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Act.6 ファラ・8

「こうでもしないと、ファラ殿下ご自身が首都メンゲルベルクのザッパ城からは、お(いで)で頂けないものですから」


ロダリーゴ・プルンチットは臆面もなく、自慢気に着込むヒイェラ宇宙軍将官軍服の両肩を貧相に(すぼ)めて見せた。


「貴様、()を謀々(たばたばか)ったな・・・ッ!」


「──これで、滞りなく世も移ろい行き、ウェスデンも強くなりましょう」


堪忍袋の緒が切れたファラに、ロダリーゴは意に介さぬ風に言葉を返す。


「──何を無体な言い草を・・・!」キャラミも口調は丁寧だが、心底から憤慨していた。「会談だからと応じてみれば、勝手な言い草に勝手な施し・・・ッ!」


「──話にならんでおじゃるわ・・・ッ!」ウェスデン王女が怒りに声を震わせる。「ヤンネ! ガートルード! 即々刻々(そくそくこくこく)帰国するッ!」


「おっと、それは何とも連れないお返事」


困惑頻(しき)りに、それでいて押し留めるように、ロダリーゴはファラから預かった剣を左手に掴んだまま両腕を広げる。


退()け、ロダリーゴ・プルンチット!」ファラが大股に足を繰り出す。「早々に(いとま)じゃ・・・!」


「そうは参りません、ファラ姫!」


制するように手を出すロダリーゴに、本能的に反応したのがガートルードだった。


咄嗟にガートルードがファラに先んじ、屈み込みながら大股の1歩を踏み込む。ロダリーゴが手にする、取り上げらた剣を奪い返そうと、ガートルードが手を伸ばす。だがそれは少しばかり、軽率な突進だった。


ガートルードの長い指先が、ヒルト(柄)に触れようとした刹那。


ロダリーゴの左手が軽く返ったかと思ったら、手にしていた剣がスキャバード(鞘)ごと唸りを上げ、ガートルード目掛けて薙ぎ払われる。


ガートルードが反射的に、(かわ)すように前に屈んで頭を下げた。


フリップ(巻き込み)・ポニーテールにしているガートルードの蜂蜜色の髪が踊って、ロダリーゴの払う剣を紙一重に頭上で(かわ)す。空振りした格好のロダリーゴが勢い余って、ガートルードに背を見せた矢庭。ロダリーゴが軸足にしていた右足が、少しばかり捩られたかと思ったら、前に腰を折った体勢から強烈な左足の後ろ蹴りが、ガートルードの左脇腹に突き刺さる。薙ぎられた剣を(かわ)すだけで精一杯だったガートルードは、体勢が完全に崩れてしまっていた。


「──ガートルード・・・ッ!」


反射的に鯉口を切ったファラが叫んだ時には、ガートルードの体は宙を飛んでいた。


「ロダリーゴッ! 無礼にも程々(ほどほど)があろう・・・ッ!」


抜いた“斬魔の聖剣”スプリガンを両手に、ファラが切っ先越しにロダリーゴを睨んだ一弾指(いちだんし)


「──殿下ッ! 伏せなされ・・・ッ!」


その叫び声と同時に、ファラの上に影が差す。


間髪入れず押し潰すように、キャラミの巨躯がファラの上に覆い被さった。()されたファラが、四つん這いに床に手を付く。その刹那、何かの影が一陣の風と共に、目の前の直ぐ上を飛び抜けた。


「ヤンネ・・・ッ!」


「──申し訳ありません、殿下」


ファラを胸の下に庇ったキャラミが、四つん這いになって彼方を見遣る。


「今、翔び抜けたのは何でおじゃるか・・・ッ?」


ファラがキャラミの胸の下から、顔を上げた。


そのファラの目の前に、勝ち誇ったように仁王立ちするロダリーゴ・プルンチットの姿があった。蹴り飛ばされたガートルードは、少し離れた床に体をくの字に曲げて悶えていた。


「──殿下、あれを・・・!」


半ば絶句するキャラミの声に、ファラが首を巡らせる。強烈なジェット(噴推)音を轟かせ、ロダリーゴの直ぐ背後に着地する1つの人影が、山吹色したファラの目に映る。


其奴(そいつ)は一瞬、大きな蜻蜒(やんま)に見えた。背中に突き出た4つのスラスター(推進器)が、まるで蜻蜒(やんま)(はね)のようだった。


バイオーグ(機能補強生体)──通常胎生した個体を根基(こんき)に、備えていた機能を有機的無機的手段を問わずに強化した、一種のコンバーテッド・ヒューマノイピクス(改造人間)だ。


ヘルメットみたいな、のっぺりした頭は黒には黄色の縞が入っており、顔の上半分を覆うヴァイザにも似た前面には光学センシング(走査)用のカメラ・レンズが4つ並ぶ。鼻梁の下には、人工皮膚で形成された無表情な薄い唇と口蓋が覗いている。


少しばかり華奢そうに見える体躯だが、躯体を支える内骨格は強化され、要所要所の筋組織も人工培養された組織が使われている。さらに運動機能向上とバイオーグ(機能補強生体)素体防護のため、パワード・アーマー(筋力支援兜鎧)を装着していた。


上背がロダリーゴと()して差がない躯体は、全体が滑らかな曲面で構成されており、盛り上がった上胸部と肩、それに股関節のある腰部が張り出し、腹部の締まったプロポーションの所為(せい)で、何処となく女性を思わせる。


蜻蜒(やんま)(はね)のように見えるのは磁気制御プラズマ・ジェット・スラスター(噴推器)で、体内に組み込まれた核融合電磁励起エンジンで稼動する。ジェット・スラスター(噴推器)の制御は、生体の神経組織に結節されているため、手足を動かすように、運動中枢で操れる。


ただバイオーグ(機能補強生体)の体躯内には武装が施されていないため、武器としてフォノンメーザー・ソード(電磁剣)を携えていた。




「ガートルードッ! 大丈夫でおじゃるか・・・ッ!」


キャラミの懐から抜け出したファラが、蜻蜒(やんま)のようなバイオーグ(機能補強生体)の動きを睨みながら、ガートルードの元へ駆け寄る。痛撃に顔を歪めるガートルードがファラに支えられながら、殿下、申し訳ありません、と半身を起こす。


「──これは、如何様なおつもりですかッ! プルンチット閣下!」


ガートルードの元へ駆け寄るファラを視界の端に入れながら、キャラミが巨躯を跳ね起こす。それが合図になった如く、グリーティング・アプローチ(迎賓路)両側に控えていた儀仗兵が一斉に、プレゼント(剣礼)の姿勢から剣を正眼に構え直すと、剣先を3人に向けた。


それを忌々しそうに睨み回したファラが、躊躇なく“斬魔の聖剣”スプリガンを抜剣して立ち上がる。


「──ヤンネ、ガートルード、下がっておれ・・・ッ!」


「姫さまッ! ファラ殿下!」


怖けるどころか、動じる様子さえ見せす、ロダリーゴの方へと大股でずいずいと詰め寄るウェスデン王女の背に、ガートルードが思わず叫ぶ。


「──これは、どう言う茶々番々(ちゃちゃばんばん)であろうな、ロダリーゴ・プルンチットッ!」


濃紺に銀のパイピング(飾り縫縁)が施されたボレロ風のジャケットに、臙脂(えんじ)色のコルセット風ミディ(膝丈)スカート、首元にスカーフを結ぶウェスデン王女が、55センチも差がある巨漢のキャラミを庇うように前に出ると、ロダリーゴに対して凛と睨み合う。


「茶番などとは滅相もない」


抜き身の剣を手にするファラに詰め寄られても、ロダリーゴには1歩も引く様子はなかった。


「この(あと)直ぐにでも、ウェスデン王室へは使者を立てさせて頂きますよ、王女ファラ・カトル・ヴァンサンク・ヴィラージュ殿下」


ガートルードから取り上げたフォノンメーザー・ソード(電磁剣)を抜こうとしないロダリーゴだが、背後に立つ蜻蜒(やんま)人間のようなバイオーグ(機能補強生体)が、代わりに手にした剣を静かに構え上げた。


「──ファラ姫、貴女(あなた)の身は、私の良き伴侶となるしか、道はないと察して下さい」


「貴様、そのひんひん曲がった口々(くちくち)で、2度と()の名を呼ぶな・・・!」


心底から嫌悪感を(たぎ)らせ見せるファラが、(うつく)しい歯をぎりぎりと食い縛る。


「さては殿下を人質に、国王陛下へ圧力を掛ける気ですね、ロダリーゴ・プルンチット・・・!」


ファラの頭越し、巨漢のジャミラ人が、吐き捨てるように声を投げる。


添うように背後に立つキャラミは、何かあったら直ぐにでも身を挺して、ファラを抱えて()せるつもりだ。勿論ガートルードも、蹴り込まれた左脇腹を抱えながら駆け寄った。丸腰ながらもガートルードは、ファラの視界を塞がないよう、ファラの半歩斜め前に出る。


「人質とは、これまた人聞きの悪い」


少しばかり辟易と首を振ったロダリーゴが、寒気がする笑みを満面に浮かべる。


「国王には新生ウェスデンへの舵取りを首肯頂き、またファラ姫には、比類なき王女として国民から愛されるアイコン(聖像)への心構えをして頂きたい所存です」


「貴様、やはり頭が虫々(むしむし)と湧いておるな! 貴様が吐き出した臭々(くさくさ)の息が混じる空気を吸って、今にも鼻が捻折捻折(もげもげ)しそうでおじゃるわ!」


「──まあこう言っては不遜かも知れませんが、毛嫌いされるのも今のうちです」


ファラの悪態を素気なく透かしたロダリーゴが、小さく首を(すく)める。


「時が経てば、ウェスデン国民がファラ王女に何を求め、何に期待しているのか、その御身で知れる事となるでしょう」


何か言葉を漏らしかけたウェスデンの王女に、ロダリーゴが畳み掛けるように言葉を浴びせる。


「ユナイテッド・ギャラクシー・オーガナイゼーション(銀河合衆機構)との共存など、王室や愛すべきファラ王女殿下を(ないがし)ろにし、(あまつさ)えデジャーソリスまでも否定しようとする」


雄弁に口を()く言葉は、武力侵攻の総司令武官と言うより、政治家そのものだった。


「──これを誰が望みましょう? 誰が喜びましょう? 誰の未来が輝くと言うのです?」


ロダリーゴの言葉に、ファラは歯噛みしたまま無言で睨み返す。


「聡明なファラ殿下」


そのロダリーゴの呼び掛けは、居丈高でも傲慢でもなかった。


「新生ウェスデンの、デジャーソリス主教聖国連邦の中核を担う国家の女王として」


確かにロダリーゴの言う通りだった。


国としての利益を考えるなら、ユナイテッド・ギャラクシー・オーガナイゼーション(銀河合衆機構)との共存が、唯一に取るべき国家戦略ではない事は自明の理だ。それにロダリーゴ率いるヒイェラ軍が、武力による全面侵攻を掛けて来ている訳でもないし、国土がヒイェラ軍に蹂躙され戦火に(まみ)れている訳でもない。


「──そして花嫁としての、お立場への理解も」


堪え難いロダリーゴからの言葉に、項垂(うなだ)れるファラを見て、ガートルードが心中に、()り切れない思いを(いだ)く。


“──このウェスデンの王女もまた、自らの意志で歩めないのだ・・・”


自らの伴侶すら、自らの意志で選びえない。


“これでは、お守りし切れなかった、コンスタンツェ姫と同じではないか・・・!”


思わずガートルードが、拳を握り締めて顔を伏せた。


ガートが羨ましい──マンスリアン城を逃げ落ちる際、コンスタンツェ姫が口にした何気ない言葉が、ガートルードの胸に突き刺さる。側に居ても何も出来ない、何も助力して差し上げられない──自分の非力さを呪いながら、自分の力では、如何(いかん)とも為がたい焦燥感に(さいな)まされる。


“直ぐ目の前に居られるのに、それでもお守り出来ないとは、何と不甲斐ない・・・!”


予想外の展開とは言え、後悔と失望がガートルードの心中を交互に覆い尽くす。


此処まで、一体何しに来たのだ。肝心のコンスタンツェ殿下の消息さえも、その手掛かりすら得られない。


「──そして新生マデルークの、栄えある王室血統も、彼のお2人に託されましょうな」


朗々と口を()いて出るロダリーゴの言葉に、はっとしたガートルードが顔を上げる。


「──メルヒオール殿下とコンスタンツェ殿下ともども、デジャーソリス主教聖国連邦へのその歩みを、我々と一緒に揃えて頂きたいものです」


「──コンスタンツェ、だと・・・ッ?」


その名にウェスデン王女も、思わず山吹色の目を(みは)った。


不敵な笑みを浮かべるロダリーゴの背後で、山鳩(やまばと)色の髪を(なび)かせたドライバー(操縦者)が、バーニアン(操重機艇)を急降下させながら、アリアン・シレーヌ上方から潜り込んで行った。


「祝着にもトラニオウがコンスタンツェ殿下を無事にお救け出来たようで、つい今し方、此処へ到着なされてメルヒオール殿下がお迎えに」


勝ち誇ったように北叟笑(ほくそえ)むロダリーゴが後ろを振り返り、軽く顎を(しゃく)って天を仰ぎ見る。


ファラ、ガートルード、キャラミの3人が、誘われるように上を振り仰いだその矢庭。


視界に入って来たそれは、猟犬の頭のようなコックピット(操縦席)をしたバーニアン(操重機艇)だった。仰ぎ見る宙空でアンカリング(泊港)しているアリアン・シレーヌの濃紺の艦腹の真下から、バーニアン(操重機艇)が両のブーム(支腕)を広げ、見る見る高度を下げながら真っ直ぐ此方(こちら)向かって突っ込んで来ていた。




★Act.6 ファラ・8/次Act.7 ヴェネツィアへ花嫁衣装を強盗に・1

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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