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Prologue 処女を捧ぐ夜・10

「いえ、このガートルード──」


心から敬愛する孤高の姫君に、ガートルードの(たぎ)る忠義が口を()く。


「姫さまが、もしにも、この殿方、と心に決められたお相手が現れて、その(かた)と姫さまのご意志で、結ばれる事が可能になられるのであれば、ガートルードは喜んで、スリーサム(3人乱交)のご相伴に(あずか)らせて戴きます」


そう言い終わったガートルードが足を止め、決然とした表情で向き直った。


長々と歩いて来た隧道(ずいどう)の終点だった。コンスタンツェをまじまじと凝視するガートルードの背後には、上へ延びる螺旋階段があった。


「うむ、良く言ってくれた、ガート」


媚びない、(おもね)らない、飾らない、凛と言い切るコンスタンツェは、高邁、超俗な、生まれながらの姫君だった。


(それがし)の目に適った殿方だからな。其方(そなた)も、安心して身を任せるが良い」


「御意」


ガートルードが慇懃に(こうべ)を垂れる。


「それまではチェイスト・アレジアンス(純潔)を粗末にするでないぞ」


「私めの処女は姫さまの処女、と心得ます」


そう言ってから頭を上げると、ガートルードは上への螺旋階段に向き直った。


「──して、ガート」階段のステップに足を乗せたガートルードの背中に、コンスタンツェが声を投げた。「其方(そなた)に、1つ聞きたい事がある」


「はい、姫さま」


足を繰りながら、ガートルードが振り返る。


「ビラビラとは何の事だ?」


「──姫さま・・・ァ」


唖然としたガートルードが立ち止まり、世にも情けない声で困惑する。


「分かった、分かった」コンスタンツェが至極真面目な顔付きで、軽く手を振った。「ガートのそんな声音を聞くと、聞いた(それがし)の方が、気まずくなるではないか」


「いえ、その、ですね・・・」


「良い、良い」さあ行け、とコンスタンツェがガートルードを促す。「何となく想像は付くが、(それがし)のは、余りビラビラしていないのでな。向学のため、ちょっと尋ねただけだ」


「姫さま」ガートルードは疲れたように肩を落とすと、重そうに足を繰り出した。「人前では、特に殿方の前では、絶対にお口にしないで下さい」


「そうだな」大きく頷いたコンスタンツェが、羞恥もなく言い切る。「貞淑な女性(おんな)が、殿方の前で口にするのは、メイル・オルガン(一物)と決まっておるからな」


「そう言う意味ではありません」


「さすがのガートも、口にはした事はないのか」何時(いつ)もの事だが、ガートルードの(たしな)めにも、コンスタンツェは頑是(がんぜ)ない。「しかし女性(おんな)(たしな)みと聞くぞ」


「また当城の、(うつ)けな侍女ですか。ピーチクパーチクと、お喋り雀どもが」


「そうは言うがな、ガート」勿体振ったコンスタンツェだが、至極真面目な顔付きだった。「彼奴(あやつ)らの営みは凄いぞ」


その言い草に、ガートルードは黙って耳を傾ける。コッコッと、コンスタンツェとガートルードの靴音だけが、螺旋階段のために掘り込まれた縦穴に、短い余韻を残しながらも良く響く。


「お互いの秘所を()めあったり、卑猥な言葉を耳元で(むつ)み合う、女子(おなご)が殿方を尻に敷いて腰を振るなど、とんでもない快楽を得られるらしいぞ」


「・・・・・・」


「どうした? ガート」


黙りこくる褐色の肌をした側付護衛の麗人剣士に、ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪も清らかな王女が、(からか)うように言った。


「さては、其方(そなた)、破廉恥な想像をしているだろう?」


「──そのような事・・・」


(それがし)は想像したぞ」それでもコンスタンツェは、(てら)い無く言い紡ぐ。「心から恋い慕う殿方との、(ねや)での濡れ事は存外に愉しかろうて」


「はしたない想像はそれ位で」


数段を残して、ガートルードの背では天井に頭が付くほどになった。


ガートルードは腰を屈めながら更に数段昇り、閉ざされている天井の彼方此方(あちこち)を手で(まさぐ)る。


「──着きました、姫さま」


そのガートルードの声と同時に、天井の一部が外に向かって起き上がり、人1人が通れる程の通り穴が開く。途端、何処からともなく流れて来る冷ややかな空気に乗って、青臭い草叢(くさむら)の臭いが鼻を突く。さあどうぞ、と片膝突いたガートルードが両手を差し出し、コンスタンツェを引き寄せた。


「はしたないか?」掬い出すように膝の上で組まれたガートルードの両の掌に、コンスタンツェが右足を乗せる。「女子(おなご)の本懐と思うが」


コンスタンツェが手を上へ伸ばすと同時に、ガートルードがコンスタンツェを押し上げる。コンスタンツェは開いた先の床に齧り付き、黒のレースも可愛いパンティに包まれた尻を突き出しながら、四つん這いに身体を乗せ上げた。間髪入れず、よっ、との声と共にガートルードが伸し上がって来る。


「──(いづ)れは、マンスリアン城からのこの抜け道も気付かれます。その前に、カテドラル(大聖堂)へ移動しましょう」


ガートルードが、開いていた隧道(ずいどう)への床の口を閉じる。


彼処(あそこ)なら、デスデモーナさまがプルンチットの加勢を受けておられても、そう易々とは踏み込んでは来ないでしょうから」


2人が上がり込んだ場所は、まるで地下室か牢屋のような荒い仕上げの、物置きのような場所だった。20メートル四方の、何もない部屋の右手には古びたドアが嵌め込んであり、反対側の壁には小さな窓が()り貫いてあって、月明かりが差し込んでいる。部屋の奥側には床がなく、すとんと落ち込んでおり、月光が反射する溜め池のような静かな水面に、小さなボートが浮かんでいた。全島6.5メートル、白に橙色のデザインを施された小型ジェットボートだ。ただコンスタンツェのクレスト(紋章)である、チェンテナリオ由来のファイアバード(火の鳥)も、エルドラドを表すタレット(尖塔)と蛇も、船体の何処にも施されていない。


「姫さま、お急ぎを」


ガートルードが足早に、護岸のように切り落ちた床端へ歩み寄る。月明かりに照らし上げられるガートルードの横顔は、心なしか硬い。


床から切り落ちた壁の水面側には数段の階段があって、下り切ると船乗り場のようになっている。ガートルードに促されたコンスタンツェが、躊躇(ためら)いもせず階段を小走りに下り、ジェットボートを繋いでいる(もや)い綱を解きに掛かる。自らの手を汚すコンスタンツェだが、幾度となくガートルードと船遊びを興じた事があるので、(もや)いを解くのも結ぶのも造作もない。


その間にガートルードが、階段脇の小さな操作パネルに指を走らせる。何処からかモーターの唸る音が響いて来て、ボートが浮かぶ入り江のようになった入り口の、格子状のシャッターがせり上がり出した。


「──後は私が()りますので、姫さまはご乗船を」


駆け寄るガートルードの言葉に頷き、(もや)い綱を預けたコンスタンツェが、ボートのスターンデッキ(船尾甲板)に飛び乗った。コンスタンツェはそのままコックピット(操縦席)に飛び込んで、システムを立ち上げに掛かる。解き終えた(もや)い綱を船に放り込み、ガートルードが乗り込んで来るとコンスタンツェが席を譲る。


ガートルードが慌ただしくインストルメント・パネル(計器盤)に目を走らせ、目の前の格子シャッターが開き切っているのを確認してから、操縦席の後にあるベンチ式のパッセンジャー・シートに腰を落としているコンスタンツェを顧みる。行きます、と声を掛けるガートルードに、コンスタンツェが小さく首肯する。


ガートルードがそろりとブースト・ノブを押し込むと、推進システムの稼動音が高まって、艇体がゆっくりと水面を進み始める。


小さなゲートを(くぐ)り出た先は、流れも穏やかな川面だった。


この時期の川風は涼やかで、周囲には猫柳が繁げ盛る中に(よし)が背を伸ばし、所々にまだ穂を付けていない(すすき)(なび)いている。


川面を進むボートの背後には、白い蕾を付けた楠と黄色い花を満開にさせている油菜に囲まれた、小さな砦が建っていた。たった今、たった今、コンスタンツェとガートルードがジェットボートで出て来た廃砦(はいさい)で、200年ほど前に中洲に築かれた、このラッタナーラム川の税関施設だ。


ラッタナーラム川は此処ノールヘイム地方を流れる最大の河川で、ノールヘイム地方はコンスタンツェの母ハーミアの家系、デジャーソリス教の創祖の血を継ぐチェンテナリオが歴代支配していた土地だ。


コンスタンツェの母ハーミアは、チェンテナリオの名を承継する最後の1人だが、実はチェンテナリオ家の直系ではない。


デジャーソリスの教義が、太陽系マデルーク第3惑星ピサロの開発が進むにつれ、盛期を迎えるチェンテナリオだったが、直近100年ほどはチェンテナリオの家系は先々細くなって行き、特にエルドラド家が台頭するようになってからは、その勢力も急速に衰え始めた。このピサロの地で受け継がれて来た、デジャーソリスの血統たるチェンテナリオの、先代当主においては最後まで直系嫡子に恵まれなかった事で、断絶の危機が訪れた。チェンテナリオの、()いては太陽系マデルークにおいてデジャーソリス創祖の嫡流が途切れるのを避けるため、ウェスデンからチェンテナリオに入った養子が、幼い頃のハーミアがだった。


ところがそのハーミアも芳紀麗しい年頃を迎え、あろう事か勢い盛んなエルドラド家の、即位したばかりのプロスペロに召され、半ば強引に輿入れが決められてしまった。没落著しいチェンテナリオに反駁する力は最早(もはや)無く、故国ウェスデンも力添えするほどの余力も無いまま、チェンテナリオの名を継ぐ嫡流は、此処で事実上途絶えてしまった。


このままでは(いづ)れ領地が割譲されて、チェンテナリオの家名すら消散してしまう──それを憂えたハーミアが、領地をデジャーソリス教に寄進する形で教会領荘園としてチェンテナリオの名も残されるよう、嫁ぎ先のプロスペロ王に懇請したのだ。


現在、荘園として教会が管理する直轄領地面積は約500万平方キロ程、元来がチェンテナリオの荘園だったため、チェンテナリオ(ゆかり)の城や砦が幾つも残っている。コンスタンツェとガートルードが逃げ落ちたラッタナーラム川の税関砦も、その内の1つだった。150年ほど以前、チェンテナリオの勢力が大きくなるに伴い領地も拡大したので、この古びた中洲の砦は無用の長物となり、管理する者も居ないまま放置され、無人の廃虚と化している。


日が暮れても、依然として水上交通路として使われているラッタナーラム川には、船影(ふなかげ)が途切れる事はない。この辺りは川幅が500メートルを超えているので、大型船舶が航行する中央寄りを避け、少し危険だが敢えて舷灯を点さず、川岸近くを上流へ静々と遡上する。川沿いの街道筋にはぽつぽつと町並みが続き、その背後のなだらかな斜面には葡萄畑と梨畑が広がる。


幾つかの船着き場を過ぎ、40分ほど川風に(さら)されて、ガートルードの操縦する小さなジェットボートは、川縁に突き出た突堤を回り込む。目の前には、一際(ひときわ)高いタレット(尖塔)を持つチェンテナリオ大聖堂が見えていた。





★Prologue 処女を捧ぐ夜・10/次Prologue 処女を捧ぐ夜・11

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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