Prologue 処女を捧ぐ夜・14
「──母君の・・・!」
ガートルードの開口一番に、コンスタンツェが一驚して立ち上がった。
「それで城の者たちは・・・ッ? 詰めておった侍従たちは無事か?」
「はい。閨詰めの者たちは、火の気に気付いて直ぐ逃げ出しました。お城の者たちで、怪我を負った者は居ないようで、ご安心を」
「それは少しばかり安堵するな」
明白に胸を撫で下ろしたコンスタンツェが、緊張させていた肩から力を抜く。隣に座るエリザベスも、小さく安息を漏らした。
「それから火の手の方は、城下の消防が押っ取り刀に駆け付けて、大事には至りませんでした」
大きく頷き返したコンスタンツェはガートルードに席を促し、自らも腰を落としながら更に問い掛けた。
「──あの間者どもは? プロスペロを直接手に掛けた、ミランダとか言う奴は?」
「残念ながら、其所までは詳細を把握できませんでした」
目の前の主人が着席するのを見てから、ガートルードが慇懃に腰を折ってコンスタンツェの真向かいの椅子を引く。
「──ただ、翌朝には首都ツウィリッヒのデル・アー城の方へは知らせが入ったようで、昼過ぎにはマンスリアン城は王室預かりの命が下りて、夕刻には首都からの王室直属の武装隊に進駐されました」
「いきなり軍隊か・・・?」コンスタンツェの、半ば呆れたような驚く声だった。「──それで国王は? プロスペロ王はどうなった?」
「焼け落ちた棟屋からは、陛下の亡骸を運び出したようです」ガートルードが眉間に皺を寄せ、目の前の2人に目を配った。「──ただ」
「ただ・・・?」
「・・・・・・」
コンスタンツェからの鸚鵡返しの質しに、少しばかり言い淀むガートルードが、エリザベスをちらりと見遣った。
「どうした? ガート」
「誠に申し上げ難い事なのですが・・・」
言い淀むガートルードが顔を伏せ、肩身狭そうに上目遣いに主君を見る。
「──国王落命と失火の責はマンスリアン城主にある、と布告がなされているようで、城主が帰参若しくは見掛けたら、直ちに届け出よ、との命がヒポリア王妃名で出されています」
「この際、某に、全ての罪を被せるつもりだな」ガートルードの言葉に、コンスタンツェがほうと大きな息を吐き出した。「結局は、あのミランダとか言うデスデモーナの間者が仕組んだ筋書き通りになった訳だ」
「これは、城執事のホーテンショウから、直接聞いた話なのですが──」
テーブルの下で両手を腿の上に置いたガートルードが、少しばかり前屈みになって、内緒話のようにコンスタンツェの方へ顔を寄せる。
「──城に駐屯しているのは、デスデモーナさまの息の掛かった部隊に、イアーゴ・プルンチットが手勢を差配している様子。その辺りを詳しく聞き込んでおりましたので、帰参が遅れました」
「プルンチット末弟のファミッシュド・フォックス(貪欲狐)か」そっぽを向いたコンスタンツェが、吐き捨てるように言った。「彼奴、悪知恵を人一倍回そうとする癖に、味噌が人一倍少ないからな」
「冗談ではありません」ガートルードは心配げな表情に嫌悪感を乗せていた。「──デル・アー城のデスデモーナさまが、傍若無人な謀の元凶は御館さまだ、と強硬に言い張って居られるようで、背後にプルンチットの連中が手薬煉引いているのは確実です。先程も申し上げました通り、城下には姫さまをお尋ね者扱いする事を強いています」
「なら王妃のヒポリアも同輩だな」諦観している風のコンスタンツェは、少し考え込みながら口を開く。「──あまり聞きたくはないが、メルヒオールは動いているのか?」
「いえ、今のところ完全に沈黙されて居られるようです」
「あの間者が無事に帰着しておれば、あの夜の国王殺害の真犯人は明白で、首謀者は誰かは直ぐに察しが付く筈」
ガートルードの言葉に、コンスタンツェは渋い表情に一層顔を顰める。
「なのに、だんまりを決め込んで居るとなると、どうせ良からぬ事に知恵を巡らせているのであろうな・・・」
「──マジェスタ卿」
それまで脇で黙って話を聞いていたエリザベスが、不意に口を挟む。
「と言う事は、姫御前は、マンスリアンに帰参が叶わぬ、と言う事ですか・・・?」
エリザベスの直截な質しに、ガートルードが思わず言葉を詰まらせる。
「──某が、胸を張ってマンスリアンに帰城したら、どうなる?」
テーブルの上に乗せた両手を口元で組むコンスタンツェが、さあ答えてみよ、と言う目付きで、押し黙る忠義の女傑臣下にさらりと問う。
「──展開している部隊には、私共々、捕縛の命が下りています」
ガートルードは苦渋の表情に、漸くの事で腹の底から声を搾り出す。
「下手をすればそのまま入牢、などと洒落にもならない事があるやもしれません」
「投獄だけで済めば良いがな」
ガートルードの口重い言葉に、然も何でもない、と言いたげに、呆れたような他人事のような、コンスタンツェの毒突く言い草だった。
「死人に口無し、難癖付けて有罪にして、某の首を刎ねてしまえば、結果的には無理心中の見せ掛けと同じになる」
「姫さま、滅多な事は口になさらないで下さい・・・!」
気色ばんだガートルードが、その性質に似合わず、悲しげに言った。
「まあ、どう言う形であれ、結果的に国王と某を亡き者にすれば、プルンチットの天下であろうが」
コンスタンツェの、達観したような諦観したような、淡々とした声音だった。
暫し黙りこくっていたガートルードが、意を決したように口を開く。
「──姫さま、この際です」
コンスタンツェが今まで見た事も無い、ガートルードの表情だった。
「メルヒオールさまにご加護を申し出られて──」
「冗談ではない!」
ガートルードに皆まで言わせず、コンスタンツェが言下にきっぱり否定する。
「──絶対に頭など下げぬ! 死んでも嫌だ!」
「姫さま・・・」
コンスタンツェの、年相応に真っ直ぐで可愛らしい反応に、ガートルードは逆にほっとした。コンスタンツェの飾らない本心を、痛く大切にしていたからだ。
普段は此方が恐縮する程に分別が良く、機を見るに敏な所は、臣下のガートルードが言うのも憚れる程に秀逸だ。立場を笠に着て、臣下には滅多に横車を押さないし、分け隔てなく知古を得ている友人のように接して来られる。君主としてはあまり褒められた事ではないが、城執事にも、側付侍従にも、調理人や猟場の小屋番人、馬丁にすら接する態度を隔てて変えない。
だからこそ、自分の気持ちを無垢に前に出される時の姫君を、ガートルードは絶対に蔑ろには出来なかった。
「考えてもみろ、ガート」
そんな優しい気持ちを抱くガートルードの心中を他所に、コンスタンツェの舌鋒が止めどなく言葉を吐き出す。
「あのスナウトなる間者、某の身を守るために送り込んだ、と言えば聞こえは良いが、プロスペロ殺害の謀をみすみす見逃した上での事だ」
些か感情的な口調だが、コンスタンツェの炯眼は真実を衝いている。冷静を見極めるコンスタンツェの推察に、ガートルードも頷くしかない。
「そんな彼奴の慈悲に縋るなど、迷える子羊同然、鴨が葱を背負って飛び込むようなものだ。足下を見透かされ何を要求されるか、堪ったものではない」
「それこそ、メルヒオールさまの思う壷、と言う訳ですか・・・」
溺れる者は藁をも掴む──ガートルードは自分の余りな浅慮に、コンスタンツェの心情を軽く遇ってしまった事を後悔した。件のメルヒオールが、コンスタンツェに執心なのはガートルードどころかコンスタンツェ自身も充分承知で、しかもガートルード自身はコンスタンツェが言葉通り、当のメルヒオールを死ぬほど毛嫌いしている事を知っている筈なのに。
「死んでも、と言ったのは冗談ではないぞ、ガート・・・!」
厳然と言い切るコンスタンツェに、ガートルードは改めて居住まいを正す。そして目の前の姫君の、淑徳で無垢な気高さに敬愛を抱き直した。
「あの変態メルヒオールの事だぞ──」
そんなガートルードの態度にお構いなく、コンスタンツェが腹の底から、これでもかとばかり、悪口罵倒、嫌悪を隠そうともしない痛罵で論う。
「一緒に湯浴みなどは序の口、夜な夜な緊縛プレイに明け暮れたり、果ては裸エプロンで乳を揉み拉かれたりと、考えただけで身の毛がよだつ。ましてや奴の反吐が出そうなプリック(男根)をしゃぶらされたりしてみろ、馬と一発遣るほうがましと言うもの」
「──さすがに其所まで思い及ばないで下さい、姫さま。それにそのお言葉も」
さすがのガートルードも、苦笑交じり、止めどなく溢れ出すコンスタンツェからの罵倒の嵐に、まあまあと宥めるしかなかない。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




