Act.9 星祓いの力・4
“──星祓いの力が、本当にあるなんて・・・”
目の前で見せつけられたその光景に、半ば言葉を失ったキャラミは、唯々驚愕の面持ちを浮かべるだけだった。聖剣の類いは、製造技法的には単なる鍛造剣であり、力学的エネルギーを利用した斬撃を見舞う古典的武器で、光学的電磁気的エネルギーを利用し発するなど、金輪際あり得ない、筈だった。
「──何という力なの・・・」
思わずそう呟いたキャラミの下で、ガートルードも目を瞠りながら這い出て来た。
だが青天の霹靂のような事象に面食らったのは、キャラミやガートルードだけではなかった。ロダリーゴが居たゲスト・ウィング(迎賓棟)にまで影響が及び、シャヴィと鬩ぎ合っていたクロウですら、スペクルドが一刀両断されて、一瞬、気を取られた。
その隙を、シャヴィは見逃さなかった。
矢庭、目線を切ったクロウの、その懐へシャヴィが寝転がるように飛び込んだ。
気付いたクロウが慌てて剣を振るった時には、シャヴィはバイオーグ(機能補強生体)の足元で半身を起こしていた。クロウの刃筋の更に内懐に入り込んだシャヴィが片膝付き、相手の脆そうな披甲されていない腰上の脇腹目掛け、渾身の力で切っ先を突き上げる。
薄い保護被膜を破る感触が手に伝わって来て、シャヴィが左手で、赤い宝玉の嵌まるスプリガンのポメル(柄頭)を一気に押し込む。何かの内蔵メカニズム(機構)を突き刺した切っ先が、クロウの下半身の運動機能を奪い取る。身体のバランス保持機能まで損失したのか、動きが止まったクロウが両膝を折り、100キロを超えるバイオーグ(機能補強生体)の体躯がシャヴィの上に崩れ落ちて来た。
いきなり伸し掛かられて、慌てたシャヴィだったが支え切れなかった。腰砕けに尻餅を舂くシャヴィの上に、クロウの身体が容赦なく倒れ込んで来る。半身を捩った体勢のまま、シャヴィは床に圧し付けられてしまった。
「──マイ・ロード(我が殿)・・・ッ!」
バイオーグ(機能補強生体)の下敷きになったシャヴィに、コンスタンツェが駆け寄ろうと、慌てて踵を返した矢庭。まるで精根尽きたかのように、いきなり足を縺れさせてコンスタンツェが転んでしまった。
「コンスタンツェ・・・ッ!」
床上で煙幕のように漂い靄掛かる、聖剣の斬撃痕から生じたガス越しに、コンスタンツェを見遣ったファラが、跳ね起きると同時に床を蹴る。ファラの大声に、ガートルードが慌てて首を巡らせた。ファラが懸命に走り込む先に、レプラコーンを杖代わりにして何とか立ち上がろうとしているコンスタンツェが姿があった。ガートルードも反射的にファラの後を追って、主君の元へと駆け出した。
驚きの力を顕現させたマデルーク王女、それに駆け寄るファラとガートルードの姿を少しばかり目で追っていたキャラミが、一転厳しい顔付きで表情を強張らせて立ち上がる。ファラに襲い掛かったもののコンスタンツェの輝刃に退けられた、バイオーグ(機能補強生体)・スペクルドに顔を向けると、大股を繰り足早に歩み寄った。
スペクルドは半身不随に陥っているとは言え、まだバイオーグ(機能補強生体)として稼動している。その証左に、スペクルドは尚も二姫を狙おうと、片肺のジェット・スラスター(噴進器)を微小に噴かせながら、残った右足1本で立ち上がろうとしていた。
「──貴様、畏れ多くも、姫御前に手を掛けたわね・・・!」
隻眼で睨み付けるキャラミに、スペクルドが性懲りもなく剣を振るって斬り掛かる。
いくら戦闘技術のない文官のキャラミとは言え、覚束ないバランス制御のバイオーグ(機能補強生体)では、相手にならなかった。
巨きな体躯の半身を捻ったキャラミが、容易く見切ったスペクルドの刃筋を躱すと同時に渾身の力を込め、無防備なバイオーグ(機能補強生体)の左脇腹を蹴り込んだ。スペクルドが無表情のまま、最も容易く床に転がる。
「殺生は趣味ではないけれど、あくまで姫さまたちを狙うと言うのなら──」
押し殺した声を投げ付けるキャラミが、バイオーグ(機能補強生体)の喉元を踏み潰し、剣を握る右手首を踏み付ける。スペクルドが何か声を発したみたいだが、キャラミは構いもせず、手にしていた剣を奪い取った。
「忠義を尽くした臣下として、誇りを胸に逝きなさい!」
そう声を掛けたキャラミが、逆手に握ったフォノンメーザー・ソード(電磁剣)の切っ先を、瑠璃色の縞が入った黒い頭の喉元に突き立てた。
ごぼっと音が立って、紫色した循環体液が吹き出し溢れる。
バイオーグ(機能補強生体)・スペクルドが一瞬痙攣を起こしたが、直ぐさま全身から力が抜け、ぐったりと横たわった。
キャラミが剣を抜き、床に転がっていたファラの芳葉のディアデム(飾り冠)をそっと拾い上げた矢庭、後ろだッ、と叫ぶシャヴィの声が聞こえた。
* * *
「──大丈夫か、コンスタンツェ・・・!」
ファラのその怒鳴り声に、脱力し切った表情のコンスタンツェが顔を上げた。
「ファラ・・・」
喘ぎながら、力なく声を返すコンスタンツェの元へ、ファラが心配そうな面持ちで走り込む。直ぐさま手を掛け肩を入れたファラが、コンスタンツェを支える。
「汝は、一体・・・」
ファラが少しばかりの驚愕と、大きな困惑の表情で、コンスタンツェの顔を覗き込む。
「姫さま・・・!」
コンスタンツェから零れ落ちた、飛翔のディアデム(飾り冠)を拾いに行っていたガートルードが、顔を歪めて駆け寄った。
「ガート」大きな息を吐き出したコンスタンツェは、表情を緩めなかった。「──某の代わりにシャヴィを、マイ・ロード(我が殿)を・・・」
明白、不承不承に頷いたガートルードが、シャヴィの方へ首を巡らせた矢庭。
「スタンツィ! ファラ! 後ろだッ!」
伸し掛かるバイオーグ(機能補強生体)の身体を押し退けて、仰向けに顔を覗かせるシャヴィが叫んでいた。
同時に、ファラ、ガートルード、コンスタンツェの3人が、反射的に振り返る。
蜻蜒のようなバイオーグ(機能補強生体)による、コンスタンツェとファラへの襲撃は、クロウとスペクルド2体だけではなかった。新たな別の3体目、頭の上半分が青で下半分が銀色のバイオーグ(機能補強生体)・シルヴァが、リフト棟の方から真っ直ぐ2人向かって飛翔して来ていた。
「ガートルード! ビンボ・レディ(上っ面淑女)を頼む!」
そう言うが早いか、ファラは支えていたコンスタンツェの体を、ガートルードの方へとついっと突き放す。
「この団子女、何を──」
コンスタンツェが皆まで言い終わらぬうちに、杖代わりに付いていた聖剣レプラコーンを、ファラが問答無用に寄越せとばかり奪い取る。蹌踉めくコンスタンツェが、慌てて手を差し伸べたガートルードに抱き留められた。
「ファラ!」
「姫殿下!」
コンスタンツェとガートルードが声を上げた時には、ファラは2人を背を向け臙脂色のミディ(膝丈)スカートを翻していた。向かって翔んで来るバイオーグ(機能補強生体)目掛け、気炎を吐いて駆けるファラが、レプラコーンを振り上げる。
「──ファラ・・・殿下・・・ッ?」
そしてキャラミが、カメリア・レッド(椿紅色)の髪を靡かせ駆ける、そのウェスデン王女の姿に、瞳が無いように見える深緑色の隻眼を、驚きと共に再び見開いた。先程マデルーク王女が手にしていた時と同様、ファラの握るレプラコーンは、陽炎のような青白い輝きを纏っていた。
「ファラさまさえ・・・!」
キャラミが抱えていたファラの、蓮の葉を象った飾りも華やかな、芳葉のディアデム(飾り冠)を、改めて強く抱え直す。
“──間違いなく、“星祓いの力”は実在する・・・!”
伝説の中でしか語られない、“星祓いの力”と称するフォルティア・ヴェリタス(而象能)。
過去、紡がれた歴史の中で、星祓いの力を実際に発揮したと確証された姫は居ない。創祖デジャーソリスが振るったとする力すら、事実かも怪しい寓話の類いだ。だが目の前の二姫、ファラとコンスタンツェが発現させた現象は確かに、星祓いの力──フォルティア・ヴェリタス(而象能)、としか言い様がない。
“──しかも二姫さま共が、その使い手とは・・・!”
深緑色の目を瞠らせるキャラミの驚きが、確信に変わる。
ファラが斬り下ろす、青白い陽炎を揺らすレプラコーンが、新たなバイオーグ(機能補強生体)・シルヴァに向かって輝きの刃を迸らせる。再び噴き出し伸びた青白い切っ先は、リフト棟の付近にまで達していた。
その輝刃が、真っ直ぐ飛翔して来るバイオーグ(機能補強生体)の、青と銀の頭の上に降り落ちようとした、その一弾指。
バイオーグ(機能補強生体)・シルヴァが、一瞬ジェット・スラスター(噴進器)を噴かせた。シルヴァが地に足を付けたかと思ったら、刹那その足で床を蹴り、ついっと横倒しに脇へ流れる。ファラが振るう青白い輝きの刃筋が、バンク(横傾飛行)しながら紙一重に躱すシルヴァの眼前を掠める。
猪口才な──空を斬る刃筋に、ファラが悔しそうに臍を噛んだ刹那。咄嗟にバイオーグ(機能補強生体)が、左手を広げファラの体に手を伸ばす。ファラと擦れ違う寸前、シルヴァの左腕が、空振りして体勢崩れるファラの縊れた腰を、強引に掻き抱いた。
「──ファラ・・・ッ!」
思わず叫ぶコンスタンツェの目の前を、あっと言う間もなく、ファラを抱え込んだバイオーグ(機能補強生体)・シルヴァが翔び抜ける。そのままファラを宙に抱え上げようとジェット・スラスター(噴進器)を噴かせた矢庭。
「この、狼藉者め・・・ッ!」
キャラミの怒りにも似た怒声が轟く。ファラが攫われるのを目にしたキャラミが、ディアデム(飾り冠)を床に置いて駆け出していた。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト
illustrated by Aki Midforest




