Act.7 ヴェネツィアへ花嫁衣装を強盗に・4
後ろで束ねた山鳩色の長い髪が、ゼロ・グラビティ(無重力)に重苦しそうに乱れ、上背ならシャヴィより6、7センチは高い。黒のシングル・ツーピース・スーツに、ダル・シルバー(鈍銀)のハイネック・ニットカットソー。一目では携銃している訳でも、佩剣している訳でもないのに、妙に殺気立っていて隙がない。丸腰に見えて、恐らく懐にはナイフの1本も隠している。どう見ても、前に立つメルヒオールと推断したアーリーティーン(若齢十代前半)の護衛だ。
シャヴィが直接知る由もないが、その勘通り、コンスタンツェの初夜の閨に乱入して来た、メルヒオール腹心のステフ・スナウトだった。
“──メルヒオールはコンスタンツェの意に反し、間違いなくマデルークへ連れ戻そうとするだろうな・・・”
此処で遇ったが百年目、あの“ゾダンガのサブ・サン”殿下が、ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪の美姫をあっさり諦めるような真似をするとは思えない。然も嫌そうに話すコンスタンツェを、シャヴィは思い出した。
そうなれば、コンスタンツェが籠の鳥以下の扱いを受けるのは、火を見るより明らかだ。しかも自身には、国王殺害の嫌疑が掛けられていると来ている。生殺与奪、そしてその身の自由すら、コンスタンツェは失ってしまい兼ねない。
“あの若造殿下が、マデルークとして我を通して来ても──”
考えを巡らせながら、シャヴィは音もなく艦橋楼にそっと取り付く。
艦橋楼の側面に設けられた幾つかの小さな窓から、ブリッジ(艦橋)内をそっと窺う。この宇宙艦ラ・ベデュータは元来小さな艦容なので、ブリッジ(艦橋)もキャプテン・シートの周囲にコンソール(制御卓)ユニットが3つあるだけで、然して大きくない。乗艦の際に見掛けたクルー(乗艦員)は2人だが、ラ・ベデュータのブリッジ(艦橋)内に人影は無かった。
不意に、此処で暫くお待ち下さい、との声が、耳に挿していたイヤフォン(聴声器)から漏れ聞こえて来た。続いて、この先はエアロック(気密隔室)ですが、ウェイトレス・デッキ(無重量環境区画)ですのでご注意を、と言うトラニオウの声がした。
どうやらアショア(下艦)の準備が出来たのだろう、コンスタンツェがコンスタンツェがボーディング(乗艦)用のエアロック(気密隔室)へ案内されたようだ。ガルビオンのランチ・デッキ(装載艇甲板)で、コンスタンツェがラ・ベデュータに乗り込むのを見ているので、ボーディング・ハッチ(乗機口)の位置は分かっている。
シャヴィは艦橋楼の外鈑伝いに、スターボード・サイド(右舷)の方へと身を翻した。
“──再従姉妹であるファラ王女は、ウェスデンの王室としてスタンツィを保護するように、本当に動いてくれるのだろうか・・・?”
ふと馳せた思いに、少しばかりの猜疑が浮き上がり、シャヴィの胸中に小さな不安の影を落とす。
“国益が掛かる会談の場面で、お互い──特にウェスデン王女は、私情を持ち込めないかも知れない・・・”
何しろ当のコンスタンツェは、望む望まぬに拘わらず、ファラ王女のウェスデンと対立するマデルークの立場で、メルヒオールと一緒に会談に臨まなければならない。こればかりは会談の内容と成り行き、落とし所に関わるが、会談が悪い方向へ拗れた場合、コンスタンツェが保護を望んでも、ウェスデン王室側が拒否するかも知れない。
シャヴィは宇宙艦ラ・ベデュータのフィールド(繰り込み摂動場)発生装置越しから、250メートルほど離れた隣のウォーフ(着埠)を見遣った。
“──それこそ、メルヒオールの思う壷、だな・・・”
ウェスデン王室から保護を拒絶されたら、コンスタンツェの亡命は断念せざるを得ない。そうなればコンスタンツェは、あのマデルーク王室クレスト(紋章)の付いた、死んだ栗鼠のような宇宙艦に乗せられて帰国させられる羽目になる。必然的にコンスタンツェは、帰国するまでの間はメルヒオールの庇護下に、このグガランナに留め置かれる事になる。
それでも手を差し伸べる事に変わりはないが、監視も護衛も厳重になって、無鉄砲を自認するシャヴィでも、ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪の姫君を連れ出すのは容易ではなくなる。
何しろインクルーデッド・バース・ファシリティ(内包型着埠施設)を設備している程の衛星基地だ。さっきまで居たガルビオンとか言う戦闘宇宙艦も相当に巨大だが、此方は施設の機能上、それとは比較にならないほど巨大で広そうだ。クーガを随わせているとは言え、コンスタンツェを探し出した上、遁走機材を確保するのも簡単ではなないだろう。
メルヒオールと一緒に帰国させられる間際、待ち伏せして行動を起こす手もあるが、相当に危険を伴う。何しろマデルークの王子殿下と王女殿下が一緒に乗り込まれるのだ、見送りの儀仗が1個小隊くらいは付きそうだ。いくら儀仗のための兵とは言え、相手は軍兵だ。多勢に無勢、勝ち目は非常に薄い。
ホワットエヴァ・エニウェア(何があっても何処までも)──コンスタンツェの寄越したその一文が、不思議とシャヴィの心を酷く深く打つ。
“何にしても宇宙艦ラ・ベデュータに、ずっと潜んでいる訳にも行かない”
となれば矢張り会談の前に、スタンツィを奪い返すしかない──それは即ち、今、だ。
ドライブ(操艦)担当のクルー(乗艦員)2人がブリッジ(艦橋)に居ないのは、アンカリング(泊港)作業が終了したので、コンスタンツェとトラニオウの下艦に際して見送りに降りているのだろう。となれば、ブリッジ(艦橋)は蛻の殻になっている筈だ。
上手く立ち回れば、コンスタンツェを掻っ攫ってそのままラ・ベデュータへ逃げ込める。トラニオウを始めクルー(乗組員)を艦外に締め出して、開いているエアロック(気密隔室)を閉じてしまえば、アンカー・リリース(離埠)のための時間は充分に稼げる。ロックを掛ければ、艦内からメーデー(救難事態宣言)でも発しない限り、エアロック・ハッチ(気密隔室外扉)は外からは開けられない。
それに何より宇宙艦ラ・ベデュータはトラニオウ専用艦だけあって、艦容の大きさの割にプラズマ・ブラスターを武装している。万が一の場合、インクルーデッド・バース・ファシリティ(内包型着埠施設)の出入り口にある気密シャッターを、叩ち破る必要が出て来るからだ。
ダイアフラム(捻り絞り開閉式)の気密シャッターは硬質レジン(重合樹脂)製で、バース(港施設)内のエアプルーフ(気密)を維持するだけの、言わばぺらぺらの仕切り機能だけなので、防弾抗弾効果は皆無だ。宇宙艦ラ・ベデュータの艦砲の出力が如何ほどだろうが、充分にぶち抜ける。それに艦砲射撃が上手く行かなくても、数発を被弾させれば強度が落ちて、最大推力で艦体ごと叩ち当たってしまえば、気密シャッターを確実に突破できる。
決意を固めたシャヴィが、行動のために小さく移動する。
ラ・ベデュータ艦体右舷側の外鈑と、フィールド(繰り込み摂動場)発生装置との隙間へ、潜むように身を隠したシャヴィが、フィールド(繰り込み摂動場)発生装置のカラム(支柱)越しに頭を覗かせ、そっと周囲を見回す。
ラ・ベデュータのバウ(艦首)脇とスターン(艦尾)脇には、ウォーフ(着埠)位置を明示するマーシャリング(管制誘導)用のビーコン・ライン(電波導標索)が浮いている。圧搾空気スラスター(噴射器)を携えた数人のボラード(繋留員)が動き回って、プリヴェント・ネット(離漂防止網)が展開するパッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)先端とエアロック・ハッチ(気密隔室外扉)の間に、ランヤード(命綱)を張ろうとしていた。
パッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)先端は、ラ・ベデュータのエアロック・ハッチ(気密隔室外扉)の15メートル上の位置にあるので、ランヤード(命綱)は35度近い角度で張られ、長さは25メートルほどになる。
更に艦尾側の下方からは、ジブ・アームを広げたバーニアン(操重機艇)が、ゆっくりと浮上して来ていた。
この移動衛星基地に配備されているバーニアン(操重機艇)は、ガルビオンが搭載していた宙空間用と違い、標準大気環境が常時維持されるインクルーデッド・バース・ファシリティ(内包型着埠施設)専用の艇体だった。鼠の頭のような形のオープン・コックピット(開放型操縦席)で、両舷に備えたスラスター(推進器)部が何処となくヨーヨーか人力車を思わせる。先端に指肢グラップルを持つ3関節ジブ・アームは、コックピット(操縦席)と円板状スラスター(推進器)部との間から前に突き出している。
艇体後部が一種のカーゴベッド(荷台)になっていて、長さ4メートルほどのフェンスのような格子状のパネルが、立つ壁のように伸びている。ウェイトレスネス(無重量環境)での運用専用なので、荷物を載せると言うよりキャリングロープやビンディング・ストラップ(機材固縛帯)で縛り付けておくためのものだ。
見渡すかぎり、着いているのは何れも施設のムアリング(繋留)担当ばかりで、警固の軍兵の類いは見当たらない。
「──お待たせして申し訳ありません。もう間も無く、エアロック(気密隔室)へ入って頂けます」
これなら出し抜くのも不可能じゃない、と算段するシャヴィのインカム(艦内通話機)に、トラニオウの声が飛び込んで来た。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




