Act.7 ヴェネツィアへ花嫁衣装を強盗に・6
「スタンツィ! 眩しいぞッ! 目を閉じてろッ!」
撃って空になった信号弾発射器を投げ捨てながら、シャヴィが叫ぶ。同時にバーニアン(操重機艇)のスラスター・スティックを抉じって、ブースト・ペダルを踏み込んだ。
トラニオウが咄嗟に、介添えのために脇に居たボラード(繋留員)へ、着けている圧搾空気スラスター(噴射器)を寄越せ、と手を伸ばした矢先。
シャヴィが放った信号弾が、トラニオウのすぐ傍を掠め過ぎる。
後ろのネットに当たった信号弾が、勢い良く跳ね上がった。ボラード(繋留員)の圧搾空気スラスター(噴射器)を、トラニオウが強引に奪い取る。その矢庭、跳ねた信号弾がトラニオウの前方上で光爆した。
目が焼け付くような、強烈な爍きが周囲を覆い尽くす。
信号弾は、宙空間での救難信号として使用する事を前提にしており、発砲後にサバイバー(要救護者)から離れすぎて発光すると発見が遅れるため、遠くまで飛ばない弾速に押さえてある。サバイバー(要救護者)との安全距離を確保するため遅延信管を採用してあり、照明弾効果は10秒ほど。発光はマグネシウムの還元反応を用いており、酸素の無い宙空間や水中でも使用可能だ。
信号弾の激しい光爆を背にしながら、シャヴィが操るバーニアン(操重機艇)が、畝るように方向を変える。その目と鼻の先、コンスタンツェを背に乗せたクーガの黒い巨躯が、信号弾の強烈な爍きに深い陰影を落としながら向かって来ていた。
「──シャヴィ・マイ・ロード(我が殿)・・・ッ!」
背に乗っているコンスタンツェが、あらぬ方向を向いたまま名を叫ぶ。
「スタンツィ! そのままクーガに獅噛み付いてろ!」
有らん限りの大声で、シャヴィが怒鳴り返した。コンスタンツェは、正面で炸裂した信号弾の眩しさに顔を背け、目を瞑っていた。
「クーガッ! お前も、しっかり獅噛み付けよ!」
シャヴィが僅かに制動を掛けながら、クーガの進路を遮るように相対する。
クーガの光学システムには、オーバー・カレント(過入力)へのフォルト・トレラント(機能障害回避)が組み込まれてあるので、ヒューマノイピクス(人間)の肉眼のように、眩しくて視界が利かなくなる事はない。
クーガの左前肢が、バーニアン(操重機艇)後部の格子状キャリング・パネルに当たると同時に、鎌爪を起き立てて引っ掛ける。クーガが当たった少しばかり強い衝撃に、バーニアン(操重機艇)の艇体が振られ、背に乗っていたコンスタンツェの体も浮き上がる。コクピット(操縦席)で咄嗟に立ち上がったシャヴィが振り返りざま、シートを蹴飛ばしコンスタンツェに手を伸ばす。
投げ出され掛かったコンスタンツェの、ふわりと空気を孕んだシャツの前身頃を、シャヴィの伸ばした左手が引っ掛けるように掴み取る。シャヴィはそのままコンスタンツェの華奢な体を引き寄せながら、自らの体をコンスタンツェの下へ滑り込ませ、コンスタンツェを後ろから抱き締めた。
「──スタンツィ! 遅くなったッ!」
「──シャヴィ・マイ・ロード(我が殿)・・・!」
嬉しそうな声を上げるコンスタンツェの、その緩やかな双丘に腕を回しながら抱え込むと、シャヴィがクーガの肩口をちょんと蹴飛ばした。オッド・パーン(半端な宇宙船乗り)とマデルーク王女は、宛ら性行為中の後背位のような格好で、再びバーニアン(操重機艇)のコックピット(操縦席)へと辿り着く。その背後で出し抜けに、信号弾の発光が止んだ。
「座ってろッ! スタンツィ!」
シャヴィにドライバーズ・シート(運転席)へ押し込まれ、何故か頬を染めるコンスタンツェが咄嗟に、はい、と素直に答える。
「クーガ! まだ放すなよッ!」
疾風迅雷、言うが早いか、シートの背凭れを掴みながら、シャヴィが腰の十字レンチ2本を掴み取る。
斜め下に見えるラ・ベデュータのエアロック・ハッチ(気密隔室外扉)脇では、漸く治まった目も眩む閃光に、クルー(乗艦員)2人が背けて腰を折り、盛んに目を瞬かせていた。シャヴィは手にした十字レンチを、そのクルー(乗艦員)目掛けて1投2投した。
まだ視力が戻っていないのか、クルー(乗艦員)2人は、飛んで来るレンチが全く目に入っていなかった。パーム・スピナー(掌擲刃)のように回転する十字レンチが、ウェイトレスネス(無重量環境)で勢いを殺がれないまま、無防備な2人に襲い掛かった。
ドスッともボキッとも付かない鈍い音がして、クルー(乗艦員)2人が悲鳴を上げて体を仰け反らせ、血反吐を吐いて宙に舞う。
もう1人の女のボラード(繋留員)は、治まった眩しさに薄目を開けた矢庭、間近に居たクルー(乗艦員)がいきなり悲鳴を上げて打ち倒されたものだから、何が起こったのか全く理解できず、反射的に背を向け頭を抱えたまま身を縮こめていた。
シャヴィは背負ったマニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)を放り出し、コンスタンツェの頭越し、コンスタンツェの両腿の上に乗るようにして、ドライバーズ・シート(運転席)へ飛び込んだ。
「必ず、必ずや来てくれると、某は固く信じていました・・・!」
視界を塞ぐシャヴィの大きな背に、今度はコンスタンツェが後ろから、回した両腕ではしたなくも獅噛み付く。
「喜ぶのはまだ早いぞ、スタンツィ!」
シャヴィが、自分の背とシートの間に挟まるコンスタンツェに、その剛健な体を遠慮なく押し付ける。
「──此処を逃げ果せたら、その時こそ褒美の清きキスを!」
行くぞッ、と声を上げたシャヴィが、同時にバーニアン(操重機艇)のスラスター(噴射器)を噴かせ、コンスタンツェたちが出て来たラ・ベデュータのエアロック(気密隔室)口へと向きを変える。不意の加速ガルに、シャヴィの背でシートに圧し潰されたコンスタンツェが、キャン、と似合わない悲鳴を上げた。
「勿論、勿論ですとも・・・!」それでもコンスタンツェは嬉しそうに、愛しそうに、紅潮したその頬をシャヴィの背に擦り付ける。「唇とは言わず、シャヴィの望む場所に、キスの嵐を見舞って差し上げます!」
シャヴィがコックピット(操縦席)脇の、ジブ・アーム操作用のコントロール・レバーに手を掛ける。
バーニアン(操重機艇)のジブ・アームはマスタースレイブ制御と違い、コックピット(操縦席)に備わっている、ジョイスティックが付属したコントロール・レバーを使って操作する。握ったジョイスティックとコントロール・レバー全体を動かす事で、バーニアン(操重機艇)の制御システムが、操縦者の腕全体の挙動をアーム可動に変換する。
「クーガ! 先にエアロック(気密隔室)へ飛び込めッ!」
シャヴィの怒鳴り声と同時に、格子状キャリング・パネルに引っ掛けていた前肢の爪を引っ込めたクーガが、バーニアン(操重機艇)から離れた。バーニアン(操重機艇)が突き出した両ジブ・アームが、ラ・ベデュータのエアロック(気密隔室)口の左右へ手を付くように接触し、クーガがキャリング・パネルを蹴り出すと、スラスター(噴射器)を噴かせて向きを変える。
ジェット・ベロシティ(噴射速度)の遅いスラスト(噴射)が、バーニアン(操重機艇)から自動的に噴け上がり、弾かれて艇体が離れるのを防ぐ。コックピット(操縦席)の横合いを抜たクーガが、バーニアン(操重機艇)のジブ・アームを足掛かりに、ラ・ベデュータのエアロック(気密隔室)口上部に飛び付いた。かと思ったら、クーガは直ぐさま蹴飛ばして、バーニアン(操重機艇)のコックピット(操縦席)背後のエンジン上部へ一旦飛び戻り、そこから反動を利用して猫のように身を捩ると取って返し、今度こそはエアロック(気密隔室)口から中へと飛び込んだ。
頭上をクーガが飛び抜けると同時に、身を翻したシャヴィがコンスタンツェに手を差し伸べる。
「スタンツィ! 艦に戻るぞッ! こんな所はおさらばだッ!」
「何処へなりと、何処までも!」
抱え上げられたコンスタンツェが、シャヴィにその尻に手を掛けられ、エアロック(気密隔室)口の方へと押し出されようとした矢庭。シャヴィが背後から迫る気配に気付くのと、コンスタンツェが声を上げるのが同時だった。
「──マイ・ロード(我が殿)・・・!」
咄嗟に身を丸めたコンスタンツェが、その両足でシャヴィの腹を蹴り飛ばす。
「──この狼藉者が・・・ッ!」
圧搾空気スラスター(噴射器)を背負ったトラニオウが、バーニアン(操重機艇)の格子状キャリング・パネルの縁を蹴飛ばし、切っ先を向けて襲い掛かって来ていた。
コンスタンツェに蹴り出されたシャヴィが、ラ・ベデュータの方へ流される。が、蹴飛ばしたコンスタンツェ自身も反動で上方へ弾かれ飛ばされた。その割って空いた僅かな2人の隙に、トラニオウが突っ込む。
寸前、逃げられた獲物を追うように、身を捩ったトラニオウが長い腕で切っ先を薙ぎる。宙を泳ぐシャヴィの体を掠めるように、フォノンメーザー・ソード(電磁剣)の切っ先が逐った。着ていた柑子色の作業服の前身頃が切り裂かれ、切っ先が掠めた胸に痛みが走って、鮮血が飛び散った。
★Act.7 ヴェネツィアへ花嫁衣装を強盗に・6/次Act.7 ヴェネツィアへ花嫁衣装を強盗に・7
written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




