Act.6 ファラ・4
キャラミが見上げるメイン・ビジョンの映像の中、気密シャッターの開口部が広がるにつれ、向こう側にステート・バース(賓客用泊港)が姿を現す。それと同時に、既にウォーフ(着埠)している1隻の艦容が目に入る。
バウ(艦首形状)がドア・ストッパーのような楔形をした、銀色の100メートル級外洋艦船で、舷側にある楕円形のリノーマライズド・パータベーション・フィールド(繰り込み摂動場)発生装置には、これ見よがしのエキドナ(翼の生えた蛇の女神)のクレスト(紋章)が描かれている。
「プルンチットの艦、ですね・・・」
映り込んだ艦容に、キャラミは瞳が無いように見える深緑色の目を眇め、顔を顰めた。
「プルンチット4羽烏どもの三弟、さては何処何処へ出掛けておじゃったか・・・?」憮然とした表情で、ファラがキャラミに問い質す。「──よもや本国から、父親がのこのこ来たのではあるまいな?」
「さすがに今この段階で、グレミオ・プルンチットが自ら出て来る事はない、とは思いますが・・・」
「まあ、良い良いわ」ファラが、ふん、と木で鼻を括ったように言い捨てた。「会ってみれば、判るでおじゃろう。此処で詮々索々(せんせんさくさく)しても始まらぬ」
目に留まった宇宙艦は、勿論コンスタンツェを同船させたトラニオウ・プルンチットのラ・ベデュータだが、ファラたちがそれを知る由もない。
グガランナの文字通り中央中心部に位置するステート・バース(賓客用泊港)は、内径500メートル、長さが400メートルの円筒形をしている。ステート・バース(賓客用泊港)へは、インセット・ストレイト(構内導峡路)がグガランナ左右両舷から通じているので、アリアン・シレーヌが進入して来た反対側からでも入港が可能になっている。ステート・バース(賓客用泊港)内には、円筒状の内壁に沿って環状にウェルカム・ウォーフ(迎賓埠頭)が等間隔に5基設けられているが、全体の容積に限りがあるため、ウォーフ(着埠)可能な宇宙船艇は全長300メートルまでとなっている。
「ヒイェラ側も、外でのメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)による接舷を避けてくれた辺り、一応の気遣いは出来ると見えますね」
キャラミが独り言のように言葉を漏らす。
「虎の威を借る借る狐め、吾に対する狐なりの世辞でおじゃるか」
目の前のメイン・ビジョンを見詰めるファラが、木で鼻を括ったように言った。
「──しかし狐が気を遣うと、好意より敵意が増す増すのは何故だろうな」
「どう言う腹積もりであれ、ウェスデン王室のファラ王女殿下です」ファラの辛辣な言葉に、キャラミが至極真面目な顔付きで言った。「最大級の歓待が、プロトコル(外交儀礼)と言うものです」
ステート・バース(賓客用泊港)は、グガランナ外殻表面にあるオープン・ファシリティ(設備)の宙空間ミリタリー・ポート(軍港)と違い、ダイアフラム(捻り絞り開閉式)・気密シャッターにより標準大気が保持されている。なので賓客に対し、ハビタブル・オーバーオール(空間作業用気密与圧服)を着用したり、閉塞感のあるメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)を通ったりせず、快適にアショア(下艦)して貰える。迎える側も、儀仗や楽隊による迎賓セレモニーが挙行できる。
「──すると何か? 吾は答々礼々(とうとうれいれい)に、伺候のキスでも施せば良いのかな?」小首を傾げたウェスデン王女が小さな笑窪を浮かべ、キャラミに北叟笑む。「──狐々(きつきつね)か烏々(からからす)に」
傍で聞いていたガートルードは、思わず苦笑を禁じえなかった。
自身が仕えるコンスタンツェ姫も、歯に衣を着せぬ物言いでは人後に落ちないが、ファラ姫は尚更に辛辣だ。感情が豊か過ぎて、口を衝く言葉にも、一言も二言も尾鰭が付いて回る。
「──いっその事」キャラミがファラを振り返りながら、戯けるように大きな肩を窄めた。「目障りな狐にはその股座に、強烈な蹴りでもくれておやりなさいまし」
「ふむ、それは良い良いでおじゃるな、ヤンネ」
くくく、と態とらしい下品な嬌声を、ファラが漏らした。
「奴のプリック(一物)、蹴り千切り飛ばしてやる」
ファラの言い草に、思わず小さく口を尖らせたガートルードが、キャラミを見遣る。振り向いたキャラミの深緑色の目が、お互い主人の口の悪さには閉口しますね、と言っていた。
矢庭、パイロット(操艦担当)からの声が入る。
「──マーシャラー(誘導管制担当)から、クリアランス(入港許可)が出ました。第1ウォーフ(埠頭)へ向け進航します」
一瞬、軽い加速ガルが掛かるのを感じたが、直ぐさまブリッジ(艦橋)構造体に組み込まれた、位置エネルギー緩衝システムが働いて加速ガルを相殺する。
アリアン・シレーヌがゆっくりと、ステート・バース(賓客用泊港)へ進入し始める。メイン・ビジョン脇の補助モニター・ビジョン群に、ステート・バース(賓客用泊港)内壁に設備された5箇所のウェルカム・ウォーフ(迎賓埠頭)が映り込む。
円筒内面上に5基あるウォーフ(迎賓埠頭)のうち、アリアン・シレーヌが指定された第1ウォーフ(埠頭)とは対角線の反対側ある第3ウォーフ(埠頭)には、ブルーゴールドの船体にマルーンとブラックの3トーンで塗り分けられた、200メートル級の艦船が既に停泊していた。まるで頬袋をパンパンに膨らませた栗鼠が、くたっと寝そべっているような船殻の、舷側と艦首に描かれれているタレット(尖塔)と蛇のクレスト(紋章)は、マデルーク王室のものなので、メルヒオール・エルドラド王子の艦に間違いない。
反対側のインセット・ストレイト(構内導峡路)から入港して来た、プルンチット家のクレスト(紋章)を付した楔形バウ(船首)の艦船が、死んだ栗鼠みたいなメルヒオール王子の船の隣へと、アリアン・シレーヌに先んじる格好で、ウォーフ(着埠)のために高度を下げつつあった。
「エルドラド家とプルンチット家が並ぶなど、あまり見たくない、不愉快な光景じゃな・・・」然も業腹そうな口調のファラが、呟くように言った。「コンスタンツェでも居らば、状況もまた違ったであろうが・・・」
それを聞いたガートルードは、今にも泣き出しそうな表情に顔を歪め、唯々唇を真一文字に結んでじっと押し黙る。
「アンカリング(投錨)・シークエンスに入ります」
少しばかり重苦しい空気が流れるアリアン・シレーヌのブリッジ(艦橋)に、アリスの無遠慮だが可愛らしい声が唐突に響く。
艦体のバーニア(姿勢制御推力器)が幾つか噴け上がり、回転するような緩やかな慣性モーメントが発生する。ブリッジ(艦橋)の位置エネルギー緩衝システムによる緩衝偏向は、主機の噴射エネルギーに連動しており、緩衝が推力軸上ベクトルに限定されるため、姿勢制御に伴うバーニア(姿勢制御推力器)の反作用ガルは相殺できない。
バース・マーシャラー(着埠誘導管制担当)からの指示に従い、アイスシルバー(白銀)も流麗なツイン・ハル(双艦体)がロール(前後軸自転)しながら、船腹側を下にして緩やかに降下する。内壁にあるウォーフ(埠頭)へアンカリング(投錨)するには、ステート・バース(賓客用泊港)の内壁側を下に船腹側からアプローチする事になる。
と同時にメイン・ビジョンに映り込んでいる景観も、ゆっくりと回転しながら天地がひっくり返って行く。
「着底します」
再びアリスからの声が上がって、今度は下から突き上げるような僅かなガルが掛かる。
「──ポート・サイド(左舷)に、パッセンジャー・ブーム(乗船介添用支腕)が用意されています」
着底と言っても、実際に接地する訳ではない。アリアン・シレーヌは、標準重力下環境を備えた惑星への降下着地用にスキッド・ギア(橇式降着装置)を艤装しているが、ウェイトレスネス(無重量環境)下のステート・バース(賓客用泊港)内に於ては、実際に接地する必要がない。勿論アリスからの、アンカリング(投錨)、と言う表現も、海洋船舶のように実際に投錨する訳ではない。
「インクルーデッド・バース(内包型着埠施設)内の環境を確認。重力作用を非検知、大気の組成変動をヒューマノイピクス(一般的な炭素系知的生命体)に対する適応標準範囲と判断します。気温18、湿度32、粉塵率0.003、ハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)着用の必要を認めません」
アリスからの報告に、ウェスデン王女が挙措も軽やかに、キャプテン・シートから腰を浮かせる。
「──何はともあれ、狐のボロックス(金玉)でも蹴り上げに行くか」
ゼロ・グラビティ(無重力)の中、ファラが着る臙脂色のコルセット風ミディ(膝丈)スカートが、纏わり付くように柔らかく波打つ。ファラはバングル(聖釧)を手首に着けた左手で、自席の背にソードベルト(剣帯)で掛けてあった1本の剣を掴み取った。
ファラが嵌めているバングル(聖釧)はコンスタンツェのものとは違い、金合金製の基台に銀のランソー(渦巻葉文様)が象嵌され、赤を基調にした玉石が嵌まっている。
そしてファラが手に取った剣は、“斬魔の聖剣”スプリガン。
コンスタンツェのレプラコーン同様、現代的なフォノンメーザー・ソード(電磁剣)ではなく古典的な斬撃剣だ。ただレプラコーンとは意匠が異なり、スキャバード(鞘)は揚羽蝶と薔薇がデザインされたローズ・ゴールド(紅鬱金)で塗られ、ポメル(柄頭)とガード(鍔)には赤い玉石が嵌まっている。勿論ファラのスプリガンも、スキャバード(鞘)は製造当時の意匠を複製した、ポリマー(重合高分子有機樹脂)製に作り替えられている。
ガートルードは腰の剣を押さえ込むと、オペレーター(探測担当)ユニットのシートを支えに、ウェスデン王女に手を差し伸べる。静かに戦ぐファラのスカートに、ガートルードが少し顔を綻ばせる。ガートルードの主人コンスタンツェ姫はパンツ・スタイルを好むが、ファラ姫はスカート・スタイルの方がお気に入りのようだ。
柔らかなウェーブを描いて、背の中ほどまで届く美しいカメリア・レッド(椿紅色)の髪に、明るい山吹色の瞳、健康そうな象牙の素肌。
見た目からだけならパンツ・スタイルが似合うのがファラの方で、スカートの類いはコンスタンツェに纏って頂きたい装束なのだが、現実は全く正反対な好みなのが年頃の女の子らしくて、何とも微笑ましい。
ファラ姫の背丈は165センチで、171センチのコンスタンツェ姫より少し小柄だが、スリーサイズが大きく違う。バスト97、ウエスト59、ヒップ90と、コンスタンツェと比べて実にグラマラスな肢体をしている。豊かに盛り上がる胸と、若々しくも締まった蜂腰と相まって、ファラはその気性通り、とても快活なバンビーナ(お跳ね)に見える。
コンスタンツェ曰く、年の割に淫猥破廉恥な“乳団子尻団子”体形で、笑窪も浮かぶ童顔もあって、M字開脚が映える色情痴情ロリ毒婦、とまで痛罵されている。
ファラはガートルードの手を介添えに、ウェイトレスネス(無重量環境)のブリッジ(艦橋)を漂宙いながら、率先してエアロック(気密隔室)へ通じるバルクヘッド・パス(隔壁通口)に飛び込んだ。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




