Act.7 ヴェネツィアへ花嫁衣装を強盗に・9
「御免よ、スタンツィ・・・!」
シャヴィは急くようにシートに腰を落としながら、同時にコンスタンツェを逆さまにしたままコックピット(操縦席)へと引っ張り込む。頭を下にしたコンスタンツェが、咄嗟に腰に抱き付いて来たが、シャヴィは構わずブースト・ペダルを踏み込んだ。途端、掛かる加速ガルに、逆さまになったままのコンスタンツェがシャヴィの身体に押し付けられる。
ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪も乱れる中、さすがのコンスタンツェも思わず含羞みながら頬を染めた。
何しろ圧し付けられるコンスタンツェは、シャヴィの股間に顔を埋め、しかも逆さまに抱え込まれたその長い妍脚は、股を割ってシャヴィの頭を挟み込んでさえいる。
そのシャヴィは、追い掛けて来るバーニアン(操重機艇)に対し、初動で遅れを取ったので少しばかり焦っていた。とは言うものの、頬に触れて来るコンスタンツェの脹脛の柔らかい感触が生々しく、しかも目の前にちらつく、ハイジーン(衛生)パンティしか着けていないコンスタンツェの蠱惑的な丸い尻に気を取られる。
客観的に見れば、艇上でオーラルセックスし合う、痴情じみた男女にしか見えない。ただ当のコンスタンツェは、緊迫する状況にも拘わらず、任せるに感けてその身を委ねる。しかも此処ぞとばかり、可愛らしい胸の双丘を薄い布越しに、シャヴィの硬い腹筋にぐいぐいと押し付けていた。
「──悪いがスタンツィ、そのまま獅噛み付いていてくれよ・・・!」
そう言うが早いか、シャヴィがバーニアン(操重機艇)を左に振る。
間一髪だった。
再びジブ・アームを伸ばした1人乗りバーニアン(操重機艇)が、直ぐ脇を掠めるように上から下へと飛び抜ける。と同時に掛かった強烈な加速ガルで、コンスタンツェの身体がシャヴィの腿上に滑り落ち、四つん這いのような格好で被さった。
「糞ったれが・・・ッ!」
逃げるようにしてスラスターを目一杯噴かせるシャヴィの目に、新たに追撃に加わって来た別のもう1艇のバーニアン(操重機艇)の姿が映る。
シャヴィは何とかして、クーガを残して来たラ・ベデュータのエアロック(気密隔室)口に取り付こうとするのだが、艇重の軽い1人乗りバーニアン(操重機艇)の方が小回りが利き、2艇が交互に迫って来るため、どうしても先回りされる。操縦しているのがボラード(繋留員)か整備要員らしく、銃などで攻撃して来る様子はないが、ジブ・アームで打撃されたり、艇体ごと体当たりされれば、大破して飛行不能になる虞もある。かと言って、この機動性の高いゼロ・グラビティ(無重力)の宙空戦では、クーガの微々たる移動能力ではカバーリング(支援)のさせようが無い。
ブースト・ペダルもベタ踏みにするシャヴィが、ラ・ベデュータの艦体を掩体に、取り巻くように螺旋を描いて逃げる。伸し掛かる加速ガルに、コンスタンツはシャヴィの腰を抱え込んで必死に堪える。楔形をした船首の右舷側から急上昇した矢庭、左舷側からいきなり姿を見せたバーニアン(操重機艇)が真っ直ぐ突っ込んで来た。慌てたシャヴィが、咄嗟に艇体に弧を描かせながら高度を下げて躱す。ラ・ベデュータの船首外殻すれすれを、船尾に向かって逃げ抜けた矢先。艦橋楼の右脇から、別の1艇が姿を見せた。
彼我の距離は20メートルを切っていた。
ここで躱す姿勢制御を行えば、艦橋楼に衝突する。高度を下げても、擦れ違いざまにジブ・アームを振り回されたら、確実に直撃を食らって横転させられる。
どうするか──瞬時シャヴィが逡巡した刹那。
「マイ・ロード(我が殿)! 某が・・・ッ!」
言うが早いか、身を起こしたコンスタンツェが、大胆にもシャヴィの胸倉を蹴飛ばした。恐れを知らぬ芳紀なヴァルキュリャ(冥導の女神)が、ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪を靡かせて宙を舞う。一方的に飛び出した鉄砲玉のようなコンスタンツェに、シャヴィは苦笑しながらもその行動に応じるように、スラスター(噴射器)を噴かせて自艇の高度を下げる。
真っ向、向かって来るバーニアン(操重機艇)の、そのドライバー(操縦者)が驚いて目を見開いた時には遅かった。
両手で脇構えに引いていた空のスキャバード(鞘)を、コンスタンツェが力一杯振り薙ぎる。翼と百合で飾られたスキャバード(鞘)の強烈な殴打が、ドライバー(操縦者)の顔面を直撃した。相対する加速度に乗った一撃で、ドライバー(操縦者)の鼻が最も容易く拉げ潰れ、一瞬にして顔面が血塗れになった。
操縦を失ったバーニアン(操重機艇)が、ドライバー(操縦者)から噴き出る赤い血飛沫を引き摺って、あらぬ方向へと落ちて行く。一方のコンスタンツェは、殴打を食らわせた衝撃に身を丸め、前回りするように宙を踊っていた。
「──スタンツィ・・・ッ!」
ラ・ベデュータの外殻すれすれを舐めるように飛び抜けるシャヴィが、バーニアン(操重機艇)を上昇させながらコンスタンツェの姿を追う。
「シャヴィ・・・!」
仰向けに背を反らすコンスタンツェが、白い喉元を晒して両手を差し出す。
スラスター(噴射器)で制動を掛けながら、シャヴィがコンスタンツェの手を取る。もう1艇のバーニアン(操重機艇)が、加速しながら背後から迫っていた。
「──マイ・ロード(我が殿)、上を」
シャヴィに引き寄せられながら、コンスタンツェが小さく顎を抉る。
「あのタレット(尖塔)とレオ(獅子)のクレスト(紋章)、ヴィラージュ家のものに相違ありません」
コンスタンツェを前席のオペレータ・シートに押し込ながら、シャヴィが見下ろすような格好で首を巡らせる。
インクルーデッド・バース(内包型着埠施設)内の対角線反対側、第1ウォーフ(埠頭)に、ラ・ベデュータとは進航逆向きにアンカリング(投錨)している、槍の穂のような長紡錘形の艦体を左右に持った、ツイン・ハル(双艦体)の宇宙艦が直ぐさま目に付く。200メートル四方の凹状整備坑に収まりそうな程の小振りな、アイスシルバー(白銀)に鬱金色の装飾が施された艦体は、まるでプールに並んで浮かぶ2匹の大きな槍烏賊か太刀魚のようだった。
「ウェスデン王室の、恐らくはファラの宇宙艦です」
更にシャヴィが目を凝らす先、スターン(船尾)付近、ハル(艦体)を跨ぐような形の艦橋楼のポート・サイド(左舷)、小さなエアロック(気密隔室)口のハッチ(外扉)が、上下に開いているのが見えた。
「少し我慢してくれ、スタンツィ!」
その言葉が終わらぬうちに、シャヴィはバーニアン(操重機艇)のブースト・ペダルを思いっ切り踏み込んでいた。1.5ガルを超えるアクセラレート・ガル(加速度)に、コンスタンツェが身構える間もなくシートに圧し付けられて、思わずうっと呻きを漏らす。
「──このまま直接、ウェスデンの使節に庇護して貰う・・・ッ!」
アイスシルバー(白銀)も優美なウェスデン王室の宇宙艦まで、対角線で500メートルと無い。
ちょっと強引だが、開いてるエアロック(気密隔室)口に直接横付けして、スタンツィを艦内へ送り出す──この移動基地内はヒイェラ国の管轄下だが、この辺りはそもそもウェスデンが施政権を設定している宙域の筈だ。スタンツィがウェスデン艦船の艦内で保護して貰えている限り、プロトコル(外交儀礼)の原則に従えばヒイェラには手が出せない。
その上、件の艦船はウェスデン国籍の、しかも国賓級の王室専用宇宙艦だ。艦内にさえ飛び込んでしまえば絶対的な治外法権が効く。ウェスデン王室の艦船に対し強制捜査や立ち入りを強行する事は、今この場で正面切ってウェスデンに宣戦布告するに等しい。
“──とにかく、スタンツィさえ匿って貰えれば、それで良い・・・!”
決心を固めるシャヴィが、容赦なくブースト・ペダルを踏み付け、クーガを呼び寄せるハンドラー・ホイッスル(超音波笛)を吹く。追撃に掛かろうとしていた新手のバーニアン(操重機艇)が、あっと言う間もなく置いて行かれる。
シャヴィの操縦するバーニアン(操重機艇)は、ウェスデン宇宙艦の真上方向から、逆落としのように一直線に接近する。インクルーデッド・バース・ファシリティ(内包型着埠施設)内を対角線に反対側へは、僅か数秒。
パッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)先端とエアロック・ハッチ(気密隔室外扉)の間には、コンスタンツェがラ・ベデュータを下艦した時と同様に、ランヤード(命綱)が張られている。近くに居た、シャヴィが操縦する艇体と同型のバーニアン(操重機艇)が、ちょうど持ち場を離れようと向きを変えている所だった。
エアロック(気密隔室)口近辺にクルー(乗艦員)も居らず、状況からして招かれた賓客は、既に下艦していると思われた。招かれているのは言うまでもなく、ウェスデン王女一行の筈だが、それらしき姿影は目に入らなかった。リフト棟の方で人影が動いた気がしたが、確認する間もなくバーニアン(操重機艇)の艇体が通り過ぎてしまったため、定かではない。
“──とにかくボーディング・ハッチ(乗艦口)だ! 開いている今のうちに、スタンツィの臀穴を蹴り飛ばしてでも放り込む・・・!”
閉じられてしまえば、元も子もない。
スタンツィの幼馴染みでもあるウェスデン王女が居れば問題ないが、不在の最中にいきなり飛び込めば、常識的には単なる不審者か反政府暴賊と推断される。
だがあのスタンツィなら、相手がどんな族輩でも一目置く筈だ。その意味では確かにスタンツィは、それだけの持って生まれた独特の王女然とした雰囲気を、自然と身に付けている。それにデジャーソリスのレガリア(神器)である、ディアデム(飾り冠)に聖剣、バングル(聖釧)を身に付けていれば、ウェスデン王女に面通りが適うまでは、ぞんざい邪険には扱われない筈だ。
一瞬にしてそこまで考えを巡らせるシャヴィが、強烈な制動を掛けて降下速度を殺しながら、左右の艦尾に艤装された内洋航行用のフェルミオン対消滅推進エンジン・ナセル(筐体)の間を抜け、艇体を右艦体のビルジ(艦底)下へと潜り込ませる。凹状に掘り込まれたウォーフ(埠頭)の整備坑床面をぎりぎりに掠め、散在する機材や作業員たちを巧みに躱しながら、艇体に弧を描かせてUターンする。
エアロック・ハッチ(気密隔室外扉)が開いている左舷側へ出るため、濃紺に塗装されたビルジ(艦底)下へ再び潜り込んだ矢庭。向こう側に見える、左ハル(艦体)陰から、いきなり1艇のバーニアン(操重機艇)が姿を現した。
後部にフェンスのような格子パネルのカーゴベッド(荷台)を備えた、最初にシャヴィが分捕ったのと同型の1人乗りバーニアン(操重機艇)だった。シートに座る、矢鱈に鋭い目付きをしたドライバー(操縦者)の、長い山鳩色の髪が激しく棚引いていた。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




