Act.6 ファラ・7
それでは、降下します、との不意の声が聞こえた。
後から乗り込んで来た、ロダリーゴの従卒の2人の士官が、リフトの端にあるコンソール・ボード(操作盤)に取り付いていた。盤面の上を士官の手が小さく走って、6人を乗せたリフトが、ゆるゆると下り始めた。
「──直ぐにウェイト・エリア(有重量環境区画)へ入りますので、ご注意を」
竹篦返しを食らっても、ロダリーゴはあくまでエスコートの体を崩さない。顔に似合わずふてぶてしい図太さに、ファラが小さく嘆息する。
体感が徐々に重力を感じ始め、すうっと下に落ちて行く感覚そのままに、身体が床に向かって落ちて行く。
と同時に、ファラの臙脂のスカートが空気を孕んで、裾がすうっと捲れ上がる。スタンション・ポール(手掴み支柱)を挟んでファラの正面に立つガートルードが、両手を放してポール(手掴み支柱)に寄り掛かり、その両腕をファラの腰横へと伸ばす。ガートルードの両手が捲れるファラのスカートを押さえるものの、前身頃と後ろ身頃がふんわりと膨れ上がり、ファラの伸びやかな両足の、艶々嬌々(えんえんきょうきょう)とした太腿が露にって、下に履くレースも可愛らしい菫色のパンティがちらちらと顔を覗かせようとする。
「このような大々仰々(おうおうぎょうぎょう)な代物を動員して──」
そんな痴態を気にする素振りを全く見せないファラが、アンカリング(泊港)したインクルーデッド・バース(内包型着埠施設)内を仰ぐようにして見回す。
「孅い女々子に寄り寄り手籠めにするのが、宗主家とやらのプルンチットの手々練々(ててれんれん)でおじゃるか?」
明白な挑発口調のファラは、そのカメリア・レッド(椿紅色)の豊かな髪がゼロ・グラビティ(無重力)で逆巻くように舞い踊り、文字通り怒髪を逆立てる荒神のようにも見えた。
その上、スカートが捲れ上がっても気にも留めない態度は、鷹揚さを通り越した明らかに当て付けと判る傲慢さの表れだった。見たければ見るが良い──だがもし本当に猥雑な目線を向けようものなら、即座にファラから、容赦ない毒舌悪罵が浴びせ掛けられるのは間違いなかった。
「滅相もない」ロダリーゴは皮肉を託つような、歪んだ笑みを浮かべた。「何分、私どもは貴国への入国を認められておりませんので、このような厳めしい場所にご足労頂く羽目になりました」
そのロダリーゴの、形式張った慇懃無礼な態度に反応したのが、キャラミだった。
「──得体の知れない野盗まがいの艦隊まで送り込んでおいて、何を今更、でしょうね」
「此方からの再三の要請、なかなかお応え頂けなくて、やきもきしていましたのでね」ロダリーゴはキャラミからの言葉に、図々しい態度で切り返した。「まさか、それに応えて頂けたのがファラ殿下と会っては恐悦の至りです」
「・・・・・・」
尖った耳を一度ぴくっとさせたファラが、無言のままロダリーゴを睥睨する。
「何はともあれこれで、貴国の新しい門出に相応しく、ウェスデン国民も普く祝福してくれるでしょう」
「──どう言う意味です・・・?」
ロダリーゴの少しばかり唐突な言い草に、キャラミが怪訝な表情を浮かべた。
「何、ウェスデンとヒイェラ、共に手を携え合い、新しい国造りの第一歩の象徴として、と言う意味です」
6人が乗るリフトの、感じる加速度が緩やかになり始め、ファラの臙脂色のスカートも落ち着き出した。
「この会談が、ですか・・・?」
「会談?」
一瞬ロダリーゴが突き放すような目付きで、巨躯のロイヤル・セネター(王室付公議官)を見遣った。
「──まあ、そうですね。私とファラ姫のご縁は、ウェスデンとヒイェラの結びつきの証としても、祝福されるべきものですから」
それでも真意を量りかねるキャラミは、無言のまま眉間を寄せる。
傍耳を立てていたガートルードも、ロダリーゴの妙な言い回しに不審を抱いた。胸騒ぎを覚えたガートルードの右手が、無意識に腰の剣のポメル(柄頭)に触れる。
その矢庭プラッター・リフトが、ウェルカム・デッキ(迎賓甲板)にある高い壁に囲まれたリフトの乗降場へ、吸い込まれるように到着した。
開きます、と言う従卒士官の声が聞こえ、ロダリーゴが取って付けたような笑みを浮かべた。円盤状のプラッター(搬床)の、乗り込んで来た側とは反対にある扉が、するすると左右にスライドして開く。開いた扉の先のウェルカム・デッキ(迎賓甲板)には、何時の間にやら儀仗隊が抜刀した剣を肩刀にして、左右両側に列をなしていた。
キャラミは大股にファラの方へと歩み寄り、巨躯の腰を慇懃に折ると、抱えていた芳葉のディアデム(飾り冠)を、ファラへと差し出した。ファラが小さく頷くと、キャラミは波打つ豊かなカメリア・レッド(椿紅色)の髪の上へと丁寧に戴冠した。
ロダリーゴに促さた3人が、ファラを筆頭にリフトを降りる1歩を踏み出す。ウェルカム・デッキ(迎賓甲板)の床に、ファラの足が着いた途端、儀仗隊が一斉に踵を鳴らし、横向きの剣の切羽を顔の辺りまで持ち上げ、プレゼント(剣礼)の姿勢を変えた。
ウォーフ(着埠)に突き出したウェルカム・デッキ(迎賓甲板)は、基準デッキ(甲板)と同じグラヴィティ・コンディション(有重量環境)が維持されている。幅50メートル奥行き70メートル、広いテラスのような平面床を腰高の柵に囲まれたスペースは、迎賓客への儀仗や楽隊による歓迎レセプションが行われる。
ファラたち一行が足を向ける先、アンカリング(泊港)したアリアン・シレーヌとは反対側にあるのがゲスト・ウィング(迎賓棟)で、屋上にはタグ・ランチ(操重機艇)やタグトラクタ(空間曳機艇)、バージ(艀)、バーニアン(操重機艇)などの港湾作業用機材が無雑作に置かれてあった。リフト乗降口からゲスト・ウィング(迎賓棟)までの約50メートルには、幅10メートルの床面スクリーン・ビジョンが一直線に嵌め込まれ、赤と金を配ったアラベスク(幾何学的文様装飾)が映し出されていて、賓客のためのグリーティング・アプローチ(迎賓路)を演出している。振り返れば、ゼロ・グラビティ(無重力)に浮かぶ、濃紺に塗られたアリアン・シレーヌの船腹が、今にも落ちてきそうに見えていた。
こちらです、と儀仗隊の先導士官が腰を折る。剣を捧げ上げるソード・サリュート(剣礼)の儀仗隊列の中、先頭のファラの3歩後をキャラミ、その半歩後をガートルードが続く。
「──ミズ・マジェスタ」
殿を歩むガートルードの背後から、ロダリーゴがそっと近付く。貧相な雰囲気のロダリーゴだが、それでもガートルードより10センチは高い。
「失礼とは存じますが、どうぞそのお腰の物を、お預け頂けませんか・・・?」
ガートルードに足並みを揃えながら、ロダリーゴが横合いから顔を覗き込んで来る。
「これは為たり」
横目でちらりと、ガートルードがロダリーゴを見遣った。
ロダリーゴは、明白に腹に一物を抱えたような表情だったが、ガートルードは不快な面持ちを隠し、素直にグルメット(剣佩鎖)から剣の佩環を外した。国家元首代理のファラ王女は別格だが、目的が会談なれば、武装した者が随従するのはプロトコル(外交儀礼)に反するため、これは致し方ない。
「──遅まきながら、私はロダリーゴ・プルンチット」ガートルードから差し出された剣を受け取りながら、ロダリーゴが冷たい作り笑いを浮かべる。「どうぞお見知り置きを、ミズ・マジェスタ」
「王室を矢面に立て、裏から治世を司ろうと、痴れ者が跋扈する時世です」リフトに乗ってから、ロダリーゴの態度が少し変わった気がして、ガートルードは警戒心を抱いていた。「ロダリーゴ・プルンチット殿も、努々(ゆめゆめ)、身のほどを知られるが良いとは思います」
「これはこれは、辛辣な措辞をなさる」一瞬むっとしたロダリーゴが、いきなり歪んだ笑みを浮かべた。「──しかし、そのようなご助言とご箴言も、直ぐに杞憂となりましょうな」
勿体付けるように一呼吸置いたロダリーゴが、勝ち誇ったようにガートルードを睨付ける。
「──メルヒオール殿下とコンスタンツェ王女、そしてファラ王女とこの私の、祝言が普く知らしめられれば」
「何だと・・・ッ?」
ガートルードが溢れんばかりに瑠璃色の瞳を見開き、気丈そうな眦を吊り上げた。そのガートルードの驚愕の声に、赤と金の迎賓路を中ほどまで進んでいたファラが歩を止め、キャラミと一緒に後ろを振り返った。
「──ウェスデン、マデルーク、ヒイェラ、デネ、イフス、この5箇国による主教聖国連邦はデジャーソリス教を枢軸に、今日この日より新しく生まれ変わるのです・・・!」
声を高らかに張り上げるロダリーゴが、立ち尽くすガートルードの脇をすっと抜け、大股で足早にファラの方へと進み出す。
「デジャーソリス教の示す処、ウェスデンの皆は神の啓示に首を垂れ、国のあるべき姿として、新生ウェスデンのファラ・カトル・ヴァンサンク・ヴィラージュ殿下は尊敬を集められ、国民の模範となられるでしょう・・・!」
唐突な言葉を、ファラに向かって投げるロダリーゴの背を、唖然とするガートルードが振り返る。立ち止まり振り返っていたファラもキャラミも、言葉を失くしていた。
「──そしてまた、我が妃となるファラ殿下とこのロダリーゴ・プルンチットが、このウェスデンにおいて見事な治世を司る事となりましょう・・・!」
「──貴様、頭に虫々(むしむし)でも湧いているのか・・・ッ?」瑞々しい肌を粟立て、ファラが烈火のごとく憤怒する。「誰々(だれだれ)が、そのような戯けた約束を致々(いたいた)した・・・ッ!」
「──ロダリーゴ・プルンチット閣下・・・!」
食って掛かろうとするカメリア・レッド(椿紅色)の髪のウェスデン王女を、キャラミが巨きな体躯の陰に庇いながら、両手を広げた背中で制した。慌ててロダリーゴの脇を駆け抜けたガートルードが、キャラミの横に並び立つと同じようにファラを背に庇い、ひょろ細いプルンチットの三弟に向き直った。
「この場は、我が国の立場と貴国の立場の違いを明確にし、政治的決着点を見出すための会談ではないのですか・・・ッ?」
ぐっと顎を引いたキャラミが身動ぎもせず、真正面からロダリーゴを見据える。
「──会談?」見上げるばかりのジャミラ人ロイヤル・セネター(王室付公議官)を、ロダリーゴが臆せず睨上げる。「ああ、そのようなお考えでしたな、貴国ウェスデンは」
「ロダリーゴ、貴様、どう言うつもりでおじゃる・・・ッ?」
壁のようなキャラミの巨躯を押し退け、ファラがぐいっと前に出る。
「態々王女自ら、私の手の中に飛び込んで来て頂けるとは、これもデジャーソリスの思し召しでしょうな」
「まさか、会談に託つけて・・・ッ?」
ぎりっと歯噛みしたキャラミが、憎々しげに睨み返した。
★Act.6 ファラ・7/次Act.6 ファラ・8
written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




