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Act.5 何があっても何処までも・13

「エアロック(気密隔室)の外は、重力が利いておりませんので、御注意を」


トラニオウが待合室に接している、エアロック(気密隔室)への扉を開く。


エクイップメント・ロッカー(装備保管庫)を兼ねたエアロック(気密隔室)を、コンスタンツェがクーガを伴い、トラニオウの(あと)から続く。ガルビオンのランチ・デッキ(装載艇甲板)にあるエアロック(気密隔室)は、ウェイト・デッキ(有重量環境区画)なので、普通に振る舞える。当番兵が最敬礼をして、2人と1匹を送り出すと扉を閉めた。


エアロック(気密隔室)のベイ(格納庫)側のハッチ(外扉)が開くと、圧搾空気スラスター(噴射器)を腰に携えた作業員が、宙に浮きながら顔を覗かせていた。その15メートルほど向こうには、宇宙船の舷側にボーディング・ハッチ(乗船口)が開いているのが見える。ハッチ(搭乗扉)脇の外鈑には、エキドナ(翼の生えた蛇の女神)を(かたど)ったプルンチット家のクレスト(紋章)が描かれていて、乗船の手助けをする2人の作業員も待ち受けている。そこまでの間にも介助のための女性作業員1人が浮いていた。


コンスタンツェがついっと、トラニオウの横合いから前に出ようとした矢先。


クーガが、銀色の爪先をした4本の脚肢をトコトコと繰って、コンスタンツェの脇から前に進み出る。開いているエアロック(気密隔室)口の手前で立ち止まると、クーガはコンスタンツェを振り返って、クォン、と声を掛けた。


行く手を(さえぎ)るようなクーガに、コンスタンツェが(いぶか)る。


クーガは再びクォン、と()くと、まるで背に乗れと言わんばかりに、振り返ったまま2度3度と(もた)げた首を振る。


少しばかり考え(あぐ)ねていたコンスタンツェだったが、ふと思い至ったのか、ふむ、と軽く頷くとクーガの左側から背に手を掛ける。と同時にクーガが、四肢を少しばかり折って体高を低くした。


「──クーガ、其方(そなた)、手助けしてくれるのか・・・?」


クーガの確然たる仕草に、コンスタンツェが笑みを(こぼ)す。頭に載ったディアデム(飾り冠)を脱ぎ、サークレット(輪台)に左腕を通すと、コンスタンツェがひょいとクーガの背に、サイドサドル(横座り)に飛び乗った。


トラニオウが思わず、あっ、と声を上げた。


コンスタンツェがディアデム(飾り冠)を通した左腕で剣を掴み、右手をクーガの太い首に回す。一呼吸間が空いて、クーガが身を起こす。肩までの体高が100センチほどあるので、クーガが正立すると背に腰を落とすコンスタンツェは足が床に着かない。


殿下、と声を掛けるトラニオウが、体に似合わぬ狼狽を見せた。


コンスタンツェは意に介する素振りを全く見せず、背に乗った尻の居住まいを改め直すと、頼むぞ、クーガ、と声を掛ける。と同時に、合点承知とばかりに一声吠えたクーガが、四肢を繰ってエアロック(気密隔室)の床を蹴った。


纏っていたラズベリー・レッドのヒイェラ宇宙軍上着が、コンスタンツェの肩から(はだ)けて置き去りにされる。ゼロ・グラビティ(無重力)の10メートルをボーディング・ハッチ(乗船口)目掛け、途中一度だけ備えている圧搾空気スラスター(噴射器)を吹かせたクーガが、コンスタンツェを乗せたまま緩やかに漂宙(ただよ)う。


この気遣いが、クーガ自らの機転なのか、シャヴィからの指示なのかは、コンスタンツェには判らない。メディカル・ステーション(救護医療処置室)でのトラニオウとの遣り取りは、シャヴィも耳にしてくれている筈と承知している。だがそのシャヴィがまさか先回りしていて、このランチ・デッキ(装載艇甲板)内に潜んでいるとは、コンスタンツェも思っていなかった。


“──だがもし、これがシャヴィからの気遣いなら・・・!”


そう想像しただけで、コンスタンツェの頬がたわい無く緩む。シャヴィは直ぐ傍に、見える所に、手が届く所に居る事に他ならない。(はた)から見ている者にとって、何故コンスタンツェが顔を綻ばせているのか、知る(よし)もない。


そして、その(はた)の者たちは、その場のコンスタンツェの姿を目の当たりにして、誰もが居合わせた幸運に逆上(のぼ)せ上がった。


火の輪潜(くぐ)りの(ライオン)如き姿勢で、勇と宙を行くクーガ。そしてその背に乗って空を飛ぶ、瀟洒(しょうしゃ)な剣を手に凛と前を向くコンスタンツェ。ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪が空気の流れに麗しく(そよ)ぎ、肩から脱げたラズベリー・レッドの軍服が、天女の衣のようにふわりと空で優雅に踊っていた。


それは(さなが)ら、天馬に乗って戦場(いくさば)を駆け、(たお)れた戦士を迎えに来るヴァルキュリャ(冥導の女神)だった。


15メートルと言う僅かな距離を渡る有り様は、まるで美術画に描かれる神話の1シーンそのもだった。(ささや)かな眼福の時間、コンスタンツェの気高い風情に、誰もが目を惹き付けられた。


介添えに揃っていた作業員たちが呆然と注視する中、コンスタンツェがクーガの背に乗ったまま、宇宙艦のボーディング・ハッチ(乗船口)へと飛び込むと同時に、クーガが圧搾空気スラスター(噴射器)を吹かす。


宇宙艦側のエアロック(気密隔室)は、ガルビオンのそれとは違い、ウェイトレス・デッキ(無重量環境区画)だった。


緩やかに慣性モーメントを()いだクーガの前肢が、エアロック(気密隔室)最奥の壁に突き当たる。その反動で、コンスタンツェの華奢な体が、少しばかり前につんのめり、そのままクーガの背の上で、尻を上に宙返りの格好で浮き上がった。


そのコンスタンツェに向かって、ウェイト・デッキ(有重量環境区画)であるエクイップメント・ロッカー(装備保管室)から、女性の作業員が手を差し伸べる。コンスタンツェは、見事なエスコート(随伴護衛)だったぞ、とクーガの首筋を叩いて(ねぎら)いながら、自らの体をクーガへと手繰り寄せる。


作業員が呼び込んでいるロッカー(装備保管室)へ飛び込むため、コンスタンツェがクーガの背の上で身を丸めて膝を折る。前屈みに尻を突き出し、クーガの横腹を蹴飛ばそうとした一弾指(いちだんし)


コンスタンツェがミニ丈ドレスのように袖を通している、シャヴィのインディゴブルーのシャンブレーシャツの裾が、大きく捲れ上がった。


腰まで(あらわ)になった、桜色の可愛らしい尻が丸見えになり、マデルーク王女の瑞若漲溢(ずいじゃくちょういつ)の太腿が(あらわ)になる。コンスタンツェが着けているのは、メディカル・ステーション(救護医療処置室)で支給されたハイジーン(衛生)パンティだ。辛うじて陰部のみを隠すだけで上品さなど無縁の、王女にあらざるべき劣情扇情的な姿容だった。


まさか、曲がりなりにも王女と言われる淑女の、生の、素の尻が拝めるとは──コンスタンツェのあられもない姿に、作業員たちは目の遣り場に困りながらも、一斉に顔を真っ赤にする。向かい側ランチ・デッキ(装載艇甲板)のエアロック(気密隔室)から見ていたトラニオウですら、さすがに頭を抱えて天を仰ぐ。


ただコンスタンツェ自身だけは、(はた)で見ている者が気を揉むほどには気にしていない。


──曰く、ビンボ・レディ(上っ面淑女)。

──曰く、可愛げなし、色気なし、愛想なしのトリプルホロゥズ・プリンセス(三無し姫)。


如何に着飾ろうと、周囲の口端に上る雑言と、冷たい視線に(さら)される。何時(いつ)も陰口を叩かれていれば、さすがに面の皮も厚くなる。(さげす)みの視線だろうと邪淫の視線だろうと、全く気にしなくなっていた。(もっと)もガートルードだけは、しょっちゅう苦言に顔を(しか)めていたが。


困惑顔の女性作業員が伸ばす手を取り、コンスタンツェがエクイップメント・ロッカー(装備保管室)へそっと引っ張り込まれる。


此方(こちら)には重力がありますのでご注意を、と声を掛けられたが、コンスタンツェは床に足を着けた瞬間バランスを崩し、咄嗟に手にしていた剣を突いて杖代わりに体を支える。介添えの女性作業員に礼を述べ、コンスタンツェがクーガを振り仰ぐ。クーガ、と声を掛けられると、宙を漂宙(ただよ)っていたクーガが、2度3度と圧搾空気スラスター(噴射器)を吹いて向きを変えた。後肢を伸ばして後ろ壁をちょんと蹴り出すと、クーガがコンスタンツェ向かってエクイップメント・ロッカー(装備保管室)に飛び込んで来た。


間近に迫る、漆黒のクーガの大きさに、女性作業員が思わず身を引く。


其方(そなた)は、其方(そなた)の主人と同様、実に頼りになる」


力強く床に四つ足を着いたクーガの頭を、コンスタンツェが一撫でした。


「──殿下、申し訳ありませんが」


不意の声が、頭の上から降って来た。


コンスタンツェがエアロック(気密隔室)の方を振り仰ぐと、ゼロ・グラビティ(無重力)の宙にトラニオウが浮いていた。トラニオウは、コンスタンツェが(はだ)けさせて置き去りにして来た、ラズベリー・レッドの軍服の上着を手にしていた。


「せめてお振る舞いだけでも、もう少しお慎み願えませんか・・・?」


傍の作業員の添えで、トラニオウがコンスタンツェの前に飛び込んで来る。


「周りの者共が、終始狼狽しますもので」


トラニオウがそっと、ラズベリー・レッドの上着をコンスタンツェの肩に纏い掛けた。


「どうせ(それがし)など、(てい)の良いお飾りだ」


歯牙にも掛けない言い草で返したコンスタンツェが、左腕に通していた飛翔のディアデム(飾り冠)を、ひょいと自らの頭に載せた。



  * * *



空を横切る、そのマデルーク王女の(あで)やかな姿態は、シャヴィですら惹き付けられた。


ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪を(なび)かせるコンスタンツェは、此方(こちら)に背を向けたまま凛とした横顔だけを垣間見せていた。


この姫のためなら、どれだけ血を流そうと(いと)わない──この一時(いっとき)のコンスタンツェを目にした者なら、誰でもそう思うに違いない。事実シャヴィすら図らずも、そう思わされてしまう。それほどまでに、この一瞬のコンスタンツェは、気高くも麗しい絶世の乙女だった。


この(たたず)まいは、物真似で演じられるものではないし、貴族だからと言って誰にでも醸し出せる、と言うものでもない。生まれついての、神聖にして犯すべからず王女──そんな陳腐な表現が、シャヴィの脳裏を(よぎ)る。盛大な螺子(ねじ)抜け姫かも知れないが、コンスタンツェに出会えた事は、きっと幸運な事なのだろう。


コンスタンツェがクーガと共に、宇宙艦ラ・ベデュータのエアロック(気密隔室)へ無事に飛び込んだのを見届けると、シャヴィは身を翻した。辺りを慎重に見回し人目が無いのを確認すると、まだ開いている船腹中程にあるペイロード・ゲート(搬出入口)から、シャヴィも艦内(なか)へと飛び込んだ。


ただ残念な事に、カーゴ(貨物室)内に身を潜めようとするシャヴィは、麗しくも勇ましいヴァルキュリャ(冥導の女神)が、エアロック(気密隔室)の中で、素肌の尻をあられもなく(さら)していた事を、知る(よし)も無かった。




★Act.5 何があっても何処までも・13/次Act.6 ファラ・1

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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次章 Act.6 ファラ


もう1人のプリンセス、ファラ登場。さてさて、どうなります事やら。

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