Act.7 ヴェネツィアへ花嫁衣装を強盗に・7
「──スタンツィ・・・ッ!」
それでもシャヴィの樺茶色の目は真っ先に、飛ばされたコンスタンツェの行方を追う。出血は派手だが、シャヴィの斬られた怪我自体は大した事ない。
シャヴィが見上げる先、柔らかなウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪を乱したコンスタンツェが、此方ををじっと見ながら、漂宙い離れ落ちて行く。ゼロ・グラビティ(無重力)なので飛ばされたところで、地に叩き付けられる訳ではないが、スラスター・パック(噴射器)の類いを身に付けていないコンスタンツェは、自らの力では身の施しようがない。
くそっ、と悪態を吐くシャヴィが、バーニアン(操重機艇)の艇体に取り付く。コックピットの端に手を掛け、乗り込もうとした矢庭。
「──マイ・ロード(我が殿)! 気を付けて・・・ッ!」
コンスタンツェの叫び声に振り返ったシャヴィの目に、ラ・ベデュータの外鈑を蹴飛ばして突っ込んで来るトラニオウの姿が映った。咄嗟にバーニアン(操重機艇)を支えに身を捩ったシャヴィが、切っ先を紙一重に躱して宙を舞う。
「ちぃッ! 小賢しい奴・・・ッ!」
怨言を浴びせるトラニオウが、巨躯を流されながらも、振り返るように腕を伸ばして剣を薙ぎり返す。逃げるシャヴィが刹那、左脇腹に強烈な斬撃を感じ、シャヴィ、とコンスタンツェの叫び声が耳朶を打つ。柑子色の作業着の脇腹がざっくりと切られ、宝石を撒き散らせたように、鮮赤の玉がシャヴィの体から飛び散った。
それでもシャヴィは、伸ばした左手でバーニアン(操重機艇)の艇体を掴み直し、今度こそは体をコックピット(操縦席)の中へと押し込む。
「クーガッ! お前は其所に残っていろッ!」
真正面に見えるラ・ベデュータのエアロック(気密隔室)内で、ぷかぷかと浮いている黒い人造犬に、シャヴィが早口に怒鳴った。
「艦内に誰も入れるなッ! 電磁歯牙を使えッ! スタンツィを連れて直ぐ戻るッ!」
流されたコンスタンツェを捕まえるため、シャヴィがバーニアン(操重機艇)のブースト・ペダルを踏み込もうとした矢庭。殺気を感じたシャヴィが、反射的に背後を振り向く。
コクピット(操縦席)の真後ろ、エンジン・キャビネットの上に獅噛み付いたトラニオウが、煮え湯を飲まされたような形相でフォノンメーザー・ソード(電磁剣)を振り被っていた。
「クラップ・ヘル(醜畜)・・・ッ!」
シャヴィが咄嗟にブースト・ペダルを踏み込む。
途端、ラ・ベデュータの外鈑にジブ・アームを付いていたバーニアン(操重機艇)の艇体が、スラスター(推進器)を噴かせて勢い良く後退した。
その瞬間、支えを失ったトラニオウの巨躯が、シャヴィの頭上で宙返りする。焦ったトラニオウが、咄嗟に剣を振り下ろした。
後退るシャヴィの右前肩を、トラニオウの剣の切っ先が擦過した。作業着が裂けるように口を開け、身の薄い肩口から三度流血するシャヴィは、それでもバーニアン(操重機艇)を操って、飛ばされ漂宙うコンスタンツェの姿を追う。
「──コンスタンツェ・・・ッ!」
スティック(操縦桿)を抉じるシャヴィが、軽く制動を掛けながら、ゆっくりと慣性モーメントで、漂宙うコンスタンツの足元側の下寄りから近付く。
「マイ・ロード(我が殿)・・・ッ!」
必死に身を捩るコンスタンツェの、ミニ丈ドレスとも言えない極めて際疾い、シャヴィから借り受けたインディゴブルーのシャツの裾が派手に捲れ上がり、何も着けていないも同然の素肌の下半身が露になる。
シャヴィはバーニアン(操重機艇)のジブ・アームを伸ばし、コンスタンツェを直接捉まえようとしたものの、はっと気付いて躊躇った。ジブ・アームの先端は指肢構造になっているが、所詮は重機のグラップルだ。人や生物を掴めるような、繊細で柔軟な構造も触圧フィードバック機構も備えていない。
力加減が利くとは言え、微妙な感触は量り得ないため、少しでも間違えばコンスタンツェを潰しかねない。その上、指肢自体は角も取っていない鋼が剥き出しなので、コンスタンツェの柔肌が当たっただけで痣になるどころか、怪我を負わせ兼ねない。それに何より、ヴァルキュリャ(冥導の女神)の如きコンスタンツェに差し出す手にしては、余りにも武骨無粋すぎる。
流れるコンスタンツェの体を両側から庇護するように、シャヴィはバーニアン(操重機艇)の腕肢を少し間を空けてそっと伸ばし上げた。コンスタンツェは直ぐ横に突き出されたバーニアン(操重機艇)の指肢を掴もうと、必死に手を伸ばす。僅かに届かないコンスタンツェに、シャヴィは直接その手で捉まえようと、ドライバーズ・シート(運転席)から立ち上がった。伸ばしたジブ・アームを渡りに、コンスタンツェへ自らの手を差し出そうとした、その矢庭。
「マイ・ロード(我が殿)! 下ですッ! 気を付けてッ!」
轟くコンスタンツェの叫び声に、シャヴィが咄嗟に下を見る。
ベロア地も上品な、モスグリーンの軍服を纏うトラニオウが歯も剥き出しに、フォノンメーザー・ソード(電磁剣)の切っ先を突き上げながら、スラスター(噴射器)を噴かせ、真っ直ぐ向かって来ていた。咄嗟に身を仰け反らせたシャヴィの眼前を、稼動音に唸りを上げるフォノンメーザー・ソード(電磁剣)が掠め、バーニアン(操重機艇)の両ジブ・アームの間を、トラニオウが上へ飛び抜ける。シャヴィが、躱したと思った矢庭、擦り抜けざまトラニオウが刃筋をシャヴィ向かって下へ薙ぎった。
「──シャヴィ・・・ッ!」
コンスタンツェから、悲鳴にも似た叫びが上がる。
再び斬撃を食らったシャヴィの胸元から、飛び散る鮮血が玉となって宙を踊った。痺れるような痛みに顔を歪めるシャヴィが、それでも腰のベルトに差していた大型ボルトクリッパーに手を掛ける。
ボルトクリッパーは、プライヤを大きく厳つくしたような、番線やチェーンなどを挟んで切断する工具だ。シャヴィが見つけ出したボルトクリッパーは特に大型で、柄のようなハンドル(持ち手)が80センチ以上あり、トラニオウの振り回すフォノンメーザー・ソード(電磁剣)の倍以上の重さがある。
切り捨て御免とばかりに通り過ぎたトラニオウが、見上げるシャヴィの頭上でスラスター(噴射器)を操って体の向きを変えていた。
「──小癪な狼藉者が・・・ッ!」
決着の一撃をなかなか見舞えず、すっかり逆上せ上がったトラニオウが、刺突の切っ先をシャヴィ向けて襲い掛かる。
ンなろめッ、と悪態を吐くシャヴィがジブ・アームを蹴飛ばして、コックピット(操縦席)の方へと跳ねる。ドライバーズ・シート(運転席)に取り付いたと思ったら、直ぐさま身を屈めて背凭れを蹴飛ばし、トラニオウ目掛けて飛び掛かった。
擦れ違いざま、薙ぎるトラニオウのフォノンメーザー・ソード(電磁剣)と、振り上げるシャヴィの大型ボルトクリッパーが、音を立てて打つかり合う。フォノンメーザーのコヒーレント振動で火花が散り、弾けるような破裂音が耳を聾する。
頑丈さにおいては、工具であるボルトクリッパーの方に分がある。
だがウェイトレスネス(無重量環境)での鍔迫り合いは、言うほど簡単ではない。踏ん張りが利かない、足場のない状態で衝突すれば、当たり前だが反作用で互いにあらぬ方向へと弾かれる事になる。
体重ではトラニオウに劣るシャヴィが、互いの得物が当たった反動で、再びバーニアン(操重機艇)のコックピット(操縦席)の方へと勢いよく跳ね返される。
一方のトラニオウは、シャヴィほど派手には弾かれなかったが、それでも煽りを食って体勢が仰け反ってしまうのは避けられなかった。ボルトクリッパーの打撃で少しばかり撓んだ剣を握るトラニオウが、まるで床に落ちていたバナナの皮を踏んで転ぶように体勢を崩し、バーニアン(操重機艇)のジブ・アームに背中から叩き付けられる。
派手なもんどりを打つトラニオウに、シャヴィが再びドライバーズ・シート(運転席)の背凭れを蹴飛ばすと、間髪入れずトラニオウの方へと取って返す。
巨躯を弾かれたトラニオウが、態勢を立て直そうと妙な回転をしながら宙を漂宙う。トラニオウ向かって飛び掛かったシャヴィは、手を付くジブ・アームを支えにして、体をバネのように伸ばしながら、トラニオウの脇腹を蹴り飛ばした。
トラニオウがひっくり返るように仰け反って、再びジブ・アームへ再び獅噛み付いたシャヴィが、身を翻すなり手にしていた大型ボルトクリッパーを、トラニオウ目掛けて投げ付けた。
向かって来るボルトクリッパーに、トラニオウが思わず目を瞠り、避けようとしたが遅かった。ぐるんぐるんと回転するボルトクリッパーの先端が、トラニオウの頑丈そうな顎を直撃した。ぐしゃっと言う鈍い音と同時に、トラニオウの呻きが上がった。
顎から頬に掛けて、ざっくり切れた傷口から鮮血が飛び散って、トラニオウの顔面が真っ赤に染まる。完全に気を失っているトラニオウは、僅かに顎が変形していて、下顎の骨折は免れない。
「脳味噌ぶち撒けなかっただけ感謝しろッ!」
肩で息をするシャヴィが捨て台詞を投げ付け、直ぐさまコンスタンツェの方へと身を翻す。
「──さすがマイ・ロード(我が殿)・・・!」
愉快そうに顔を綻ばせたコンスタンツェが、両腕を広げてシャヴィを待ち構える。コンスタンツェは右手に聖剣レプラコーンを掴み、翼飾りのディアデム(飾り冠)は左の二の腕に通していた。
「あの罰当たりトラニオウを、完膚無きまでに打ち倒せるとは、好い気味です」
「良いところなしの、ベンジャミン・ブラッディ(血塗れ)・ブラドックだよ、ミズ・ロビンソン」
ジブ・アームに手を掛けたシャヴィが、コンスタンツェの左手を取る。引き寄せられたコンスタンツェは首筋に獅噛み付きながら、何の躊躇いもなくシャヴィの唇を自らの紅唇で塞いだ。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




