Act.5 何があっても何処までも・11
現在、このランチ・デッキ(装載艇甲板)のベイ(格納庫)に収容されているのは3隻。
エキドナ(翼の生えた蛇の女神)のクレスト(紋章)が入った100メートル級外洋宇宙艦は、艦名がラ・ベデュータと知れた。整備データからも宇宙艦ラ・ベデュータが、グラヴィトン・パータベーション・スプラッシュ・ドライブ(重力子摂動跳撥航行)による外洋航行が可能である事は間違いなかった。収録されているブリッジ(艦橋)平面図から察すると、航行自体はパイロット(操艦担当)1人で行えそうだ。他2隻は70メートル級の同型宇宙船艇で、此方は外洋航行能力を備えていないらしい。
シャヴィが改めて身を乗り出し、窓からベイ(格納庫)を見渡す。
目の前の宇宙艦ラ・ベデュータの後方に、確かに宇宙船艇が2隻並んで、ビンディング・ブーム(機材固縛支腕)で繋留されているのが見えた。
“──出すのは、ラ・ベデュータ1隻だけか・・・”
脱出する機材なら、是非ともあのラ・ベデュータとか言う外洋航行可能な艦船を手に入れたい──それに今、発艦準備をしてくれているのなら、此方には好都合だ。あの艦が戻って来てから、改めて行動するか、とシャヴィが思い直した矢庭。
「おお、クーガ、其方、何処へ行っておったのだ?」
唐突に、耳に馴染んだコンスタンツェの、嬉しそうな第一声が飛び込んで来た。
どうやらクーガは無事、コンスタンツェの居場所まで戻れたようだ。
ところが聞こえて来たのは、コンスタンツェの声だけではなかった。
「先程来より、姿を見掛けぬと思っていたら、勝手に艦内を散歩とは」
「某に狼藉を働いた貴様に一掻き浴びせようと、貴様を探しておったのだ」
男性の野太い声がして、コンスタンツェの皮肉な言葉が浴びせ掛けられ、クーガの咆哮が聞こえた。
「──困りますな、殿下」
男性の声に、シャヴィの眉が思わず跳ねた。
「ご寵愛深きお連れなれど、勝手に歩き回らせてもらっては」
この声は、間違いなくトラニオウとか言う奴だ。
タム・オ・シャンタを容赦なく鉄屑にし、フレート(積荷)を塵芥にし、ジオッバ(仕事)をおじゃんにしてくれた張本人。シャヴィは、トラニオウの顔を拝んだ上で、その鼻先に鉄拳を叩ち込んでやりたい思いに駆られた。
「貴様も精々気を付ける事だ。背中から牙を剥かれぬように、な」
そんなシャヴィの思いを代弁するように、コンスタンツェの些か凄み掛かった啖呵が聞こえて来た。思わずシャヴィが、溜飲を下げた。
“コンスタンツェ、お前・・・”
虚勢を張っているに等しいコンスタンツェだが、俺が付いている、と知らせておきたい。必ず、その手を取りに行く、と。
「クーガ、コンスタンツェに、俺が此方で聞いている、と伝えろ・・・!」
牴牾しい思いに、シャヴィがクーガに声を上げる。向こうではクーガが、コンスタンツェが着る、シャヴィのシャツの前身頃を銜え込んで引っ張っていた。
「──何でも良い、コンスタンツェに気付いて貰え・・・!」
そのシャヴィの言葉に、クーガからの一吠えが返って来た。
クーガはコンスタンツェに向かって、耳を左右に振る仕草を見せていた。
「それに某が呼べば、クーガとて、直ぐに戻って来よう」
コンスタンツェがクーガに向き直っているような気配がして、少しの間があってからまたコンスタンツェの声が聞こえて来る。
「──何しろ其方は、3つの耳で一語も漏らさず聞いておるのだからな」
3つの耳──そのコンスタンツェの言葉を聞いた途端、シャヴィは思わず、おっ、と膝を打った。クーガを通してシャヴィが聞いている事を、コンスタンツェは気付いたのだ。しかも絶妙な返し言葉を使って。
“──何と勘も良くて、機転が利く娘だ・・・!”
「それで、トラニオウ」シャヴィがほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、毅然としたコンスタンツェの声が耳朶を打つ。「先程来の貴様からの申し入れ、聞き届けても良い」
申し入れ──コンスタンツェの言葉に、シャヴィが訝った矢先。
「ただし、条件が3つある」
少し間が空いて、トラニオウらしき声が問い直す。
「条件、と申されますと・・・?」
「このクーガも連れて行く」
「それは・・・」
きっぱりと言い切るコンスタンツェに、トラニオウが歯切れ悪く口籠る。
「その場には、下半身下衆野郎のメルヒオールが居るのであろうが。このクーガ、某の貞操の番犬だからな」
言葉尻から、トラニオウがコンスタンツェを何処かに連れ出そうとしている、と察しが付く。しかもその場には、コンスタンツェが心底毛嫌いしている、義理の弟メルヒオールも同席するらしい。そのメルヒオールを巡って、コンスタンツェが2つ目の条件を突き付けていた。返事に窮して黙ってしまったらしいトラニオウに構わず、コンスタンツェの凛とした声がした。
「──そして最後に。今から某が出向かねばならぬのは、何処だ?」
伝わって来る、何か身支度するコンスタンツェの気配に、トラニオウの声が重なる。
「場所、ですか・・・?」
「貴様、先程は、艦を移って貰う、と申したであろうが」
“──艦を移る・・・?”
「殿下に御足労頂きたいのは、我がヒイェラ軍が誇るグガランナ、引きいるは我が三弟ロダリーゴ・プルンチット司令です」
「グガランナ? 何だ、その何処ぞの怪物のような名は?」
思わずシャヴィが聞きたい事を鋭く察したかのように、コンスタンツェがすかさず問い掛けていた。
本当に、良く気が回る、と感心頻りのシャヴィの耳に、グガランナ、ヒイェラ軍が誇る、三弟ロダリーゴ・プルンチットなど、コンスタンツェの質しに答えるトラニオウの言葉が届く。また別の宇宙戦闘艦か──と傍耳を立てるシャヴィに、ウェスデンとの交渉に派遣された移動要塞だ、とトラニオウが説明していた。
ウェスデンとの交渉に、コンスタンツェを連れて行く、同席させる、巻き込む意図があるのは明白だった。5国連合の絆を強めたい──漏れ聞こえて来るトラニオウからの言葉に、コンスタンツェが話していたプルンチットの希有壮大な政治的野望って奴か、とシャヴィは嫌悪感も露に口をヘの字に曲げた。
“──それにしても何故、そのウェスデンとの交渉とやらに、コンスタンツェを同席させる必要があるんだ・・・?”
まあ、良い、とのコンスタンツェの言葉に、クーガが一声吠えて応じたのが聞こえた。どうやらコンスタンツェは、同道するのを承服したらしい。
「──それで某は、そのグラグラダとか言う宇宙一の金ピカお屋敷で、ファラと顔を合わせれば良いのだな?」
“──なるほどね。会談相手のウェスデン側には、ファラ王女が立って来るのか・・・”
それで合点が行った。
トラニオウたちはウェスデン側にファラ王女が出て来ると知って、コンスタンツェに相席して貰えれば交渉が拗れるのを避けられる、と踏んだのだろう。何せファラ王女は、コンスタンツェの再従姉妹だ。赤の他人とは違う、気心もそれなりに知れている仲には違いない。
そして取りも直さず、コンスタンツェが同席を承服したのは、相手のウェスデン代表に、そのファラ王女が出て来るからだ。
「──申し訳ありませんが、グガランナへは直接ドッキング(接舷)する事が出来ません。このガルビオンに搭載してある、小官の宇宙艦にてご移乗頂きます」
「貴様の艦か?」
その遣り取りに、シャヴィがはっとした。
“間違いない。あの宇宙艦の離艦準備は、コンスタンツェ共々ヒイェラの宇宙軍要塞へ移動するためだ・・・!”
このコンスタンツェのトラニオウとの遣り取りも、シャヴィが聞いている、と確信しての事だ。この先、自分が何処に何で連れて行かれるのかを、目の前のトラニオウに気付かれないよう、コンスタンツェは密かにシャヴィに知らせようとしているのだ。
コンスタンツェの頭の切れと機転の良さに、シャヴィも思わず舌を巻く。
そしてそのコンスタンツェ自身は、この機会を通して、自ら行く末を決めようとしているのではないか──シャヴィには何故か、そんな風に思えた。
確かに、この戦闘宇宙艦に軟禁された状態では、コンスタンツェは孤立無援のままだ。だが顔を合わせる相手のウェスデンは、コンスタンツェが当初に亡命しようと目論んでいた先だ。コンスタンツェにとっては、まさに渡りに船に違いない。
シャヴィが何処までも自分を追って、必ず救け出しに来てくれる──コンスタンツェはそう確信している。これはシャヴィにとっても、コンスタンツェを自由にしてやれる、大きなチャンスかも知れない。
「なら、良かろう・・・!」相変わらずの、威勢の良いコンスタンツェの声が、シャヴィの耳に轟く。「ファラの奴に、嫁に行かせる引導の一太刀を浴びせ掛けてやる」
何処までも憎まれ口を利くコンスタンツェに、シャヴィが思わず口端を緩める。
シャヴィは手元のコンソール(制御卓)に目を落とすと、コンスタンツェが乗せられると思しき、トラニオウ専用宇宙艦ラ・ベデュータの情報を改めて引き出す。
“何としても、あのラ・ベデュータとか言う宇宙艦に忍び込まねば・・・!”
「──さてクーガ。また、艦を乗り換えねばならぬようだ」
コンスタンツェの言葉に、クーガが応えた、ワオン、との一哮えが耳に届く。それでは殿下、此方へ、と言うトラニオウの言葉も聞こえて来た。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




