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Prologue 処女を捧ぐ夜・15

「お城に戻れば、お命に危険が及ぶ──」


不意に漏れ出たような声音を上げたのは、エリザベスだった。


()りとてデル・アー城は論外で、メルヒオール殿下も当てに出来ないとなると・・・」


テーブルの上で手を組んだエリザベスが、考え込むような視線で(はす)向かいのガートルードを垣間見る。目が合ったガートルードが、無言で小さく頷いた。


この際、一番頼りになるのはガートルードの父親だ。父ニキ・マジェスタはガートルード同様、没落著しいマンスリアン城付の近衛侍従長を最後まで勤め上げた忠義者だ。


ただニキも一人娘のガートルードにその席を譲って以降、母親共々此処から100キロほど離れた同じノールヘイム地方に隠居しているため、其所(そこ)までの移動に当たっては少なからぬ危険が伴う。()しんば上手く身を寄せられたとしても、今のニキにはコンスタンツェ姫を庇い切れる政治力はない。他にもマジェスタの親類縁者なら幾人か、マンスリアン城の近くに在住しているが、(いづ)れも縁の薄い傍系か姻族なので親交深いとも言えず、全幅の信頼を置いてコンスタンツェ姫共々に身を預けるには、余りに心許(こころもと)ない。


「──この国には、もう姫さまがお頼りになられる御仁が・・・」


ガートルードが途方に暮れたような声で、辛そうな表情に顔を(しか)める。


黙りこくったコンスタンツェが、うーむと唸りながら顔を伏せた矢庭。


「どうでしょう」

再びエリザベスが遠慮がちにガートルードを見遣って、それから横のコンスタンツェに顔を向けた。

「いっその事、ウェスデンへ行かれては・・・?」


「──ファラ姫の所へ、ですか・・・?」


一呼吸の間が空いて、声を上げたガートルードがコンスタンツェを見た。


「しかしそれで良いのか? エリザベス」


素直に首を縦に振れそうにないコンスタンツェが、口をヘの字に曲げてエリザベスを見返した。


「折角このマデルークの地に残そうとした、デジャーソリスの血脈が失せてしまう事になるぞ」真剣な表情のまま、黙って耳を傾けるエリザベスに、コンスタンツェは畳み掛けるように言った。「母君に無理を強いて養子組みまでして残そうとしたチェンテナリオの名すら飲み込まれ、マデルークから消し去られてしまわないか?」


「──何をおっしゃいます、姫御前」


口元に柔らかな笑みを(たた)えたエリザベスが、瞳を(つぶ)りながら優しく首を横に振ると、ゆっくりと開いた眼でコンスタンツェを真っ直ぐに見据えた。


「コンスタンツェさまが生きておられる限り、マデルークで栄えたデジャーソリスの御名が失せる事など有り得ましょうか? 如何な果ての地であろうと、コンスタンツェさまが居られれば、其所(そこ)がマデルークの地であり空なのです。どうか最後の最後まで、お命を繋ぎ下さいませ」


「エリザベス・・・」コンスタンツェが少しばかり駄々っ子のような表情で、首を2度3度と振った。「──いやしかし、(それがし)がマデルークを出奔(しゅっぽん)したと王室が知れば、エリザベスに累が及ぶのは必定。其方(そなた)独り、置いては行けぬ」


「まあまあ、コンスタンツェさまとあろう(かた)が」


相好を崩したエリザベスが、愛娘を見るような目付きで言った。


「私なら大丈夫ですよ。永劫の別れではあるまいに」


座する腰をゆるりと回し、横のコンスタンツェに体ごと向き直ったエリザベスが、穏やかな口調で諭すように言った。


「この国には20億以上の信者が居るのです。皆、デジャーソリスの申し子たち。その者たちを見守るのが私の役目。私は独りではありませんよ」


エリザベス、と口を開き掛けたコンスタンツェを、エリザベスが静かに首を振って制した。エリザベスがコンスタンツェの翡翠(ひすい)色の瞳を真っ直ぐ見詰める。


「そしてこの広い世界には、コンスタンツェさま以外に何者も歩む事の出来ない、唯一の道があるのです。ただ、その道が何処に行き着くかは、決して問うべきではありません。前を向き、ひたすらご自身の足で歩むべきであり、今が歩み出す時なのです」


「エリザベス・・・・・・」


「そんな顔をなさいますな」


にこにこと見返してくるエリザベスの笑みは、これ以上ないほどの慈愛に()ちていた。目の前のプリーステス(司祭)が声を荒げ顔を強ばらせるのを、コンスタンツェは物心付いてから、一度たりとも目にした事がなかった。


「本当の自由とは、自分自身に恥じない事」それでもコンスタンツェを(しっか)と見詰め返してくるエリザベスの真剣な眼差しには、力が篭っていた。「そして先ずは、良い伴侶を見定め、良き伴侶に恋をするのです。恋をしている人間は如何なる時より、艱難辛苦を耐え(しの)げるものですからね」


「エリザベスさま・・・」


傍で聞いていたガートルードが、気性にそぐわぬ程に肩を震わせる。


「──分かった、エリザベス」


強い決意を秘めた、コンスタンツェの翡翠(ひすい)色の瞳が、真っ直ぐにエリザベスを凝視した。


「必ずや良き伴侶を伴い、其方(そなた)に式を挙げて貰うとしよう」


「それでこそ、私が今まで慈しみ寄り添わさせて頂いた姫御前です。如何な相応しい殿方をお連れになられるか、楽しみにしております」


「大博打打ちの(ろく)でなし、根無し草でいかれぽんちの凶状持ちかも知れぬぞ」


「はい。それでも姫御前のお眼鏡に適ったのなら、それこそ白馬の騎士に違いありません」にっこり笑みを浮かべるエリザベスが大きく頷く。「──ただし、我を忘れるほどの蠎蛇(うわばみ)だけはいけませんよ」


「うむ、その殿方の選び方は、(しか)とファラにも教えてやらねば」


にんまり顔のコンスタンツェが、愉快そうに北叟笑(ほくそえ)む。


「──しかし姫さま」


少しばかり和んだ空気の中、思案顔のガートルードが水を差すように声を上げた。


「ヴィラージュ王室を頼るにしても、ウェスデンまでは500光年ちょっと。出国には宇宙船艇が必須です」ガートルードがコンスタンツェを正面に見据えながら、エリザベスを横目に見遣る。「宇宙船舶の手配もそうですが、此処から首都宇宙港へ行かれる道すがらすら、誰にも見咎められずに移動するのも至難の事だと」


「さすがに修道女姿の変装だけで目晦(くら)まし、と安易には行かぬか・・・」


ガートルードの指摘に、コンスタンツェがふうむと唸る。


「オプチカル・アイデンティフィケーション(画像個体特定)に掛けられたら、誤魔化しようもありません。特に空路は、チェックを抜けるのが難しいかと」


マデルーク唯一の宇宙港がある首都ツウィリッヒまで3000キロ強。


このノールヘイムにある旧チェンテナリオ領地内にある国内空港から、宇宙港まで空路を使うのが一番早い。だが肝腎の空港の警戒は、いの一番に厳重になっている筈で、其所(そこ)を掻い潜るのは至難の事。かと言って陸路の移動では距離がありすぎて時間が掛かりすぎる。移動に時間が掛かると、それだけ見咎められるリスクが上がる。


ましてや宇宙港からの出国となると、難易度は跳ね上がる。


「指名手配のお尋ね者の気分だな」背凭(せもた)れに寄り掛かったコンスタンツェが天を仰いで、言葉を漏らす。「──何処ぞに、中折れ帽を被ったアウト・ロー(無法者)は居らぬものか」


そんなコンスタンツェをしげしげと見詰めていたエリザベスが、不意に口を開いた。


「──少しばかり時間と手間が掛かると思いますが、ひょっとしたら、追っ手の目を(あざむ)けるやも知れません」


思案に暮れているコンスタンツェとガートルードが、おっ、と言った顔付きで同時にエリザベスを振り返った。


「──ただ、申し訳無い事に、姫御前には一度逝去して頂く必要がありますが」




★Prologue 処女を捧ぐ夜・15/次Act.1 密輸したは良いけれど・1

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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次章 密輸したは良いけれど


Youngster meets Princesses あなたは銀河一のプリンセスの夢を見るか。

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