Act.8 俎板(まないた)姫と乳(ちち)団子姫・1
コックピット(操縦席)に人影のないバーニアン(操重機艇)が、一直線に落ちて来るように迫って来ていた。
背後からの気配に気付いた蜻蜒のようなバイオーグ(機能補強生体)が、咄嗟にロダリーゴを抱えて宙に飛ぶ。同時にロダリーゴと対峙していた、巨躯のジャミラ人キャラミが、慌てふためきながら身を投げ出した。
「──ファラ殿下・・・ッ!」
気付くのに一呼吸遅れたガートルードは、そう声を掛けるのが精一杯だった。
ガートルードが躊躇なく、ファラを引き倒すように庇いながら、2人して地に肢体を投げ出す。ファラのカメリア・レッド(椿紅色)の髪が大きく波打ち、載っていたローズ・ゴールド(紅鬱金)も艶やかな芳葉のディアデム(飾り冠)が、床に溢れ落ちて音を立てた。
刹那、一直線に落下して来るバーニアン(操重機艇)の右ブーム(支腕)が、リフト棟の外壁に接触する。
ガリッと小さな音が立ち、弾かれて左に傾いたバーニアン(操重機艇)が、横倒しになりながら落ちて行ったかと思ったら、そのままウェルカム・デッキ(迎賓甲板)の床に艇体左から叩ち当たった。
凄まじい音がしてバーニアン(操重機艇)の左ブーム(支腕)が根元から折れて吹っ飛び、床でバウンドした艇体がキャラミの直ぐ脇を飛び抜け、絨毯のような、赤と金のアラベスク(幾何学的文様装飾)のグリーティング・アプローチ(迎賓路)を挟んで両側に並び立つ、儀仗隊の列の片側へとそのまま突っ込んで行く。
ファラを身体の下に庇うガートルードは、バーニアン(操重機艇)が激突する寸前、頭上すれすれを越えて行く艇体から、獅噛み付けッ! 落ちるぞッ! と叫ぶ声が聞こえたような気がした。
いきなり落ちて来た鉄の塊に、鯱張って並んでいた玩具のような兵隊は、逃げる暇もなかった。床の上を二転三転する艇体から右のブーム(支腕)も千切れ飛び、儀仗兵たちを容赦なく巻き込み押し潰す。最初に折れ飛んだ左のブーム(支腕)すら無情に、向かいの列の儀仗隊へと襲い掛かった。あっと言う間もなく、整列していた儀仗兵の半数以上が、落ちて来たバーニアン(操重機艇)の巻き添えを食った。
ガートルードすら、少しばかりでも落ち着きを取り戻すのに、暫しの時間が必要だった。庇ったファラの上でガートルードが身を起こした途端、彼方此方上がる呻き声に、耳を奪われた。
荘重な儀仗兵に並ばれた、厳かな迎賓の雰囲気が一転していた。
「──姫さま、お怪我はありませんか・・・?」
安堵の息を吐きながら、ガートルードがウェスデン王女の顔を覗き込む。
「い・・・今のは一体何でおじゃったのだ・・・?」
四つん這いになりながら身を起こしたファラが、周囲を見渡す。
少し先では床に腹這いになったキャラミが、頭を抱えて床にへたばっていた。ロダリーゴと蜻蜒のようなバイオーグ(機能補強生体)の姿はなかった。
墜ちて来たバーニアン(操重機艇)の艇体は、両ブーム(支腕)を失くしたまま派手に転がったらしく、床面に抉ったような傷跡を残し、15メートル向こうのゲスト・ウィング(迎賓棟)手前で擱坐していた。鉄の塊に蹂躙された儀仗兵たちは、其処彼処で傷付き倒れ込んでいて、無事な者がてんでに手を差し伸べていた。ゲスト・ウィング(迎賓棟)内にいた数名も、慌てふためきながら飛び出して来た。
「アリアン・シレーヌの方から──」
気を取り直すように頭を振りながら、ガートルードが片膝突いて立ち上がろうとした矢庭。
「──マイ・ロード(我が殿)・・・ッ!」
不意に聞こえて来たその叫び声に、ガートルードが反射的に、稲妻に打たれたように反応する。
「シャヴィッ! マイ・ロード(我が殿)ッ!」
その、今度ははっきりと耳に届いた声に、ガートルードが後ろを振り返る。途端、視界に入った人影に、ガートルードは目を瞠った。
20メートルほど先、ゲスト・ウィング(迎賓棟)まで数メートルと言う距離だった。
赤と金のアラベスク(幾何学的文様装飾)のグリーティング・アプローチ(迎賓路)に両膝を突き、流れるようなウィステリア・シルバー(藤銀色)の長い髪をした、若い娘らしき後ろ姿があった。その娘は、地に臥せて動かない血塗れの男性らしき人影の、その顔を覗き込んでいるように見えた。
ガートルードは刹那、まさか、と思った。
少し華奢にも見える嫋やかな、その女性らしい後ろ姿は、長い髪がカーテンのように垂れているので、顔がはっきりと見えない。見窄らしいインディゴブルーのシャンブレーシャツ1枚を纏い、足元に黒のニー(膝下丈)・ブーツを履いているだけ。背を丸め、頻りに男性に話し掛けているようだが、消え入るような小声なので、はっきりと聞き取れない。
「──ヤンネッ!」
跳ね起きたファラが、脇に転がる芳葉のディアデム(飾り冠)を拾い上げながら、キャラミの方へ振り返り怒鳴り声を上げた。
「今のうちじゃッ! 此の様な禍々しい場所に、疾っ疾と暇を告げるのじゃ!」
喝を入れるファラの怒鳴り声に、キャラミも飛び起きた。
「ガートルード! 汝も──」
そう言い掛けて振り返るファラに、彼方を一心に凝視していたガートルードが、消入りそうな声で言葉を漏した。
「──姫・・・御前・・・?」
「ガートルード・・・?」
ふらふらと立ち上がるガートルードに、ファラが改めて振り返る。
そのファラの見遣る視線の先、倒れていた血塗れの男性を起こそうと、甲斐甲斐しく手を添えて支える、ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪をした娘らしき後ろ姿があった。その佳人の左腕から、翼飾りの付いた銀のディアデム(飾り冠)が抜け落ち、小さな音を立てて床に転がった。
「──まさか・・・」
山吹色の瞳でファラがじっと見詰める先、ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪の娘が、斃り掛けの男性の頬に紅唇を添えていた。
「コンスタンツェ・・・?」
ファラがそう声を漏らした時には、ガートルードは既に駆け出していた。
ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪をした嫋やかな佳人が、その端正な横顔を垣間見せる。感極まったガートルードの、涙で歪む視界の先に、見紛う事無きマデルークの王女の麗容があった。
「コンスタンツェさま、姫さまぁぁ・・・ッ!」
その呼ぶ声に、少しばかり手に余るシャヴィの逞しい体躯に左肩を貸すコンスタンツェが、顔を上げて振り向いた。
「──ガートルード・・・?」
ウェスデン公式の制服に身を包み、脇目も振らず蜂蜜色の髪を振り乱して駆け寄って来る人影が、コンスタンツェの翡翠色の瞳に映る。
「姫さまッ! よくぞご無事で・・・ッ!」
息急き切って走り込んで来たガートルードが、コンスタンツェの前、3歩ほどの距離を置き、コンスタンツェの目を見詰めながら立ち尽くした。荒ぶる息を整えようともせず、言葉を失くした唇をふるふると震わせて、極まったガートルードが慄く。
「──スタンツィの・・・知り合いか・・・?」
コンスタンツェの肩を借り、苦痛を吐き出すように息を吐いて立ち上がったシャヴィが、訝るように目を細めた。
「前にお話申し上げた、某にとって唯一無二の近衛、ガートルード・スカイラ・マジェスタです」
人目も憚らず零れ落ちる涙を拭おうともしない、長身に制服を凛と着こなす、男装の麗人如き近衛侍従長に、さすがのコンスタンツェも少しばかり苦笑する。
「スタンツィの護衛役って、アテナ(女傑)、だったのか・・・」
シャヴィが無遠慮に、目の前の制服姿も凛々しいガートルードを、頭の先から爪先まで、穴の開くほどじろじろと眺め回す。瑠璃色の瞳に褐色の肌をしたテラン(地球人)系、コンスタンツェより4、5センチ高そうな体躯は、鍛え上げられて引き締まっているのが、服の上からでも分かる。
「ガートルード、何故、其方が此処に──」
歩を寄せて近づいて来るコンスタンツェに、ガートルードが片膝を突いて顱を垂れた矢庭。
「──コンスタンツェ? 本当に汝でおじゃるのか・・・?」
呼び捨てにする、いきなりのその声に、コンスタンツェとシャヴィが首を巡らせる。
腰を落とすガートルードの向こうに、緩やかに波打つカメリア・レッド(椿紅色)の髪も艶やかに、5葉の蓮の葉を象ったディアデム(飾り冠)を戴いた、ウェスデンの王女の姿が見えていた。
「おお、ファラではないか・・・!」」
途端、マデルーク王女が相好を崩して目を丸くする。
「それにしてもコンスタンツェ、汝は、何とも痴々態々(ちちたいたい)な格好じゃな」
ウェスデン王女は、目の前のマデルーク王女を一眺め、開口一番、口をヘの字に曲げて言った。
何せコンスタンツェが纏っているのは、しょぼくれたインディゴブルーのシャンブレーシャツを、素肌に1枚こっきり。しかも腕まくりして尚ぶかぶかで、胸元も大きく開けて谷間も露な緩やかな双丘には、バストブラをしていないようにも見える。ミニのワンピース・ドレス並の裾下から伸びる、長い素足には黒のニー(膝下丈)・ブーツを履いているものの、コンスタンツェ本人がパンティを穿いているのかすら、ファラの目には疑わしい形だった。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




