虫を噛み潰したような顔付きで、不承不承に歩き始めたガートルードの背に、コンスタンツェが言葉を投げる。
「ほれ、秘所の襞の色とか、上付きか下付きか、ビラビラの腫れぼったさ具合とか、男性が色々と興味を持ちそうな事、あのメルヒオールが興味を持たぬ筈はあるまい」
「姫さま、そんな下世話な・・・!」困惑の表情に口を尖らせ、ガートルードが肩越しにコンスタンツェを見遣る。「一体全体、何処で耳にされたのです・・・!」
「いや、何処でも何も、側付侍従の女子たちが、しょっちゅう口にしておるぞ」コンスタンツェが至極真面目な顔付きで、ガートルードの瑠璃色の目を見詰め返す。「──ガート、其方も未通女だからと、目くじらを立てすぎではないか?」
「あのですね、姫さま」
ガートルードは根負けしたかのように、大きく溜め息を吐き出した。
「其方も、某と一緒に、処女を抜かれてみてはどうだ?」コンスタンツェが悪気の欠片もなく、まるでお茶に誘うように軽口に言った。「ほれ、スリーサム(3人乱交)とか言う奴だ」
「嫌です」
ガートルードは振り向きもせず、鰾膠もなく言い切った。
「私の処女は、これぞ、と言う殿方に出会うまでは」
「そうか」
たった一言、コンスタンツェが言葉を漏らす。
似合わぬ萎らしい口調に、ガートルードが驚いたように振り返った。
「──実に、ガートが羨ましい」
何処となく侘びしそうな笑みを浮かべたコンスタンツェの翡翠色の瞳が、真っ直ぐ見返して来ていた。
「姫さま・・・?」
「某は、チェイスト・アレジアンス(純潔)を差し上げる殿方を自ら選ぶ事など、おそらく何時まで経っても適わぬ事であろうからな」
心配そうに声を掛けるガートルードに、コンスタンツェが淋しげに微笑む。
「姫さま──」
「何、気にするな」コンスタンツェが強がる素振りで、殊更に声を張り上げた。「ちょっと愚痴ってみただけだ」
それでも気高く、だが少し強情に、愛らしく顔を綻ばせて見せる芳紀な姫に、ガートルードは胸を締めつけられる思いがした。
“姫さまには、自由がない──”
ガートルードは、今更に思い知らされた。
何時も何時も気丈に振る舞われているのに、エルドラド王室に生まれ、チェンテナリオの家名を背負い、デジャーソリス創祖の血を引くと言うだけで、実は巨きな足枷に囚われている。血筋、家柄、立場、期待される存在の意義と役割、勝手に貼り付けられるステレオタイプ(属性印象)、そして取り巻く環境。
それを姫自身が良く承知しているからこそ、婚姻相手を自由に選べない。気儘に恋に落ちる事すら赦されない。気高くも麗しい姫君を演じておられるが、その実、体の良い籠の鳥同然。
“この世には、姫さまに自由の翼を与えられる、立派な殿方はおられぬのか”
それを見つけ出すのが、ひょっとしたら自らの使命なのかも知れない──そんな思いが、ガートルードの胸中にふと湧き起こる。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




