Act.7 ヴェネツィアへ花嫁衣装を強盗に・2
「──も・・・もう大丈夫です、シャヴィ」
大きく嘆息したコンスタンツェは、気を入れ替えるように声音を変える。
「どうぞ、某の言葉、愚痴は流れて心底からの感謝の気持ちだけが、シャヴィの御心に届きますように──」
小さく笑む気配がして、コンスタンツェが静かに黙り込んだ。
だが、じっと耳を欹てていた当のシャヴィは、そのコンスタンツェの言葉尻に、勃然と気色ばんだ。
“もう、大丈夫・・・?”
コンスタンツェの、“何か”を知っている訳ではないし、分かっている訳でもない。
“──ああ、確かに大丈夫さ、スタンツィ”
それでも、慟哭のように思いを漏らすコンスタンツェもコンスタンツェらしくないが、本音を押し殺そうとするコンスタンツェは、尚更にコンスタンツェらしくない。
コンスタンツェからの伝え書きを、シャヴィが改めてポケットから掴み出す。
“疾うの昔に、俺は決めているんだよ、スタンツィ・・・!”
広げた紙片の上に書かれた、コンスタンツェの筆迹を、シャヴィがその樺茶色の瞳で穴が開くほど見詰める。
ホワットエヴァ・エニウェア(何があっても何処までも)──確かに俺が、何処へだって連れ出してやる。何処だろうと、何処に居ようと、俺が必ず迎えに行く。
“──だからな、スタンツィ、何があってもその手を取ってやるさ”
流れるように走り書きされた字面を、シャヴィがそっと一撫でした。
“今更に、あんたに微塵も後悔しない覚悟があるなら上等だよ、スタンツィ・・・!”
シャヴィが独り、決意も新たにシニカルに口元を緩めた矢庭。
艦体から、軽い逆制動の加速ガルが伝わって来る。
シャヴィはコンスタンツェからの紙片を丁寧に畳むと、再びパンツのポケットに仕舞い込んだ。今までとは少しばかり様子の違う姿勢制御の連続に、ラ・ベデュータがどうやら入港のシークエンスに入った、と察しが付く。
5分ほどの慣性航行があって、不意に緩やかな逆制動が掛かったと思ったら、暫く動きが止まって、また再び進航する加速ガルが掛かる。そこから再び細かい姿勢制御の、僅かな慣性モーメントが続いた後、艦体の動く気配が失くなった。
ドッキング(着埠)したのか、とシャヴィが気を澄ませていると、不意にコンスタンツェの王女然とした声が耳朶を打った。
「──構わぬ」
その言葉と同時に、コンスタンツェが立ち上がる気配が伝わって来た。
「殿下、狭いキャビン(居室)で失礼いたしました。只今、我がヒイェラのグガランナに到着しました」
扉の開く微かな音が聞こえ、トラニオウ・プルンチットらしき声が耳に届く。分かった、と素っ気無く返事するコンスタンツェの声が聞こえ、剣を佩く気配がした。
「──殿下」
トラニオウが気遣うように、改めて一呼吸の間を置く。
「本当に差し出がましいとは思いますが、今一度、何か別のお召し物を着ては頂けませんか・・・?」
「構うな」
謙るトラニオウに、コンスタンツェがぴしゃりと言い返す。
「──グガランナ内部にあるステート・バース(賓客用泊港)ですので、メイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)によるドッキング(着埠)ではないのです、殿下」
「それがどうした?」
少しばかり言い辛そうな、持って回ったような言い草のトラニオウに、コンスタンツェは鰾膠もない。
「艦を出た直ぐ外の、施設内バース(賓客用泊港)は標準大気環境ですので、煩わしいハビタブル・オーバーオール(空間作業用気密与圧服)を着て頂く必要もないのです」
「ふむ。ロンパス(空間作業服)、という代物であろうが」それでもコンスタンツェは、トラニオウの気遣う素振りに、態とらしくもつれなく平然と返す。「着方くらい知っておるぞ」
勿論、コンスタンツェはロンパス(空間作業服)の着方など知らない。
だがコンスタンツェの言い方からすれば、彼女は目の前のトラニオウが何を言いたいのか、疾うに察しが付いているのだ。それを承知で、木で鼻を括るような言葉で返す。これは囚われの身に置かれたコンスタンツェからの、“鈍感な阿保姫”を演じる、見事な意趣返しに違いない。
「いえ、標準大気はそうなのですが、先程にお乗り移り頂いた時と同様、艦外はウェイトレスネス(無重量環境)なのです」
「なら結構な事だ」どう言ったものか思案するトラニオウに、コンスタンツェは気遣う素振りを噫気にも出さない。「何も問題はあるまい」
「いえ、そのままのお召し物ですと、先程同様に裾が翻りますれば、周りの者共が、不埒な視線を投げないとも限りませんので・・・」
「すると何か? ロダリーゴの部下は、貴様の部下同様、某の貧相な尻は見たくないと申すのだな?」
それを聞いた途端、シャヴィは思わずやんやの喝采を送った。コンスタンツェの機転と言っても良い、見事な当て擦りにほとほと感心する。
マデルーク王女を貶めぬよう、慎重に言葉を選んだトラニオウは恐らく、無礼な事を言うな、と率直な叱責が返って来ると思ったに違いない。ところがそれをコンスタンツェは、叱責ではなく厭味で、しかもずばりと遣り込めたのだ。こんな快哉を演じられる女性は、コンスタンツェを措いて他には居ない。
「滅相もありません」困惑頻りのトラニオウが、慌てて言葉を継ぐ。「殿下の御身が魅力的すぎて、目の遣り場に困る、と言う事です」
「直截に申したな、貴様」怫然と声を上げたコンスタンツェが、勝ち誇ったように言った。「だが某は、これで良い」
あ、いや、と抗弁の口を開こうとする気配のトラニオウに、コンスタンツェが強い口調で言葉を被せる。
「万が一にでも──」
言葉を切ったコンスタンツェが、トラニオウを睨んだ気配が伝わる。
「某に不埒猥雑な視線を向けたら、ロダリーゴの部下だろうと貴様の部下だろうと、即刻その場で素っ首叩き落とす、と申し伝えておけ」
「殿下・・・!」
返答に詰まるトラニオウの声音から、コンスタンツェが本気だと知れる。
実質囚われの身でありながら、この気高い切り返しが出来るのは、恐らくこの世でコンスタンツェ1人だけに違いない。トラニオウにすれば、もう平身低頭に謙るしかない。まさに持って生まれた、王女の格だろう。
「それとも何か?」コンスタンツェは不問にするどころか、更にトラニオウをぐいぐいと追い詰める。「ヒイェラの軍属は、自分の性欲も押さえ込めず、女体への淫奔な妄想で粗末な股間を勃起させては、職務に支障を来すほど破廉恥な連中ばかりなのか?」
その言葉を聞いた途端、プッと吹き出したのがシャヴィだった。
“コンスタンツェ、あんたは本当に、俺が全てを擲ってでも手を差し伸べる甲斐のある、素敵なお姫さまだ・・・!”
閣下と呼ばれる立場の人物に全く臆する事もなく、ものの見事に立場を逆転させてしまっている。しかも一歩も引かないどころか、嵩に掛かって、頭ごなしに言い返せる胆力。相手から、返す言葉をも失しさせるほどの辛辣な言い様こそ、実にコンスタンツェらしい。
その上、態となのか偶然なのかは判らないが、トラニオウから入港施設の概要さえ事前に聞き出してくれた。コンスタンツェとトラニオウの会話から、この宇宙艦ラ・ベデュータが既にグガランナのステート・バース(賓客用泊港)とやらに入った事が解る。しかも標準大気環境を備えたインクルーデッド・バース・ファシリティ(内包型着埠施設)らしい。
スワドル(搬送用気密与圧包袋)から抜け出したシャヴィが、隣接するエクイップメント・ロッカー(装備保管庫)へと入り込む。
メイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)を使う一般的なドッキング(着埠)だと、ラ・ベデュータ艦内からしかブリッジ(乗船廊橋)を通り抜けられない。他の場所から基地に侵入する羽目になると、コンスタンツェの居場所を特定するのに手間取ってしまう。それを考えれば、インクルーデッド・バース・ファシリティ(内包型着埠施設)に入港したと事前に判っただけでも、起こすべき行動が随分と楽になる。
シャヴィはロッカーを開け、中からマニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)を取り出した。コンスタンツェが聞き出してくれた通りだと、このグガランナのインクルーデッド・バース(内包型着埠施設)内は、標準大気環境が提供されているらしいがウェイトレスネス(無重量環境)だ。スラスター(噴射器)の類いを携行していないと、自由に移動できない。
ウィステリア・シルバー(藤銀色)の流れるような髪も印象的な、少し取っ付き難そうな若い王女さまは、会話がシャヴィに筒抜けになっている事を前提に、トラニオウを挑発して伝え報せてくれたのだ。
“──洗濯機の使い方は知らない癖に、こんなに頼りになるショットガン・ライダー(相棒)は、この世に2人といないな”
シャヴィは改めて、コンスタンツェのその機転に感心する。
更にロッカーを手当たり次第に開けて回ったシャヴィが、得物になりそうな物を物色する。宇宙艦のペイロード(積載庫)内なので、さすがに銃器の類いは見当たらない。それでも古びたレーザー溶接機と銃式信号弾発射器、それにディスポーザブレード(使い捨て刃)・カッター、チェーンレンチに十字レンチ、レンチ・ソケット、それと大型ボルトクリッパーを見付け出した。
銃式信号弾発射器に発射弾が装填されているのを確認し、腰ベルトの尻側に付いているツール・パウチに押し込む。コンスタンツェからの走り書きをパンツの左ポケットに移し替え、右のポケットには目一杯掴み取ったレンチ・ソケットを突っ込む。更にはディスポーザブレード(使い捨て刃)・カッターとチェーンレンチ、2本の十字レンチをベルトのタック・ホルダー(工具差し)に差し込んだ。
最後にハンドガン(拳銃)型のレーザー溶接機に手を伸ばし、奥にあった携行用高出力パワーセル(動力用電池)を引っ張り出す。ケーブル(電線)を繋ぎ、出力を確認して、トリガー(引金)を絞ってみたが、うんともすんとも反応しない。どうやら溶接機自体の故障か、パワーセル(動力用電池)自体が干上がっているらしい。他にパワーセル(動力用電池)がないか漁ってみたが、見当たらない。使えればレイガン(光線拳銃)替わりになるのだが、残念ながらレーザー溶接機は諦める事にした。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




