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Act.5 何があっても何処までも・12

ラ・ベデュータが帰艦するのを待って盗み出す、と言う訳には行かなくなった。何しろ、コンスタンツェ自身が連れて行かれてしまうのだ。


シャヴィがラ・ベデュータの艦内施設図面に、素早く目を通して行く。


艦体中央部にあるのは、確かにグラヴィトン・パータベーション・スプラッシュ(重力子摂動跳撥)主機のエンジン・デパートメント(機関部)なので、外洋航行能力を備えているのは間違いない。しかも艦首には、小出力だろうが、プラズマ・ブラスターを単装2門艤装している。


ラ・ベデュータに備わっているアボード(乗艦)用のエアロック(気密隔室)は左右舷に1箇所ずつで、艦尾側にペイロード・ゲート(搬出入口)がある。ベイ(格納庫)はウェイトレス・デッキ(無重量環境区画)だが、標準大気環境が維持されているため、エアロック(気密隔室)へのアボード(乗艦)に際しては、ブリッジ(乗船廊橋)は使われない筈だ。


シャヴィは窓へ寄ると、ベイ(格納庫)を覗き見た。


離艦準備は進んでいるらしく、ラ・ベデュータの内洋航行用のフェルミオン・対消滅エンジンは既にアイドル・ステータス(待機状態)へ移行しているようだ。ボーディング(乗艦)に備え、此方(こちら)側から見えるポート・サイド(左舷側)のエアロック・ハッチ(気密隔室外扉)は既に口を開けている。双発のメイン・ノズルの間にあるペイロード・ゲート(搬出入口)も開放されており、時折り作業員が出入りしていた。


“侵入するには、艦尾のペイロード・ゲート(搬出入口)しかないか・・・”


何分(なにぶん)、100メートル級の小さな(ふね)だ。艦内(なか)に潜むにしても、隠れられそうな場所は限られる。


ランチ・デッキ(装載艇甲板)側から、2人の人影が宇宙艦ラ・ベデュータの方へと、宙を宙漾(ただよ)って行くのが見えた。作業員たちとは違う、ダークグレイにペールブルーのパイピング(飾り縫縁)が入った、身形(みなり)の良い制服を着込んでいるので、人目で士官だと分かる。恐らくは宇宙艦ラ・ベデュータのスキッパー(艦長)とパイロット(操艦担当)だろう。2人が作業員の介添えで、ラ・ベデュータのポート・サイド(左舷)で開いているエアロック(気密隔室)へと飛び込んで行った。


シャヴィは、パンツのポケットに押し込んであった、皺苦茶(しわくちゃ)になった紙片を取り出した。


ホワットエヴァ・エニウェア(何があっても何処までも)──コンスタンツェが思いを込めた一文を、穴が開くほど見詰め返す。


“──待ってろ、マーズ・プリンセス(火星の姫君)・・・!”


コンスタンツェからの紙片の(しわ)を、少しばかり伸ばしてから、今度は丁寧に折り畳むと、シャヴィは改めてポケットに仕舞い込む。シャヴィは身を翻すと、窓のある壁を軽く蹴ってストレージ・ラック(収納架)の奥へと宙漾(ただよ)う。並び立つラック(収納架)の間を抜け、ベイ(格納庫)へ出るための気密シャッターの前に齧り付くと、脇壁のコンソール・ボード(操作盤)でシャッターを開く。


シャヴィが開いた気密シャッターの向こうには、70メートル級の士官用宇宙船艇らしき2隻が、ビンディング・ブーム(機材固縛支腕)で並列に繋留されていた。


そっと顔を覗かせたシャヴィが、辺りをゆっくり見渡す。


ビンディング・ブーム(機材固縛支腕)で繋留されている宇宙艦ラ・ベデュータのポート・サイド(左舷側)、ボーディング・ハッチ(乗艦口)真向かいのランチ・デッキ(装載艇甲板)側、展望台のように張り出した搭乗用の小さなデッキの奥にある、まだ閉じている扉口周りにも、作業員が数名揃っていた。


此方(こちら)側の船艇には、離艦指示が出ていないのだろう、周囲に人気(ひとけ)は薄く、作業員の姿はラ・ベデュータの方に集中している。手前側に繋留されている士官用の宇宙船艇までは、約5メートル。シャヴィは気密シャッター口脇の壁を蹴飛ばすと、ゼロ・グラビティ(無重力)のベイ(格納庫)の中を、一気に宙漾(ただよ)い出た。


70メートル級宇宙船艇の外殻に沿いながら、船腹を下へと回り込む。並列に繋留されている船艇の、5メートルほどの間を宇宙艦ラ・ベデュータの方へと宙漾(ただよ)い行く。シャヴィは圧搾空気スラスター(噴射器)を携行していないので、ウェイトレス・デッキ(無重量環境区画)のベイ(格納庫)内では、案外と行動は(まま)ならない。


トラニオウ専用宇宙艦ラ・ベデュータは、並列に繋留されている士官用宇宙船艇の前、内洋航行用主機であるフェルミオン対消滅推進エンジンのノズルを此方(こちら)へ向けて繋留されている。ラ・ベデュータまでは約15メートル、双発艦尾ノズル前方にあるペイロード・ゲート(搬出入口)は、まだ大きく開いていた。


圧搾空気スラスター(噴射器)を噴かして目の前を横切る、柑子(こうじ)色の制服を着た作業員をやり過ごし、シャヴィがそっと頭を突き出す。慎重に周囲を見回してから、シャヴィは宇宙船艇の外鈑を蹴飛ばすと、ラ・ベデュータの内洋航行用主機ノズルの陰へと飛び込んだ。


分厚いノズルの縁に手を掛け、ペイロード・ゲート(搬出入口)を下方に覗き込む。


ちょうど2人が、圧搾空気スラスター(噴射器)を噴かしながら、カーゴ(貨物室)から出て来る所だった、シャヴィは思わず知らぬ振りして背を向け、そっとポート・サイド(左舷側)へと宙漾(ただよ)い出る。


25メートルほど前方に、グラヴィトン・パータベーション・スプラッシュ・ドライブ(重力子摂動跳撥航行)のための、楕円形をしたリノーマライズド・パータベーション・フィールド(繰り込み摂動場)発生装置が見える。フィールド(繰り込み摂動場)発生装置を支える、舷側から突き出たカラム(支柱)の基部越しに宇宙艦のボーディング・ハッチ(乗艦口)が見えた。ハッチ(乗艦口)の脇には作業員が2名、身構えるように浮いている。


シャヴィが再び首を巡らせる。


何時(いつ)の間にか、宇宙艦ラ・ベデュータの乗艦口と15メートル隔たった搭乗用の小さな張り出しデッキまでの中ほどの宙に、バーニアン(操重機艇)が橋渡しするように、その両のジブ・アームを左右に広げていた。


“誰か、乗り込んで来る──”


コンスタンツェたちだな、とシャヴィが察しを付けた矢先、此処から小官の宇宙艦にお乗り頂きます、と言うトラニオウらしき声がシャヴィの耳朶を打った。


どうやらコンスタンツェを連れたトラニオウが、搭乗デッキに着いたらしい。声が聞こえると言う事は、クーガも側を離れずにちゃんと付き添っていると言う事だが、肝腎のコンスタンツェの声は聞こえて来なかった。


(しばら)く様子を窺っていると、再びトラニオウの声がした。


「エアロック(気密隔室)から先は、重力が利いておりませんので、御注意を」


その言葉と同時に、搭乗用の小さな張り出しデッキの扉が開いた。


有重力環境らしい扉口の少し奥に立つ人影に、シャヴィは思わず安堵の息を漏らす。


ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪にディアデム(飾り冠)を戴き、手にはあの青い聖剣レプラコーンを掴んでいる。インディゴブルーのシャンブレーシャツを素肌に纏い、肩口にはラズベリー・レッドの軍服らしき裾の長い制服を羽織っていた。


シャツの下から惜しげもなく覗く、コンスタンツェの羚羊(かもしか)のような桜色の妍脚(けんきゃく)に、シャヴィがはっと気を回す。あのままゼロ・グラビティ(無重力)の中に飛び出せば、ミニスカート以下のシャツの裾など容易く捲れ上がる。


「──クーガっ! コンスタンツェをそのまま行かせるな」シャヴィが少し慌てたように、インカム(艦内通話機)に声を投げる。「お前の背に乗るように、仕草で合図して、コンスタンツェに気付かせろ・・・!」


コンスタンツェがメディック(衛生兵)から、ホスピタル(衛生保護用)ブラとハイジーン(衛生)パンティを手渡されている事を知らないシャヴィは、コンスタンツェは下着を着けていないものと思い込んでいる。


「──クーガ、其方(そなた)・・・?」


コンスタンツェの(いぶか)るような声が聞こえ、頼むぞ、クーガ、と言う掛け声がしたかと思うと、クーガの背に乗ったコンスタンツェが、ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪を(なび)かせながら飛び出して来た。



  * * *



「此処から、小官の宇宙艦にお乗り頂きます」


そのトラニオウ・プルンチットの言葉と同時に、コンスタンツェの目の前の扉が開いた。


扉を開いた先は、素っ気無いがゆったりした待合室のような部屋で、簡素なソファに簡易なドリンク・バーが設えてある。奥の腰高壁に嵌まったガラス窓の向こうには、銀色の躯体に青の装飾を施された、宇宙艦が見えている。柑子(こうじ)色のオーバーオール制服を着た作業員が、彼方此方(あちらこちら)で宙に浮いているので、ベイ(格納庫)内は標準大気環境だがゼロ・グラビティ(無重力)だと解る。


コンスタンツェが連れて行かれた先は、シャヴィが目処を付けていた、100メートル級外洋航行宇宙艦が積まれている、中央船底部にある士官用のランチ・デッキ(装載艇甲板)だった。このランチ・デッキ(装載艇甲板)へは、実はメディカル・ステーション(救護医療処置室)から20メートルほど離れた所にあるエアプルーフ・ラッタル(気密裸階段)を降りる方が早い。


だがトラニオウにしてみれば、さすがにマデルーク王女殿下に武骨な機能一辺倒のラッタル(裸階段)を、50メートル以上降りて貰う訳にもいかないため、艦内移動用バッテリーカー(蓄電池車)に乗って貰って、遠回りながらも200メートルほど離れた士官用リフトで下る道順を選んだのだ。


その所為(せい)もあって、コンスタンツェはこの、今現在乗っているトラニオウが指揮する宇宙艦が、想像を絶するほどに大きい事を思い知らされた。この(ふね)1隻で、地方豪族が自慢するクレムリ(城)1城くらいには充分に匹敵する。


だからこそ余計に、シャヴィが臆せずよく追って来てくれたものだ、と今更ながらに胸が震える。シャヴィから貰ったその嘆美を噛み締めるだけで、自然と前を向ける(おのれ)に、コンスタンツェ自身も驚いていた。




★Act.5 何があっても何処までも・12/次Act.5 何があっても何処までも・13

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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