Prologue 処女を捧ぐ夜・13
「エルドラドに輿入れなさる際、チェンテナリオの根源であり、魂とも称されるこのレガリア(神器)だけは、絶対にエルドラドには持って行けぬ──と」
「母君が残してくれた、遺産、か・・・」
嫋やかだが芯のある4本の指で、ブレード(剣身)面をそっと撫でた途端、コンスタンツェが得も言われぬゾクッとした感触に、思わず身震いした。
「さすが、ハーミアさまが愛され、デジャーソリスの血を脈々と繋がれる、コンスタンツェ・ユイット・セーズ・エルドラドさま」
誇らしげに剣を掲げ上げる芳紀麗しい若姫の姿に、エリザベスは感極まった様子で、歓喜に盈ちた声を漏らす。
「きっと、ハーミアさまの魂と、デジャーソリスのフォルティア・ヴェリタス(而象能)が、姫御前をお守りお導き下さいます」
「──しかしな、エリザベス」
納めてあったシュライン(聖櫃)を前に、1歩2歩と後退ったコンスタンツェが、軽く足を開いて聖剣レプラコーンを正眼に構える。
「某は既に、エルドラドの名を頂いている身。このような由緒ある代物を、受け継いで良いのか?」
「勿論です」
即答したエリザベスが、揺るぎなく確と頷く。
「肝腎な事は、コンスタンツェさまが確かにハーミアさまのお子で、国難を祓い退けられたデジャーソリス創祖の血を受け継がれる、その姫御子、と言う事実なのです」
「──星祓いの伝説か?」
コンスタンツェは右足を軽く引いて腰を落とし、剣を大上段に構え上げた剣を、一振り、ビュッと宙を斬った。
「遠き昔の寓話であろう? 本当にそんな真似が出来るとは思えんが」
「姫御前がそのようなお力をお持ちかどうかは、このエリザベスの浅慮では、到底推察付きませぬが──」エリザベスが酷く真面目な顔付きで、コンスタンツェが握る弾魔の剣を見遣った。「その剣を、軽々と振り込まれるのが、何よりの証し」
「証し?」
エリザベスの言葉に、コンスタンツェが改めて手にしている剣を見詰め直す。
「確かに、存外に手に馴染む一振りではあるが──」
ブレード(剣身)は何百年と前に鍛え上げられたにも拘わらず、錆も曇りもなく深い青みを帯びた鋼色をしていて、嵌まっている青い玉石も、つい今し方磨き終えたように輝いていた。ヒルト(柄)は長い年月の間に、何十回となく丁寧な補修をされて来たのだろう、今は人工ラバーの上から人工皮革が革紐で巻かれた現在的な粧をしている。スキャバード(鞘)もその昔は木製だった筈だが、さすがに近しい頃に今のポリマー(重合高分子有機樹脂)製に作り替えられていた。表面に施された見事な造作は、当初に施されていた彫刻を模した物に違いない。
「その聖剣レプラコーン、私の非力では持ち上げるのも精一杯の重さで、恐らくはマジェスタ卿ですら、易々とは振り抜けないでしょう」
「某には、誂えたように、重さバランス共に丁度良い塩梅だが」
コンスタンツェが手にした剣を、8の字を描くように手首を返しながら、片手で易々(やすやす)と振り回す。
「──それが、それこそが、デジャーソリスの血を受け継ぐ、何よりの証し」
「持つ者によって、重さを変えるのか? 剣が?」
「剣の重さが変わるのではないのです。フォルティア・ヴェリタス(而象能)を振るう事が出来る者のみが、その剣を自在に扱えるのです」
怪訝な顔付きで見返して来るコンスタンツェに、エリザベスが真剣な眼差しで答える。
「母君も、か?」
「それはもう、今のコンスタンツェさま同様、軽々と」当然とばかり、エリザベスが深々と頷く。「ただハーミアさまは姫御前もご承知のように、争い事が殊の外お嫌いでしたので、武具の類いは生涯身にされませんでしたし、お側にも備えられませんでしたが・・・」
「某は母君と違って、剣術は嫌いではないが・・・」コンスタンツェが右の片手で、剣を振り下ろした。「──まあ、剣を失くして、頼りなかったのも確かだ」
「それも、フォルティア・ヴェリタス(而象能)のお導きでございましょう」
「ふうむ」
コンスタンツェは聖剣を一頻り眺め回すと、静かにスキャバード(鞘)へ収め直し、改めてエリザベスに向き直った。
「某以外に扱えぬと言うのであれば、母君の遺してくれた逸品、大事に使わせて貰うとしよう」
「真実、その剣、姫御前にこそ似付かわしい」
感心至極のエリザベスが誇らしげに頷くと、開いているシュライン(聖櫃)に手を伸ばし、残っていた2つの大小の革袋の綴じ紐を解く。
「──それではコンスタンツェさま、このような場で、雑な上に取って付けたような儀となって甚だ恐縮ですが、戴冠のほどを」
大きな方の革袋からエリザベスが取り出したのは、瀟洒な意匠のディアデム(飾り冠)で、小さな革袋から現れたのはバングル(釧輪)だった。エリザベスの言葉に、うむ、と頷いたコンスタンツェが、弾魔の剣を右脇に抱えたまま片膝突いて、小さく顱を垂れた。
「──汝、この現世に生まれし、デジャーソリスの血を受け継ぐべき姫宮と見定め、デジャーソリスの名において聖なる冠と聖なる釧、そして聖なる剣をその身その心で受け継ぐべし」
頭の上から降って来る、淀みなく朗吟されるエリザベスの言葉に、コンスタンツェは目を瞑ったまま畏まっていた。
「──慎み深く拝受されし後、渾天照らす神々からのフォルティア・ヴェリタス(而象能)の加護があらん事を。今その名を刻まれし、コンスタンツェ・ユイット・セーズ・エルドラド」
エリザベスは軽く俯く自らの額に指を当て、顔の前で軽く円を描いてから横真一文字に空を切り、さらに上から下へ静かに空を切って、傅くコンスタンツェにデジャーソリスの祝福を授ける。シュライン(聖櫃)の中から改めて、ディアデム(飾り冠)を抱え出すと、ウィステリア・シルバー(藤銀色)も妍しいコンスタンツェの頭上にそっと戴かせた。
ディアデム(飾り冠)の華奢なサークレット(輪台)全面には、ダイナミックな流線で描かれたエングレーヴィング(鏨彫り)に螺鈿細工の玉が無数に嵌め込まれ、天使の翼を象った3対の飾りが立てられている、数百年前につくられた銀合金のディアデム(飾り冠)に、麗しい髪のウィステリア・シルバー(藤銀色)が映り込み、深遠で静謐な色合いを放っていた。
「仮え幾年月、この地マデルークを離れようとも、その御身こそがデジャーソリスの歩む道──」
バングル(聖釧)を手にしたエリザベスが、右手で跪くコンスタンツェの左手を取る。コンスタンツェの五本の指を包むようにそっと窄めさせると、バングル(聖釧)をコンスタンツェの手首に差し入れた。
銀合金の聖釧には、聖冠同様に渦巻くようなエングレーヴィング(鏨彫り)が全面に施され、象嵌された金のランソー(渦巻葉文様)に青を基調にした玉石の数々が鏤められていた。
「これを受け継がれる事で、古よりのデジャーソリスの頚木から、姫御前を本当の意味で解き放ってくれるでしょう」
左手首に差されたバングル(聖釧)に目を落とすコンスタンツェに、エリザベスが、さあ、お立ちを、とそっと両手を差し伸べる。
「──エリザベス、それはどう言う意味だ・・・?」
訝る表情で顔を上げたコンスタンツェが、すっくと立ち上がった。
「大切なのは倒れない事より、直ぐ起き上がる事」
真っ直ぐにコンスタンツェを見詰めるエリザベスが、意味深長な笑みを浮かべた。
「そして、本当に肝腎な事は厄介にも目に見えないのです、コンスタンツェ・ユイット・セーズ・エルドラド。心で見ないと、物事は良く見えないものなのです」
* * *
マンスリアン城の様子を窺いに行ったガートルードが、戻って来たのは結局1日置いて翌々日の夕刻だった。
「──姫さま、ちょっと不味い状況です」
食堂に入って来たガートルードが、部屋の隅のテーブルに着いていた線の細そうな修道女とプリーステス(司祭)の元へ、長身の長い足を大股に忙しなく繰った。
「鵞鳥でも押し寄せて来たのか? それともバーナムの森が蜂起したか?」
少し急くようなガートルードの声音に、コンスタンツェが訝り顔を返す。コンスタンツェの横に座っていたプリーステス(司祭)・エリザベスも、少しばかり不安げな顔を向けた。
コンスタンツェは一昨日同様、白いギンプ(肩纏い)のハビット(修道女服)にウィンプル(修道頭巾)を着けているのだが、其所は彼となく馴染んでいて、逆にガートルードの方を何故か不安な気持ちにさせた。
「──御館さまの閨棟屋に、火を放たれました」
テーブルを挟んでコンスタンツェの前に立ったガートルードが、酷く硬い表情で口を開いた。
ガートルードは一昨日着ていた男物のキャソック(司祭服)ではなく、着古して草臥れた黄土色のポロシャツにデニム・パンツ、薄汚れたウインドブレーカーを羽織り、足元は泥だらけのスニーカーだった。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




