Act.7 ヴェネツィアへ花嫁衣装を強盗に・10
“──彼奴は・・・ッ!”
間違いない。リフト棟のボーディング・デッキ(乗艦甲板)で、コンスタンツェを迎えようとしていたメルヒオールと思しき若造の背後に居た、ボディガード(身辺警護)丸出しで妙に殺気立ったペロリンガ人の男性。
“くそッ! 何時の間に・・・!”
高度を変えて避けようにも、上はウェスデン王女の艦体が塞いでおり、すぐ下はウォーフ(埠頭)の整備坑の床だ。迷っている暇などなかった。
反射的にシャヴィが、少しばかり高度を下げながら進路を左に振る。
それを見透かしたように、向かって来たバーニアン(操重機艇)が僅かに艇体を捻る。刹那、転覆するように艇体が傾いて、殺気立った男性が立ち上がるなり、ドライバーズ・シート(操縦席)を蹴り飛ばし、単身で飛び掛かって来た。
長い髪を靡かせるペロリンガ人と、擦れ違おうとした、その直前。
宙を飛んで来る男性の長い右腕が、前席に座るコンスタンツェへと伸びる。体ごと向かって来る漢奸に、コンスタンツェが咄嗟に左腕を翳し上げ、避けるようにその身を仰け反らせる。
“──しまったッ! 狙いはスタンツィか・・・ッ!”
シャヴィが腰を浮かせ、臍を噛んだ時には遅かった。ペロリンガ人の手が、前席に座るコンスタンツェの、拒むように翳し上げた左前腕を掴んでいた。
迂闊だった──まさかいきなり、コンスタンツェを攫いに来るとは。
山鳩色の長い髪をした、如何にもなペロリンガ男の主人と思しきメルヒオールは、コンスタンツェに恋慕している。少し気を回して考えれば、目の前でマデルーク王女を連れ去ったシャヴィを斃しに来るのではなく、攫われた王女の方を最優先に連れ戻しに来るのは自明だった。
シャヴィの頭上で男性が宙返りしながら、掴んだコンスタンツェを強引に引っ張り上げる。
コックピット(操縦席)から引き摺り出されるコンスタンツェに、シャヴィが縋り付くように身を捩る。虚を突くように連れ出されてしまったコンスタンツェの、可愛らしくも眩しいヒップが、そのシャヴィの眼前で踊った矢庭。
嫋やかに体を丸めたコンスタンツェが、引き上げられるまま後ろ向きに宙返りしながら、猫のように身を捻る。と同時に、その右手に握られていた抜き身の剣レプラコーンが、男性を目掛けて薙ぎり上げられる。レプラコーンは、シャヴィがこのバーニアン(操重機艇)を分捕った際、前席に放り込んであったものだ。
刹那の、息も吐かせぬコンスタンツェからの反撃だった。
某に手を出すとは畏れ多いぞ、と罵りを叫ぶコンスタンツェの振り上げる切っ先が、宙を踊る漢奸の胸倉に襲い掛かる。だがコンスタンツェの動きに気付いた男性が、反射的にコンスタンツェの腕を放した。
くるっと半回転しながら身を捩るペロリンガ男の背後で、コンスタンツェの剣筋が空を切る。
シャヴィたちのバーニアン(操重機艇)のエンジン・キャビネットの横を蹴飛ばした男性が、山鳩色の髪を振り乱し、彼方の方へと逃げるように跳ね退る。と同時にシャヴィが、振り返るようにコックピット(操縦席)から身を乗り出した。
「──スタンツィ・・・ッ!」
コックピット(操縦席)背後のエンジン・キャビネットに足を掛けたシャヴィの腕が、離れて行くコンスタンツェを追い掛ける。引っ張り出されたコンスタンツェが剣を手に、ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪を踊らせながら、ゼロ・グラビティ(無重力)の宙をヴァルキュリャ(冥導の女神)ように舞っていた。
「──シャヴィ・マイ・ロード(我が殿)・・・ッ!」
シャヴィの元に戻ろうとするコンスタンツェが、捩るように身を丸め、左手で必死に空を掻く。バーニアン(操重機艇)のキャリング・パネルを掴みながら、目一杯伸ばしたシャヴィの右手が、コンスタンツェの広げる左の足首をがっちり捕まえた。
「スタンツィ・・・ッ!」
シャヴィがそのまま力強く、コンスタンツェを引き寄せる。シャヴィだけを求めるコンスタンツェの左の中指が、シャヴィの左肩口に触れた刹那。
「マイ・ロード(我が殿)ッ! 前を・・・ッ!」
不意に上がったコンスタンツェの声に、シャヴィが振り返る。
「あ、拙い・・・ッ!」
直ぐ目の前に、舞台のように張り出している、ウェルカム・デッキ(迎賓甲板)の床面が迫っていた。
ウェルカム・デッキ(迎賓甲板)の床面は、潜り込んだツイン・ハル(双艦体)のビルジ(艦底)から、30メートルほどの下に位置する。真正面から向かって来ていた敵のバーニアン(操重機艇)を回避するため、高度を下げながら僅かに左へ振ったシャヴィのバーニアン(操重機艇)は、そのまま約25度の角度で床面に向かって落ちて行っていた。
床面に衝突するまで、もう2秒と掛からない。だがコックピット(操縦席)を離れ、艇体に掴まっているだけのシャヴィには、落下を止める術も転進させる術もなかった。
「シャ・・・ッ!」
コンスタンツェが、その名を口にし掛けた矢庭。
「口を閉じてろッ! 舌を噛む!」
シャヴィがそう怒鳴ると同時だった。
艇首から落下するバーニアン(操重機艇)が床面に激突する直前、5メートルの高度でリフト棟の脇を横切った。その一弾指。
艇体の右ブーム(支腕)先端がリフト棟外壁を擦るように接触した。ガクンと揺れが走って、バーニアン(操重機艇)が傾く。
「──獅噛み付けッ! 落ちるぞッ!」
有無も言わせぬ怒鳴り声に、コンスタンツェの腰を抱き締めるシャヴィの右腕に力が篭る。小振りの胸をシャヴィの分厚い胸に押し潰され、コンスタンツェが思わず息を詰まらせた、次の瞬間。
バーニアン(操重機艇)の左ブーム(支腕)が、グレーのポリマー(高分子有機樹脂)でコーティングされた、グラヴィティ・コンディション(有重量環境)のウェルカム・デッキ(迎賓甲板)に叩ち当たる。
その刹那、突き上げる衝撃に、キャリング・パネルを掴んでいたシャヴィの右手が開いてしまった。左手に転がる艇体の上を、コンスタンツェの華奢な体を抱えてシャヴィが宙を舞う。同時に最初に床に叩ち当たった左ブーム(支腕)の、第2ジョイント(関節)の部分が捩じ折れて、右手の方へと吹っ飛んだ。
コンスタンツェの全身が、ふっと浮遊感に包まれる。
3メートルほどの高さから投げ出された2人の身体が、放物線を描いて宙を舞っていた。シャヴィの右手がコンスタンツェの後頭部を包み込み、コンスタンツェの左頬がシャヴィの左頬に圧し付けられる。コンスタンツェが、シャヴィの大きな身体に包まれる感覚に安堵した。
だが勢い余ったシャヴィの身体は僅かに回転しながら、ウェイト・デッキ(有重量環境階層)の床の上に左肩口から叩き付けられた。と同時にその反動で、コンスタンツェが投げ出された。
手にしていた聖剣レプラコーンを手放してしまったコンスタンツェが、尻餅を舂くように倒れ込む。その向こう、赤と金のアラベスク(幾何学的文様装飾)が浮かび上がっているグリーティング・アプローチ(迎賓路)の上を、シャヴィが2回3回と転がっていた。
「──マイ・ロード(我が殿)・・・ッ!」
それでも痛みをものともせず、コンスタンツェが身を起こす。コンスタンツェの呼び掛けに、5メートルほど向こうで突っ伏していたシャヴィが、呻きながら顔を上げる。
「シャヴィッ! マイ・ロード(我が殿)ッ!」
起き上がったコンスタンツェが、一目散にシャヴィへ駆け寄る。両手を床に付けたコンスタンツェが、包み込むようにシャヴィの顔を真上から覗き込んだ。
シャヴィは床に倒れ込んだまま、荒い呼吸で胸を上下させていた。コンスタンツェが改めて見るシャヴィは、全身が血塗れだった。柑子色の作業服の前身頃はばっさりと切り裂かれ、胸倉は鮮血で真っ赤に染まっていた。右脇腹からの出血も激しく、右の肩にも斬撃を食らっている。
「──す・・・少し、強く打っただけだ・・・」
気配を感じたシャヴィが、苦痛に顔を歪めながら薄目を開け、喉元を晒して青息吐息に声を絞り出す。
「・・・コンスタンツェに・・・怪我は・・・ないか・・・?」
「平気です」
目を覆いたくなるようなシャヴィの怪我に、コンスタンツェは目頭を潤ませながらも、気丈に強張った笑みを湛えて頷く。ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪がさらさらと流れ、血糊が染み付くシャヴィの頬を毛先が擽る。
「転がった際に、少し擦り剥いただけです」
「そいつは・・・大変・・・だ」一旦言葉を切ったシャヴィが深く息を吸い込むと、愉快そうに口角を上げる。「──嫁入り前・・・なのに・・・」
「──何の、マイ・ロード(我が殿)」コンスタンツェが本当に嬉しそうに、翡翠色の瞳が輝く笑みを浮かべる。「今度の日曜にはヴェネツィアへ、花嫁衣装の買い出しに連れて行って下さるのでしょう?」
シャヴィは何故か、ほっとしていた──開口一番、此方を気遣うような言葉を安っぽく口にしないコンスタンツェに。
それが気高いコンスタンツェの、シャヴィに対する最大限の気遣いであり、それこそがシャヴィの望むコンスタンツェに相応しい振る舞いだと、思えたからだ。
「ああ・・・約束するよ・・・スタンツィ」
脇に退いたコンスタンツェが、半身を起こそうとするシャヴィに手を添える。コンスタンツェの左腕に通していた飛翔のディアデム(飾り冠)が、するりと擦り落ち床に転がる。
「はい、マイ・ロード(我が殿)、マイ・ヒーロー(我が勇者さま)、シャヴィ」
何の衒いもなく。大きく一度だけ頷いたコンスタンツェが、シャヴィの薄汚れた頬に接吻をした矢庭。
「──姫御前! コンスタンツェ殿下ぁぁ・・・ッ!」
聞き慣れたその声に、そっと唇を離したコンスタンツェが、ゆっくりと首を巡らせた。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




