Act.8 俎板(まないた)姫と乳(ちち)団子姫・2
「そんな事より、ファラ、あれは其方の艦であろう?」
ファラからの揶揄を全く意に介さないコンスタンツェが、ファラの後ろで宙に停泊中の、アイスシルバー(白銀)と濃紺に塗り分けられたツイン・ハル(双胴)の宇宙艦を指差した。
「艦名は?」
「アリアン・シレーヌだか?」後ろに首を巡らせたファラが、そのまま横目にコンスタンツェを見遣った。「──それが、どうおじゃる?」
「アリアン・シレーヌ──銀の不死鳥、か。良い名だな」コンスタンツェは大きく頷くと、淀みなく言い切った。「──此処で遇ったが百年目。某とマイ・ロード(我が殿)のために、あのアリアン・シレーヌ、寄越せ」
「──は、はあ・・・ッ?」
唐突なコンスタンツェの言葉に、さすがのウェスデン王女も言葉に詰まる。
「──なあ、スタンツィ」
掛けられたその声に、コンスタンツェがついっとシャヴィの方を振り返る。
床に転がっていた翼飾りのディアデム(飾り冠)を、何時の間にか拾い上げていたシャヴィが、コンスタンツェに差し出していた。
「ひょっとして、此方のマァム(お嬢さん)が、ファラ姫・・・?」
シャヴィがちらりと、カメリア・レッド(椿紅色)の髪のウェスデン王女を振り返る。
「これは為たり、マイ・ロード(我が殿)」
シャヴィを前に片膝突いたコンスタンツェが、何の衒いもなく温順に顱を垂れる。シャヴィもそれが然も当然のように、ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪も艶々(つやつや)なコンスタンツェの頭頂に、ディアデム(飾り冠)をそっと戴冠した。
「──マイ・ロード(我が殿)・・・?」
コンスタンツェの口から出た言葉に、ファラが思わず柳眉を寄せる。
そして何より、その2人の呼応と見せた所作に最も驚いたのが、ガートルードだった。
仮にもマデルーク王女を、易くスタンツィなどと敬称なしに馴れ馴れしくも呼び捨てにし、しかも事もあろうか王女自身が何の屈託もなく、それに素直に返事を返し、親しげにディアデム(飾り冠)まで戴冠して貰っている。
ガートルードが知るコンスタンツェ王女はお世辞にも、殿方から声を掛けられて気安く愛想を返すような、可愛げのある女性ではない。そもそも如何なる殿方であっても、あのコンスタンツェ姫が自ら謙るなど、金輪際あり得ない自分が招いたミスとは言え知らないうちに、“マイ・ロード(我が殿)”と親しげに呼び習わすあのテラン(地球人)の男性と、王女がどのような関係に陥ったのか、ガートルードには想像も付かなかった。
「──コンスタンツェよ、ちと尋ねるが」くびれた腰に軽く拳を添えたファラが、如何にも胡散臭そうにシャヴィを一睨みする。「先程からマイ・ロード(我が殿)、マイ・ロード(我が殿)と、どう言った茶々番々(ちゃちゃばんばん)劇の登場人物でおじゃるか?」
訝るファラに、飛翔のディアデム(飾り冠)を戴くコンスタンツェがにんまり微笑み返すと、傍らのシャヴィを振り向いた。
「──此の様な場ではありますが、改めてご紹介を」コンスタンツェが軽く会釈して、ファラに手の先を向ける。「この団子のような乳に団子のような尻の持ち主こそ、紛れも無いウェスデン王女、ファラ・カトル・ヴァンサンク・ヴィラージュ王女殿下です」
誰が団子じゃ、と文句を返すファラに、改めて向き直ったコンスタンツェが、自慢気に北叟笑む。
「ファラ、此方が某に救いの手を差し伸べて下さり、剰えこの不甲斐ない我が身をも慮って頂いた、言葉では言い尽くせぬほど頼もしき殿方、マイ・ヒーロー(我が勇者さま)、シャヴィ・ストラトス殿だ」
「バルスームの次は、アムターの花園プリンセスか」
仰々しい言葉を臆面もなく並び立てるコンスタンツェに、ぽりぽりと頬を掻きながらぼそっと言葉を漏らすシャヴィが、目の前のウェスデン王女を不躾な目線でじろじろと嘗め回す。
「──何か、想像していた姫君と、少し違うな・・・」
カメリア・レッド(椿紅色)の波打つ豊かな髪は、コンスタンツェの髪より少し短く背中の中ほどに届く長さで、上背は5センチほど低い。濃紺のボレロ風のジャケットに、臙脂色のコルセット風ミディ(膝丈)スカートで、足元には焦げ茶のレースアップ(編み上げ)ミドルブーツ──姫さまと言うより、絵に描いたようなバンビーナ(じゃじゃ馬)の、実に快活そうな妙齢の娘。
コンスタンツェが皮肉ったように、薄桃色のブラウスの上からでも、ファラの豊艶な双丘がはっきりと判る。どちらかと言えばコンスタンツェとは正反対、確かに反りが合わなそうだが、それでも何故かシャヴィは、コンスタンツェと同じような印象を抱く。
背丈で20センチ差のあるシャヴィに、臆する事ないファラが、凛とした線を描く顎をついっと上げる。シャヴィの樺茶色の目と、ファラの山吹色の瞳と合った。
ガートルードが、礼節を外れる紹介と言葉遣いのコンスタンツェには重ねてだが、今度はそれを受けるファラの反応にも、再び目を丸くした。
プロトコル(外交儀礼)では、相手が国家元首でもないかぎり、ファラ王女殿下の方が上位に付く。そのプロトコル(外交儀礼)に従えばコンスタンツェ王女は、傍らの不届きな同伴者を先にファラ殿下に対して紹介するのが当たり前だ。それをコンスタンツェ王女が知らぬ筈はない。
しかも当の男性は、きちんとした挨拶も返さないどころか、やんごとなき姫君をじろじろと無遠慮に眺め返す。
2人の失礼は、ファラ殿下も気付いている筈だが、何故か咎めや諌めの言葉を吐こうとしない。男性の目を無言で見詰めるファラは、目の前の不審な相手の心底を探ろうとしているようにも見えるが、男性に惹き付けられている風でもある。
“──それにしても、このシャヴィと言う男性、何とも横柄不遜で野卑な性質である事か・・・”
鴬色の後ろ髪を頭頂近くで束ねた、樺茶色の瞳のテラン(地球人)。
血塗れになった柑子色の作業服を着ている、目の前の如何にもな男に対し、主人がこのシャヴィなる人物に寄せる思いとは裏腹の、何か不愉快で納得できない、受け入れ難い思いが、ガートルードの心中に渦巻く。
コンスタンツェ殿下との間に何があったかは、ガートルードに知る由もない。そもそもの遠因は、偏にガートルードの不手際に因るものだ。主人に顔向けできない不始末を雪ぎもせぬままでは、馴れ初めを尋ねられたものではない。
ガートルードが主人コンスタンツェに対し、忸怩たる思いを抱いた矢先。
「ファラ殿下、マジェスタ卿・・・!」
右目にアイパッチをした隻眼のジャミラ人が、大声を上げながら此方へ、その大きな体を揺すって走り込んで来た。手には、ファラが落とした芳葉のディアデム(飾り冠)を抱えていた。
「──今のうちです! あちらのリフトで、お早く艦の方へ・・・!」
呼び掛けられた声に、ファラは何故かシャヴィから視線を外すの惜しむように、半身を返して振り向いた。ファラに命じられ、先にリフトの確保に行っていたキャラミが、息急き切って駆け寄って来ていた。
「如何されました? お2人とも・・・?」
足を止めているファラ王女とガートルードに訝ったキャラミが、塊になっている一同をぐるりと見渡す。キャラミがその一団の中心に居る、銀のディアデム(飾り冠)を戴くものの余りにも見窄らしい姿の娘に気付いた途端。
「──これは為たり! 失礼致しました・・・!」
慌ててキャラミがその巨躯を折り、ディアデム(飾り冠)を戴くウィステリア・シルバー(藤銀色)の娘に対して、片膝突いてその場で侍った。
「親愛なるコンスタンツェ殿下、お久しぶりです」
「ああ、堅苦しい礼儀はこの際不要だ」
気を使うな、と手を振るコンスタンツェに、キャラミが顔を上げる。
「殿下、息災で何よりです・・・!」キャラミが脇で侍しているガートルードをちらりと見遣った。「マジェスタ卿も、それは痛くご心配なされておられましたわ」
「──其方は確か、テオ伯父さまの所の・・・」
「ヤンネ・ファルナージ・キャラミです、殿下」記憶を弄るマデルーク王女に、キャラミが顔に似合わない柔和な笑みを浮かべる。「まだご幼少の砌より、何度か拝顔させて頂いております」
「おお、そうだ、そうだ」コンスタンツェが楽しそうに手を扣く。「あの妙竹林な趣味のヤンネだな・・・!」
「さすがは殿下。ご記憶が宜しいようで・・・」
含羞頻りのキャラミが、横目に振り返られたファラに、ぷっと噴飯される。キャラミは改めて気を取り直すと、マデルーク王女の脇に寄り添うように立つ、癖も強い鴬色の髪のテラン(地球人)を見遣った。
「──して、此方の殿方は・・・?」
少しばかり警戒を抱くキャラミの視線に、シャヴィは軽く肩を窄めて見せる。
「それは後ほど、其方の乳団子から聞いてくれ」
キャラミの問い掛けを閑却に受け流すコンスタンツェは、急くように正面に見えているアリアン・シレーヌを再び指差した。
「──それより其方たち3人は、あの艦で此処に来たのであろう?」
半身を捻って振り返ったキャラミが、はい、と返して小さく首肯した。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




