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Act.7 ヴェネツィアへ花嫁衣装を強盗に・8

「済みませぬ、シャヴィ。(それがし)のために、こんな深手を」


唇を離したコンスタンツェがシャヴィの樺茶(かばちゃ)色の瞳を見詰め、凛とした顔を歪める。シャヴィの着る柑子(こうじ)色の作業着は、胸元が大きく切り裂け、覗く素肌は血塗(まみ)れだ。右の肩も切り裂かれ、左の脇腹も真っ赤に染まり、文字通りシャヴィは満身創痍だった。


「バルスームの愛しの姫のためならば、これくらいは造作もないよ」シャヴィは少しばかり血の気が失せた顔付きで、小さく微笑む。「それにバンジョーさえ響けば、俺たちはボニーとクライドさ」


「ならば銃を片手に、ヴェネツィアへ花嫁衣装を強盗に?」


「その前に、素敵なベレー帽をプレゼントするよ」


シャヴィが今度は、コンスタンツェを先にコックピットに押し込まなかった。ドライバーズ・シート(運転席)に収まる自らの膝の上に乗せるようにして、シャヴィがコンスタンツェを前で抱え込む。取りも直さずシャヴィが、コンスタンツをシートと自分の背後の間に押し挟むのを、躊躇(ためら)ったからだ。


「この言い尽くせない御恩には、必ずや(それがし)の全てを差し上げて報います、マイ・ロード(我が殿)・・・!」


「それじゃあ、冥加に余り過ぎだよ、スタンツィ」


首筋に獅噛(しが)み付くコンスタンツェに、離すなよ、と声を掛けたシャヴィが、バーニアン(操重機艇)のスラスター(推進器)を吹かせて向きを変える。


「──何せ過分に報いられても、オッド・パーン(半端な宇宙船乗り)の俺には、返し返すだけのチェンジ(釣り銭)を持ち合わせていないんだ」


「いいえ、そう案ぜられずとも」コンスタンツェがころころと声を転がすように、あっけらかんと言って退ける。「そのチェンジ(代わり)に是非とも、シャヴィの可愛いお子まで(みごも)らせて頂ければ」


「ぶッ・・・!」


さすがのシャヴィも、想像を絶したコンスタンツェの大胆な言い草に、返す言葉に詰まる。


「スタンツィ、あんたの思考回路は一体全体、どう──」


呆れながらも何処か照れたような物言いで、シャヴィが声を上げた矢庭。


制動が掛かったような強い衝撃を感じて、いきなり身体が前のめりになる。シャヴィが反射的に足を踏ん張り、前へ飛ばされそうになるコンスタンツェを抱き留めた。


「マイ・ロード(我が殿)? 故障、ですか・・・?」


シャヴィがブースト・ペダルを、2、3度と踏み込む。その度ごとに艇体が一瞬前のめりに突っ込むが、直ぐさま何かに引っ掛かったように動かなくなる。


「いや、そんな感じじゃ・・・」


ちょっとばかり焦ったシャヴィが、コックピット(操縦席)周りのインストルメント・パネル(計器盤)を見回した矢庭。


いきなり横殴りのような衝撃を受け、左へ振り回される。咄嗟にシャヴィは右腕でコンスタンツェの腰を抱き、左手でシートの端を掴んで身を保持する。


「──畜生、まさか・・・!」


反射的にシャヴィは、(あらが)うようにスラスター(推進器)を吹かす。首だけ後ろを振り返るが、背後の大きなエンジン・キャビネットが視界を塞ぎ、まるで様子が分からない。それを見て取ったコンスタンツェが、シャヴィの手を掴みながら浮き上がるなり身を翻し、背伸びするようにして後ろを振り返った。


「──シャヴィ! 後ろです!」


途端コンスタンツェが、大きな声を張り上げた。


シャヴィたちが乗るバーニアン(操重機艇)の少し下ほどから、大きなバーニアン(操重機艇)がそのグラップルで、カーゴベッド(荷台)・パネルの後端を掴まえていた。


「後ろを掴まれています! これより一回り大きな、2人乗りです!」


「くそッ! 別のバーニアン(操重機艇)か・・・!」


引き摺り下げようとする力に、シャヴィが目一杯スラスター(推進器)を吹かせるが、じわりじわりと高度が落ちる。何とかして下のデッキへ引き摺り墜とすつもりだ。


「クラップ・ヘル(糞ったれ)! 出力で負けてる・・・!」


ブースト・ペダルを前のめりに踏み抜くシャヴィに、コンスタンツェが決心したように頷くと、その耳元に言葉を掛ける。


「──シャヴィ、今こそは(それがし)が・・・!」


「無茶するな、スタンツィ!」


声を返すシャヴィの肩を、ついっと押したコンスタンツェが、さっと身を翻す。コンスタンツェはバーニアン(操重機艇)のエンジン・キャビネットに手を掛けると身を屈め、下に見える2人乗りのバーニアン(操重機艇)目掛けて艇体を蹴飛ばした。


後方下から掴み掛かっている大型バーニアン(操重機艇)は、鼻先の長い猟犬のようなオープン・コックピット(開放型操縦席)の、タンデム(縦列2人乗り)だった。前席がジブ・アームを操るオペレーター用で、一段高い位置にある後席が、艇体自体のドライバーズ・シート(運転席)だ。


シャヴィたちのバーニアン(操重機艇)よりスラスト(推力)が大きく、耐荷重のある堅牢そうな3関節ジブ・アームが車輪のようなスラスター(噴射器)部の中央から左右に突き出していて、先端が4本の指肢構造のグラップルになっている。核融合電磁励起エンジンがコックピット(操縦席)背後にあるのは1人乗りバーニアン(操重機艇)と同じだが、その後方にある格子状キャリング・パネルはより大型だ。


跳ね飛んだコンスタンツェが、そのバーニアン(操重機艇)目掛け、宙で前回りにくるっと身を丸める。気配に気付いた2人の搭乗者が、同時に顔を上げた。


目の前の、瑞々躍々(ずいずいやくやく)とした桜色の丸い尻に目を奪われたと思ったら、後席の艇体ドライバー(操縦者)の顔面に、コンスタンツェが履くニー(膝下丈)・ブーツのヒールが突き刺さる。と同時に膝を曲げ、屈伸よろしくドライバー(操縦者)の顔面を容赦なく踏み付けたコンスタンツェが、反動で弾かれる。蹴り込んで流されるコンスタンツェの身体を、後追いでコックピット(操縦席)から抜け出して来たシャヴィが、間髪入れず(すく)い止めた。


嬉しそうに抱き付こうとするコンスタンツェを引き剥がし、シャヴィはくるっと身体を入れ替えながらコンスタンツェの聖剣レプラコーンを引き抜く。と同時にコンスタンツェを押し出す反動を利用して、タンデム・コックピット(縦列2人乗り操縦席)に取り付いたシャヴィが、前席のジブ・アーム・オペレーターにはディスポーザブレード(使い捨て刃)・カッターを、後席のドライバー(操縦者)にはレプラコーンの切っ先を、それぞれの喉元に突き付けた。


「──人の恋路を邪魔する奴は、バンビーナ(じゃじゃ馬)に蹴られて死んじまえ、ってデジャーソリスの教えになかったか?」


とっとと降りろ、とシャヴィが2人を怒鳴り付ける。


バーニアン(操重機艇)の2人が、切り裂かれて血塗(まみ)れ作業服のシャヴィの姿に小さく震え上がる。剣を突き付けられて、2人が不器用そうにシートから抜け出した。


シャヴィが、もう二度と近寄るんじゃないぞ、と罵声を浴びせ、2人の脇腹と尻を蹴り飛ばす。


タンデム・コックピット(縦列2人乗り操縦席)のオペレーター席に潜り込んだシャヴィが、コンスタンツェを見遣って声を掛ける。


「──スタンツィ、そのまま其所(そこ)に居てくれ」


シャヴィの言葉に、コンスタンツェが小さく頷く。シャヴィと入れ替わるように流されたコンスタンツェは、先に乗っていたバーニアン(操重機艇)の艇体のカーゴベッド(荷台)・パネルに捉まっていた。


シャヴィはジブ・アームのコントローラを操作すると、コンスタンツェが居る前方のバーニアン(操重機艇)のカーゴベッド(荷台)・パネルを掴んでいるグラップルを開放した。


コンスタンツェの居るバーニアン(操重機艇)の方へ移ろうと、剣を手にしたシャヴィが、タンデム・コックピット(縦列2人乗り操縦席)を蹴り出した矢庭。


いきなり何かが下から飛び上がって来たかと思ったら、ガシャンと耳を聾する衝撃音が轟いて、コンスタンツェの捉まっていた1人乗りのバーニアン(操重機艇)が、ゼロ・グラビティ(無重力)の中をもんどり打ってひっくり返った。


「──スタンツィ・・・ッ!」


咄嗟にシャヴィは、コンスタンツェの抜き身の剣を前のオペレーター席に放り込み、ドライバーズ・シート(操縦席)に座るのも牴牾(もどか)しく、ブースト・ペダルを踏み込む。


下から突っ込んで来たのは、1人乗りのバーニアン(操重機艇)だった。


そのバーニアン(操重機艇)が擦れ違いざま、ジブ・アームを振り回して、コンスタンツェが捉まっていた艇体をひっくり返したのだ。()つけて来たバーニアン(操重機艇)は、20メートルほど上に見えている、クーガを残して来たラ・ベデュータの艦底ぎりぎりを(かす)めながら、右舷脇から上へと翔び抜ける。


幸いにもコンスタンツェはコックピット(操縦席)に居らず、外周りで艇体に手を添えていただけなので、大きく弾かれずに済んでいた。


「シャヴィ、マイ・ロード(我が殿)・・・!」


少しばかり驚いた表情で首を巡らせるコンスタンツェが、宙返りの途中のような格好で、ゼロ・グラビティ(無重力)の中を舞っていた。


勿論シャヴィはコンスタンツェを捕まえようと、流れるコンスタンツェに対し、バーニアン(操重機艇)を下から潜り込ませるようにして近付く。バーニアン(操重機艇)を先回りさせて待ち構えるシャヴィが、コックピット(操縦席)の中で立ち上がる。


シャツの裾を(へそ)まで捲れ上がらせ、桜色の足を大の字に宙で大っぴらに揺らすコンスタンツェが、シャヴィの手を取ろうと精一杯腕を伸ばす。


力強いシャヴィの手が、コンスタンツェの右手首をがっちり()る。シャヴィがそのままコンスタンツェを、我が身の方へ引っ張り込んだ矢庭。


黒のニー(膝下丈)・ブーツを履く、コンスタンツェの眩しい双脚の間に、バーニアン(操重機艇)の姿が垣間見えた。


コンスタンツェの掴まっていた艇体を引っ繰り返したバーニアン(操重機艇)が、大きな弧を描きながら向きを変えていた。追撃して来るつもりなのは、明白だった。




★Act.7 ヴェネツィアへ花嫁衣装を強盗に・8/次Act.7 ヴェネツィアへ花嫁衣装を強盗に・9

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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