Prologue 処女を捧ぐ夜・8
「それでも何時も、スカートの裾を割って跨がられるのは、何処の何方ですか・・・」
不承不承のガートルードは目の前の麗しい主人へ、窘め口調に渋面を作って見せた。
「仕方なかろう」コンスタンツェは悪びれる様子もなく、いけしゃあしゃあと言って退けた。「ただ捲り上げただけでは、生の太腿が擦れて痛いのだぞ」
「しかし、その格好では余りに無防備な」
「案ずるな。ちゃんとパンティは履いている。しかも黒を選んだから、そう目立たぬぞ」
「──仕方ありません」
良かれと思って選んできた焦茶のハーフブーツを床に置くと、ガートルードは靴収納の棚の方へ駆け寄った。ならばせめて足元は、少しでも被覆の多いものを、とガートルードが靴棚に目を走らせる。
「着こなしとしては変梃しいですが、この際、御靴の方は──」
直ぐに目に付いた、コンスタンツェの履物で唯一の、黒のニー(膝下丈)・ブーツに、ガートルードが手を伸ばした矢庭。
いきなり横壁から爆音が轟いた。淡いベージュの花模様を配った、閨との壁が大きく揺らいで、表面に罅が3本、4本と走る。
「──グレネード・ランチャー(擲弾発射器)を装備したベルセルク(動物型義工器械)です・・・!」
ブーツを抱えたガートルードが、コンスタンツェに声を掛けながら、クローゼットの最奥へと駆け込む。
閨側は発射煙と粉塵が立ち篭めて酷い有り様だろうが、流石にあの口径のグレネード(擲弾)3発では、壁は一気には崩せない。だが次弾を打ち込まれれば、確実に穿孔される。
「──彼奴、まだ動けたのか・・・!」
止を刺せなかった事に臍を噛むコンスタンツェも、踵を返すとガートルードの後を追って早足に足を繰る。
「とは言え、得物も持たずでは、何時までも此処に居られるのは危険です」
ガートルードが片膝突き、タイル張りの床の継ぎ目に指を添わせる。小さく欠けた部分に指を突っ込むと、床の一部を蓋のように引き上げる。現れたスイッチをガートルードが押し込むと、壁際の床のタイル4枚分がゆっくりと起き上がった。
「此処は、某の閨だと言うのに」
ガートルードの脇で、床に開いた口を見下ろすコンスタンツェが、少しばかり不満げに下唇を突き出した。
「──姫さま、お急ぎを・・・ッ!」
焦ったようにガートルードがコンスタンツェを促す。
コンスタンツェは渋い顔をしながら、床に出来た穴の縁に一旦腰掛けると、軽やかに飛び降りた。出来た穴は高さ1メートル程の小さな空間で、薄暗く足元を照らす照明がぼんやりと光を放っている。ガートルードからニー(膝下丈)・ブーツを受け取ると、腰を屈めてそそくさと歩き出す。
続いてガートルードが、よっと声を上げて身を投げ入れる。飛び降りたガートルードが手を伸ばして、起き上がった床の裏面に仕込まれたスイッチを押し込んだ矢庭、耳を聾する爆発音が轟いた。
再び唸りを上げて閉じて行く頭上の床の向こうで、壁が砕ける音と同時に爆風が室内を席巻した。コンスタンツェの華麗なワードローブが吹き飛ばされて舞い上がり、砕けた壁の粉塵が濛々(もうもう)と吹き荒れる。
何処からか吹き飛ばされたコンスタンツェの、埃塗れになったエナメル(光沢人造皮)のパンプスの片方が転がり落ちて来ると同時に、開口していた床が閉じ切った。
「既に、危ない所でした」
ほっと息を吐いたガートルードが、腰を屈めながらコンスタンツェの後を追う。頭上からはまだ床が震える気配がしていた。
2人が降りた床下の空間は万が一を考えた非常避難経路で、少し行った先に下へ下る階段がある。腰を屈めた状態から階段を下る事になるので、コンスタンツェが可愛い尻を突き出して、後ろ向きに足から降りて行く。階段は筒状に掘り込んだ坑に建て込まれた、骨材剥き出しの狭く急な螺旋階段で、5周半して地に着いた。坑内には建屋から引き込まれた電源で照明が仄暗く灯っているので、目が慣れてくれば見通しも利いて来る。
「全く良い迷惑な夜だ」
コンスタンツェが降り切った先に目を眇める。先は人1人が通れる幅で高さが2メートルあるかないか、固い土肌剥き出しにぽつりぽつりと足元灯が導く、細い隧道になっていた。
「まあそれでも、この三文芝居は完結せぬままの幕切れだ」
「姫御前は先程、この奸計は王妃ヒポリアさまとデスデモーナさまが結託されてるやも、とおっしゃられていましたが・・・?」
ガートルードはコンスタンツェを階段に座らせると、持っていたブーツを脇に揃えて置き、首に巻いている拍車をデザインに染め抜いたスカーフを解く。
「王妃ヒポリアは次期国王に、我が子たるメルヒオールを強く推している」
「はい。それは周知の事ですが、国王陛下に有られては、どうも良い返事をなさっておられないと、聞き及んでおります」
コンスタンツェの言葉に頷きながら、ガートルードは両膝付いた自らの足の上にコンスタンツェの左足を乗せると、素足の裏に付いた砂埃をスカーフで丁寧に拭う。砂が付いたまま靴を履くと、靴底との間に挟まった砂で、とんでもなく痛い目に合うからだ。
「ヒポリアは、某が王との間に生した子に、プロスペロが王位を禅譲するやも知れぬと、杞憂を抱いておるのだろう」拭かれる足裏の擽ったさに、コンスタンツェが思わず肩を震わせる。「プロスペロがドゥワ・デュ・セニエル(処女権)を行使すると公に通告してきたのは去年、某が15になった時だからな。寝耳に水であったろうな」
「しかしそれでは何故、あのミランダ・オーベロンとか申す間者が手を下したのです? 彼奴はデスデモーナさまの手の者です」
コンスタンツェの健やかな左足を拭き終わったガートルードが、どうぞ、ブーツを手渡しながら、コンスタンツェのもう片方の右足を自らの腿の上に乗せ、砂埃を払い始めた。
「どうせ、某を亡き者にしたいと言う、邪な利害が一致したのだろうて」
コンスタンツェが受け取ったブーツへ、左足を捻じ入れる。
「確かに、ヒポリアさまとデスデモーナさまの背後には、プルンチット一族の影がちらついているようですね」
ガートルードが、少しばかり不敏そうな表情で主人を見上げた。
「大体プロスペロ本人が、このマデルークにプルンチットの勢力が及ぶのを嫌っていたからな」コンスタンツェはまるで他人事のように、嘆息交じりに首を振った。「まあ、某を孕ませれば、チェンテナリオの血を引く王子なり王女が、国王に即く事も有り得る。それがプルンチットの外圧に対する保障にもなる事は、某とて承知している」
「我が子を王位に即けたい王妃さまと、チェンテナリオの血を引く王のご降誕を望まないプルンチットの族輩ども、と言う訳ですか・・・」眉を曇らせるガートルードが、桜貝のような爪をしたコンスタンツェの指の間を丁寧に拭い上げる。「あの突拍子もない野望の噂、やはり本当なのですね・・・?」
ガートルードの言葉に、コンスタンツェが口をヘの字に曲げて小さく頷く。
突拍子もない噂とは、現在のプルンチット家がデジャーソリス教の戒律遵守の名の元に、デジャーソリス教を国教にしている5つの太陽系国家群を、1つの宗主藩属連邦に纏め上げようとしている事だ。
1つはこの太陽系マデルークと、コンスタンツェの再従姉妹になるファラ姫の血筋ヴィラージュ家が統治する、デジャーソリス教発祥の地とされる太陽系ウェスデン、それにデジャーソリス教宗家を名乗るプルンチット一族が牛耳る太陽系ヒイェラ、そして同じデジャーソリス教を国教と定めるイフスとデネの2つの太陽系国家だ。イフスは既に事実上、王政の統治機能がプルンチットの傀儡と化していた。
「デスデモーナにしてみても、父親のプロスペロを毛嫌いしておるし、気に食わぬ某もろとも屠る良い機会、と言うところだろうな。彼奴、可愛い顔して、性根はメルヒオールも逃げ出す残忍非道な娘だからな」
「──ひょっとしてメルヒオールさまは、この悪辣非道な奸計を知っておられたのでは・・・?」コンスタンツェの右足の薬指と小指の間を拭い上げると、ガートルードは、終わりました、と声を掛けて残っていた右ブーツを差し出した。「それであの者、ステフ・スナウトをこのマンスリアン城へ寄越したのでは?」
「まあ、メルヒオールが勘付いていても不思議ではないな。メルヒオールとデスデモーナは実の兄妹の癖に、目の敵とばかりに角突き合わせて居るからな」
うむ、と頷きブーツを履き込んだコンスタンツェが、ガートルードの肩を支えに、すっくと立ち上がった。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




