Act.5 何があっても何処までも・10
“何か、安請け合いに、とんでもない約束をしたんじゃないのか、俺は──”
コンスタンツェは、曲がりなりにもマデルークの姫君だ。
縦しんば遁走に失敗しても、生命まで取られる心配はない。だがシャヴィは違う。どこの馬の骨とも知れない、吹けば飛ぶような命のオッド・パーン(半端な宇宙船乗り)だ。王女を勾引かした罪で問われたら、極刑はほぼ間違いない。
“コンスタンツェに手を差し伸べるには、人生を賭す覚悟が要る・・・!”
だが、そうまでして、彼女の手を取る必要があるのか──。
シャヴィは知る由も無いが、シャヴィへの一文に込めたコンスタンツェの想いは、シャヴィが想像するよりずっと重かった。
何しろコンスタンツェは、乗っていた船を目の前で撃沈され、一緒にシャヴィをも失ってしまったと、黄泉の世界を彷徨い歩くほどに心を失くしていた。その傷心に暮れていた矢先に届いた、シャヴィからの便りに、コンスタンツェがどれほど心を躍らせた事か。
そしてシャヴィは──。
“だからと言って、俺は、決して後悔している訳じゃない──”
それがシャヴィの、偽らざる本心だった。
コンスタンツェは遭難している境遇に於て、自らの事情を説明してくれたが、終ぞウェスデン王室まで送り届けて欲しい、とは口にしなかった。
洗濯機の使い方も知らない妙竹林な姫かも知れないが、言葉遣いも巧みでユーモアも解するコンスタンツェだ。それなりの報酬を取らせる、とシャヴィを欲得で手懐ける事くらい簡単に思い付く筈だし、持っている巧みな話術なら雑作もなかった筈だ。なのにコンスタンツェは、そうしなかった。
それがコンスタンツェの選んだ確固たる意思であり、ホワットエヴァ・エニウェア(何があっても何処までも)なのだ、と改めて思い知らされる。
“──そして俺は素直に、そんな求めて来る彼女の意思を、伸ばして来るスタンツィの手を、掴んでやりたい・・・!”
シャヴィは何となく分かるような気がした。コンスタンツェが、心の底から望んでいるであろう事が。そしてコンスタンツェは、シャヴィがそれに応えてくれるのを、確かに期待している。
“──スタンツィ、君は確かに、命を賭して手を差し伸べる甲斐のある女性だ”
シャヴィはふと、コンスタンツェの紅唇に触れた、自らの唇をそっと撫でた。
“シュバレリ(騎士道)とやらは、蛮勇と無知の瓦礫道に違いない──”
自嘲気味に口端を歪めたシャヴィが、傍らのクーガを見遣る。無表情なクーガの顔が、お互い馬鹿だな、と言っている気がした。
“──バージニアの紳士ジョン・カーター、俺もあんたの二の轍を踏みそうだ”
シャヴィがそう確信した矢庭、俄に何やら騒がしい雰囲気が伝わって来た。
「──クーガ・・・!」
コンスタンツェからの返事を、慌てて腰のポケットに突っ込みながら、シャヴィが立ち上がる。扉を開いてクーガを出そうと、壁際のボード(操作盤)に手を伸ばす。と同時に、その手元の棚に置いてあったインカム(艦内通話機)に、ふと目が止まった。
シャヴィは乱雑に置いてあった、数種類のインカム(艦内通話機)を選り分けながら、使用帯域が変更可能な双方向同時通信式の、イヤフォン(聴声器)が有線で繋がるハンディ型の1台を攫み上げた。スイッチを入れて小さな表示ディスプレイを見ながら、クーガとの通信に使っている帯域に合わせる。シャヴィはクーガに背を向け、通信が聞こえたらお手をしろ、と小さく囁くと、クーガが右前肢でシャヴィの足をとんとんと扣いた。
「ようし、聞こえるな・・・!」
振り向いたシャヴィが扉を開いて、クーガを追い立てる。
「さあ、急いでスタンツィの所へ戻るんだ!」
その声と同時に、クーガがワオンと一吠えすると、勢い良く外へ飛び出した。シャヴィが扉を閉めながら踵を返す向こうで、うわつ、と驚愕する声が聞こえて来た。何だ、あれは、と半ば呆然と言い合う、4、5人の怒鳴り声を扉越しに聞きながら、駆足で隣のエアロック(気密隔室)へと逃げ込む。
隣のエクイップメント・ロッカー(装備保管庫)に、どやどやと雪崩れ込んでくる人の気配が伝わって来る。シャヴィはハンディ・インカム(艦内通話機)のスイッチを入れ、イヤフォン(聴声器)を左耳に挿し本体を胸ポケットに放り込むと、そのままもう一つ先の、メンテナンス(点検整備)機材用のハンガー(格納庫)の扉を開いて飛び込んだ。ハンガー(格納庫)はウェイトレス・デッキ(無重量環境区画)だったので、いきなり身体が浮いて足が地に着かなくなったので、シャヴィが一瞬慌てた。
ハンガー(格納庫)は、幅25メートル、高さが10メートル、全体で80メートルの奥行きがあり、ガラス窓の嵌まった内隔壁で3分割されている。それぞれのブロック(区画)には、バーニアン(操重機艇)が2艇、タグトラクタ(空間曳機艇)が3艇、それに右手の壁には、パワード・リム(筋力補強被着具)が4基並んでいる。
シャヴィは入って直ぐ左手にビンディング(機材固縛)されている、バーニアン(操重機艇)の艇体に手を伸ばし、宙に漂う身体を保持した。
バーニアン(操重機艇)はグラップル式指肢のジブ・アームを備えた、タグ・ランチ(操重機艇)の一種だ。ゼロ・グラビティ(無重力)空間では、作用反作用がそのまま自機に返って来るため、重量物を扱う際は、モーメント・マス(慣性質量)に対するカウンター・スラスト(推力噴射)を行わないと、自機が逆に押し返されてしまう。そのためバーニアン(操重機艇)は、ジブ・アームが受ける反作用を相殺するためのスラスター(推進器)を艇体に備えている。
ガルビオンのハンガー(格納庫)に装載されているバーニアン(操重機艇)は1人乗りで、球形をしたエアプルーフ・コックピット(気密操縦席)の両側に、6基の偏向スラスター(推進器)を持つ、車輪のようなバーニア(姿勢制御推力器)基部を備えている。コックピット(操縦席)下部から左右に突き出す作業用のジブ・アームは、最大伸長5メートルで3つの関節がある。
バーニアン(操重機艇)の陰に隠れようとしたシャヴィだったが、扉越しから伝わって来る騒めきが、思っていた以上に大きい。此方へ入って来る可能性が高いと感じ取ったシャヴィは身を翻し、ハンガー(格納庫)を奥へと逃げるようにバーニアン(操重機艇)の艇体を蹴飛ばした。
内隔壁の気密シャッターを開くと、シャヴィは次のブロック(区画)へ、更にその奥のブロック(区画)へと漂い抜ける。最奥のブロック(区画)の更に奥は小さな窓が嵌まる内隔壁になっていたが、シャヴィは迷わず内隔壁にある気密シャッター口から中へ飛び込む。
シャヴィが気密シャッターを閉めると同時に、ハンガー(格納庫)へのエアロック(気密隔室)の扉が開いて、ざわざわとした人気が一番向こうのブロック(区画)に流れ込んで来た。シャヴィは壁際に並ぶコンソール(制御卓)の上に嵌まった小窓から、そっとハンガー(格納庫)側を覗き見る。柑子色のオーバーオール制服にヘッドセットを着け、腰に圧搾空気スラスター(噴射器)を携えた作業員が十数名、どやどやと話し声も喧しく雪崩れ込んで来たのが、2つ向こうの壁の窓越しに見えた。
シャヴィが逃げ込んだのは、ハンガー(格納庫)に付属するストック・ヤードだった。背後が、高さ10メートルの天井までびっしりと設えられた、ゼロ・グラビティ(無重力)環境専用のストレージ・ラック(保管収納架)になっている。ストックされたパーツ類は、大きなものだとシャヴィの3倍ほどもある、緩衝材が詰まったモジュラー式ストレージウェア(保存容器)に収められている。
此方まで来るか、とシャヴィは少し身構えたが、入って来た20名近い作業員は一番遠いブロック(区画)の宙で滞留しながら、班長らしい人物から指示を受けていた。手短な注意を受けたらしい作業員たちは、バーニアン(操重機艇)1艇のビンディング(機材固縛)を外し、宇宙艦が繋留されているベイ(格納庫)側の気密シャッターを開くと、皆一斉に飛び出した。少し遅れてバーニアン(操重機艇)が出て行くと、ハンガー(格納庫)内は急に静かになった。
シャヴィは一先ずほっと息を吐くと、インカム(艦内通話機)から届く音に耳を澄ます。伝わって来るクーガの四肢が床を蹴る音からして、コンスタンツェの元へ戻る途中に、艦内の何処かのラッタル(梯子階段)を上がっているらしい。
クーガには帰巣演算システムが組み込まれているが、宙空間の艦船内では地磁気感知が出来ないため、スカウティングで経路をショートカットする機能が働かない。なので元来た道順の周囲環境データを頼りに、コンスタンツェの居場所まで戻るしかない。
途中、出会したらしきクルー(乗艦員)が上げた声が聞こえてきたが、クーガが何かに妨害されている様子もない。一安心したシャヴィが今度は、ベイ(格納庫)側に嵌まっている小窓越し、見上げるようにしてベイ(格納庫)の様子を覗く。
少し後ろから見上げる格好の銀色の宇宙艦に、今し方出ていった作業員たちが次々と取り付いていた。どうやら離艦準備に入ったらしい事が察せられた。
“──何処かへ出掛けるつもりなのか・・・?”
改めてシャヴィは、ランチ・デッキ(装載艇甲板)のベイ(格納庫)にビンディング・ブーム(機材固縛支腕)で支持されている宇宙艦を眺めた。遠くに見えている、バウ(艦首)がドア・ストッパーのような楔形をした100メートル級宇宙艦は、銀地に鮮やかな青のラインで飾られてあり、艦体中央両舷部に楕円形のリノーマライズド・パータベーション・フィールド(繰り込み摂動場)発生装置を備えている。グラヴィトン・パータベーション・スプラッシュ・ドライブ(重力子摂動跳撥航行)が可能な外洋宇宙艦に間違いない。
そのフィールド(繰り込み摂動場)発生装置と、少し艦首寄りのエアロック・ハッチ(気密隔室外扉)に、エキドナ(翼の生えた蛇の女神)を象ったクレスト(紋章)が、これ見よがしに描かれている。シャヴィには覚えの無いクレスト(紋章)だが、コンスタンツェと渡り合っていたトラニオウとか言う奴の家門、プルンチット家のクレスト(紋章)だと、直ぐに察しが付いた。
と言う事は、あの宇宙艦はトラニオウの専用艦に違いない──シャヴィはコンソール(制御卓)に戻ると、整備用マニュアルを探し出す。
★Act.5 何があっても何処までも・10/次Act.5 何があっても何処までも・11
written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




