Act.6 ファラ・6
「──見てみろ、あの貧相な顔容に、舐め舐めして来るような目付きを」
吐き捨てるようなファラの言い草に、思わずガートルードが苦笑する。
ガートルードがロダリーゴを直に目にするのは初めてだったが、着込む軍服の所為もあって、プルンチットの三弟だと直ぐに判った。どちらかと言えば締まりの無い痩身で、ファラが貧相と言った通り、垂れ下がった瓜実のような顔立ちに目ばかりが吊り上がり、柔らかそうな蟀谷が直ぐにでも外れそうだった。
「それに、本人は勇ましいとでも思っておじゃるのか、あの撚れ撚れの蚯蚓のような頭。今すぐにでも、首ごとバッサリ刈っておじゃりたいわ・・・!」
ファラが口をヘの字に曲げ、プリヴェント・ネット(離漂防止網)の穴から抜け出て来るキャラミに容赦ない言葉を浴びせる。ファラのディアデム(飾り冠)を小脇に抱えたジャミラ人は、直径1メートルほどの穴を、その巨躯故に四苦八苦しながら潜り抜けると、ファラの正面に漂宙って来た。
「殿下、お顔に出ていますよ」
ファラの顔を覗き込んだキャラミが、小さく渋面を作る。
「会々談々(かいかいだんだん)の途中で、蕁麻疹に痒々(かいかい)と襲われたら、薬はおじゃるか?」
「きっとあります」
半ば呆れた風情のキャラミが、毒舌に歯止めを掛けないファラを、パッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)に設えられたコンベイ・ハンガー(駆動式吊り把手)へと促す。傍で聞いていたガートルードが、ぷぷぷと笑いを噛み殺していた。
「防毒マスクを持ち持ちおじゃれば良かった、と後悔しておる」
補助に付こうとした介添係を無視して、コンベイ・ハンガー(駆動式吊り把手)のグリップに手を伸ばすファラに、キャラミが怪訝な顔を見せた。
「──同じ空気を生々(なまなま)吸うと、鼻が捻折捻折と腐り落ちるとも限らんのでな」
それだけ言い捨てると、ファラが無造作にグリップを掴む。パッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)のハンガー(駆動式吊り把手)が、ファラをリフト棟最上部にあるボーディング・デッキ(乗艦甲板)の方へと運んで行く。
パッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)は、リフト棟のボーディング・デッキ(乗艦甲板)基部から伸びていて、長さは25メートルほど。船舶が入港して来る際には船舶と並行な位置に固定されていて、船舶がウォーフ(着埠)した後に船舶側に向かって開くように旋回して来る。
リフト棟は200メートルあるウォーフ(埠頭)の前後長の中ほどに立っていて、アリアン・シレーヌのエアロック・ハッチ(気密隔室外扉)は艦体後部側なので、パッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)自体は、艦体に対して少し斜めに架かっている。
25メートルのパッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)に装備された、循環式のコンベイ・ハンガー(駆動式吊り把手)を捉まえて掴まっていれば、リフト棟のボーディング・デッキ(乗艦甲板)まで運んでくれる。
ウェルカム・デッキ(迎賓甲板)へ降りるのにリフトを使用するのは、パッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)の高さの環境ではゼロ・グラビティ(無重力)だが、下のウェルカム・デッキ(迎賓甲板)では人工重力が効いているからだ。
ハンガー(駆動式吊り把手)で掴まって行くファラの後ろ姿を、垣間見送っていたガートルードが、キャラミを振り返る。キャラミが、何時もの事です、とばかりに肩を窄めると、ガートルードに、お先へどうぞ、と促した。ガートルードは小さく嘆息すると、コンベイ・ハンガー(駆動式吊り把手)のグリップを掴んだ。
向かう先、前を行くファラがリフト棟のボーディング・デッキ(乗艦甲板)に近付く。ファラが突き放すようにハンガー(駆動式吊り把手)から離れると、横合いから突き出ているホールディング・ラティス(掴まり格子)を一掴みすると同時に、迎賓の3人が居るデッキへと跳び降りるように、ラティス(掴まり格子)を軽く蹴飛ばした。
「──これは、美しくも気高いユア・ロイヤル・ハイネス(殿下)、プリンセス・ファラ・カトル・ヴァンサンク・ヴィラージュ、よくお出で下さいました」
あれを微笑む、と言うのだろうか。
ロダリーゴ・プルンチットが、醜い世辞の顔付きでファラに介添えの手を差し出していた。だが当のファラは無表情に手にしていた剣を軽く振って、退け、道を空けろ、と高飛車に仕草する。不慮の浮き上がり防止用のフットヒッチに足を掛けていたロダリーゴが、向かってくるファラに、仰け反るように身を躱す。ロダリーゴの後ろに居た、一緒に出迎えに来ていた士官らしき部下を、ファラは事もあろうに足蹴にして、更に先へと宙を漂う。
それを後ろから見ていたガートルードが、思わず渋い顔をしたものの、ファラは素知らぬ振りで、先に見えているリフトを囲んでいるフェンスのようなラティス(掴まり格子)に取り付いた。ファラに蹴飛ばされてあらぬ方向へ流される士官と入れ替わるように、ガートルードがファラに続いてデッキに飛び込む。仰け反り体勢を崩して、横の部下に身を支えられる、情けないロダリーゴと擦れ違う一瞬、ガートルードは改めてプルンチットの三弟をちらりと見遣る。
ファラ姫が毛嫌いするのも何となく頷けた。
生理的に受け付けない、と言うのだろうか。あの爬虫類のような目付きで愛を囁かれたら、確かに蕁麻疹も出ようと言うものだ。
ひょろ長くも痩身に、光沢も美しいモスグリーンの軍服を纏うロダリーゴ・プルンチットは、勇猛さを演出するためなのか、これ見よがしにアーマー・プロテクション(防身具)を着飾っているが、それが悲しいほどに似合わない。しかも腰に佩いた剣すら、何故かだらしなく見えた。
キャラミがボーディング・デッキ(乗艦甲板)に着いた時には、ファラはさっさと降りるためのリフトに乗り込んでいた。
ボーディング・デッキ(乗艦甲板)はリフト棟の約50メートルの高さにあり、設置されてるリフトはフェンスのようなラティス(掴まり格子)に囲まれていて、パッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)のあるボーディング・デッキ(乗艦甲板)と、下層に在る重力区画のウェルカム・デッキ(迎賓甲板)を結んでいる。リフト自体はウェイトレスネス(無重量環境)のウォーフ(埠頭)設備なので、4本のピラー(支柱)に支えられたオープン・シャフト(開放昇降筒坑)になっている。
リフト自体は直径5メートルの円盤状プラッター(搬床)で、数本のスタンション・ポール(手掴み支柱)が立っている。リフト・プラッター(搬床)の床には浮き上がり防止用のフットヒッチが設けられ、縁はヒップバー(腰掛け)を兼ねた柵で囲まれている。
ゼロ・グラビティ(無重力環境)なのでリフトに乗り込むと言っても、宙に浮いたままリフト・プラッター(搬床)のポール(手掴み支柱)に掴まるか、ヒップバー(腰掛け)に手を掛ける、と言う事になる。パーゴラ(日陰棚)のような少し高目の格子状の屋根は、リフト降下の際の慣性モーメントで、乗客が取り残されるのを防ぐためのものだ。
「──ようこそ、我がグガランナへ」
体も悪く、ファラに遇われた格好のロダリーゴが、それでも体裁を繕いながも手を広げ、ファラのディアデム(飾り冠)を抱えたキャラミを迎え入れる。
「確か、ロイヤル・セネター(王室付公議官)のキャラミ殿、でしたな?」
「お初にお目に掛かります、ロダリーゴ・プルンチット閣下」
頭の先から爪先まで、じりじろと無遠慮に値踏みするように見回して来るロダリーゴに、キャラミは内心で辟易したものの、表情には噫気にも出さない。
「──閣下自らお出迎え頂けるとは、恐悦至極ですわ」
「ファラ殿下の、しかも国王のご名代として行啓頂けるとあれば尚の事、どうぞご無礼になりませぬように」
明白な外交辞令を、作り笑顔に乗せて応酬し合うう。キャラミは無論だが、ロダリーゴの方からも握手の手を差し出そうとしない。
キャラミが横目に見遣ると、ファラを追ったガートルードが、リフト・プラッター(搬床)に乗り込むところだった。そのファラは既にプラッター(搬床)のスタンション・ポール(手掴み支柱)を掴んで、宙に浮いていた。ロダリーゴに軽く頭を下げたキャラミが、先の2人を追ってリフト・プラッター(搬床)の方へと、ボーディング・デッキ(乗艦甲板)の床を蹴る。
「──して、あのマダム(ご婦人)は?」
ロダリーゴがキャラミの後ろ姿に声を掛けながら、後を追う。
「このほどアドヴァイザリ・セネター(諮問公議官)の特別参与に任じられた、ガートルード・スカイラ・マジェスタ卿ですわ」リフト乗り口のラティス(掴まり格子)に取り付いたキャラミが、後ろから来るロダリーゴを軽く振り返った。「──我が王女殿下、些か虫に食われやすい性質らしく、その害虫除けに付いて頂いております」
「虫除け係とは、また奇妙なお立場で」リフトの方へ身を翻すキャラミに続いて、ロダリーゴが再び後を追う。「このグガランナの中は、完全衛生管理下の環境ですからな」
ロダリーゴは1本2本とポール(手掴み支柱)を手繰りながら、キャラミの前へと漂宙い近付く。キャラミは蓮の葉の飾りが付いた、ローズ・ゴールド(紅鬱金)のディアデム(飾り冠)を太い腕に抱え、ファラたちの直ぐ隣のポール(手掴み支柱)に掴まっていた。
「──紳士的な虫は居ても、不調法な虫は居りますまい」
臆面もなくいけしゃあしゃあと、追い討ちの言葉を掛けて来るロダリーゴに、真っ先に口火を切ったのはファラだった。
「どんな口々(くちくち)を持てば、そんな言葉が出て来るのでおじゃろうな・・・?」
ロダリーゴが首を巡らせる先、ガートルードの右肩越し、半身を覗かせるファラが、山吹色の瞳で睨み返していた。
「誉れ高い紳士の嗜みです。ユア・ロイヤル・ハイネス(殿下)」
スタンション・ポール(手掴み支柱)を挟んで正面のキャラミに、ロダリーゴが肩を竦めて見せる。一方で当のファラはと言えば、そのロダリーゴの言い草に嫌悪を隠そうともせず、ガートルードに向かって態とらしく、象牙色も健康的な自らの首筋をぼりぼりと掻いて見せる。王女の仕草にガートルードは渋面を作りながらも、ロダリーゴに背を向けたまま笑いを噛み殺して肩を震わせた。
★Act.6 ファラ・6/次Act.6 ファラ・7
written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




