Act.6 ファラ・1
「これ見よ見よに、見せ付けておじゃる」
キャプテン・シートに着くウェスデン王女が、然も苛立たしそうに言った。
背の中ほどまである、少し癖のある豊かなカメリア・レッド(椿紅色)の髪が、ウェイトレスネス(無重量環境)にふわふわと戦ぐ。
「小汚いポケット・モンスター(一物)を、鼻高々に誇っておるみたいで、げんなりするわ」
宇宙艦アリアン・シレーヌのブリッジ(艦橋)前方のメイン・ビジョンには、画面に納まり切らないヒイェラ宇宙軍移動要塞グガランナの、異様な姿が目一杯に映り込んでいた。
「この期に及んで、まさかマデルークと結託して来るとは、小生も予想しませんでしたわ」
ウェスデン王女の右に立ち浮かぶ、右目にアイパッチを着けた、一際大柄なジャミラ人が、腕組みをしたまま口をヘの字に曲げた。
「ガートルード、残々念々(ざんざんねんねん)ながらマデルークは、エルドラド王室は、既にプルンチットの連々中に手懐けられておじゃるようだな」
メイン・ビジョンを忌々しそうに見詰めるファラが、キュラソ人系の特徴である、尖った耳介に纏わり付く髪を軽く撥ね上げる。
ウェスデン王女であるファラ・カトル・ヴァンサンク・ヴィラージュは、テラン(地球人)の父とキュラソ人の母を持つミセジェネイション(異系混交)で、コンスタンツェと同い年の16歳だ。
キュラソ人は男女とも妖精のような尖った耳介に褐色系の肌が多く、顎周りに生える独特の産毛が特徴だが、ファラは耳こそ尖ってはいるが肌は象牙に近く、顎周りに目立つ産毛はない。
スタンド・カラー(立ち上襟)にラペル(返り下襟)を合わせた、濃紺に銀のパイピング(飾り縫縁)が施されたボレロ風のジャケットに、ピンタック・フロントの薄桃色ブラウス。臙脂色のコルセット風ハイウエスト・ミディ(膝丈)スカートは、フロントに大きな飾り釦、サイドがレースアップ(編み上げ)で、足元には焦げ茶のレースアップ(編み上げ)ミドルブーツを履く。
首元に白基調の柄スカーフを装うファラ姫は、年相応に可愛らしくも、凛とした威厳を湛えていた。
「本当に、断腸の思いです、ファラ王女殿下」
苦渋の面持ちのガートルードが、悔しそうに言葉を返した。
機艦アリアン・シレーヌのブリッジ(艦橋)はウェイトレス・デッキ(無重量環境区画)なので、フリップ(巻き込み)・ポニーテールにしているガートルードの蜂蜜色の髪が、宙で緩やかに揺れていた。
「グガランナからのマーシャリング(発着誘導管制)を確認。指示されたシフト(予定進航路)でオンレーンします」
場違いなほどに可愛い声音が、スピーカを通してブリッジ(艦橋)に降って来た。
声の主は、ファラ王女が座るキャプテン・シートの足下前方の専用コンソール(制御卓)ユニットに着いている、青丹色の円らな瞳も可愛らしい9歳か10歳くらいの女の子だった。
浅葱色の前髪は奇麗に切り揃えられ、左右に分けた長い三つ編みを頭の両横で渦巻きに留め上げている。紺色のショートパンツ・カバーオール(上下繋ぎ)に、オーバーラップ(腿丈)・ブーツ、肩上が大きく開口したネックガードにはたっぷりと緩衝材が取り巻いて、彼女の首は完全に埋もれてる。丸い頭部がちょこんと乗っかっている感じなのが、とても愛らしい。
「アリス、ヒイェラの衛星にドッキングする旨々、後ろのトーゴ提督へ報告おじゃれ。これから会々談々(かいかいだんだん)に臨む、とな」
「アイアイマァム(了解しました)」
歯切れ良いアリスからの声が、ブリッジ(艦橋)内に流れる。
アリスは、この機艦アリアン・シレーヌを統括監理制御しているエグゼクティブ・オペレーティング・システムの、インターフェイス・デバイスだ。アリス自体はオーガノイド(被生擬人義工体)で、言わば統括監理システムの動き回るアバターだ。
アリアン・シレーヌのパイロット(操艦担当)が、バーニア(姿勢制御推力器)を噴かす。艦内に、軽くアクセラレート・ガル(加速度)が伸し掛かって来るのを感じる。
機艦アリアン・シレーヌは、ウェスデン王室隷下の御料宇宙艦だ。王女ファラが15歳の祝いの折り献納された宇宙艦で、国王専用の御料艦は別にあるため、実質的にはファラ専用艦だ。運用自体は宇宙軍ではなく、王室直属の近衛が行っている。
全長133メートル、アリアン・シレーヌ──“銀の不死鳥”の意を持つ艦は、槍の穂のような長紡錘形の艦体を左右に持ったツイン・ハル(双艦体)で、その後端側を繋ぐような形でアコモディション・デッキ(乗居区画)がある。
外洋航行用主機にグラヴィトン・パータベーション・スプラッシュ(重力子摂動跳撥)・エンジンを艤装し、両舷側を凹ませるように艤装されている円板状の構造物が、リノーマライズド・パータベーション・フィールド(繰り込み摂動場)発生装置だ。内洋航行用のフェルミオン・対消滅エンジンは、ツイン・ハル(双艦体)艦尾に備えている。
アイスシルバー(白銀)の艦体は、腹面側が濃紺に塗り分けられたツートーン・カラーで、全体に鬱金色の艶やかな装飾が施されている。左右両舷のツイン・ハル(双艦体)、その2つのバウ(船首)上面外殻に描かれているのは、現ウェスデン王室ヴィラージュ家のクレスト(紋章)であるタレット(尖塔)とレオ(獅子)。艦橋楼の側面にも、同じクレスト(紋章)が小さく入っている。
アリアン・シレーヌのブリッジ(艦橋)は、150メートルに満たない艦容もあって、然程に大きくない。
ブリッジ(艦橋)のシーティング(配置)はH形に近い配置になっていて、最前列の右舷側がパイロット(操艦担当)ユニット、左舷側がエンジニア(機関動力担当)ユニットで、その間に挟まれる形で後ろに一段下がった位置にあるのが、システム・インターフェイスのアリスの席だ。
そのアリスの真後ろ上方、最前列のパイロット(操艦担当)、エンジニア(機関動力担当)ユニットより少し高みに位置しているのが、ファラの座するキャプテン・シートだ。そのキャプテン・シート左右両側の一段上がった所に、リエゾン(通信担当)とオペレーター(探測担当)ユニットがあるが、今はアリスが代替しているため専属担当者を着けていない。
「──エルドラド国王への凶事を、マジェスタ卿から聞いた時には、まさか、と思いましたが、それが悪しき切っ掛けになってしまったようで、残念ね」
巨漢のジャミラ人が、ファラ王女越しにガートルードを見遣った。
「全く、です、キャラミ殿」ファラの左で宙に浮かぶガートルードが、明白に肩を落とす。「──しかし、顔を見せられるのがメルヒオール殿下とは・・・」
「ヒポリア王妃やデスデモーナ殿下は、あまり快くは思っていないでしょうね」
ジャミラ人のキャラミが、同情するような口振りで言った。
ヤンネ・ファルナージ・キャラミ──巨漢のジャミラ人は、上背220センチ。眼窩が深く明瞭な鼻梁がないのはジャミラ人の特徴だ。全体が深緑の目は、強膜が角膜と同色なので瞳が無いように見える。肌は薄鈍色で、頭頂は角質化した堅い皮膚で頭髪がない。肩から下顎にかけてなだらかな曲線を描く頚椎部は可動域が狭く、首が無いように見えるのも、ジャミラ人独特の体形だ。
落ち着いた雰囲気を纏うヤンネは42歳。隻眼のアイパッチ下には、右頬横から眉間に掛けて大きな傷が残っている。偉容が厳つい事もあって、風体だけならタフな歴戦の軍職だが、実は見た目にそぐわず知略家で、ウェスデン王室付のアドヴァイザリ・セネター(諮問公議官)首席を努めている。現王室治政上の知恵袋でもあり、ファラの父テオ王の懐刀とも言われている。
しかもジャミラ人自体がコンプレックス・バイナリ(両性可現態)種なので、外見の厳つさと実際の物腰の柔らかさに、誰しもが大きな差異を感じる。
「直接手を下したのが、デスデモーナ殿下の間者なのだとしても──」キャラミは少しばかり険しい顔を、ガートルードに向けた。「プルンチットの連中が、後ろから焚き付けた、と推察するのは間違ってはいないでしょう」
「キャラミ殿も、矢張りそう思われますか・・・?」
一層落胆したような表情のガートルードは、黒いジュストコール・ジャケットを羽織るヤンネ・キャラミを見遣った。
キャラミが着込む、スタンド・カラー(立ち上襟)にラペル(返り下襟)を合わせた、金のパイピング(飾り縫縁)が入る黒のジュストコール・ジャケットは、第3惑星クラウス首都メンゲルベルクにある、ウェスデン現王室ヴィラージュ家の居城ザッパ城内勤者のうち、上位侍従相当が袖を通す有職装束だ。
ただキャラミは実際には諮問公議官であり、側付侍従ではない。なのでジャケット下には、キャラミ自身が好むカットソーをラフに着込んでおり、デコルテ(胸元)にはアスコット・タイを大振りに結ぶ。巨きなキャラミの体躯には好個の、腿周りがゆったりした濃灰のジョッパーズ風パンツ、足元には厳ついワークブーツを履いていた。
「──ご存知の通り、現在マデルーク神祇府主を任じているのは長兄のキャシオウ・プルンチットですが、このところ本国へ戻っているらしく、その不在の間を突いて、末弟のイアーゴ・プルンチットがお2人への懇親を、頻繁と深めている、とは小耳に挟んでいたのですが・・・」
一方、困惑を隠そうとしないガートルードは、キャラミと同じジュストコール・ジャケットの、女性用の臙脂色を羽織っている。
下も同じように腿周りがゆったりしているが、此方はハイウエストのセーラー風パンツで、裾をニー(膝下丈)・ブーツの中へ押し込んでいる。白のブラウスが褐色の肌に映え、首元で揺れる瞳と同じ瑠璃色のクラバット・タイが、長身のガートルードに似合っていた。
それにキャラミと違うのは、嫋やかな線を描くその腰に、1本のフォノンメーザー・ソード(電磁剣)を佩いている事だ。剣はウェスデン王室近衛の正式配備品で、ガートルードがコンスタンツェ王女の近衛武官と知っているキャラミが、今回の随従に当たって気を利かせて用意してくれたものだ。
「プルンチット一族とは言うものの、今回の会談相手となるロダリーゴ・プルンチットも含めて、どうも一枚岩に固まってくれないのが厄介です」
「──ヤンネ」
キャプテン・シートで2人の会話に傍耳を立てていたウェスデン王女が、山吹色の瞳を横目にぎろりと睨む。
「吾の前で、その名を口々(くちくち)にするな。虫酸が走々(はしはし)する」
「これは為たり、申し訳ございません」
ファラの倍は有ろうかと言う双肩のキャラミが、素直に深々と顱を垂れた。
横で見ていたガートルードが、思わず笑みを零した。
好き嫌いをはっきり物言う性質は、主人たるコンスタンツェ王女と本当によく似ている。それでいて仕える者からは、不思議と慕われ自然と傅かれる。
生まれながらにして、王女然と出来る王女。目の前のファラ姫とコンスタンツェ姫は、間違いなくその気高さを生まれながらに纏っている──ガートルードはファラにコンスタンツェを重ねながら、無意識に遠い目をした。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




