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Act.6 ファラ・2

「──ガートルード」


波を描くカメリア・レッド(椿紅色)の髪を、ふんわり静かに漂わせるウェスデン王女が、不意に声を上げた。


「貴様の姫々(ひめひめ)、スクラップ・プアスター(手付かず星女)の事、マデルーク側かプルンチットの連中でも、何か存じておれば幸々甚々(こうこうじんじん)でおじゃるな」


マデルーク王女付武官の、独り感慨深い雰囲気を感じたのか、ファラが少しばかり顔を曇らせて首を巡らせる。


「──ファラ姫・・・!」


ガートルードは、思わず泣き出しそうになった。


「そう心配するな。あの生意気な、鼻っ柱の強いコンスタンツェの事だ。必ずや(つつが)なくおじゃる筈じゃ」


再従姉妹(はとこ)の事とは言え、自国が風雲急を告げている今なのに、ファラからの気遣いの言葉に、ガートルードは唯々(かしこ)まるしかなかった。それでも心底から、悔やんでも悔やみ切れない思いに自らを(さいな)むガートルードは、口を真一文字に結んだまま黙りこくった。



  * * *



それはガートルードにとって、夢にも思わなかった事態だった。


自分の生命(いのち)より大事な姫が、まさか消息不明になってしまうとは。


切っ掛けは、逃げ込んだチェンテナリオ大聖堂のプリーステス(司祭)・エリザベスの思い付きだった──亡命同然にマデルークから脱出させるため、クライオ・バイタル・ハイバネート(極低温身体維持)で遺体に偽装して出国する。それもデジャーソリス教会神職が彼の地で殉職した場合の、本国への遺体移送に対する通関上のスティピュレイティング(条件)を逆手(さかて)に取った偽装だった。


デジャーソリス教会のプリーステス(司祭)からの証明書さえあれば、コンスタンツェ王女と突き止められる危険もなく、すんなりとマデルークを出国できる、筈だった。


コンスタンツェをクライオ・バイタル・ハイバネート・ポッド(極低温身体維持装置)に寝かし、ツウィリッヒ宙港の税関へ無事に持ち込まれたのを見届けたガートルードは、偽装パスポートを使って手配が行き届く前に、そのまま一旦国内便に乗り込んで第3惑星ピサロを離れた。そこから第4惑星の国際宙港で国際線にトランジット(乗り継ぎ)し、何とかウェスデン行きの直行便に乗り込めた。


コンスタンツェが眠るクライオ・バイタル・ハイバネート・ポッド(極低温身体維持装置)は、地上港でエアプルーフ・コンテナ(気密式規格貨物容庫)に収容された(あと)、衛星軌道上にある貨物専用宇宙港へ上げられ、ウェスデン経由のフレーター(貨物船)に載せ替えられる予定だった。


(あと)はウェスデンに着いたガートルードが、エリザベス司祭からの照会状を携えて、ウェスデンのデジャーソリス教会へ(おもむ)き、事情を説明した上で教会関係者として、コンスタンツェが着く予定のプライマリ・アース(首星)クラウスにある首都メンゲルベルク宙港で待ち受け、コンスタンツェを保護した上で、ファラの居るウェスデン王室へ駆け込めば良い。コンスタンツェに生体覚醒処置を施すのは、安全を完全に確保してからでも遅くはない。


ガートルードが、首都メンゲルベルク宙港でコンスタンツェを待ち受けるための、時間的な余裕は充分にあった。


コンスタンツェをクライオ・バイタル・ハイバネート・ポッド(極低温身体維持装置)が載るフレーター(貨物船)は混載便で、マデルーク国内宙域で2つ、ウェスデン国内宙域で1つ寄港した後、第3惑星クラウスの衛星軌道上にある貨物専用宙港から、惑星上の首都にあるメンゲルベルク宙港へと、シャトル(往還定期便)で下ろされるからだ。


ところが──。


待ち受けていたガートルードの、目の前にあったコンテナ(規格貨物容庫)が、(あらかじ)め受け取っていた解除コードで開かない。焦ったガートルードは空港職員に掛け合い、終いにはデジャーソリス教会の名と、不敬ながらウェスデン王室の名を臭わせながら、強引に開けさせた。


中には生命(いのち)よりも大事なマデルーク王女が居る、筈だった。


だが、だだっ広いコンテナ(規格貨物容庫)の中には、胡散臭そうなケースが4つだけ。送り出した筈の、コンスタンツェ姫の痕跡すらない。


ガートルードは、一瞬にして全身の血の気が失せた。


何がどうなっているのか解らない──ガートルードに出来る事は、もうウェスデン王室のファラ王女を頼る事しかない。


ガートルードは縋る思いで、エリザベスが紹介してくれたデジャーソリス教会へ再び足を運び、教会のプリースト(司祭)に理由(わけ)を話して、ウェスデン王室のファラ王女への口添えを頼み込んだ。幸いファラ姫は、コンスタンツェの再従姉妹(はとこ)で同い年と言う事もあり、仲が良いとは言えないものの、赤の他人ではない。その繋がりもあって、ガートルードもファラ姫を3度ほど拝顔した事がある。そのうち一度は、剣技の手合わせをした事もあって、ファラの方も覚えていてくれた。


目通りが適ってファラ姫へ事情を説明できたものの、王室としてもどうしようも無かった。ファラ姫から手を回して貰って、宙港の通関記録には目を通す事が出来たものの、荷役されたのがマデルークとあって、ウェスデン側からではそれ以上に調べようがなかった。


しかもガートルードの方からはもう、ファラ姫に無理を言える事態ではなくなっていた。


デジャーソリス教を枢軸教に宗主藩属的な中央集権国家連邦、“デジャーソリス主教聖国連邦”の構築を目論むヒイェラは、プルンチット4兄弟の実父グレミオ・プルンチットの代になって、そのデジャーソリス教の発祥の地であるウェスデンを差し置き、自国を勝手にデジャーソリス教神祇府宗代と自任し始めていた。


ウェスデンを何としても連邦の枠組みに組み入れようとするヒイェラは、巨大な移動要塞を伴ったプルンチット4兄弟の三弟ロダリーゴを、神祇検侶(しんぎけんりょ)として派遣し、外交協議と称して露骨な圧力を掛け始めた。


デジャーソリス教の総本山たるウェスデンが、ヒイェラからの神祇検侶(しんぎけんりょ)を受け入れる事は、デジャーソリス教におけるヒイェラの神祇府宗代を認める事になり、事実上ヒイェラの神祇府宗代府主たるプルンチット一族の門閥下に組み敷かれる事を意味する。


だが勿論ウェスデンは、デジャーソリス教発祥の矜持を持って、ヒイェラからの神祇検侶(しんぎけんりょ)たるロダリーゴ・プルンチットの受け入れを拒否し続けた。


再三の会談も物別れになる中、ヒイェラは遂に業を煮やし、ロダリーゴの双子の兄である次兄トラニオウが率いる、威力行使部隊である強大な宇宙艦隊を、明白(あからさま)な恫喝もどきに送り込んで来た。


しかも今回は外交協議と言う体裁は繕っているものの、マデルーク王室も同席して頂く、との付帯事項が付いていた。


マデルーク王室が、ヒイェラの軍門に下ったのは明白だった。事情はどうであれ結果的に、マデルーク王プロスペロ・エルドラドが暗殺された事が引き金になったのは、想像に難くない。と同時に、ヒイェラにマデルーク2国揃っての、ウェスデンへの露骨な圧力であり、外交協議継続への実質的な最後通牒だった。


しかも悪い事は重なるもので、ウェスデンにとっては一層の正念場になっていた。


時機悪く、ファラの父テオ・ヴィラージュ現国王は、半年前から病の床に()せっており、強大な2国を相手にもはや会談に応じられる状態ではなくなってしまった。


ウェスデンの命運が、現王妃セイレーズと芳紀なファラ王女に伸し掛かった。


王女ファラにはペルーアと言う弟がいるが、(よわい)12と、さすがに政治的駆け引きの場を担えるほどの経験はない。母たるセイレーズ王妃も、デジャーソリスの血を引く嫡流ではないため、もう一歩も引けない事態は、デジャーソリス血脈を受け継ぐファラ王女に託されたと言っても良かった。


ファラ王女は半日考えて、父王の懐刀であるヤンネ・キャラミを伴って、自ら会談に臨む決意を固めた。


それを耳にしたガートルードは、国王惨殺の場に居合わせ、そのコンスタンツェ姫すら失い掛けている今、故国がウェスデンに迫ろうとするのを見過ごせなかった。


政治的駆け引きなどとんと疎い自分に、何が出来る訳でもないが、コンスタンツェと同い年の姫君が追い詰められているのを目の当たりに、少しでも助力できれば、と無理に同席を頼み込んだ。何せ相手は、マデルーク王室のメルヒオール殿下。マデルーク王室事情なら僅かながらも、ファラ姫やウェスデン側の人間より見知っている。


そして何より、当のコンスタンツェに、恋慕の情を(いだ)いているメルヒオール殿下だ。殿下が姫の行く末に関心を持たぬ筈はない。ひょっとすれば姫の事を、故国を離れた(あと)の事を知っているやも知れぬ。いや、既に保護されている可能性もある。


ただウェスデンの国勢の掛かった会談の場で、メルヒオール殿下へコンスタンツェの事を問いたい、と口にするのは余りに身勝手過ぎるため、ファラには黙っていた。


それに、会談に臨むに当たってヒイェラ側からは、同席者は2人まで認めるが、王室関係者以外は同席を控えて頂きたい、ましてやウェスデン軍属武官の方々は殊更に遠慮して頂きたい、これは決闘ではないのだから、と釘を刺されていた。


ガートルードの主人を思う気持ちを察したのか、同席を後押ししてくれたのは、誰あらぬキャラミ首席公議官だった。


軍属を同席させるなと言われても、相手がロダリーゴ将軍なれば、殿下が腹に据えかねて鯉口を切りたくなっても、ガートルード卿に随従いただいておれば安心です──キャラミからの諌言(かんげん)な進言だった。ファラは見透かしたように、ガートルードとて(あと)にした故国の状況を肌身に感じておきたいに違いない、との言葉と共に首を縦に振ってくれた。ファラはその姿容から、少し手荒な性質(たち)に見えるが、コンスタンツェ同様、周囲への機微に(さと)く慮れる姫君だ。


キャラミは王室付公議官なので軍属ではないし、ガートルードは武官だがウェスデンの人間ではないので、苦しいが言い訳は立つ。それに上背が2メートルを優に超えるジャミラ人のキャラミは、見上げるような偉丈夫(いじょうふ)(なり)から武芸百般の武闘派に見えるが、実は武技剣技など不得手も甚だしいテクノクラート(高級技術官僚)だ。



  * * *



「それにまあ、コンスタンツェの心々情々(しんしんじょうじょう)、満更に分からぬでもない」


王女ファラは身動(みじろ)ぎもせず、ブリッジ(艦橋)前方のメイン・ビジョンを見上げていた。


「──厭々世々(えんえんせいせい)おじゃりたくなるのも、な」


「コンスタンツェ王女殿下でなくとも、嫌気が差そうと言うものです」


キャラミもメイン・ビジョンを見ながら、柔らかい口調で頷く。


メイン・ビジョンの画面には、ヒイェラ宇宙軍移動要塞グガランナの、ドッキング(着埠)ポートへの大きな進入口が見えていた。




★Act.6 ファラ・2/次Act.6 ファラ・3

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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