Act.6 ファラ・5
アリアン・シレーヌのアコモディション(乗居区画)は、大きな客船のだだっ広い多層構造のデッキ(甲板)とは比べ物にならないほどこじんまりしている。ブリッジ(艦橋)からバルクヘッド・パス(隔壁通口)を抜けると直ぐにトランジット・デッキ(中継ぎ区画)になっていて、右舷側にキャビン・デッキ(船室区画)へ降りるリフト、左舷側にはエアプルーフ・ラッタル(気密裸階段)が備えられている。艦尾側はハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)などを収めるエクイップメント・ロッカー(装備保管庫)に繋がっていて、その奥がエアロック(気密隔室)で、ボーディング・ハッチ(乗艦口)はエアロック(気密隔室)の両舷にある。
エアロック(気密隔室)の更に艦尾側にもハッチ(外扉)があり、玩具のようなランチ(装載艇)がタイダウン(機材固縛)された、艦外にあるオープンなランチ・デッキ(装載艇甲板)へ出られる。
ウェイトレス・デッキ(無重量環境区画)のエクイップメント・ロッカー(装備保管庫)を、ファラがスタンション・ポール(手掴み支柱)を手掛かりに、すいすいっと漂宙い抜ける。エアロック(気密隔室)への扉を開くファラに続いて、ファラのディアデム(飾り冠)を抱えたキャラミがエアロック(気密隔室)へと飛び込んだ。
ファラの“芳葉のディアデム(飾り冠)”は、コンスタンツェの“飛翔のディアデム(飾り冠)”同様に数百年前につくられたものだが、ファラのディアデム(飾り冠)は赤みを帯びた金合金製だ。サークレット(輪台)全面には、エングレーヴィング(鏨彫り)と螺鈿細工の玉が嵌められているのは同じだが、5葉の蓮の葉を象った意匠の立て飾りが、とてもファラの雰囲気に合っている。
ガートルードがエアロック(気密隔室)へ入ると同時に、キャラミポート・サイド(左舷側)のエアロック(気密隔室)口のボード(操作盤)に取り付いた。開きます、と一言告げてから、キャラミがエアロック・ハッチ(気密隔室外扉)を開く。
途端、刺すような人工の外光が差し込んで来る。
エアロック(気密隔室)口から少し艦首方向、30メートルほど隔てた斜め上、アリアン・シレーヌの左ハル(艦体)に差し掛かるように、パッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)の先端が見えていた。
その先端には蜘蛛の巣のようなプリヴェント・ネット(離漂防止網)が展開していて、エアロック・ハッチ(気密隔室外扉)までの間に1本のランヤード(命綱)が張られている。ランヤード(命綱)の斜め下には、鼠の頭のようなタンデム(縦列2人乗り)型のオープン・コックピット(開放型操縦席)をしたバーニアン(操重機艇)が、万が一に備えて宙に浮いていた。
インクルーデッド・バース(内包型着埠施設)内に5基あるウォーフ(埠頭)はそれぞれ個別に、200メートル四方を基準デッキ(甲板)面から20メートルほど掘り込まれた、プールのような凹状の整備抗があり、ウォーフ(着埠)した船舶はウェイトレスネス(無重量環境)の中、この整備抗の真上に宙に浮かぶ形でアンカリング(泊港)する。アリアン・シレーヌの場合だと、掘り込まれた凹状抗の作業デッキ(甲板)床面からアリアン・シレーヌの船腹底部までが、約45メートルある。
掘り込まれた整備抗には、テラスのようなウェルカム・デッキ(迎賓甲板)が、基準デッキ(甲板)面から突き出している。アリアン・シレーヌが進航した向きからだと、ウェルカム・デッキ(迎賓甲板)はポート・サイド(左舷側)になり、反対側から入港すればスターボード・サイド(右舷側)になる。
ウェルカム・デッキ(迎賓甲板)の先端部には、掘り込まれた整備抗床面から立ち上がる、塔のようなボーディング(乗艦)用のリフト棟がある。リフト棟には、基準デッキ(甲板)面から50メートルの高さに、小さなボーディング・デッキ(乗艦甲板)があり、アリスが示唆してくれたパッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)は、そのボーディング・デッキ(乗艦甲板)の基部から伸びていた。
ディアデム(飾り冠)を手渡そうとしたキャラミに、ファラが、汝が持っておれ、と告げ、後ろのガートルードを横目に振り返った。
姫さま、と訝るガートルードに、ファラは一瞬、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。あっと勘付いたガートルードが、声を掛ける暇もなかった。
ついっと向き直ったファラが剣のヒルト(柄)を軽く振り、介添に差し出されているボラード(繋留員)の手を払い除けると、怖ける気配も全く見せず、エアロック(気密隔室)口のフッターフレーム(下枠)を軽くぽんと蹴飛ばした。
アリアン・シレーヌの開いたエアロック(気密隔室)口の端に立つと、真下にはアイスシルバー(白銀)も鮮やかな左ハル(艦体)上面が見え、その下に覗く掘り込まれた凹状整備抗の床面からだと、約70メートルの高さがある。なのでゼロ・グラビティ(無重力)とは言え、見た目の気分は一種のバンジージャンプだ。
あたふたと狼狽を隠せない2人のボラード(繋留員)の前をすっと横切ったファラが、張られたボーディング(乗艦)用のランヤード(命綱)に沿い、30メートルほど先にあるパッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)目掛けて、一直線に宙漾い飛ぶ。
パッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)前に居たボラード(繋留員)が、ちょっと焦ったように手を伸ばし、ファラの体を捕まえようとした。だがファラはその手も剣で拒絶し、そのままブーム(乗船介添用支腕)先端の周囲に展張されている、蜘蛛の巣のようなプリヴェント・ネット(離漂防止網)に身を預けた。直径4.5メートルのポリマー(高分子有機樹脂)製プリヴェント・ネット(離漂防止網)は、ウェイトレスネス(無重量環境)で明後日の方向へ漂宙い過ぎてしまうのを避けるためのものだ。
「──見た見たか? ヤンネ、ガートルード」
ネットの反動で少しばかり弾ける体を、ファラがネットに指を立てて繋ぎ止めた。
「あんよは上手、転ぶはお下手であろう・・・!」
ネットに取り付こうと、ファラが腰を折って足を伸した矢庭、臙脂色のコルセット風ミディ(膝丈)スカートの裾が、派手に捲れ上がった。
「──あちゃあ・・・」
ファラのディアデム(飾り冠)を抱えたキャラミが、傍目も気にせず顔を覆って天を仰ぐ。ガートルードも声を失って、ただ唖然と口を開ける。レースも可愛らしい菫色の薄いパンティに包まれた、ファラの丸い尻が丸見えになっていた。それでもファラは、全く憚ろうともせず、自力でネット中央に開いた口を潜ると、パッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)に取り付いた。
「──姫さま、お転婆も度が過ぎます・・・!」
声を張り上げたガートルードが、困惑顔で背の高いジャミラ人を見遣る。応じるようにキャラミが、無言のまま渋い顔で大きな肩を窄め返した。ガートルードの主人コンスタンツェも、似たような事を平気で仕出かす御侠御寮なので、従者の立場としてのキャラミの心中は、痛いほど解る。
「無重力でおじゃろうが」ファラは悪びれもせず、ガートルードを振り返った。「──それにこれ位、コンスタンツェもおじゃるであろが」
溜め息交じりに苦笑するキャラミに促され、ガートルードが佩いた剣を手で押さえながら、ファラを追って宙を飛ぶ。ガートルードもコンスタンツェ王女の外遊に付き添って、何度か宇宙へ出た経験があるが、未だにこのゼロ・グラビティ(無重力)と言う感覚が好きになれない。
「足元を掬われてはならぬ相手です。努々(ゆめゆめ)、ご自重なさいませ」
ガートルードも差し出される介添えの手を無視して、プリヴェント・ネット(離漂防止網)中央の開口部を潜り抜ける。
「確かに、そうそうでおじゃるな。遊びに来たのでは無い無いじゃ」
漂宙い近付くガートルードからの諌めに、ファラはキュラソ人特有の尖った耳をぴくっとさせ、素直に頷いた。
2人とも素直なのはガートルードも敬服し愛する処だが、もう少し立場を弁えられれば、それは素敵な芳紀溢るる姫君たちなのに、とも思う。
“このお二方に見初められる殿方たちは、誉れ高いと同時に、さぞ難儀であろうな”
そう考えると、ガートルードが独り北叟笑む。
「──その相手だが」
投げ掛けられたファラの声に、ガートルードがふと我に返る。
「何時見ても、奴には鳥肌が立つほどに、おぞましくも寒々するわ」
ファラが然も不愉快そうに、妍しい顎をボーディング(乗艦)・リフト棟の方に抉る。パッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)が繋がる先、ウェルカム・デッキ(迎賓甲板)の先から立ち上がったリフト棟、その最上部にあるボーディング・デッキ(乗艦甲板)に、3つの人影が見えていた。
先頭に立つ、モスグリーン地にオレンジのパイピング(飾り縫縁)、立て詰襟のヒイェラ宇宙軍将官軍服を自慢気に着込んだロダリーゴ・プルンチットが、2名の部下を従えて待ち構えていた。
4兄弟の三弟に当たるロダリーゴは、トラニオウの双子の弟だ。ただトラニオウと比べると小柄で痩身だが、それでも上背はファラより頭1つ高い。肩に掛かるほど長い、トラニオウより濃い鼠色した柔らかそうな髪が、ウェイトレスネス(無重量環境)で藻のように泳いでいる。トラニオウより明るい飴色の肌に、ゴース人特有の角質化した首筋と耳朶が垣間見えていた。眉間近くまで生え際のある前髪を、総髪のように後ろへ流しているため、浮き上がった前髪がまるで鳥の頭に生える冠羽のようだった。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




