Prologue 処女を捧ぐ夜・12
渡り廊下の先は別の棟屋になっていて、入って直ぐの脇にある階段を上る。
上がった先は大きなエントランス・ホール(玄関)になっていた。正面口は豪奢なステンドグラスを嵌め込んだ4枚扉で、閉め切られた向こうには立派な石造りの階段があり、下った先がカテドラル(大聖堂)へ通じる、枯れた噴水のある広場になっていた。
ビアンカが先を行く4人が、人気の無いシャンデリア照明の下がる廊下を歩く。コンスタンツェとガートルードの靴音が、大理石の床に甲高く響く。
「──その血を引く姫さまにも、並々ならぬ悪感情を抱いておられるのは、最早周知の事実」エリザベスの婉曲的な言い回しは、さすが年長の聖職者と言ったところだった。「それにデスデモーナさまも、姫さまの容貌に、酷く嫉っかんでおられるとの噂」
「どう見ても彼奴の方が容貌良し、愛想も、笑顔も、小憎らしいほど可愛いと思うが」コンスタンツェは、半ば吐き捨てるように言った。「まあ某が言うのも何だが、デスデモーナが破綻しているのは性格だけだ」
「エルドラド──」同情頻りに、エリザベスが嘆息した。「本に、厄介な豪族だ事」
と同時にビアンカが、突き当たりの大きな両開きの扉を開く。
古のカテドラル(大聖堂)の興隆を物語る、幅20メートル、奥行きが40メートルもある大広間のような大食堂だった。
この棟屋は、カテドラル(大聖堂)に従事する修道士や修道女、それに馬丁のバムルスックのような専門的な雑役を担う寄人が入る舎屋で、最盛期には100人を超える人間が寝起きしていた。そんな大所帯の食堂だが、今はひっそりと隅に6人掛けのテーブルが4つ置かれているだけだ。
それでも、殆どの器材にカバーが掛けられている奥手の大きな厨房からは、微かに何かを煮込む好い匂いが漂って来ていた。鼻腔を擽られたコンスタンツェとガートルードが首を巡らせると、割烹着を纏った2人の修道女が配膳カウンター越しに此方を向き直り、丁寧に腰を折って深く顱を垂れて来た。
「──では、ビアンカ、お2人を湯殿へご案内して」エリザベスが壁際のインカム(施設内通話)へ歩み寄りながら、声を掛ける。「お食事をご用意しております故、後ほどまた此方へお越し下さい」
慇懃な会釈を返したビアンカが、此方へ、とコンスタンツェとガートルードを案内する。厨房の横にある戸口から、食堂を出て行こうとする3人に、受話器を取り上げたエリザベスが振り返った。
「それからビアンカ、お2人の着替えを手配して、お召し物は洗濯を」
呼び止められたビアンカが振り返ると、はい、と返事を返して頷く。
「──あ、そうそう、マジェスタ卿」インカム(施設内通話)に声を上げようとしたエリザベスが、三度忙しなく言葉を継ぐ。「ホィーラ(車)の手配は、私からバムルスックに伝えておきます」
忝い、と頭を下げるガートルードに、エリザベスが今一度ビアンカに念押しするように声を投げる。
「──但し、人目に触れぬように干すのですよ。此処にお2人が居られるのを、他所の誰かに感付かれてはいけませんから」
気配りの利く司祭に、コンスタンツェとガートルードが顔を見合わせ微笑む。
口やかましい事この上ないエリザベスだが、2人にとっては気心の知れた、頼りになる司祭だ。ハーミアがチェンテナリオに養子に入って来た時には、エリザベスは既にこの教会に務めていた。コンスタンツェの名付け親でもあり、ガートルードがマジェスタ家で生を受けた後、洗礼を授けた恩人でもある。
コンスタンツェとガートルードは、ビアンカの案内で渡り廊下を通って、エリザベスなど上級神職の居住舎へと歩く。食堂の下には逗留中の修道士女用に大きな浴場があるのだが、十数名しかいない現在では大きすぎて維持に手間が掛かるため、今は使われていない。
上級神職屋舎に入って直ぐの階段を階下に下る。
手前側が男性用浴場で、女性用は屋舎反対側の端にある。
コンスタンツェとガートルードが湯浴みをしている間に、着替えの服を用意してくれていた。ドロワとバストブラジャのファウンデーション(下着)だけは新品だったが、服自体は少し草臥れた祭服だった。コンスタンツェには、長い髪を隠すためウィンプル(修道頭巾)とギンプ(肩纏い)のあるハビット(修道女服)だったが、ガートルードの体躯では合うサイズがないため男性用のキャソック(司祭服)が用意されていた。
再び案内された食堂には、野菜がたっぷり入った暖かいシチューと少し堅いライ麦パン、それにワイン(葡萄酒)が用意されていた。
2人が食事を満足そうに平らげると、ガートルードはビアンカの案内で、手配したホィーラ(車)の車庫へと出て行き、コンスタンツェはエリザベスに促されて、カテドラル(大聖堂)へと足を運んだ。
枯れた噴水のある中庭のような大きな石畳の広場を突っ切り、左手の川縁に近い所に建つカテドラル(大聖堂)の裏側、右アプス(後陣)脇の通用口をエリザベスの生体認証で開く。入堂者を感知したセンサーが、要所要所に設けられた仄暗い照明を自動で点灯させる。ネイブ(身廊)に下がる、直径2メートルを超える豪華なシャンデリア主灯は、さすがに灯らない。
カテドラル(大聖堂)は奥行き220メートルのT字と凵字を組み合わせたような形状で、ファサードには大きく立派なタレット(尖塔)が立ち並び、そのまま幅50メートルのネイブ(身廊)へと繋がっていて、チャンセル(内陣)の奥にあるアプス(後陣)が左右に1棟ずつある。そのチャンセル(内陣)の、色鮮やかなステンドグラスのバラ窓が嵌まった最奥の壁際、18体の聖人像が立ち並ぶ裏手、細い通路を硬い表情のエリザベスと、ぎゅっと口を真一文字に結んだコンスタンツェが静々と歩く。通路の中ほど、天辺が弧を描く小さな扉の前に立ったエリザベスが、生体認証で扉を開く。
両開きのグライドスライド扉がぎこちなく動き、内は人が3人も入れば一杯になる、少し奥まっただけの浅いエクセドラ(壁龕)のようなスペースが現れる。中には身の丈ほどのシュライン(聖櫃)みたいな収納が、ぽつりと1つ。
エリザベスが手を伸ばし、防腐処理された無垢の落葉楢材製聖櫃の両開き折れ戸を開く。
西瓜ほどの大きさの革製防埃袋が1つ、その脇には同じ革製の林檎ほどの大きさの袋と、奥の戸板のには飾り棚のフックのような掛け具に、細長い革袋が縦に安置してあった。
エリザベスが、さあ、とコンスタンツェに場所を譲るようにして脇へ退く。
コンスタンツェは小さく頷くと、開いているシュライン(聖櫃)に手を突っ込む。桜色の手が、一番奥に掛けてあった長い革袋を掴み取る。口紐を説いて袋を剥き下ろすと、中から青みを帯びた銀のスキャバード(鞘)に納まる1本の剣が姿を現した。
「齢16を数えられた姫御前、本来ならデジャーソリスの教典に則り、やんごとなき戴冠佩刀装釧の儀にて、正しく受け継がれるべきレガリア(神器)です」
向き直ったエリザベスが大きく頷く。コンスタンツェは3箇月前に16の誕生日を迎えたので、教会側は国王に対してコンスタンツェへの戴冠佩刀装釧の儀の挙行を申請しているのだが、まだ裁可が得られていなかった。
「これが弾魔の聖剣レプラコーン、か──」
コンスタンツェが攫み上げた大剣をしげしげと眺め回す。
剣は、翼と百合をモチーフにした造形がふんだんに施されたスキャバード(鞘)に収まっていて、覗くガード(鍔)とポメル(柄頭)には青い玉石が嵌まっていた。
「はい」
力強く頷き返したエリザベスが、スキャバード(鞘)から剣を静かに抜くコンスタンツェをじっと見詰める。
「ハーミアさまが受け継がれた、チェンテナリオに伝わるデジャーソリス創祖の証」
エリザベスの言葉に、コンスタンツェが抜き身の剣を翳し立て上げる。
ブレード(剣身)は濃青がかった鍛造鋼で、ポメル(柄頭)から切っ先までが約110センチ、バランス的にはハンド・アンド・ハーフ(片手半剣)に近いが、刃幅が少し広い。数百年前に造られた一刀なので、振り回す運動エネルギーを利用して斬撃を与える古典的武装具であり、コヒーレント振動を利用して断裁するフォノンメーザー・ソード(電磁剣)の類いではない。
葉の厚みの形状は菱形を潰したような両刃にはエングレーヴィング(鏨彫り)が施され、実戦的な一振りなのは間違いないが、受け継がれるレガリア(神器)としての象徴的意味合いも色濃く纏っていた。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




