Act.7 ヴェネツィアへ花嫁衣装を強盗に・3
シャヴィはマニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)を背負うと、エアロック(気密隔室)を抜け出た。宙漾い出た先の脇壁にある、ペイロード・ドア(搬出入口外扉)のボード(操作盤)に取り付く。ペイロード(積載庫)内の室温は既に下がり切っていて、肌寒いを通り越して震え上がるほどだ。
シャヴィが、静かな周囲に気を澄ませる。
特段に大きなモーメント(慣性力)を感じないので、宇宙艦ラ・ベデュータ自体は既に入港していると思われる。まだコンスタンツェが居るエアロック(気密隔室)のハッチ(外扉)が開いた気配がないので、今は港湾側のアンカリング(投錨)作業への待機中らしい。
ペイロード・ドア(搬出入口外扉)の開閉スイッチを、シャヴィがそっと押し込む。
油圧ダンパーが稼動する音が立って、ペイロード・ゲート(搬出入口)のバイフォルディング・ドア(二枚折れ扉)が少しずつ開き始める。ブリッジ(艦橋)側でも開扉したのは確認できるため、悠長にはしていられない。
ペイロード・ドア(搬出入口外扉)が、体2つ分ほど擦り抜けられるくらいに開いたところで、開扉を止める。周囲の空気の流れを肌で感じながら、気圧差による漏出がない事を改めて確認すると、シャヴィは壁を蹴った。
ペイロード・ゲート(搬出入口)の隙間から、そっと頭を覗かせる。
何処からか、怒鳴り声に近い掛け合いが聞こえて来るが、見回す限り人影はない。50メートルほど下には迎賓用と思われるオープン・エプロン(屋外駐機場)ような広場と、屋上が港湾作業用機材の駐機場になった1階建ての棟屋が見えていた。
ペイロード・ゲート(搬出入口)を抜け出したシャヴィは、内洋航行用主機のフェルミオン対消滅推進エンジン外殻に沿いながら、艦尾の方へと漂宙う。
ラ・ベデュータ艦尾最後端から体を浮かび上がらせたシャヴィが、改めて周囲を見渡した。インクルーデッド・バース・ファシリティ(内包型着埠施設)へ入港したのは、シャヴィにとっては初めてで不思議な光景だった。
内径500メートルはあろうかと言う、巨大な円筒内側に作られた港湾設備。これだけの大掛かりなファシリティ(施設)を備えていると言う事は、このグガランナは相当に馬鹿でかい。前方と後方に見える入出港口は、直径200メートル。エアタイト・スタンピング(気密防漏隔渠)を挟んで前後に、このインクルーデッド・バース・ファシリティ(内包型着埠施設)のエアプルーフ(気密)を維持している気密シャッターがある。
港口側の気密シャッターは開き切っているが、奥側の方は閉じていて、12枚の三日月型羽根で構成された、硬質レジン(重合樹脂)製のダイアフラム(捻り絞り開閉式)・気密シャッターが見えていた。
頭上へ顔を向けると、巨きな円筒をしたインクルーデッド・バース・ファシリティ(内包型着埠施設)の対角線反対側のウォーフ(埠頭)に、アイスシルバー(白銀)の艦船が姿が見えた。何処となく優雅さを纏った、150メートル級の特徴的なツイン・ハル(双艦体)をした宇宙艦は、ラ・ベデュータに一足遅く入港したようで、こちらでもウォーフ(着埠)の準備が始まっていた。
両舷にあるリノーマライズド・パータベーション・フィールド(繰り込み摂動場)発生装置には、クレスト(紋章)らしき装飾が描かれているのだが、この角度からだとデザインが良く判らない。雰囲気からすると、ヒイェラ国籍船舶とは明らかに違う。
“──と言う事は、多分ウェスデン側の艦だな・・・”
コンスタンツェとトラニオウ・プルンチットの会話からだと、此処で設けられる会談に際しウェスデン側から代表に立って来るのは、現王室のファラ王女の筈だ。
ファラ王女は、同い年の再従姉妹だとコンスタンツェは言っていたが、反りが合わないとも言っていた。想像するにコンスタンツェとは正反対の、物腰も柔らかで淑やかな姫か、愛想は良いが腹の中が真っ黒な性悪姫のような気がする。
その優雅そうなツイン・ハル(双艦体)の宇宙艦とは別に、ラ・ベデュータ右舷側の250メートルほど離れた隣のウォーフ(埠頭)にも1隻、200メートル級の外洋宇宙艦がアンカリング(泊港)していた。
ブルーゴールドの船体にマルーンとブラックの、恐ろしく下品な装飾塗装が施され、何となく死んだ齧歯類を思わせる艦容で、舷側の外洋航行用のリノーマライズド・パータベーション・フィールド(繰り込み摂動場)発生装置には、タレット(尖塔)と蛇を象ったクレスト(紋章)が張り付いていた。
“──ならあっちが、メルヒオールとか言う、殿下さまの艦、か・・・”
シャヴィが思わず顔を顰める。
冗談にしろコンスタンツェが、叩き斬らせろ、とまで口にし、触られたら足が腐り落ちる、と悪し様に毛嫌いしている義弟だ。百万語の言葉を費やし、山のような貢ぎ物を差し出したとて、コンスタンツェが首を縦に振る相手ではない。
そこまで考え至って、不意にシャヴィは気が付いた。
“問題なのは、件の会談が終了した後に、コンスタンツェがどう言う扱いを受けるか、だ・・・”
これから行われるであろうウェスデンとの会談が、どうなるかはシャヴィにも予想が付かないし、そもそも会談の趣旨すら全く見当も付かない。会談自体はウェスデンとマデルーク、それにヒイェラ3国による国家外交枠の事柄であり、一介のオッド・パーン(半端な宇宙船乗り)には全く縁の無い政治の案件だ。当たり前だがシャヴィ自身とて、国際政治に精通している訳でもないし、ましてや興味もなければ関心もない。
だがそのウェスデンは、コンスタンツェが最後の縁と選んだ先だ。
頼みの綱とするウェスデンの国家元首相当、しかもコンスタンツェの再従姉妹が臨席する会談となれば、成り行き次第でコンスタンツェの期待通り、ウェスデン国に保護されて、同国へ同行できる可能性は大きい。
そうなれば、万事快哉の至りだ。コンスタンツェの当初の希望通り、事実上の亡命が叶えば、ウェスデンへ帰国するファラの宇宙艦に同艦するだろうから、シャヴィとしても直前に図々しい同伴者として合流すれば良いだけだ。
そう考えると、矢張り厄介なのは当のスタンツィへ露骨に好意を抱く、メルヒオールとか言う、マデルークの殿下が同席する事だ。
“──何しろ身の毛がよだつほど、言い寄って来ているらしいからな・・・”
周囲を見渡しながらシャヴィが、内洋航行用主機であるフェルミオン対消滅推進エンジンのノズルの背後から、ラ・ベデュータの艦体上面側へと移動する。艦体上面の中央、ぽっこりと浮き出るように造作された、ラ・ベデュータの艦橋楼の方へと漂宙い近付きながら、ラ・ベデュータのスターボード・サイド(右舷)へ首を巡らせる。
高さ50メートルほどの4本のピラー(支柱)に支えられたオープン・シャフト(開放昇降筒坑)のリフト棟が立ち上がっていて、循環式のコンベイ・ハンガー(駆動式吊り把手)が設備された、長さ25メートルのパッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)が、ラ・ベデュータの右船腹へ向けて伸びていた。パッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)の先からラ・ベデュータの艦体までは約20メートルの距離がある。ウェスデンのものと思しきツイン・ハル(双艦体)の宇宙艦とは、進入して来た方向が正反対のため、あちらとは違ってパッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)は、ラ・ベデュータのスターボード・サイド(右舷側)に差し伸べられている。
その伸びるパッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)の袂側、リフト棟のボーディング・デッキ(乗艦甲板)には2人の人影が見えていた。2人とも床にある浮き上がり防止用のフットヒッチに足を掛けている。
手前に立つ人影は、シャヴィよりずっと小柄だが、何やら陰鬱な印象を感じるのは、着ている服装の所為だけではなかった。切れ長の目に青灰の瞳、紫掛かった墨色の癖毛髪。まだ幼さの残る顔付きからして、十代半ばくらいか。
サテン(本繻子)・ブラックのボウカラー・ジャケットに革ベルトを締め、肩に掛けた金と赤の柄シルク・ストールの右端側を右腕に巻き付け、左端側は腰ベルトの下を潜らせてある。デコルテ(胸元)にフリルを配った黒のドレスシャツに、細身のパンツを隙なく着込む。年の割に高級で上品そうな服装だ。
明らかに、この衛星基地に従事しているヒイェラ軍兵ではない。
“──あいつが、メルヒオール、か・・・?”
恐らくは、間違いない──シャヴィは直感的にそう悟った。コンスタンツェが義弟と言っていたから、当人はコンスタンツェより更に年若い筈だ。
その少年とも言ってよい、メルヒオールと思しき人物の後ろに、静かに立っているペロリンガ人が、また明らかに厄介そうな男性だった。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




