Act.7 ヴェネツィアへ花嫁衣装を強盗に・5
「ですが誠に僭越ながら、エアロック(気密隔室)から先は私が露払いに、前に出させて頂きます。殿下には改めて声を掛けさせて頂きますので、どうぞ出られるのはそのタイミングで」
「それは、某への気遣い、と解釈して良いのだな?」
「御意」
コンスタンツェからの尖り声に、トラニオウが短く返事する。
シャヴィが目で追っていたバーニアン(操重機艇)が、ちょこちょこっとスラスター(推進器)を吹かせていた。艇体が張られたランヤード(命綱)の中央辺りの1メートル下がった位置で、ランヤード(命綱)から5メートルほど距離を置き、浮かぶように静止する。
と同時に、インカム(艦内通話機)に声を上げたシャヴィが、思い切って身を翻し、圧搾空気スラスター(噴射器)をそっと噴かす。
「──良いか、クーガ」
静止しているバーニアン(操重機艇)に対し、シャヴィは下から潜り込むようにしてコックピット(操縦席)からの死角を突き、艇体の背後へ隠れるように取り付く。
「今度もコンスタンツェを、お前の背に乗せるんだ。スタンツィを1人で出すな」
ワォンと力強いクーガの一哮えが返って来て、クーガ、と少し訝るコンスタンツェの声が遠耳に伝わって来た。
「──また背に乗れと申すか、其方」
コンスタンツェの声が聞こえ、クーガが答えるように一哮えする。
「さては、頭の狂れた驢馬が、某の無防備な尻を覗きに来ておるのは、確かに間違いないようだな」
くくく、と今にも噴飯しそうなコンスタンツェの含み笑いが、漏れ聞こえて来る。クーガは今回も上手くコンスタンツェに示唆できたようだが、それを察するコンスタンツェの頭の回転の良さには、ほとほと感嘆する。
それでは私が先に、と言うトラニオウの声がして、エアロック(気密隔室)へ通じる扉の開く音が、微かに漏れ聞こえて来た。
「まだ、エアロック(気密隔室)には入るなよ、クーガ」
“運命は自分の魂の中にある──そう言ったのは、誰だっけな・・・”
自己弁護な考え方かも知れないが、これがその運命って奴なのかも知れない──そんな思いを抱きながら、シャヴィがそっとカーゴベッド(荷台)・パネルに手を掛けて身を起こすと、改めて周囲を窺う。
ラ・ベデュータのエアロック・ハッチ(気密隔室外扉)は、まだ開いていなかった。
ハッチ(外扉)脇には女性のボラード(繋留員)が1人、プリヴェント・ネット(離漂防止網)の前には介添えのためのボラード(繋留員)が男女2人に宙に浮いている。
一方メルヒオールとその従者らしい2人はと言えば、リフト棟のボーディング・デッキ(乗艦甲板)で、ハッチ(外扉)が開くのを今か今かと身動ぎもせず待ち侘びていた。
「──良いか、クーガ」
インカム(艦内通話機)へ、囁くように声を上げながら、バーニアン(操重機艇)のコックピット(操縦席)背後にある核融合電磁励起エンジンの裏へと、シャヴィがへばり付く。
「スタンツィを乗せて飛び出すのは、俺が合図してからだ」
核融合電磁励起エンジンのキャビネットは、コックピット(操縦席)真後ろの視界を遮るように据えられているため、コックピット(操縦席)に居る2人の搭乗者からは、潜むシャヴィは完全に死角になっている。
シャヴィが、タック・ホルダー(工具差し)に差してあった、チェーンレンチを掴み取りながら、そっと顔を覗かせた矢庭、ラ・ベデュータのエアロック・ハッチ(気密隔室外扉)が開いた。
先頭切って出て来たのは、ダークグレイにペールブルーのパイピング(飾り縫縁)の制服を着た士官2人だった。グガランナのランチ・デッキ(装載艇甲板)で乗艦するのを目にした、宇宙艦ラ・ベデュータのスキッパー(艦長)とパイロット(操艦担当)だ。ラ・ベデュータの2人が、エアロック・ハッチ(気密隔室外扉)口の左右両脇に分かれると、その場で宙に浮きながら待機する。
それに続き、エアロック(気密隔室)奥から、一際巨きな体躯の人影が姿を見せる。
モスグリーンにオレンジのパイピング(飾り縫縁)も鮮やかな軍服を、堂々と着こなす姿が印象的だった。2メートルを超える偉丈夫に、シャヴィは直ぐさま、トラニオウ・プルンチットだと直感した。
「クーガ、お前が飛び出したら、正面からバーニアン(操重機艇)が1艇向かって来ている筈だが、操縦しているのは俺だ」気を昂らせたシャヴィが早口に捲し立て、行動を起こそうと身構える。「俺と擦れ違いざま回頭して、バーニアン(操重機艇)のカーゴベッド(荷台)に獅噛み付くんだ」
シャヴィがじっと凝視する先、巨躯を少しばかり折ったトラニオウが、一瞬後ろを振り返ってから、エアロック(気密隔室)口のシルフレーム(敷居)を蹴飛ばした。同時に、エアロック(気密隔室)口の脇に居たラ・ベデュータの士官乗組員が、軽く敬礼する。
トラニオウが歩くほど速度で、斜め上方のプリヴェント・ネット(離漂防止網)が展開するパッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)へ向かって、ゼロ・グラビティ(無重力)の中を音もなく昇るように遊弋する。
シャヴィがちらりと、エアロック(気密隔室)の方を見遣った。
角度的には室内を奥まで見通せなかったが、コンスタンツェを乗せている筈のクーガが、エアロック(気密隔室)内に居る気配はしない。指示を守ってエアロック(気密隔室)内には飛び込んでおらず、まだウェイト・デッキ(有重量環境区画)側に居るらしい。
バーニアン(操重機艇)のドライバー(操縦者)は、下から上がって来るトラニオウを、コックピット(操縦席)から首を突き出して見ていた。
そのトラニオウが、5メートルほど前方、シャヴィの潜むバーニアン(操重機艇)の前を、斜め上へと漂宙い過ぎた刹那。
一呼吸だけ間を置いたシャヴィが、離れていくトラニオウの巨きな背を横目に見ながらエンジン・キャビネット上に乗り上がる。シャヴィは間髪入れず、バーニアン(操重機艇)のドライバー(操縦者)の首を目掛け、チェーンレンチをウィップ(鞭)のように振り回した。
チェーンレンチはその名の通り、チェーンを巻き付けて太い配管などを締め付ける工具だ。長さは約70センチのチェーンが、虚を突かれたバーニアン(操重機艇)のドライバー(操縦者)の首に巻き付いた。
シャヴィは戻って来たチェーンの端を左手で掴むと、腕を交差させて羽交い締めにする。声も出せないドライバー(操縦者)は、ハーネスを締めていたので体が抜けず、ただただ藻掻き苦しむ。
ラ・ベデュータのエアロック(気密隔室)口付近からは見上げる角度になっているため、ラ・ベデュータ側からはバーニアン(操重機艇)のコックピット(操縦席)に座るドライバー(操縦者)の姿は直接には見えない。斜め上方に位置する、プリヴェント・ネット(離漂防止網)脇に控える2人のボラード(繋留員)も、目の前から向かって来るトラニオウに気を取られ、バーニアン(操重機艇)のドライバー(操縦者)がシャヴィに襲われている事に気付いていない。
更にシャヴィは、バーニアン(操重機艇)の艇体を足掛かりにして仰け反るように身を反らし、ドライバー(操縦者)の首を絞め上げた。絞首刑の囚人みたいに首を釣り上げられ、激しく抵抗していたドライバー(操縦者)の動きが、5秒と経たずいきなり失くなった。
「──良いぞ、クーガ。コンスタンツェを連れ出せ!」
ほっと息を吐く間も無く、シャヴィはインカム(艦内通話機)に声を上げ、ドライバー(操縦者)の前に回り込む。ワォンと哮えるクーガの声を耳にしながら、完全に失神しているドライバー(操縦者)の体を留めているハーネスを解く。
何時でも構わぬぞ、クーガ、というコンスタンツェの声がイヤフォン(聴声器)に届く。出て来る気配のマデルーク王女に、その場に居合わせる全員の視線が集まる。バーニアン(操重機艇)のドライバー(操縦者)を放り出し、シャヴィがドライバーズ・シート(運転席)に収まった矢庭。
「──其所のバーニアン(操重機艇)に居る奴・・・ッ!」
威圧感のある怒鳴り声だった。
シャヴィが横目を走らせる視界の端、此方を睨み上げて来ている、パッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)先端に展開しているプリヴェント・ネット(離漂防止網)に手を掛けたトラニオウの姿があった。
反射的に舌打ちしたシャヴィが、咄嗟に銃式信号弾発射器を取り上げる。
刹那、大きな獣の背に座った、マデルークの王女たるヴァルキュリャ(冥導の女神)が、軽やかにウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪を靡かせながら、ラ・ベデュータのエアロック(気密隔室)口から飛び出して来た。サイドサドル(横乗り)で体を預けているコンスタンツェは、右手をクーガの首に回し、左腕にディアデム(飾り冠)を通して剣を掴んでいた。
シャヴィが信号弾発射器のトリガー(引金)を絞るのと、シャヴィを見咎めたトラニオウが身を翻すのが同時だった。拳ほどの大きさの信号弾が、シュッボッとくぐもった発射音を伴って、トラニオウ目掛けて発射される。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




