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Prologue 処女を捧ぐ夜・11

突堤沿いを進むと小さな人工の入り江になっていて、奥に3階建ての建物があった。入り江に面している側は、大きなアーチを描く柱に支えられたバットレス(控え壁)になっていて、その奥が2階層吹き抜けの屋内船着き場になっていた。


船着き場自体は80メートル、建物の3分の2ほどの長さがあるので、数艘の船を接岸できるほど大きい。100年ほど前までは教会も賑わっていたので、常に2、3艘の船が停泊していたものだが、今はうら寂しさも一入(ひとしお)で、コンスタンツェたちが乗った1艘意外に船影はない。古びた照明が灯る岸壁の、落下防止柵の向こうには人影が2つ。左の背の低い人物は立て襟でマキシ(踝丈)の黒い祭服を着た、50代半ばの小柄な女性プリーステス(女性司祭)で、もう1人は頭にウィンプル(修道頭巾)を被った30代の修道女だった。その2人の前、接岸壁際に、薄汚れた深緑のポロシャツを着た、身の丈2メートル近い偉丈夫そうな男性(おとこ)が待ち構えていた。


ゴン、と言う、舷側が岸壁のフェンダー(防舷緩衝器)にぶつかる音がして、ガートルードが船体を岸壁に寄せ込む。軽やかにバウデッキ(船首甲板)に飛び上がったコンスタンツェが、バムルスック、(もや)いを頼む、と声を掛け、岸壁の偉丈夫の足元へ(もや)い綱を投げる。陽に焼けた丸太のような腕で、(もや)い綱を繋船柱に結わえ付けるバムルスックの脇に、コンスタンツェが若鹿のような瑞々躍々(ずいずいやくやく)とした長い足を繰り、一足飛びに飛び移った。


「──姫さま、相変わらずお転婆が過ぎますよ」


静々と近付いて来た2人の神職のうち、年配のプリーステス(女性司祭)が明白(あからさま)に苦い顔をしていた。


「いつまでも子供扱いだな、エリザベス」


憮然としたコンスタンツェが、(わざ)とらしくスカートの裾を払って見せる。


「それにそのドレス」殊更に胸を張るコンスタンツェにお構いなく、プリーステス(司祭)が諌めるように(かぶり)を振った。「(ひい)さまの可愛らしいお尻も、丸見えと言うもの。高貴なる者、お(しと)やかさと慎みを忘れては──」


「──これは、プリーステス(司祭)さま、態々のお出迎え」


エリザベスの説教染みる小言を(さえぎ)るように、ガートルードが黒のジュストコール・コートを翻して、身の(こな)しも軽くエリザベスの前に跳び降りた。


このチェンテナリオ大聖堂へ向かう途中、ガートルードが先立って船上から、携帯していたテレコム(通話機)で連絡を入れてあったので、エリザベスたちが出迎えに来てくれていたのだ。


チェンテナリオの名を冠するこのカテドラル(大聖堂)は、旧チェンテナリオ領地内にあり、チェンテナリオがこのマデルークに根付いた時分に築造された教会で、マデルークにおけるデジャーソリス教会の中で最も古い教会だ。コンスタンツェの母ハーミアからチェンテナリオの領地を寄進された当事者教会でもあり、コンスタンツェ自身も幼い頃からしょっちゅう出入りしていた。なのでエリザベスは、コンスタンツェは勿論、ガートルードもよく知ったプリーステス(司祭)だった。


ガートルードは現在21歳だが、エリザベスと知り合った頃はまだティーンズ手前で、それ以来、母親のようなエリザベスに、ガートルードも頭が上がらない。エリザベスもそれを承知で、小姑(こじゅうと)宜しく身形(みなり)、振る舞い、言葉遣いと、口を開けば行儀作法を説いて来る。このマデルークにあってエリザベスは、コンスタンツェが口負けする唯一の存在だった。


「──マジェスタ卿、一体何があったのです? お城で」


目の前に飛び込んで来た剣士姿も凛々しいガートルードに、エリザベスは畳み掛けるように(いぶか)り声を上げた。


御館(おやかた)さまのお命を奪おうとする狼藉者に、お床を襲われたのです、エリザベスさま」ガートルードが、ぐっと口を真一文字に結ぶ。「──残念ですが、国王陛下は凶刃に(たお)れられました」


「それは何とした事・・・!」


少し仰々しい仕草に胸の前で手を組んだエリザベスが、茶色の瞳を真ん丸にした。


「エリザベス、其方(そなた)、本当にそう思っているのか?」


傍で聞いていたコンスタンツェの、驚いた顔に(からか)うような表情を乗せ、何とも形容のしようのない妙な北叟笑(ほくそえ)みだった。


「エリザベスの事だ。デジャーソリスの前で、呪いの祈祷(きとう)でも上げていたのではないのか?」


「ええ、勿論ですとも」エリザベスは冗談とも本気とも付かない言い草で、(わざ)とらしい作り笑いを浮かべた。「(ひい)さまのメイデンフッド(純潔)を踏み(にじ)る、愚かな王は地獄に落ちろ、と奏上致しておりました」


「まあ、その甲斐あってか、(いま)だに潔い(からだ)ではあるな」コンスタンツェが話を合わせるように、(たお)やかな肩を(すぼ)めた。「(それがし)が、寝床の上で(まぐろ)になる前だったからな」


「お(まぐろ)、ですか?」


エリザベスはコンスタンツェの言葉の意味を理解できず、温厚そうながらも老巧長けた顔容に不思議そうな表情を浮かべた。

「あんなファック・ファッカー(いかれ糞親父)に、悦んで腰を振れると思うか?」


コンスタンツェの下品低俗極まりない言い草に、エリザベスは口をヘの字に曲げながら、ビアンカ、お2人をご案内して、ともう1人の修道女に声を掛ける。会釈するビアンカが先に立ち、此方(こちら)へ、と2人を館内へと促した。


何時(いつ)もながら、お口が過ぎますよ、姫御前」一旦言葉を切ったエリザベスが、前を向いたままさらりと言って退()ける。「せめて、オールド・ファート(狒々親爺)、くらいに留め置きなさいませ」


それを聞いたコンスタンツェが、()も愉快そうにガートルードを振り返る。目が合ったガートルードも、口さがない司祭の後ろ姿に、無言で肩を(すく)めた。


繋船されたジェットボートにカバーを掛けるバムルスックを残して、船着き場の戸を(くぐ)るビアンカにコンスタンツが続き、コンスタンツェの脇を半歩遅れてエリザベスが、その後ろをガートルードが従う。


戸口を出た先は、仄暗(ほのぐら)い天井照明が灯る、石壁風のタイルを嵌めた少し広い廊下だった。とぐろを巻いた(もや)い綱や折り畳まれたシート、船寄用の(かい)やフェンダー(防舷緩衝器)が、埃に(まみ)れて所々に放置されていた。


マデルークにおけるデジャーソリス教の総本山が首都ツウィリッヒに移って久しく、開闢(かいびゃく)の地にあって、このカテドラル(大聖堂)もチェンテナリオの没落と共にすっかりと寂れてしまっていた。設立当時は、年を追うごとに訪れる信者で教会も賑わい、従事関係者も数百人を超えていたのが、今ではプリーステス(司祭)のエリザベスを筆頭に、十数人ほどしか務めていない。


領地から上がる税は多額だが、土地の所有権を教会に認める条件に、徴税のほぼ全てが王室へ収められているため、教会所有の荘園と言っても王室直轄の領地と()して変わりが無い。由緒正しき最古のデジャーソリス教会と言っても、近隣の街区からの信者が時折り礼拝に来る程度で、建物自体も朽ちるに任せたまま補修も掛けられず、偉容だけは立派だが内実は片田舎の小さな教会と同じだった。


「──それで、申し訳ありませんが、エリザベスさま」


後ろから掛けられたガートルードの言葉に、司祭が首だけで振り向く。


御館(おやかた)さまは見られた通り、その女性(おんな)振りも台無しな、埃塗(まみ)れの土塗(まみ)れ。湯浴みを差し上げてはくれませぬか?」


「ええ、お安い御用です」深く頷いたエリザベスが、脇のコンスタンツェを見遣る。「ビアンカに申し付けて、直ぐに湯殿を整えさせましょう」


「すまぬ、エリザベス。それに出来れば、着替えを頼めぬか?」


「此処には、修道服しかありませんが?」


(つい)でに、メイデンフッド・ロック(貞操帯)もあれば。何しろ、まだ未通女(おぼこ)の早乙女だからな」


「──それともう1つ」ガートルードも慣れたもので、コンスタンツェの下俗な言い草を軽く聞き流す。「バムルスックに言って、ホィーラ(車)を1台貸し出しては貰えないでしょうか?」


「ガートルード、貴様、何処かへ出掛ける気か?」


コンスタンツェが、まるで連れて行け、と言わんばかりに振り向く。


「マンスリアンの様子を少しばかり見て参ります」


ガートルードが、駄目ですよ、と小さく笑んで首を振る。


50メートルほど行った先を、ビアンカが右に折れた。


少しばかり朽ちた屋根だけの渡り廊下になっていて、両側には何年も手入れされていない中庭が月明かりに荒涼と照らし上げられていた。


「──国王陛下がお命を落とされたと有っては、当然首都の耳にも入りましょう。王室が、ヒポリアさまがどのようにお動きなさいますか、予測が付きませぬ(ゆえ)


(ひい)さまはお気に召さないでしょうが──」傍で聞いていたエリザベスが、遠慮がちに口を開く。「この際、デル・アー城に庇護を申し出されてみては如何(いかが)です?」


「お気に召すも召さないも──」ガートルードが畳み掛けるように言下に否定する。「今回の狼藉、後ろで糸を操っているのは、そのヒポリアさまかデスデモーナさま、それにメルヒオールさまも口端を挟んで来られて居るようなのです。デル・アー城自体が今や姫さまには魔窟同然。とても、近付いて頂く訳には参りません」


「ヒポリアさまは、ハーミアさまを露骨に嫌って居られましたからな・・・」


何となく事情を察したのか、エリザベスは苦々しい表情を隠さなかった。





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 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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